二章 第八十七話 エレメント城戦1
「陣形を整えろ。奴らがいつ城から出てきても迎撃態勢を取れるようにしろ!」
「「「はい!!」」」
アカマルが傭兵団に命令を飛ばす。
彼らには城の出入口を守ってもらうのだ。
「じゃあ三列くらいでずらっと並んでねー。」
歩兵隊総勢1万人を城を囲うように配置するのはユーバ。
志願兵と徴兵された兵を交互に配置することでバランスを保っている。
「魔導隊は等間隔で並ぶ!ああっ、もう少し開けて…。」
魔導隊をうまく等間隔で配置するのはテルルだ。
その姿は堂々としていて、先ほどの戦で何か変化があったことが窺える。
「お前らは走るのが仕事だぜ!ただ突撃するんだぜ!」
エレメント城入口付近で陣を構えるのは騎馬隊だ。
ドルトバがいつも通り皆の士気を高める。
また、ルーン・シネマ軍は引き続き周辺の見守りだ。
外側を固めることも重要だしな。
そしてロイレイは城に侵入させて情報を抜き取らせている。
その結果によると、
「…今のところあちらは行動をする様子ではありません。」
「なぜだ?ロイ。」
「ペレストレインとザンが言い争いを続けています。」
よくこんな戦争中に言い争いができるよなと、呆れてしまう。
もしかしたらこちらをそこまで脅威と捉えていないんじゃないか?
傲慢なペレストレインと自分の国に誇りを持つザンだ。
まだ自信を持っているのかもしれない。
なら、それを俺たちは打ち砕かなければならない。
「ヒムラ様。兵の配置は完了いたしました。」
「そうか。ご苦労。」
アカマルの報告を受け、俺は口元を緩める。
地盤は着々と固まりつつある。
あとは、どのタイミングで動くかだ。
…まずは少しあちらに威圧をかけてみるか。
ザンやペレストレインに現実を見せる。
まずは、
「では、アカマル。「白竜の剣」と騎馬隊に城内に侵入させろ。相手に見つかり次第、一撃を入れて離脱だ。」
「ハッ!」
アカマルに指示をする。
そして、程なくしてその作戦は始まった。
今俺たちはエレメント城を囲っている。
だが、その言い方では少し語弊が生まれるかもしれない。
正確には、エレメント城とその周りの湖を囲っている。
そして、エレメント城の何個かの入り口にはそれぞれ橋がかけられているのだ。
俺たちの配置的には、まず歩兵隊、魔導隊、「白竜の剣」が城の湖を囲っている。
歩兵隊と魔導隊が湖の周り全体に広がり、「白竜の剣」が橋のかかってる部分を陣取っている。
そして騎馬隊が橋の途中で陣を構えている感じだ。
今回の作戦は橋の始めや途中に構えている「白竜の剣」と騎馬隊を動かした形だ。
この二部隊の威力を見せつける。
エレメント城の入り口という重要な部分に構えている軍が如何程強いかを見せつけて、相手の選択肢を減らす作戦だ。
「白竜の剣」が強いのは当たり前だし、騎馬隊も修練を積んで皆Cレベルだ。
十分強者と言える。
相手の兵士に遅れを取ることは基本的にないだろう。
そして実際はというと、
「オラオラ!!」
「邪魔だ邪魔だ!!」
走る暴力ともいうべきか、騎馬隊がどんどん切り込んでいく。
そして、
「「「…。」」」
雑魚を相手するのは疲れたとかいうように、つまらなそうに敵を斬っていく「白竜の剣」の皆皆。
どうしてこうなったのだろうか。
ここまで圧倒する予定はなかったのだ。
まず、クロノオの部隊が侵入してから慌てて城から兵たちが飛び出してきたのだ。
装備もろくにしていないし、武器もあまり良さそうではない。
おそらくは俺たちが侵入してから急いで準備をしたから、時間がなかったのだろう。
その浅慮と怠惰の代償として、次々と殺されていくエレメント・ファントム兵。
…この弱さだとエレメントの雇った傭兵ではなくファントム兵だろうな。
ペレストレインの決めた規則に支配され、道具のように扱われる兵。
そのような人たちだとアカマル他から報告を受けている。
正直現代に生きていた俺からすると殺すのが憚られるような人たちだ。
だが、戦争とはそういうものだ。
戦争が起こってしまったら、その国の人は命をかけなければならない。
それが嫌なら革命したり寝返りしたりしないといけないのだ。
最もグルームという最強のコマが敵に回ることになり、そちらの方が死ぬ危険が高まるだろうけどね。
なので俺は目を細めてその現実を直視する。
まあこちらが勝っているのならば悩むことはない。
そのまま作戦を実行して行こう。
そのあと一週間かけて、俺は何度もエレメント城にちょっかいを出した。
騎馬隊と「白竜の剣」を何度も突撃させ、無双させる。
…もうこの二つの隊だけでこの城を落とせるんじゃないか?
なんか部下の強さが今は逆に怖い。
味方で本当に良かった。
特に「白竜の剣」。
彼らの助けがなければ今回の戦争は負けていたかもな。
あとでザンにお礼をしなければ。
何をお礼しようかと考える余裕があるほど、クロノオ陣営は平和なもんだ。
皆くつろぎながら、でも監視の役目は怠らずに続けている。
ちなみにこちらの脅しにあちら側は全く応じていない。
「クロノオに降伏など!選択肢にもないわ!!」
「そうだそうだ!!」
「貴様は黙ってろ!」
城からこんな声が聞こえてくることもしばしば。
本当にペレストレインはあっちでも自由にやっているのか。
人の性根は戦争に負けたり仲間を失ったりするくらいじゃ変わらないんだな。
まあそんなことはいいとして、もう一週間だ。
この作戦を初めてもう一週間。
ザンの返答からもわかるに、エレメントはクロノオに降伏するつもりがない。
ならば、そろそろ覚悟を決めなければならない。
クロノオが、エレメント・ファントムを滅ぼす覚悟を。
その権利は全て俺にある。
だが、何も今決める必要はないだろう。
まだ俺にはエレメントを降伏させる戦略を一つ思いついている。
それを実行してみよう。
まだエレメントを滅ぼすにはザンも周りが見てなさすぎる。
温情として少し現実を教えてやろうではないか。
俺は一旦皆を招集しようと周りを見渡すが、ここはクロノオ本陣。
幹部級の皆は今様々なところに遊びに…ゴホン、監視しに行っているので今周りには志願兵たちしかいない。
誰か仕事を頼めそうな奴は…。
「お、ユーザリア。」
「…はっ、はあああいい!!」
俺が近くにいたユーザリアに声をかけると、彼は驚いたかのように声を裏返らせる。
常々思うのだが、こいつはこれでもクロノオ歩兵隊の中で最高の地位と言われる下士官なんだよな?
こんなに頼りなさそうな奴が下士官でいいの?と思うのだが、アカマル的にはオッケーらしい。
皆のユーザリアへの評価は、「少し傲慢だが、思慮深く冷静で、強さも申し分ない。」だ。
特に俺は思慮深く冷静という部分に納得できない。
俺と話すときは常に緊張しているかのように体を硬直させ、命令を出すと忙しなく体を動かす。
冷静とは程遠い気がする。
まさか俺だけにそんな態度をとっているのだろうか?
いや、それはないだろうな。
ユーザリアが俺に怯える理由なんてないし。
まあいいや、とりあえず命令だ。
「皆をここに集めてくれ。」
「…みみみ皆、とは?」
「軍部のやつとグランベルとマーチとパラモンドとクラリスだ。」
「は、はあ…ってええええええ!!!そんな偉い人に俺が話しかけるんですか!?」
「頑張れ!!」
俺はユーザリアの背中を強く叩く。
ユーザリア君が少し涙目だが、気にしないことにしよう。
彼は思慮深くて冷静沈着なのだから。
これくらいの任務軽々とやって退けるはずだ。
俺は全てをユーザリアに丸投げして、皆がくるのを待つのだった。
「では「師」の皆様は…。」
「彼らはその尊い命をあの場で散らしました。」
「つまり、彼らは死んでしまったのですか!」
幼い少女と初老が言い争う。
少女、ヴィルソフィアは初老、ザンに詰めかかる。
「なぜ彼らは死んでしまう必要があったのですか!なぜ彼らはいなくなってしまったのですか!私は、私は皆様を守るためにここにいるのに…。」
「ヴィルソフィア様。彼らはあなたのために命を散らしました。それを弔うのがあなた様の役目で…。」
「役目!?私はただ…。皆に生きてほしくて…!」
ついには泣き出してしまうヴィルソフィア。
なんとも心が痛ましくなる光景だ。
だが、ザンはそれを見て何も感じない。
仲間である「師」を見捨ててのうのうと城で生きていても、幼い少女が泣いていても。
全ての感覚を抹消して、ただ欲望に塗りつぶされた目でザンはヴィルソフィアを見る。
ただこの少女の泣き声がうるさいなと。
もうすでに、ザンは狂ってしまったのだった。