二章 第七十四話 誤解の氷解
「いえ、いえヒムラ様!これは誤解なのです。」
パラモンドが慌てたように弁解する。
しらばっくれているのか、本当に知らないのか。
それがわからないうちは高圧的に接しなければならない。
「ほう?」
「先ほど、シネマの一部民衆がルーンと結託しこの戦争に参加するとの通達が…。」
「…なるほど。」
パラモンドの話は筋が通っている。
だが、本当かどうかは議論の余地がある。
都合の良い話をでっち上げた可能性があるな。
そこで、俺は今この城に集まっている兵に目を向けた。
「この兵達は?」
「クロノオとの条約を破ってしまったのはこちらの責任です。ですので、ルーンと反乱兵の足止めをするために…。」
「そのままクロノオ本城に攻め入るつもりは?」
「そんなことは微塵もありません!」
必死にこちらに訴えかけるパラモンド。
すると、城の奥から太った人物が出てくる。
カスタル王だ。
俺を見るなり、慌てたように頭を下げ、
「ヒムラ殿!これはどのような騒ぎであるか!?」
戸惑うカスタル。
どうやらこのことは知らされていなかったらしい。
となると…
「パラモンド。どういうことか説明せよ。」
「それは…シネマの民の一部がクロノオに対して反旗を翻してしまい…。」
「なんじゃと!?なぜそれを余に言わんのだ?」
「それは、カスタル様に不要な迷惑をかけたくなく存じまして…」
パラモンドはカスタルに知らせなかったらしい。
そしてそれはカスタルに不要な心配をさせないため。
それを聞いたカスタルは、慌てたようにこちらを見ると、
「申し訳ない!クロノオからの恩をこのような形で返してしまったのは誠に…誠に申し訳ないと思っておる!どうか…、どうか!」
王自らが謝罪をした。
うん、まあパラモンドの話は本当そうだ。
何より国王自ら軍師である俺に頭を下げたのだ。
誠意が伝わったというものだろう。
俺はカスタル王を見ると、
「わかりました。では、早速対処を開始しましょう。」
「それはよろしいのですが、兵力はあちらの方が上です。いかがいたしましょう。」
パラモンドが不安げにこちらを見つめる。
ちなみに、肩に当ててしまった剣の傷は先ほど魔法で治してある。
俺はそんなパラモンドを見てニヤリと笑うと、
「相手の兵力は?」
「偵察隊によると、ルーン兵が四千。シネマ反乱軍が三千であります。」
「分かった、ではシネマ軍は反乱軍の対処をしろ。なんとか説得をしてくれ。」
「ハッ!しかし…ルーン兵の方は…?」
「俺がいくよ。」
その言葉にパラモンドは不安そうにこちらを見る。
まあ大丈夫だって。
ルーンに相当な強者がいなければ、勝つことは可能だろうからな。
「では、いくぞ!」
無音がうるさい夜。
ゆらりと動く人影が際立って見えた。
その人影は、
「はあ、やっとこの日が来たのね。」
気怠そうな女の声。
セカン村と呼ばれるそれなりに大きな村の中心。
村長であるクオーツの家の前に立つ。
その女、フーラ。
いや、本名はフリルラルという。
長かったとフリルラルは月を見上げる。
ついにこの日、クロノオ滅亡の日がきたのだと。
そのことに歓喜し、覚悟を決めるフリルラル。
そしてクオーツの部屋を開け、彼を人質にしようと、
「あなたがルーンの間者だというのは初めてあった時からわかっていた。」
「…!誰よ!」
ドアノブに手をかけたとき、そんな声が後ろからした。
少女の声だった。
まさか、村の子供にこのことがバレていたのか?
振り返った先の地面から、ぬうっと出てくる一人の少女。
その子は、
「おそらくヒムラ様ならそう言ったでしょう。それがあなたへの最終通告よ。」
藍色の髪の毛を無造作に垂らすロイが、そう言った。
イルマーは軍を率いてクロノオまで向かう。
左側にはルーン兵四千、右側にはシネマ兵三千。
シネマ兵を扇動するとは、腐ってもルーン国王だなと呆れるイルマー。
エレメントの魔法研究員の一人にして、ザン様一の忠臣。
イルマーの肩書はそれである。
最近は新参がザンに気に入られていて気に食わないが、それでもザンに仕える中で最高の人物だと自身を評価している。
そしてそのザンの命令を受けてこの軍を率いているのだと。
そう思うとイルマーは誇らしく思える。
もうすぐクロノオ領に入るが、心配はいらない。
普通であれば各村々が抵抗してくるものなのだが、それが起こらないことをイルマーは確信している。
どうやらフェローによると各村々はルーンが無力化しているという話だ。
ルーンはもともとクロノオとの間の各村に様々な間者を送り込ませていたらしい。
そして彼らが村の要職につくことで、村をうまく支配する。
そしてルーンがクロノオを攻めるときにはその権力を使って各村々を無力化する予定だったという。
この作戦は成功し、あるものは村の話し合いに参加できたり、あるものは村長の治癒をすることで村長の命を握っている者までいるらしい。
この者達が無抵抗を訴えたり、もしくは無抵抗をするよう脅したりするのだ。
そしてその作戦が今すでに実行され、各村々はすでに調理済みなんだとか。
その用意周到さに舌を巻くと、イルマーは兵達を見て、
「そろそろクロノオ領に入る!気を引き締めよ!」
「「「おおーー!!!」」」
その元気の良い掛け声にイルマーは満足げに頷くと、彼らを哀れむ。
彼らは所詮エレメントの捨て駒でしかないんだと。
この兵達は秘密裏に、つまりクロノオに知られずに行動をとっていると思い込んでいる。
だが実際は違う。
エレメントがうまく情報を操作し、クロノオ軍師ヒムラにこの情報は伝わっている。
それも盛大に虚飾を加えて、シネマとルーンの二国がクロノオの敵に回ったと思わせた。
そうするとどうなるか。
クロノオはシネマとルーンの対処に兵を回さなければいけなくなる。
となるとエレメントを攻撃している兵の中から幾らかをそちらに当てることになるのだ。
よってエレメントを攻める兵の数が減る。
そうすればエレメントの勝利は確実なものとなるのだ。
つまりこのルーン・シネマ兵は兵力分散のための囮。
作戦を立てたザンの頭の良さに心酔しながら、イルマーは足を進め、
「あれは、何だ?」
イルマーが凝らした目の先に、たくさんの人影が待ち構えていた。
その数は三千ほどだろうか。
ここでイルマーは、この人たちはクロノオ軍だと確信した。
ルーンのクロノオ襲撃を受けて、大慌てでクロノオに戻ってきたのだと。
シネマではありえないはずだ。
クロノオの領地にシネマ兵が軍を敷くなどということはありえない。
あったとしてもクロノオ側の許可を得なければならないはずで、時間的にもそれは不可能だ。
長距離を一瞬で移動できる人物がいない限り。
クロノオ軍がこちらに戻ってきたのなら、好都合だ。
すぐさまザンが残ったクロノオ軍を打破して、クロノオ本城を襲撃してくれるだろう。
そのための陽動のコマがルーン、シネマ。
そして、一定の距離を持って二つの軍隊は近づく。
こちらが前に出ると、相手側も二人の人物が前に出た。
一人は老け始めのような男性であった。
黒い髪の所々に白髪があり、疲れたような顔をした中年の男性。
それを見たシネマ兵反乱軍の皆が息をのみ、
「…パラモンド様…」
と呟いた。
まさか、この人物があの「策士」パラモンドなのか!?
想像以上に老けていることも驚きだが、それよりも重要なことがある。
なぜパラモンドが、シネマの人間がこの場にいるのだ?
となると、後ろに率いている兵はシネマの残りの兵!?
では、前に出たもう一人の人物である少年は?
スカイブルーの瞳に、それと同じ色の髪の毛。
背丈は10歳前後といったところか。
そして、中性的な顔はイルマーでさえも一瞬見惚れてしまうほどに美形だった。
この人物はまさか…。
「貴殿が、ルーンとシネマの代表で間違いないな?」
「…。」
あまりにもひんやりとした声に、イルマーは背筋を凍らせずにはいられなかった。