弓張月の君
夜風が頬をなでる。
思わず、肌をさすった。
あれからもう8年がたとうとしている。残念ながら、記憶はまだ色あせない。
「弓張月」
「ゆみはりづき?」
聞きなれない単語を口にしたのは君。
聞き返したのは自分。
彼女は、ふっと笑うと軽やかにブランコから飛び降りた。
彼女の目線をたどる。
暗い色をした空に、薄っすらと半月が輝いていた。
「半月、じゃなくて?」
彼女は、怪訝な顔をしてこちらを見た。
そしてひとつため息をつくと、残念そうにつぶやいた。
「君なら、分かってくれると思ったのに」
「何が」
「ものの見方、考え方はひとつじゃないってこと。」
彼女は、そばに置いてあったカバンを手に取ると、じゃあね、と小さく呟いて夜に溶け込んていった。
それ以来、彼女には会っていない。
もともと、住んでいる場所も、連絡先も、名前さえも知らない。
受験生と言う事から、おそらく同い年であったと思う。
予備校の終わりに、公園にいるとたまに現れた君。
たわいもない会話をして、いつも彼女から去っていく。
もっと親しくなれたら、と思っていた矢先の出来事だった。彼女に出会えなくなったのは。
大人になった今でも、あの時の答えを探している。
何と答えたら、また会ってくれたのだろうか。
「ゆみはりづき」
小さく呟いて、ブランコから立ち上がった。