二章 第九十六話 エレメント城戦10
明日は投稿できません。
申し訳ありません。
その代わりではありませんが、今日は少し長いのでぜひお楽しみください。
「私を、殺してはくれませんか?」
「なっ…!。」
「私だけでは自害することはできません。ならば、あなたのその稲妻で、私を焼いてくれませんか?」
こちらを上目遣いでみるヴィルソフィアの願いは、全く甘ったるいものではない。
自害のためのナイフをユーバに握らせようとしている。
———『電撃の加護』で人を殺す。
今まで何度も行こなってきた行為だ。
軍部に入ってからは何度も、軍部に入る前も一度だけ。
でも、ヴィルソフィアを前にして、そのようなことはユーバにはできなかった。
「…ごめん。僕にはそれができないよ。」
「…っ!なぜですか!?私が幼いからですか!?それならっ…。」
「そういうわけではないよー。」
ヴィルソフィアの懸念をユーバは嘘をついて誤魔化す。
実際はヴィルソフィアが幼いから殺すのを躊躇ったという部分もある。
でも、それは彼女の心の平穏のためあえて口にせずに、
ユーバはこの部屋にきた一番の目的を伝える。
「ヴィルソフィア様を保護するよう僕はヒムラ様に言われたからねー。君を殺すわけにはいかないのさ。」
「そんな…。」
ヴィルソフィアは目に落胆と絶望を浮かべる。
そして、
「ならば、私はそんなものには屈しない!敵に保護されてたまるものですか!それなら、私はここで死を…!」
「自分じゃできないのに?」
「…!あなたが、私を語るんじゃない!」
激昂するヴィルソフィア。
「エレメントが負けているのに、それなのに私がのうのうと生きていいはずがないでしょう!?たくさんの人たちが苦しんで、たくさんの兵達が死んで、たくさんの人がクロノオの圧力に苦しめられた!そして最後にはエレメントはクロノオのものになってしまう!こんな…っ、こんなことになってしまったら、私は生きていけない。皆を守るはずの存在が、皆を守ることができなかったら…。」
そこで、言葉を切る。
感情が昂り、その目を涙で濡らしながら、
「私は死ぬべきです。」
自身の運命をそう決めつけるヴィルソフィア。
その決意は悲痛で、ユーバだからこそわかった。
———本当は心の中では死にたくないと叫んでいることに。
だが、強大な義務感がヴィルソフィアに生きることをやめさせようとする。
責任や諦めとはまた違う大きな感情がヴィルソフィアを死に追いやる。
「ザンは私に何もやらせてくれなかった。私の存在がエレメント市民の助けになるのだと言って、何もやらせてくれなかった。私がこの国を統治しているという実感はないけど、それでも私はエレメントとともにありたい。エレメントの苦しみは私の苦しみです。」
ヴィルソフィアはそう言って、ユーバに頼み込む。
どうか、どうか、
「私を殺してください。」
ユーバは、その言葉の意味を十分に理解し、そして、
「ヒムラ様は、すごい人なんだよ。」
「…へ?」
口に出た言葉はそんな言葉だった。
なぜそんな言葉を今発したのか、ユーバ自身もわからない。
でも、そこに答えがある気がして、
「ヒムラ様っていうのはクロノオ側の、代表の人なんだけど。どんな戦争にも勝っちゃうんだ。すごく強いし、すごく賢い。」
「…私とは正反対ですね。」
「そうかもしれない。でもね…。」
そこでユーバは言葉を切ると、答えを口にする。
「きっと君とヒムラ様はすごく似ている。どっちも、とても優しいんだ。」
「優しい…。」
その言葉をヴィルソフィアは咀嚼し、
「優しい…?そんなわけないでしょう!私はザンや他の人から教わりました!クロノオやファントムの人たちはみんな怖いんだって!」
「それがもし嘘だとしたら?国に住んでいる人みんなが悪い人なわけがないじゃないか。みんな同じ天人なんだから。」
「それは…。」
戸惑い。
ユーバはなおもヴィルソフィアの心を揺らし続ける。
「今回だって、死んだエレメント兵たちも多いけど、投降した人たちは皆丁寧に扱っているよ。エレメントの市民も、極力武力攻撃はしていない。」
「そんなはず…?」
「全て、ヒムラ様の命令だよ。あの人は本当に優しい。」
ユーバはヒムラという人物、その人となりを語って聞かせる。
それを聞き、
「…何が言いたいんですか?」
ヴィルソフィアは発言の意図がわからず首を傾げる。
はたから見ればユーバはいきなり自分の上司の話をし始めただけだ。
話題から外れているようにも感じるだろう。
でも、
「君もきっとそんなふうに、ヒムラ様みたいになれるってことだよ。」
「…!」
「君は見てない世界が、知らないことが多すぎる。死ぬか死なないか。それはもっとたくさんの景色を見てから決めるものじゃないかな?少なくとも、君の目指す場所は死ではないはずだよ。」
「そんな…私は…!」
「責任があると思うのは仕方がないけど、それを死で償っちゃあ元も子もないよ。大切なのは、反省してもう一度やり直すことなんだよ。だから…。」
ユーバは彼女の、ヴィルソフィア・クリスの目を真っ直ぐ見つめ、
「君にエレメントの統治をお願いしたい。今までの形式ばったものじゃなくて、今度は本当に。」
「…私が、エレメントを統治する…。」
「ああ、もちろんクロノオの方で手助けはするし、君の意見を尊重していくつもりだよ。これも全てヒムラ様が決めたことだから。」
ヒムラはヴィルソフィアの処遇に思い悩んでいた。
もし支配するとなると殺してしまうことになるだろう。
だが、幼い少女を殺すことをヒムラは躊躇った。
それに今まで現人神として崇められていた存在を殺してしまうのは、エレメント国民の反乱を招きかねないとしたのだ。
故に、妥協案としてヴィルソフィアを説得してエレメントの統治をさせることになったのだ。
そして、その説得役としてユーバが名乗りをあげたというわけだ。
泣きそうな、迷うようなそぶりを見せるヴィルソフィア。
自分がどうするべきか、自分が国を統治してもいいのか。
思い悩んでいるのはそこだけだろう。
だからユーバはヴィルソフィアを説得する。
「自分で決めるんだ。自分がどうしたいのか言ってごらん。」
「私は、…エレメントのために生きたい。私を信じてくれている皆とともに行きたいです。」
「なら、僕たちも一緒についていくよ。できるだけエレメントの手助けができるよう、クロノオも考える。クロノオが、ヒムラ様が悪かどうかは自分の目で確かめればいいよ。」
ユーバは言葉を伝える。
彼女の背中を後押しできそうな言葉を選んで。
そして、その願いは。
「…、そうですね。私は確かにあなたたちのことを知らなかったのかもしれません。」
ヴィルソフィアは、そう呟くと真っ直ぐな瞳でユーバを見つめ、
「では、私が新たなエレメントの支配者としてクロノオとともに歩みます。もし私がクロノオを信じれなくなれば、私はクロノオを即座に切り捨てます。」
「ああ、それでいいさ。」
そうして、少女は決意を固めた。
思い責任を、それに見合う努力を背負う責任を。
その決意を決してユーバは否定的に見ない。
彼女のこの意思が成長の証だと信じて。
「…ちなみに、ヴィルソフィア・クリスは、どちらが名前なの?」
「それは、クリスが名前で、ヴィルソフィアが姓です。ザンに、その名前を強制されて。」
それを聞いて、ユーバは疑問符を浮かべる。
確か様々な場面で彼女はヴィルソフィアと呼ばれていたはずだ。
てっきりそちらが名前だとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。
ザンがなぜ彼女を姓で読んだのかは知らないが、今から彼のいない状態で国家運営が始まっていくのだ。
ならば、その証として、
「なら、君はこれからクリスだ。ヴィルソフィア・クリス。」
「…はい!わかりました。」
そう言ってクリスは、にっこりと笑ったのだった。
「デトミノ王国南郡最高戦士、カテラール・コロノイド。」
「デトミノ王国西軍最高戦士、テラド・イマドウ。」
まるで自身の宝物を見せびらかすように、凶悪に笑いながら名乗る。
その名前は、このエレメント城にはあまりにも不釣あいで、
「…デトミノ王国だと…!なんでそんな奴らがここにいるんだよ。」
俺は驚きのあまりそう叫ぶ。
確か天人は魔人に対して、また天人は魔人に対して深い憎悪を抱くらしい。
原理はよくわからないが、とりあえずお互いを見ると嫌な感情が発生するというのは周知の事実だ。
このことを考慮すると、天人と魔人を見分けるなんて造作もないことだ。
つまりは、嫌な感情が起こる方を魔人、起こらない方を天人と区別できるからだ。
故に、天人国家と魔人国家は互いに刺客を送り込むことはほぼ不可能に近い。
なぜなら刺客が人目についた瞬間に、その人が違う種族であることがわかってしまうからだ。
だけど、この二人は天人国家で平然と活動をこなしてきた。
それぞれの国の支配者の懐に潜り込み、その国を動かしてきた。
そんなことがあっていいはずがない。
カテール、否、カテラールの方が諦めたように笑うと、
「この姿を晒してしまったのなら、早く離脱するしかないな。クロノオとファントムとエレメントを争わせて互いに消耗させる計画も、クロノオの勝利に終わり見事頓挫してしまったしなあ。」
「そうだな。だが始末しなければいけない愚民が二人いる。」
そういうとテラドはザンとペレストレインの方を見やる。
かたや魔法を使いまくって疲労が溜まっている。
もう一方はもう動けないほど怪我を負っている。
その二人を一瞥すると、テラドは目にも止まらぬ速さで弓をひき、
「グハッ!!」
「ああああ!!」
ザンとペレストレインを射抜いてしまった。
彼らは短い絶叫の後すぐにピタリと動かなくなる。
彼らは死んだのだ。
そして、
「あ、っああ、っ。」
「うるさい愚民。何か?」
「っ、ペレストレインを、殺すの、は私だった。」
嗚咽をあげるレイが死んだペレストレインを虚に見つめ、次の瞬間テラドを深く睨みつける。
彼女の敵討ちは、テラドのせいで道半ばで終わってしまったのだ。
それを彼女が許せるはずもなく。
「…ふざけるな。」
「うるさいぞ。何度言ったらわかるんだ。これだからお前たちはしょうもないし、大切なお母さんだって殺されちゃうんだよ。」
「なん、だと?」
「僕が君のことを調べてないと思ったか?残念、そこまで僕は愚かじゃない。カテラールとはしっかり情報のやり取りをしていたからね。」
テラドが全てを射抜くような目でレイを馬鹿にするように見た。
「…おい、時間の使いすぎだ。軍師ヒムラの情報は取れた。いくぞテラド。」
「…はあ、わかったよカテラール。」
二人はそんな会話を残すと、紫色の魔法陣を出現させた。
———あの魔法は、確かデトミノ戦でゾムアスが使っていた魔法だ。
それも二人が使っている。
もしかしたら魔人特有の魔法なのかもしれない。
そして、俺が彼らを呼び止める間も無く、彼らは消えた。
悪魔系魔法「転移」によって姿を消したのだった。
「…っ…っ…。」
レイのすすり泣く声が聞こえる。
そしてエレメント城に残っていた兵は、皆理解不能とでもいうような顔をしていた。
———この戦争は、これにて完全に終結した。
だが、それでも悔恨は様々なところで根付く。
それを一つ一つ紡ぎとっていくのが俺たちの仕事でもある。
まずは、勝利を心から喜ぶのだった。
これで二章の戦争は終了です。
エピローグ的に4話ほど入れて、2章は終了したいと思います。
ここまで長くお付き合いいただきありがとうございました。
今後の展望は二章が終わった時に話したいと思います。
後、評価ブグマ感想レビューよろしく!