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魔王の娘とシリアスクロニクル  作者: タマキ サクラ
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1章:1/4英雄譚と主人公交代

 


 俺の身体は今まで感じたことのないエネルギーのようなもので満ちていた。身体が軽い。いくら走ってもまるで疲れない。ジャンプしてみれば木のてっぺんにだって届く。


 これがルナの言っていた『力』なのだろう。


 手に握られている赤黒い剣をみつめる。なにをするべきなのか、なにをしなければいけないのか、俺にはしっかりとわかっていた。

 影の竜に狙いを定める。


「ガァアアアアアアア」


 俺に気付いた竜は、その身体を捕まえようと爪を伸ばす。拳一つ分のすれすれでかわし、地面を蹴り、竜の頭に向かって飛び上がる。


(今の俺ならこいつを倒せる)


 揺るぎない確信だった。


 赤黒い剣は竜の歯を折り、頭骨を砕き、そして喉笛を引き裂く。影の竜は最後に夜空の星を仰ぐと、砂埃を舞い上げながら地面に倒れた。執念深い瞳はまぶたの裏に沈み、二度と戻らなかった。


 自分がそれだけの力を出せるなんてうまく実感できなかった。まるで他人に借りた身体のようだ。


 でもそれは現実だった。

 俺はたったの一振りで竜を倒したのだ。


 辺りにさまよっていた影の残党が襲いかかってくるがまるで相手にならない。攻撃は遅く、身体は脆い。挙を胴体に打ち込むだけで、あれだ凶暴な影はピクリとも動かなくなる。あまりに弱すぎる。


 いや逆か。


 俺の肉体が、俺の感覚が、影と戦えるまでに強化されたのだろう。

 その力はしっかりと馴染み、すでに俺の一部として深く根が張られていた。あまりに自然に馴染みすぎているせいで、むしろ不自然に感じるのだ。


 影をあらかた倒すと、光のドームは薄いガラスのようにバラバラに砕けた。一帯に降り注ぐイルミネーションのような光。


 祝福の光のようだった。俺はわずかな間、その光を見上げる。しかし、慰めにはならなかった。

 それは天使の祝福でもなければ、終わりの合図でもなかったからだ。


 俺の目の前には、まだ一体の影が残っていた。


 山のように積み重なる影の死骸。そこを足場として影は立ち尽くす。

 その影は明らかに他の影とは異なる存在だった。剥き出しになった牙やナイフのような爪といった動物的な特徴は消え去さり、隆々とした筋肉の代わりに全身は甲冑のようなもので覆われていた。そして、手には岩でも砕けそうな巨大な大剣。

 その姿形は、俺に中世の処刑人を連想させた。


「ケケケケケケケ……」と影は笑う。


(人間の影?)


 どこから湧いて出たんだ。影はほとんど倒したはずだ。ドームの外から迷い込んだのか?


 俺は首を振る。


 いや、なんでもいい。

 どんな姿あれ影は影なのだ。倒すべき敵であるのことに変わりはない。俺は頭のスイッチを戦闘に切り替えた。


 俺は強く地面を蹴り、一瞬のうちに距離を詰める。

 その速さは予想外だったのだろう。影が防ごうとするより早く、胴に一閃を浴びせる。


 数メートル吹き飛んだ影は、しかしなんともなさそうに立ち上がるとゴリゴリ首を回す。


(硬い……なんだこいつ)


 直撃したはずだ。手応えはあった。他の影なら真っ二つになっていただろう。

 しかし、胴体が少し削れるだけで、まるで効いていない。


「ケケケケケ」


 人型の影はすごいスピードで宙を飛び、瓦割りの要領で剣を振った。俺はすかさず防御する。


「ぐっ……強い……」

 一撃は重く、早い。そしてべらぼうに硬い。

 ただの影ではない。周りとは一線を画す強さだ。


 でも、俺だって……!


 大剣を弾き返し、腕に素早く一太刀を入れる。影はぐらりと揺れるが、斬り落とすまでにはいかない。


 だったら!


 二撃目は首への突き。人の影ならここが急所だろ、と思ったのだが軽く吹き飛ぶだけだ。すぐに立ち上がる。


 俺は一旦距離を取った。

(やはりダメなのか……)

 優位に立ち回ることは出来るだろうが、それにしたって硬すぎる。このまま戦い続ければ、スタミナ勝負になるだろう。いくら力を手に入れたとはいえ、長期戦にはしたくなかった。まだ、戦闘に関して素人同然なのだ。

 なんとか打開する手段を見つけないと。


「……!!」

 背後の気配に、俺は剣を振るう。剣と剣はぶつかり合い、火花を散らした。二体目の人型の影だった。

 鎧の奥ではギョロギョロと目が動いている。

「ケケケケケ……ニンゲン……ニンゲン……」


「こんなときに!」


 二対一だ。

 一体でもやっとなのに、複数相手は荷が重すぎる。

 どうすればいい?


 同時に襲い掛かってくる二つの影。


(まずい……捌き切れない)


「下がっていろ!」

 聞き慣れない声と共に、一陣の風が吹く。

 風は鋭利な刃物になり影の鎧に深い傷をつけた。

「一の太刀-強風-」


 声の主は知らない女の子だった。いつのまにか俺のすぐ後ろに立っている。

 肩にかかる真っ赤な髪、鋭い目付き。学生服のようなブレザーとスカート。その手には一本の刀が握られていた。


 彼女はギロリと俺を睨む。

「邪魔だ」

 猫を持ち上げるように俺の首根っこを掴むと、俺は影とは反対側に投げ飛ばされた。


 頭から地面に叩きつけられる。

「痛いな。なにするんだよ」


 赤毛は俺のことなど気に止めずに影に斬りかかる。影も応戦するが、力の差は歴然だった。

 彼女がかなりの猛者であることは素人目でも分かる。攻撃は苛烈で、一切の隙を与えない。影は防戦一方だ。


 赤毛は影の懐に潜り込むと、刀を水平に構える。

「ニノ太刀-烈風-」

 影はとっさに大剣を振り下ろすが、目にも留まらぬ速さの剣筋は大剣ごとその身体を破壊する。


 まるで赤子の手を捻るようだった。

 それはルナや俺の戦い方とはまるで違う。実戦的で洗練されていた。そこには何年もの積み重ねを感じる。

 まさに影狩りのプロだ。


「ケケケケ……」


 血振りをする赤毛の背後から、もう一体の影が斬りかかる。しかし、彼女は振り向かない。


「危ない!」

 俺が叫ぶのと同時に、焦げるような熱風が頬をかすめた。


「フレイム」

 大剣が赤毛に届くより先に、炎の弾丸が影の手を撃ち抜く。影の手から大剣がこぼれ落ちた。

 弾道の元を辿ると、そこには黒い髪を三つ編みにした女の子の姿があった。手には残り火が舞っている。


 まるで魔法だ。


 大剣を失い無防備になった影の頭に、赤毛は剣先を突きつけた。影は逃げなかった。ただ、ケケケケケ……と笑うだけだ。

「消えろ、バケモノ-」

 影の頭が地面に落ちた。


 一体、彼女たちは何者なんだ。

 敵では無いことは分かる。だがそれだけだ。

 雰囲気はルナや村の人間とも違う。学生服のような格好にしたってそうだ。どちらかと言うと、都会的で、現代的だ。そして、風や炎の不思議な力。


 三つ編みの女の子が息を切らしながらこちらに駆け寄ってくる。赤毛と同じ学生服風な格好。彼女の仲間なのだろう。


「遅かったな。メニリィ」

 刀を鞘に納めながら赤毛は言う。


「ツバキちゃんが速すぎるのよ。あんなに走らなくたっていいじゃないの」

 メニリィと呼ばれた三つ編みは、ハァハァと肩で息をつきながら、辺りに転がる多数の影の死骸に目をやる。

「これ全部ツバキちゃんが倒したの? 」


「いや、私じゃない。私が倒したのはそこのヒトガタ二体だけだ。ここに到着したときには、コロニーはほとんど崩壊していた」


 二人の視線が俺に飛ぶ。

 つまり、と三つ編みは言う。

「この男の子がシャドウを倒したってことなのかな?」


 あぁ、と赤毛は頷く。

「別の誰かが派遣されたなんて話は聞いてない。状況から考えて、まあそうなんだろうな。にわかには信じ難いが」


 正確には俺よりもルナなのだけど、今は訂正している場合でもない。

 えっと、と俺はなんとか話に割って入る。

「二人はいったい?」


 癪に触ったのだろう。赤毛は怒鳴る。

「あんたらが呼んだだろう。だからわざわざ来てやったんだ。他人事みたいに言うな」


「もうツバキちゃんたら。そんな言い方ダメじゃない。仮にも依頼主なんだから」


 依頼主?

 いったい何のことだ。


 三つ編みは、俺の方を向いてニッコリと笑う。有能なウェイトレスのような非の打ち所のない素敵な笑顔だった。

「『シャドウ』討伐の依頼を受けてユースティアから来たの。私の名前はメニリィ。こっちの赤髪の子がツバキちゃん」


「シャドウ討伐?」


 つまりは、彼女たちが村の人間が言ってた都の討伐隊なんだろう。『討伐隊』と言う名前のイメージからして、屈強な男たちが来るものだと思っていたから、俺はとても不思議な気持ちになる。


 メニリィは俺に尋ねた。

「あなたは村の人じゃないの?」


「いや、俺は……旅をしてて。村に来たのは最近なんだ」

 俺たちにとって村は中継地点に過ぎなかった。

 ルナの提案で影を倒しに来ただけなのだ。


 ルナ、と俺は気付く。

「早く医者に連れてかないと」

 二人は顔を見合わせた。


 洞穴に戻る。

 ルナはここから出た時と同じ格好で横になっていた。手を握ると、びっくりするぐらい冷たい。何度か声をかけるが返事はない。肩を揺するが首は垂れたままだ。

(間に合わなかったのか)


 俺は握っていた剣を地面に叩きつける。こんなものなんの役にも立たないじゃないか。いくら影を倒せたとしたって、ルナが死んでしまったら一人で逃げたのとなんら変わらない。

 俺は地面に膝を付く。頭の奥が、怒りとか、悔しさとか、そういうものでいっぱいになる。

 主人公失格だ。


 おはよう、とかすかに声が聞こえる。

 顔を上げると、さっきまでピクリともしなかったルナが、ぼんやりと目を開け、首を傾げながら俺の方を不思議そうに見ている。

 ふわぁ、とあくびまでする。


 全身から力が抜けていくのを感じた。


「おはようじゃないだろ」と俺は言った。


「朝だよ。おはよう、ミツル」


「大丈夫なのか?」

 あれだけ血を流していたのに。まるでなんともなさそうだ。


 ん、とルナは腕を上げる。

「傷はほとんど治ったけど。でも、しばらく動けそうにないかな。ちょっと、頑張りすぎたかも」


 ルナの腕や肩を見てみるが、彼女の言う通り血は流れていない。それどころか傷の痕跡すら消えている。

 頑丈、という言葉では片付けられない。

 もはや不気味と呼べるレベルじゃないのか。

「本当によかった」

 俺は本心から言う。


「よかった?」


「よかったよ。心配してたんだ」

 ルナは手を伸ばすと俺の髪をぎゅうぎゅうと引っ張った。それがどんな感情表現なのか俺には理解できない。俺はルナのことを本質的にほとんどなにも知らないのだ。


「お喋りをするのはいいが、早いところ村に案内してくれ」

 洞穴の入り口から苛立だった赤毛の声が飛んでくる。俺を追いかけて来たのだろう。

「依頼主にシャドウ討伐の報告をしなければならないんだ。私たちとしてもこんなところにあまり長居はしたくないからな」


 ああ、と俺は頷く。

 赤毛の偉そうな態度は気に食わないけど、助けてもらったのも事実だ。彼女たちが来なければ俺は人型の影にやられていたかもしれない。


「背負って」

 ルナは駄々をこねる子のように腕を伸ばす。


「わかったよ」


 ルナを背負って洞穴を出ると、辺りから鳥の囀りが聞こえた。んっ、とルナは声を漏らした。

「眩しい」


 顔を上げると、遠くの山から朝日が顔を出していた。とても長い夜だった。夢の皮を被りながら、本物の血と痛みを伴う夜だった。悪夢だってきっともう少し手加減してくれる。


 なんにしろ、と俺は思った。


 夜は明けたのだ。




一章は終わりです

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