二章 第八十九話 エレメント城戦3
巨大なエレメント城。
この威厳ある城が、このようになってしまったのを知ったらエレメント市民はどう感じるだろうか。
「これは…。」
「ハハハ…。」
興味深そうにこの光景を見つめるクラリスと、もう諦めたかのように笑うパラモンド。
その光景の先には、
———みるみるうちに地面に沈んでいくエレメント城があった。
「まずあちらにさらなる脅しをかけて、もう少し余裕をみよう。」
「なぜだ?今落とさなければ反撃のチャンスを奴らに与えてしまう。」
俺の言葉にクラリスが反論する。
確かにクラリスの言うことは正しい。
だが、
「あちらには罪のない人たちだっているし、その人たちの処遇をザンに仰ぐためにもう一度脅しをするんだよ。」
「罪のない人…は確かにいるかもしれない。だが、それを気にするあまり自分が負けてしまうなどしたら本末転倒ではないか?」
「大丈夫だって。今はこっちが圧倒的有利なんだぜ。」
不安がるクラリスを俺はなだめる。
そう、少しくらい相手に猶予を与えたって大丈夫だ。
俺たちは別にエレメントを支配したいわけではない。
ただあちらが降伏してくれればいいのだ。
「…わかりました。この場での最高指揮官は貴方です。なんなりとご命令を。」
クラリスが折れた、と言うより、頑なな俺を見て諦めたと言った方いいのか。
その場で膝をつき、俺に向かって礼をする。
いきなり丁寧に扱われると少し照れ臭い。
「私はヒムラの意見に賛成だよ。」
「俺がヒムラ様に反論できるわけないでしょう?」
「僕はどっちでもー。」
いつもの軍部の馬鹿三人が真っ先に俺に賛同する。
そして、
「好きにするが良い。せいぜいこちらの仕事を増やさぬように。」
忠告か嫌味か、きっと素なのだろうけどグランベルが言い放つ。
それにうんうんと頷くマーチ。
「ヒムラ様に従いましょう。」
「ええ、姉様。」
ロイ、レイはいつものようにこちらに賛同。
そして、
「少し甘い気がしますが、貴方様が決めたのなら従います。」
「俺の考えはさっき言った通りだ。」
「ヒムラ様はほんっと甘々なんだよ!」
「御心のままに。」
少し不満はあるものの、なんとか納得してくれたパラモンド、クラリス、ドルトバ、メカル。
彼らが不安がっているのは、もちろん俺が相手に対しても甘さを示していることだろう。
戦争で相手に対しても情状酌量するのは無能のすることだ。
だが、と俺は考える。
これほどまでに圧倒的な状況で、俺たちが目指さなければならないのは被害の最小化なのではないか?
それも敵味方含めた被害だ。
こちらが圧倒的有利だからこそ、考えなければならないのは全体の幸福だ。
皆が幸せな形で終わるには?
それに基づいて行った作戦が、「エレメント城沈下作戦」である。
まずこの作戦の概要はこうだ。
まず魔導隊がエレメント城の下の地面を黄魔法で破壊するのだ。
できるだけ城の下の土を砕くように。
そうすると、どうなるか。
エレメント城の周りにあった湖の水がエレメント城下に侵入するのだ。
エレメント城の下の地面は砕かれ、いくらでも水が侵入できる状態である。
それを利用し、城の下をぬかるませる。
城の下がぬかるめば、当然その上にある城はどんどん地面に沈んでいく。
水で硬い土を砕かれてしまった地面が、巨大なエレメント城の重さに耐えられるわけない。
このような俺の作戦は、端的に言って仕舞えば成功だった。
その結果としてエレメント城はみるみるうちに地面に沈んでいっている。
「なんかいけないことをしている気分だわ。」
「言うな。俺もそう思ってるから。」
テルルが痛いところをついた発言をする。
確かに頑張ってこのエレメント城を作った人のことを考えれば申し訳ない気持ちが浮かんでくるが、今は戦争中だ。
そして、
「うわーー!!何が起こっている!?」
「傾いているぞ!」
「ひっっっ!」
どんどん傾いていく城を見て、どよめくエレメント市民たち。
彼らの心臓には少し悪い光景かもしれないな。
そして、
「…ヒムラ様、ただいまエレメント城内の偵察から戻りました。」
「…おお、ロイか。どうだった?」
「エレメント城内の兵たちは混乱している模様。それの収集がつかず、ザンが慌てております。」
「そうか。ファントム側は?」
「ペレストレインと一緒になって、皆でエレメント城の脆弱さを非難しています。それもザンが慌てている理由の一つなのかもしれません。」
時々思うのだが、ペレストレインの行動がこちらにとって都合の良いようになるのはどうしてだろうか。
今回だってザンを困らせてくれるし、今までもザンと言い争いをしていたおかげでこちらの被害はほぼ皆無だ。
奴の傲慢さが逆に自身を追い詰めているとは、おかしな話だ。
そして最後にはレイの恨み晴らしの道具となるのだから。
「そろそろ潮時だ。テルル。」
「はいはい。」
そう言ってテルルが用意してくれたのは、緑魔法「拡声」だ。
空中に出現した緑色の魔法陣に向かって俺はすうっと息を吸い込み、
「エレメント諸君!!この城は破壊工作中である!!貴様らには止められないだろう!ならば、降伏するのも一つの手ではないか?このまま崩れる城に飲まれてしまうのならば、我らとともに生きようではないか!捕虜としてな!!」
最後は少し脅しっぽくなってしまったが、まあこんなものでいいだろう。
城に篭るよりも、降伏した方がメリットがあることを伝えるのだ。
そんな俺の演説はザンの耳に入り、直後、窓を開け放ったザンが、
「降伏など選択肢にはない!!」
「なぜだ!」
大声でこちらに反論するザン。
それに応えるようにさらに大声でザンの真意を尋ねる。
なぜこれほどまで抵抗するのか。
なぜこれほどまで頑ななのか。
それは、
「我らは誇り高きエレメント民である!!降伏か死か、そう問われるのならば我らはこう応える!!」
そこでザンは息を大きくすい、
「誇り高き死を選ぶ!!」
それは絶対に降伏しないと言う意思表示の現れだった。
そして、どうやら見てみると、城内のエレメント兵もそれに反論する様子はない。
そうか、それが君たちの選択か。
死を選ぶと、自ら決定したのだね?
ならば、こちらは最終段階に移行しようではないか。
皆が、アカマルがテルルがロイがレイがユーバがドルトバがメカルがパラモンドがグランベルがマーチがクラリスが、じっと俺を見つめる。
あるべき言葉が紡がれるのを待って。
そして、その期待に応えるように、
「ならば、皆とつげ…「バアアアアアンンン!!!!!!!!!!」
背後から轟音が聞こえる。
俺の言葉を遮るように聞こえた音は、どうやらエレメント市街地から聞こえたようだ。
「何事だ!!」
そばにいたアカマルが俺を守るように前に立つ。
俺はその脇から町の景色を見て、唖然とした。
町のある一角、そのあたりの家が完膚なきまでに破壊されていたのだった。