二章 第八十話 対エレメント6『テルル2』
「あなたを魔法学校に歓迎します。」
「…ぅ?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
魔法学校?
なんだそれは。
魔法の勉強をするところか?
8歳の頃から何も教えられていない私は、魔法学校などと言う場所は無知の領域内のものだった。
カンゲイ。
「カンゲイって、なぁ、に?」
「あなたは魔法学校に行けるのですよ。」
「…!!!」
魔法学校に行ける。
なんだかよくわからないが、この部屋から出られるのは確からしい。
それを悟った瞬間、私は歓喜に打ち震えた。
暗い檻から出る動物の気持ちというものが生まれて初めて身にしみた。
やっとこの呪縛から解放される。
だが、その頃私を縛っていた呪縛はこの部屋だけではなかった。
「…ちょ、ちょっと待て!」
父親が待ったをかける。
親の了承もなしに娘を魔法学校に連れ去ることに怒っていルわけではない。
危険物を持ち出そうとすることに対して怒っているのだ。
所詮、私は物。
危険な存在。
外に出してはいけないモノ。
「あんたはコレの危険性をわかってないからそんなことが言えるんだ!!コレのせいでいくら被害が出たと思っている!」
「それほど人が死んだと言うことですか?」
「いや、…人は死んでないが!それでも!村の財源の小麦が燃やされたこともあった!大切な道を破壊されたこともあった!」
「だから?この子が危険だとでも!」
「全てコレが近くにいた時だけだ!それにな、人が死んでないと言っても、けが人ならたくさんいる!火傷した人なんて数えきれないし、骨折をした人だっている!」
父親とメイーシャの言い合いは続く。
父親が言っていた被害は全て真実だ。
私が近くにいるだけで怪奇現象は多発した。
被害だって決して小さいとは言えない。
父親の気持ちも、今の私ならば理解できる。
だけど、メイーシャはそんな言葉にも動じず、
「ならば、私どもがこの子を預からせていただきます。それならあなた方にも被害が出ないでしょう?」
「…確かにそうだな。」
父親はその言葉に納得を示す。
私を追い出そうとしているのか?
私を何処かに飛ばしてしまおうと言うのか?
この後に及んでまだ親の善性を信じていた私は、そんな言葉に泣き出しそうになる。
見捨てないで。
置いていかないで。
魔法学校に行くと言うこととはそう言うことだったのか。
この部屋から出てしまっては、親とも離れ離れになる。
それが嫌で泣こうとした時、母親が口を開く。
私を引き止めてくれると期待して、
「確かにこんなところで放置していては被害も拡大するでしょうね。わかりました。メイーシャ殿。コレを引き渡します。」
「了承しました。」
そんなことは起こらない。
親はすでに私を物だと思っている。
私の感情も痛みも全て無視して考えることができるのだ。
どうして!
どうして私はそんな扱いを受けなければならないの!
こんなにも心が叫んでいるのに、
泣き出しても二人は嫌な音を聞いたとばかりに顔をしかめる。
そして、メイーシャがこちらに近づいて、
「さあ私といきましょう。」
「…いや、」
手を差し出す。
この手を取ってはいけない。
私はまだ親に愛されることができる。
そのために監禁部屋に戻らなければならない。
そんな心。
愛されたいとまだ願っている心。
これが私の呪いだ。
だから私はここから出られない。
愛されることなんてないと知っていれば、もしかしたら嬉々として魔法学校に行ったかもしれない。
でも、私は愚かにもまだ親を信じる。
この頃から私は生きるのがとても下手くそだった。
あるはずのないものにすがりついて、空っぽの手を振り回し続ける。
それを見たメイーシャはため息をつくと、
「これで永遠の別れではありません。また戻りたいと思った時に戻って来れます。」
「本当?」
「本当です。」
こちらを安心させるように、メイーシャは言う。
表面だけの優しさだけで塗りつぶされた声。
それでも幼き頃の私に取ってそれは今掴むことのできるものの全てだった。
それにすがり、私かこくりこくりとうなずいた。
私はメイーシャに手を引かれて、部屋のそとに、家の外に出る。
そして、
村の皆がこちらを怪訝な目で見つめる。
家の周りに野次馬として集まっていたのだろう。
あるものはこちらを見るとすぐに顔を背け、あるものはこちらに唾を吐く。
居場所はない。
私はそのことを幼いながらに悟ると、メイーシャと一緒に村を出たのだった。
魔法学校の生活は端的に言って仕舞えばあっという間だった。
私は魔法学校のカリキュラムを半分以下の時間で終わらせてしまったからだ。
私を脅かす不思議な現象も、魔法を習って一二ヶ月で起こらなくなった。
今思えばあれは魔法の類だったのではと思う。
無意識のうちに魔法を発動していたと考えると笑ってしまうようなことだが、おそらく事実だ。
学校生活は可もなく不可もなくと言う感じだ。
私は飛び級を繰り返していたので、七年間一緒に学んだ友人というものを持った試しはない。
一年だけの付き合いの知人や友人がいただけだ。
ここでも私の居場所はなかった。
一年経てば何処かに行ってしまう人物の居場所なんてないに等しい。
一番初めに一緒に学んだ生徒たちは、私が魔法学校を卒業したときは四学年下となっていたのだ。
卒業式で皆の前に立った時、彼らの怪訝な瞳が忘れられない。
あれは、私が村を出て行った時の村の人々との目と同じだ。
こちらを排除するかのような目。
いらないものを見るかのような目。
魔法学校の場合は幾分か嫉妬がプラスされていたように思える。
まあそんな感じで、結局自分の居場所を見つけられないまま、私は学校を卒業する。
ちなみにメイーシャとの関係は他の生徒と変わらない。
少しは可愛がってもらえていたとは思うが、基本的に生徒と教師の関係だった。
つまりは、メイーシャもただ優秀な魔法使いが欲しかっただけ。
別にそれが悪いことだとは思わないし、私をあの部屋から引き摺り出してくれたことは感謝している。
だが、メイーシャの善性も見つけられないままだ。
誰も信じれない。
でも、誰かを信じたいから誰かを信じ続ける。
私の不器用さは、結局はそこにたどり着く。
自分が信じていれば相手も信じてくれる。
傲慢でひどく矮小な考え。
子供っぽくて馬鹿な思い。
それを引きずったまま、私は魔法学校を卒業する。
まだ魔法使い隊として戦争に参加していい年齢ではなかったため、私の選択肢はその時点ではただ一つだった。
村に戻る。
あの部屋に戻る。
それが正解なのか。
どうすれば正解なのか。
もちろん怪奇現象の制御はできている。
だけど、もうすでに私を人として見るのをやめてしまった彼らがそれを信じるか?
私の言うことを誰か信じてくれるだろうか。
信じてくれると私はその時思っていた。
でも、確信はなかった。
だから悩む。
悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで、
ある日、軍部というものの設立が発表された。
これだ、と私は手を打った。
この軍部というものに入り、村に帰る時を先延ばしにしよう。
そうして私は試験を突破し軍部に入る。
まああっさりと簡単に試験は突破できた。
もしかしたら、この軍部というばならば私を認めてくれるんじゃないか?
そんな期待を胸に、私は軍部の扉を開ける。
簡単に言えば、覚悟が足りなかったのだと思う。
軍部というものは戦争をするためのところだという覚悟が。
その結果が今の状況だ。
兵の誰も私のいうことを聞いてくれず、一人で蹲る。
覚悟が足りず軍部に入り、上には上がいることを知り、なんとか皆に認めてもらい居場所を獲得するために軍部大会で優勝を目指した。
全て私のわがままだ。
それを今自覚した。
だから、私はこの場にいるべきではない。
ユーバやアカマル、ヒムラが軍を動かした方がよっぽど良い。
皆は彼らのことを信じている。
そして彼らも信頼されるだけの技量と力がある。
それに比べ私はどうだ?
逃げるために軍部に入り、覚悟もないまま指揮権を握ってしまっている。
今すぐユーバに指揮権を渡して…。
「テルルちゃん。」
「もういいわよ。あなたが指揮を…。」
「テルルちゃん!」
諦めようとしたその時、叫び声が聞こえた。
名前を呼ぶだけのその叫びに悲痛な何かを感じた私は、思わずユーバを振り返る。
「…どうして…。」
そこには、怒りで顔を赤く染めるユーバがいたのだった。
エレメント編あと3話くらいです。
二章は100話ほどを予定しているのであと20話くらいはあります。
まあつまりあと一個くらいイベントがあるわけでそこで色々と伏線を回収していきますので安心してください。