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神速の軍師 ~転生した歴史教師の無双戦記~  作者: ペンシル
第二章 神速と包囲
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二章 第七十九話 対エレメント5『テルル1』


 私が生まれたのは、なんてことないクロノオの小さな村だった。

 当たり前のように生まれて、当たり前のように両親から愛され、当たり前のように成長して…。

 それがありえない日々となったのはいつからだろうか。


 理由だって、原因だって、納得だってまだ見つかっていない。

 全てを無に期してしまったのは、全てあの日が始まりだ。


 あの日…。

 なんてことはない、穏やかな一日だった。

 私はまだ幼く、村の子供達と一緒になって駆け回りながら遊んでいた。


「テルルちゃん、!こっちこっち。」


「あはは!待って待って!」


 花畑を遠慮なく横断し、ただ仲間を背中を追いかけようと走った。

 そして、気がつく頃には小さな丘にたどり着いていた。


 その頃の私のお気に入りの場所だった。

 緑一面に生い茂っているその丘の一番上に登ると、街を見渡すことができたのだ。

 楽しそうに散歩する老夫婦。

 牛の乳を絞る牧師。

 洗濯をしようと川に出かける村の主婦たち。

 その中に、


「あ、あれ私のママだ!」


「本当だ!ねえねえテルルちゃん!私のママも!」


 自分たちの親を見つけて、騒ぐ私たち。


 そのころは親の無償の愛というものを信じていたように思う。

 私が何をしても、何になっても、親は全てを受け入れてくれるものだと思った。


 事実、私が泥だらけで家に帰ってきた時も、親の言うことを聞かなかった時も、親は全てを受け入れてくれた。

 最後には自分を抱きしめてくれるのだと、私は残酷にも信じていた。

 

「あっ、花だ!」


 私は丘の上に一輪の小さな花が咲いているのを見つけた。

 丘の上に可愛らしく咲いているのが、その花の気高さをより表している気がする。

 そして、私たちの興味は眼下の光景ではなくて花に注がれた。


「青だねー」


「青いねー。裏は白いよ!」


「違うよ!これは白じゃなくて青だよ!」


 些細なことで言い争って、そんな時間すらも宝物だ。

 だから、それ以上は…。


「じゃあ、ちゃんと確かめようよ!」


「わかった!どっちが本当か確かめよう!」


 花びらをつまみ、友達が裏返す。

 色は白と青の中間の色をしていて、判別などつきようもない。

 だけど、私たちはじっくりとその花びらの裏を見続け、


 花弁が燃えた。

 

 本当に突然、花弁が燃えた。

 青い花びらを赤い炎が埋め尽くし、一瞬で灰に変えてしまう。

 そして、当然花びらを掴んでいた友達は、


「熱い———ッ!!」


 その炎に巻き込まれて、指が火傷してしまった。


 何が起こったのか理解できなかった。

 突然燃える花というものを、幼い私は知らなかったし、ただ何もできず泣き喚くことしかできなかった。

 いつまでも、いつまでも、


 帰りが遅いと慌てた親が迎えにきてくれたのは、もう日がくれた頃である。




 それから、私の周りで怪奇現象と呼べるものが多発した。

 

 ある時は周りの子が体調を悪くした。

 ある時は物が突然動き出した。

 ある時は地搖れが起こった。


 そんなことが重なっていくうちに、原因が私だと皆が思うようになった。


 いつも遊んでいた友達と、遊ばなくなった。

 村の人たちがどんどん私を特異の目で見つめた。

 そして、私の最愛の親ですらも…。


「テルル。この部屋でこれからは過ごしなさい。」


 母親に引っ張られて、向かったのか私の家のある一室だった。

 そこはすでに所々が腐敗していて、今にも崩れ落ちそうだ。

 とても子供の少女が過ごすような場所ではない。


 私は目に理解不能の四文字を浮かべ、


「ママ、どうしてここなの?」


「はあ。あんたわかってないの?あんたがいることで、村の人みんなが迷惑してるのよ!」


 そう私を怒鳴りつける母親。

 そこにいつものような優しさなど微塵もなかった。

 

 自覚はしていた、私が迷惑をかけているのだって。

 でも、面と向かって言われたことはこれまで一度たりともなかった。

 

 暗闇に突き落とされる。

 深く深く、もう戻れないほどの孤独感が私を襲った。

 自分の存在が否定されたようで。

 涙すらも出ない。

 ただただ孤独感が私を支配した。


「この…部屋、は?」


 かすれた、上ずった声で私は母親に尋ねる。

 

 まさか、母親である彼女が私をそんなふうに扱ったりは…


「あなたを、閉じ込めるためのものよ。この部屋から出ないで。」


 そんなことはなかった。

 血の繋がりも、くれた名前も、通じ合う心も、全て断ち切られた。

 私の常識が根底から崩れ去る。

 バラバラになって、全て無に期していった。

 

 母親を信じていた、無償の愛をもらえるのだと。

 

 でも…

 でも…!


 扉が閉められ、鍵がかけられる。


 それから私は、一人でこの部屋の中で過ごした。

 食事はしっかり扉の隙間から渡されるし、トイレも併設されていたので、日常生活で困ることはあまりなかった。

 体も、なぜだかわからないが、念じれば綺麗になったので、とりあえず清潔さも保っていた。


 ただ、私はいつも他の時間を扉を見て過ごした。

 扉が開かれ、優しい母親の顔が覗くのを待っていた。

 馬鹿らしいが、この後に及んで私はまだ母親の善性を信じている節がある。

 

 私はまだ母親に愛されることができる。

 いつか扉を開けに来てくれると信じている。


 でも、そんなことは起こらず一年の時がすぎた。

 服はボロボロで、髪はボサボサ。

 部屋の腐敗もさらに進行し、虫が所々出入りしている。

 食事が足りないと思った時には、虫を食べて生きながらえたので特にそのことを嫌がったりはしない。


 私はいつものように扉の前に座る。

 ただただ親が扉を開けてくれるのを待って。

 友達が遊びに来てくれるのを待って。

 村の人が優しく迎えに来てくれるのを待って。


 不意に、外が騒がしくなる。

 何が起こったのだろう。

 

「でも…」


「しかし…」


「ダメだ…」


 誰かと誰かが言い争う音が聞こえる。

 片方は母親だ、脇に父親もいるのかもしれない。

 もう片方は、私も知らない。

 誰だろうか。


 そして、程なく足音がこちらに近づき、扉の前で止まる。

 扉が開け放たれ、そこにいたのは長年待ち望んでいた母親ではなく…


「こんにちは。私は魔法学校総長のメイーシャです。」


 初老のおばあさんがそこに立っていた。




「テルルさん、ですね。」


「………っあ、…い。」


 ずっと声を出していなかったので、かすれたような声しか出なかった。

 でも、同意しているのがメイーシャにも伝わったのだろう。

 テルルのその薄汚れた姿を一瞥し、顔をしかめる。

 

 もしかしたら、この人が私を助けに来てくれたのか…?

 

「…待ってください!魔法学校総長殿!」


「…その扉を…!」


 奥からドタバタと足音が聞こえ、私の母親と父親が現れる。

 あんなにも顔を見たかった二人だ。

 でも、二人は私をガラクタでも見るように一瞥すると、


「なぜ開けてしまったのです!」


「コレは厄災です!下手すれば…!」


「黙りなさい!!あなたたちの意思は関係ありません。私はただ確かめるためにここに来ただけです。」


 慌てる二人をメイーシャは一喝すると、こちらに向き直り、


「あなたの名前と年齢を、今一度教えてください。」


「…なあ、えはテル、ル。年は、きゅ、う…っ」


 辿々しく言葉を紡ぐ。 

 ただ見知らぬ女性のために声を振り絞る。


 メイーシャはその言葉を聞いて頷くと、


「では、こちらの水晶に手をかざしてください。」


 青色に輝く水晶をこちらに差し出す。

 それがなんなのか、テルルは知らない。

 でも、ただ言いなりになって水晶に手をかざした。


 その瞬間、水晶が光った。

 それも尋常じゃない光量で。


「これは…!!」


「まさか…!!」


 母親と父親が同時に驚いた。

 そんなに驚くようなことなのかと、私は首を傾げる。

 

 そして、当のメイーシャは興奮したように顔を赤くすると、

 こちらに向き直って優雅な仕草で一礼し、


「改めて、私は魔法学校総長のメイーシャ。あなたを魔法学校に歓迎します。」


 そう言い放ったのだった。


 


 

 

 

 

 



二話つづきます

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