二章 第七十二話 対エレメント3
まず手始めと言わんばかりに放たれた魔法は、中位魔法赤魔法三連発だ。
さすがエレメント、高水準の魔法を使ってくる。
だが、そのレベルではクロノオ志願兵には通用しないのだ。
日々クロノオ志願兵は訓練を積み重ねていて、下位魔法A級魔法ならば怪我もせずに耐え切ることができるらしい。
中位魔法赤魔法を喰らったとしても火傷するくらいだ。
これまで数々の死線をくぐらされたクロノオ兵にとって火傷くらいで足を止めたりしない。
クロノオ兵はその三発の魔法にには目もくれず、エレメント兵の攻撃を再開する。
「なぜだ!?なぜ魔法が効かない!?」
ザンも慌てているな。
まあ、さすがに今の魔法がエレメントの本気ってわけではないだろうし、今度はもっと強力なのが来るかもしれない。
「全員。魔法攻撃に警戒しろ!」
とりあえず注意喚起をする。
相手が本気を出す前にエレメントの魔法使いを攻撃したいものだ。
おそらく戦闘能力はないエレメントの魔法使いなど、一度クロノオ志願兵が辿りついたら蹂躙できるだろうけど、いかんせん傭兵達の守りが硬い。
そもそも数からして1.5倍ほどもいるのだ。
そう簡単に抜けることはできないだろう。
相手のエレメントの魔法使いに対して魔法を放ったらいいじゃないかと思うかもしれないが、それこそ無理な話だ。
おそらくは「対魔法結界」がかなり強力に張られているからだ。
試しに攻撃してみてもいいかもしれないが、弾かれた場合体力の無駄遣いで終わってしまう。
多分俺の「次元一閃」で結界を破壊してもすぐに再生されてしまう。
つまり、兵が自ら対魔法結界の中に侵入して攻撃をしなければ光明は見えてこないわけだ。
そろそろ傭兵団も隊列を組みなおし、反撃しようとしている。
ならば、そろそろ陣形変更だ。
「では全体!ゆっくりとこちら側に戻ってこい!うまく相手を川の中に引き摺り込め!!」
「「「おおっ!!!」」」
俺の命令に元気よく答えるクロノオ志願兵。
エエエエエ
——エ——————
エクククククク
—ク———————
↓
———エエエエエ—
エエ↓↓↓↓↓
—ククククククク—
うまくエレメントを川の中に引きずり込んで、こちらに有利な形に持ち込む。
だが、さすがに2回目ともなるとエレメント軍も警戒してくる。
クロノオ軍を追うエレメント兵は少数で、残りは川の外で俺たちを警戒しながら見ている。
その時俺は、ふと違和感を覚えた。
ここまで俺たちを警戒してくるものなのだろうか。
確かに隙をつかれた左側のエレメント軍が警戒するのはわかるが、右側の軍も一切こちらの策略に引っかからない。
何かザンが裏で手を回しているのか?
見ると、ザンはエレメント兵達にもっと下がるよう合図しているのがわかる。
それを見て、俺の中に一つの考えが浮かんだ。
もしかしたら、ザンは傭兵達に何か命令しているのかもしれない。
例えば、ザンから、魔法使い達から離れてはいけないだとか。
確かに魔法使い達と傭兵達が分離してしまったら、そこにクロノオ兵が侵入されてエレメント軍は瓦解してしまう。
それを警戒してザンはエレメント兵達に前に出てはいけないと命令したのか。
ならば、それを逆手にとってしまおう。
先ほど左側のエレメント兵がクロノオ軍の動きにつられて前に出てしまった。
このことから察するに、軍の一部だけならば前に出て戦っても良いと命令を受けているのだ。
ならば…
俺は即興で立てた作戦の細かなところを設定し、
「ヒムラ様。」
「…ん?なんだメカル。」
「そろそろ日が暮れる模様であります。」
どうやら今日はここまでのようだ。
エレメント兵も野営の準備を始めているし。
さすがにこちらへの警備は万全だが…。
「よし、ならば一旦退却だ!!」
「「「おお!」」」
俺も志願兵達を退却させる。
とりあえず今日の戦は終わった。
だが、これから夜が明けるまでの体力勝負が始まるのだ。
場所は変わってこちらはエレメント陣の外周である。
傭兵団が三百人ずつ見回りをして夜の奇襲に備えている。
だが、いくら仕事だからといっても眠たいものは眠たい。
傭兵の一人はクロノオ側を見張りながら大きなあくびを繰り返す。
すると、不意にクロノオ側から明かりが見えたのだ。
一つ、二つ、三つ四つ。
まさかこちらを攻める気ではなかろうか。
それならば皆に知らせなければならない。
傭兵は皆を起こすかどうか迷っていると、不意に暗がりの中から赤い炎がこちらに向かってくる。
まさか…。
そう思った時にはすでに遅かった。
腕で抱え切れるくらいの大きさの火の玉が急速でこちらにぶつかり、傭兵は軽く吹き飛ばされる。
「…いてて。」
怪我は少し火傷しただけだが、尻餅をついたことで少し腰を捻ってしまった。
いや、自分のことを心配している場合ではない。
これは明らかに相手側の敵襲なのだから。
「敵襲!敵襲!」
傭兵は皆を叩き起こすと、大きな声で緊急を叫んだのだった。
「敵襲!敵襲!」
遠くからエレメント兵が叫んでいるのが聞こえる。
どうやら作戦は成功したらしい。
確かな手応えに俺はニヤッと笑っていると、
「…ねえ、なんかいけないことをしている気分なんだけど…。」
「言うな。俺もそう思っているんだから。」
「やっぱ自覚してるんじゃん!なんでこんな嫌がらせみたいな作戦しか思いつかないのよ!」
「勝つためには手段を選ばないのさ。」
そう、俺たちは別にエレメントを夜襲しようと言うつもりなんてない。
ただ、何個か火をつけて魔紙で魔法を放っただけだ。
だが、エレメント兵は俺たちが奇襲しようと思ったらしく、今も大慌てで戦闘準備をしている。
迫るつもりなんてないのにかわいそうだなと思いながら、俺はそれを見守るのだった。
翌日。
クロノオ兵達はぐっすり眠れたようで、所々笑みを浮かべながら戦闘準備をしている。
実はクロノオ兵は誰一人として見回りをしていない。
無用心だとは思うが、俺たちの場合見回りをする必要がないのだ。
夜のうちにこっそりクロノオ陣の周りに魔紙を大量に置いておいたのだ。
そこを通れば大きな音がなるので、あっさりと奇襲がバレるわけだ。
つくづく魔紙には感謝している。
ヨルデモンドから大量購入していたおかげだ。
対して、エレメント兵。
あのあと俺たちはちょくちょく嫌がらせをしたのだ。
手を変え品をかえ、時には本当に奇襲したりなんかして、相手の疲労を溜めさせた。
その結果が今のこれである。
エレメント兵は皆目を充血させ、疲れたように戦闘準備をしている。
こちらを睨んでいる奴も多いな。
まあ全て想定内だが。
相手の兵がこちらを憎く思うようになるとどうなるか。
当然戦ではこちらを攻めようとしてくるだろう。
どうせ統率のなっていない傭兵だ。
すぐにこちらに向かってしまい、魔法使い達と離れることになる。
その傭兵と魔法使い達を分離させ、その隙間に攻撃を仕掛ける。
傭兵達は包囲できるし、魔法使い達にも攻撃ができる。
我ながら素晴らしい作戦だ。
戦争準備はできた。
昨日のように両軍は向かい合う。
だが、戦争が始まる前にザンが額に青すじを浮かべながら、
「き、貴様!昨日のアレを卑怯だとは感じないのかあ!」
何か叫んでいるが、どうせ大したことではないだろう。
戦争にルールなんてない。
やったもん勝ちだし、思いついたもん勝ち。
それが分かってないのならば、ザンはまだ甘い。
「き、き、き、きっと後悔させてやるからな!」
恨み節をこちらに向けてぶつけると、すぐに自陣に引き下がってしまう。
では、そろそろいいだろう。
戦略も万全、だか警戒を怠らないようにして…
進め、と言おうとした時に、脇から何やら声がした。
「ヒムラ様!!」
「おお、メカルか。今は忙しいからまたあとで…」
「そんなことを言っている場合ではございませんぞ!」
メカルが必死の形相でこちらに何かを訴えようとしている。
そのメカルがなんとかいった言葉は、
「ルーンが、ルーンが挙兵いたしました!!しかも、シネマがそれに協力している模様!!」
「…!!」
ザンがニヤリと笑っているような気がした。