二章 第八十二話 対エレメント8
「皆は大丈夫でしょうか?」
エレメント本城。
様々な鉱石が埋め込まれた品のある城の最上階。
そこで言葉を発する一人の少女。
そばに支えていたその少年のような人物が、
「心配は要りません。ザン様の策略は私と共に立てたもの。抜けがあるはずなど…。」
「…そうですね。ザンとあなたなら…。」
その少女を安心させるために言葉を紡ぐ。
そこで…。
「失礼します!!テーラード様はいらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、俺はここだ。」
少年、テーラードの家臣が部屋に入ってくる。
そして、その家臣が少女を見るや否や、
「これは!?ヴィルソフィア様であられますか!?」
少女、ヴィルソフィアに対して驚き、すぐに土下座をする。
「ヴィルソフィア様の許可なく部屋に入るなど、万死に値します!誠に申し訳ありません!」
大袈裟ともいえるヴィルソフィアに対する謝罪も、この宗教国家エレメントでは当たり前だ。
国民のほぼ全てがヴィルソフィアを現人神として崇めているのだから。
ヴィルソフィアはその様子をみて困った顔をする。
どうすればいいのかわからないのだろう。
テーラードはザンがやっているようにヴィルソフィアの口元に耳を近づけて、頷くフリをする。
そして、テーラードは腹心に向き直り、
「ヴィルソフィア様の寛大なお言葉により、貴様は特に処罰を受ける必要はない。今回の戦争で活躍することをその詫びとして受け取るとのことだ。」
「…!なんと、…!」
その処遇に家臣は感激し、なぜか涙ぐむ。
やはりその大袈裟な態度に、テーラードはため息をつくと、
「で、要件は何だ?」
「ハッ。ザン様率いるエレメント軍が戦争予定地に到着した模様。」
「そうか。」
それだけ言うと、家臣は礼をして部屋を出る。
扉が閉まる音を聞くと、ヴィルソフィアは深くため息をつき、
「皆が困っているこんな時も、私は言葉を発することができないのですか?」
「ええ、ヴィルソフィア様は現人神。代々語り役と世話係しか会話を許されていません。」
「そうですか…。」
テーラードの指摘に落ち込むヴィルソフィア。
エレメントの今の語り役はザンだ。
ではなぜ語り役でないテーラードとヴィルソフィアが会話をしているかと言うと、ザンがテーラードに語り役代理の座を渡したからだ。
ザンは今戦争をしているので、代わりにテーラードが語り役としてヴィルソフィアのそばにいるのだ。
「私に何か力になれることは…。」
一人で国のためにと必死で考える少女。
その様子をテーラードは見ながら、ヴィルソフィアにバレないように顔をニヤリと歪める。
テーラードは考える。
この戦争の鍵を握っているのは、ファントムでもエレメントでも、ましてやクロノオでもない。
「そう、敵というのはどこにでもいるものさ。」
テーラードはその不快な笑みを一層深くしながら、来たるべき時を待つのだった。
「離脱!!」
テルルのその一声に動かされ、クロノオ軍は徐々に後ろに引いていった。
そして、それを逃すまいと追撃を重ねるエレメント兵。
決してうしろの魔法使いと離れるなという命令も聞かずに、
「おい!貴様ら!何をしている!」
勝手に動き出すエレメント兵をザンは引き止めようとするが、皆はクロノオ攻めに一心不乱だ。
このままでは、魔法使いたちに直接攻撃をしかけられる可能性がある。
…ぐぬぬ。
ザンは悔しながらに策をまとめると、魔法使い達を振り返り、
「貴様ら!全力で魔法を放て!奴らをこちらに近づけるな!」
エレメントの本気を見せてやろうではないか。
この世界でも屈指の魔法をとくと見るが良い。
よし、うまくおびき出せている。
テルルはそのことに安堵しながら、さらに指示を飛ばす。
「三番まだ耐えて!十番代は下がって!」
状況を判断。
相手が策に乗せられていることを悟らないようにうまく調整しながら。
うまくいかないところはユーバとメカルに助けてもらないながら。
しかし、
「…え?」
テルルが想像もしていないことが起きる。
いきなりクロノオ軍の中央で火が燃え上がったのだった。
川の水を巻き込み、それが小規模な水蒸気爆発を起こす。
間違いなく魔法だ。
でも、魔法陣が見えなかった。
いきなり何の前触れもなく、魔法が放たれたという事実はテルルにとっても初耳だった。
そのままいくつかの地点で先ほどのように予兆のない魔法が放たれる。
それも全て中級魔法レベルだ。
思わぬ方向からの思わぬ攻撃に、クロノオ兵も混乱している。
このままではエレメント兵に押し切られてしまうだろう。
テルルはどうすべきか悩んでいると、
「テルル殿。」
「ああ、メカルさん。」
「先ほどの攻撃の件なのですが…。」
メカルが何か思い付いたらしい。
何か打開策が思い付いたのだろうか。
メカルに期待の眼差しを向けるが、それにメカルは申し訳なさそうに首を振り、
「いえ、打開策は未だわかりません。ですが、魔法陣を出さずに魔法を出す方法が朧げながらわかりました。」
「…!それは何?」
「おそらく、魔法陣に魔法を重ねているのかと。」
「??」
「…つまりですね、エレメントが何かを隠蔽する魔法を開発して、それを様々な魔法と併用することで魔法の存在を隠蔽しているのです。」
なるほど、とテルルは思った。
つまり普通の魔法にその隠蔽魔法を重ねて使用することで魔法を隠しているというわけだ。
カラクリは何となくわかった。
だが、打開策は?
テルルはまたそこで頭を悩ませる。
そこでふと、自身の中にある神々しい何かの存在に気がついた。
まさかこれは、
「…加護…?」
「…?テルル殿、どうかされましたか?」
「いえ、どうやら私、加護を手に入れたみたいで。」
「…!すぐに見せてください!」
加護の話を打ち明けると、メカルはいきなり血相を変えてこちらに迫る。
「ど、どうしたの?それに、見せるって?」
「あ、いえ。少し取り乱しました。」
少し顔を赤らめるメカル。
その誰得の動作に、メカルの意外な一面が見えた気がして、テルルは自然と頬を緩ませる。
メカルは一つ咳払いすると、
「加護とは、その時々の人の願いが形となったものです。もしかしたらテルル殿がこの状況を打開することを願ったからから生まれた加護かもしれないですし、それならばこの状況を打開するキーとなることも。」
「あーなるほど。」
そんなに強く願った覚えはないが、その可能性があるのなら願ったり叶ったりだ。
そして…
「加護の存在を世界に対して公開していただければ、私の加護で詳細を確認できます。」
「前ヒムラにやったやつね。」
「ええ、お願いします。」
メカルの言葉に従い、テルルは心の中の存在を世界に示す。
大層なことをしているように見えるが、ただ考えを変えただけだ。
だが、それは明確にメカルに伝わる。
メカルは目を閉じて加護の確認をし、
「これは、いけますぞ!!」
嬉しそうに宣言したのだった。