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魔王の娘とシリアスクロニクル  作者: タマキ サクラ
3/15

1章:1/4英雄譚と主人公交代

「最近になって影がやたらと増え始めたんだ」


 男はそう切り出した。


「本当なら奴らは滅多に現れないんだ。ここら一帯の魔力はとても安定しているからね。でも、数年前から徐々に数を増やして、最近じゃあ手に負えなくなってきてる」


 俺たちは男を背負いながら彼の案内で森を進む。

 おそらく逃げている最中に足をくじいたのだろう。彼の足は真っ赤に腫れていた。


「影?」とルナが尋ねる。


「過剰な魔力によって自我を失った野獣のことさ。都じゃシャドウって呼ぶらしいね。どうやら北の森の方に魔力の溜まり場が出来ているらしい」


「魔力の溜まり場?」と俺は尋ねる。


「とても強い魔力だ」


 男の話を聞く限り、この世界は元いた場所とは全く違う原理で成立しているようだった。

 化け物がいて、魔力がある。もしかしたら魔法だってあるかもしれない。

 俺は憧れていた未知の世界にいる。

 しかし、俺は男の話を聞いても素直に喜べなかった。


「さすがにマズイってことで村長と一緒に都まで馬車を走らせて、討伐隊を派遣してくれるように頼んだんだ。だけどなかなか到着しない。小さい村はいつも後回しにされる」


「私たちがどうにかしようか」

 ルナはことなげに言う。


 本当かい、と歓喜の声を上げた男は、わずかな沈黙を挟んで苦笑まじりに呟く。


「いや、そんなことしてもらうわけにはいかないよ。君たち旅の最中なんだろう? 腕が立つみたいだけど、見ず知らずの、それも小さな女の子に危ないことは頼めない」

 胸を撫で下ろす。

 現状、俺にはなんの力もない。あんな化け物と関わり合いのなるのは御免だった。


「それに影の群れが相手になったらお嬢ちゃんだって無傷と言うわけにもいかないだろうしな。俺たちのことは大丈夫。そろそろ都から本職の方々が来てくれるはずさ。村中の金庫を空っぽにして呼び付けたんだ。影が一匹残らず駆逐されるまでこき使ってやるさ」


 村に辿り着くと彼は助けてもらった礼にと小銭袋をルナに丸ごと手渡した。開けてみると中には溢れんばかりの銅貨が入っている。


「小銭袋に命は入らない、って言うんだ。本当は家に招いてやりたいんだけど、あいにく仕事が山のようにあってね。足が動かなくても矢をこしらえたり、剣を研いだりしなきゃならない」

 そう言って男は足を引きずりながら村の奥へと歩いて行った。


 村はどう好意的に見ても栄えているとは言えない状況だった。


 通りに人の姿はほとんどなく、畑は荒れ放題で、朽ちかけたカカシの肩には黒い羽の鳥がとまって我が物顔で鳴きまくっている。


 村の入り口には、木の看板が気難しい老人のように突っ立っていて、そこには見たこともない文字が刻まれていた。

「トリカミ村?」

 俺はそう読んでから、驚いて自分の口を覆った。


 そこで俺はあの男とコミニュケーションを取れていたことに気付く。俺は男の言葉を正確に理解したし、それは向こうも同じようだった。

 運良く同じ言語だった……わけではないんだろう。

 ということは天使がなにか細工をしたのだ。他に考えられない。


 ぐぅ、と鳴る音に目をやるとルナがお腹を抑えていた。


「そのお金でなにか食べに行こうか」

 ルナは少し頬を染めてコクコクと頷く。


 村を一回りしても、食事処と呼べそうな場所は一軒もなかった。

 俺たちは仕方なく目についたパン屋に入る。小銭からひとつまみの銅貨を店の男に手渡すと、彼は3本の細長いパンを袋に包んでくれた。

 金銭的余裕ができた、とはどうやら言えないようだ。


「旅の者かい?」

 人の良さそうな若い男の店員は俺たちに尋ねた。


「うん」


「兄妹?」


 ルナの方を見ると、無表情でこちらを見上げている。あまり似てるとも思えないが、他人からしたら血が繋がっているように見えるのかもしれない。

「そんなところかな」


「俺が言うのもなんだけど、あんまりこの村には長居しない方がいいぜ。影に襲われたばかりなんだ。なんとかその時は撃退したが、自警団の連中が何人もやられた。次は追い払えないかもしれない」


「討伐隊を送ってもらうって話を聞いたけど」


「本当に来るのかどうか怪しいもんさ。都の連中は効率的な拝金主義者ばかりだからな。こんな辺鄙な村の一つや二つ潰れても痛くも痒くもないんだよ」


 それから、彼はルナに笑いかける。


「その妹が大事なら東の都に行きな。徒歩だと時間はかかるけど、ここよりはよっぽど安全だから」


「あんたはこの村を出るつもりはないのか?」

 とても純粋な疑問だったのだけれど、その質問は男を困惑させたようだった。


 彼は顎に手を当て、考えた末にこう答えた。

「故郷だからな。見捨るわけにはいかないのさ」



 村の中心の枯れた噴水に座って、俺たちはパンをかじる。

 ルナはとても空腹だったようで、ガツガツと1本目を食べ終わると、2本目のパンを大事そうに握りながらこちらを見つめた。

 俺はつい笑ってしまう。魔王の娘とは思えない仕草だ。


「食べていいよ。俺はそんなにお腹空いてないから」


 パンを食べながら、俺はこんなことを思った。

(この世界は俺の読んできたラノベの世界とは違う)

 それがなんなのかすぐには思い当たらなかった。

 この世界はいつも読むラノベにとても似ている。ほとんど同じと言ってもいい。

 共通点を上げよう。

 ・凶暴な魔物がいる

 ・その被害を受ける人々がいる

 ・それを退治する人々がいる

 ・魔法のような未知の力もある

 明確な違いに気付くのに随分と時間がかかった。気付いてしまえばとても単純なことだった。


 つまりはこういうことだ。

『この世界では血が流れて、人が死ぬ』


 こんな町からはそそくさと退散するのが吉だろう。


「都か」と俺は呟く。


 彼の話によればここよりはマシみたいだけど、それでもあまり期待はしていなかった。あまり機能的とは言えない農具や、簡素な木造りの建物を見るに、文明水準はかなり低い。歴史の教科書20ページ分ぐらいは遡ることになるかもしれない。


 二度とチョコミントアイスは食べられないだろうし、ゲームやスマホももちろん存在しないだろう。それどころか、化け物に怯える生活をしなければいけないかもしれない。


 そう思うと、今更になって胃のあたりがギュゥっと押さえつけられる。


「あんまり愉快な冒険になりそうにないな」


「そう?」

 口をもぐもぐさせながらルナは首をかしげる。


「世界中にあんな化け物がいるんだろう? この村も危ないらしいし。まあ、バカンスを期待してたわけじゃないんだけどさ」


 もしも俺に特別な力でもあれば、化け物たちをバッタバッタと倒せれば、そしたらもっとやり方だってあっただろう。

 しかし、結局のところ俺はなんの力もない一般人なのだ。


ねえ、とルナは言った。

「私たちで『影』を退治しない? 村のためにも」


 俺はルナの言葉に思わずパンを喉に詰まらせそうになる。

「さっきの人も言っていただろう。あの化け物は危ないって。それに討伐隊が派遣されるんだろ。だったらそっちに任せておくべきだよ」


「でも、なかなか来てくれないって」


 俺はウンザリして言う。

「なあ考えてみてくれ。死んだらそれでおしまいなんだ。都にも行けない。元の世界に戻るどころの話じゃなくなる。そんなの俺は嫌だよ。それともルナは元の世界に戻りたくないのか?」


「私は……」

 ルナは言葉に詰まったルナは悲しそうに俯く。


 ふと、頭の上に電球が光った。

 いや待てよ。よく考えろ。ここはルナの提案に乗るのも悪くないかもしれない。


「ごめん」と俺は謝る。


「ううん。あなたのこと考えてなかった。そうだね。あなたの言う通りだね」


「ルナは間違ってないよ」

 俺はなるべく人の良さそうな顔でルナに微笑む。

「やっぱり、村のために影を退治しないか?」


「いいの?」

 ルナの顔がパッと明るくなった。


「困ってる人間を放っておけないのは俺も一緒だよ。よく考えたら、そうするのが一番正しいことだよな」


 コクコクとルナは頷く。


 本音はこうだ。

 今の俺たちはパン数本分の金しか持ち合わせてない。このまま旅を続けても、路銀が尽きるのは目に見えている。下手をしたら空腹で行き倒れてしまう。

 ここはゲームの世界じゃないのだ。魔物を倒してもも、腹の中から金は出てこない。


 だった村人に恩を売ればいい。


 そうすれば、都とやらに行くだけの資金繰りやらなにやらを手伝ってくれるだろう。しばらく生活に困らないだけのお金が手に入るかもしれない。

 彼らにすれば村を守って英雄なのだから。いくらなんでも英雄を丁重にもてなさない者はおるまい。


 もし危なくなったら逃げればいいのだ。ルナには影を一撃で倒せる力がある。慎重になれば大事にはならないだろう。


 そうと決まれば目標は明確だった。



 あたりの陽が暮れ始めた頃に、俺たちは宿屋に向かった。


 カウンターの奥では無精髭を生やす太った男が、退屈そうに大きなあくびをしていた。


「これでとりあえず泊まりたいんだけど」


 俺は小銭袋をひっくり返してありったけの銅貨をカウンターに並べる。男は面倒くさそうに一枚二枚と丁寧に並べ、全て数え終わった後に首を振った。


「悪いけどこれじゃあ1日分の宿代にもならないよ」


「なんとか頼むよ。このままじゃ野宿しなくちゃいけなくなるんだ」


「泊めてあげたいのはやまやまなんだけど、こっちも商売なんだ。悪く思わないでくれ」


「そこをなんとか」

 頭を下げるけれど、男は鬱陶しいハエでも追い払うように手を振った。


「やめてくれ。とてもじゃないが泊めてやれないよ。他の客から文句が出るだろ。せいぜい影に食われないように安全な場所で寝るこった」


「そこをなんとか」

 俺はもう一度深く頭を下げる。俺にできるのはこれぐらいしかないのだ。


「お金の代わりに物じゃダメかな?」

 ルナが主人に尋ねる。


「あぁ? そうだな、金になりそうなものがあるなら考えてやるよ」


 ルナはカチャカチャと右側の耳飾りを外すと、それをカウンターの上に置いた。


「これならお金になると思うけど」


 男の目が蛙のように見開かれる。それは赤い宝石のついた綺麗な耳飾りだった。男は大事そうに摘まみ上げると、舐めるような視線で眺めた。

「かなりの上物だな。行商人に売ればいい値が付きそうだ。よし、いいだろう。あんたたちを泊めてやるよ。三日間だ。どこでも好きな部屋を使っていい。追加で泊まりたくなったらいつでも言ってくれ。もう片方の耳飾りで手を打とうじゃないか」


 ルナはぷいと顔を背けると宿の階段の方へと一人で歩いていく。俺は急いでその後を追った。


「私、あの人嫌い」

 ルナはそう言って部屋の窓をめいいっぱい開けた。涼しい風が部屋に入り込んでくる。


 選んだ角部屋は快適とは呼べるような代物ではなかった。風呂どころかシャワーの一つさえ付いていない。


 机には埃がつもり、シーツはジメッとしていて、部屋の隅では蜘蛛がせっせと巣を張っていた。釜には水が入っていたが、羽虫が何匹か浮かんでいる。

 ほとんど使われていないのが丸わかりだ。


(なにが他の客から苦情が出る、だよ)


 俺はむくむくと湧き上がる感情をなんとか腹の中に収める。

「まあなんにしろ泊めてくれただけでも感謝しないと。あの男がもっと偏屈だったら本当に野宿しなきゃならなかったんだから」


 俺はベッドに腰掛けて、一息ついた。

 歩いていただけにも関わらず、身体やたらと疲れていた。それもそうか。身体を動かすのは週に数回の体育の授業だけ。運動不足にもなる。


 ルナは窓枠に頭を乗っけて、風が木の葉を揺らす様子を見ながら、ときどき思い出したように耳飾りが無くなった方の耳を指先でいじっていた。


「よかったのか? かなり貴重なものみたいだったけど」

 耳飾りと三日分の宿泊費。どう考えても吊り合っているようには思えない。


「私も野宿はしたくないから。それにあなたも困ってたし。困っている人は身を削ってでも助けなさいって、お父様にずっと言い聞かされてきたの」


「お父様って魔王の?」


「そう」

 俺はわけがわからなくなってきた。魔王って人間を支配しようと企てる悪魔の王のことを言うんじゃないのか。優しい魔王が出てくるファンタジーなんて読んだことない。


 俺の思考を読んだようにルナは続ける。

「お父様はよく私に仕事のことを話してくれたの。恵まれない国の子どものために学校を建てたり、下水道を作ったり、山に木を植えたり。だから私も人のために何かをしなきゃいけないの。それが人の上に立つ者の『シメイ』なんだって」


 あるいは、便宜上の魔王なのかもしれない。性格の悪いの便宜上の天使がいるなら、親切な便宜上の魔王が居てもいい。

 少しだけ優しい気持ちになれる。


「一ついいかな?」と俺はルナに言う。


「ん?」


「あなたなんて呼ばないでくれないかな。よそよそしくて嫌なんだ。俺はミツルって名前だから」


「ミツル……うん。わかったよミツル、ミツル」


 石に印を打ち込むように、口の中で何度か名前を繰り返す。自分の顔が少し熱くなる。異性に名前を呼ばれるというのは少し気恥ずかしい。


「ねえ、ミツル。一つお願いがあるの」


「いいよ。なんでも聞くよ」


 ルナは隣に腰掛けると、俺の肩をとんと押した。思いのほか強い力で、俺はベッドに仰向けになる。


「実はずっと我慢してたの。こういうこと無理矢理したくなかったの。嫌われそうだから。でもやっぱり我慢できなくて」


「なにを?」


 俺に馬乗りになると、ジッと見下ろして、口紅をなじませるように舌で唇を濡らす。

 宝石のような瞳は心なしかトロンとしている。


 まるで、と思う。

(まるで……なんだこれは?)


 ルナはなにも言わず、俺の身体に自分の身体を重ね合わせた。いきなりのことで俺は動けなかった。


「なにしてるんだよ」


「なにって……だから……」

 確かに冒険にはこういうお約束があるかもしれない。

 でも、それにはいささか早すぎる。そもそも彼女は俺の好みから地平線彼方向こうの存在なのだ。俺が好きなのはどちらかと言えば歳上のお姉さんで、ついでに胸が大きくて、ユーモアと優しさがあって……。


 ルナは俺の鎖骨あたりに鼻を当てる。

「待てってば!」


「ミツル。さっきなんでも聞くって言った」


「そりゃ言ったけど」


 ルナは俺の肩のあたりに口をつけると、舌でペロペロと舐め始めた。探るようにさまよった舌はやがて首の方に這い上がってくる。


「ちょっと……ダメだって」

 首筋の一点をチロチロと舐めると、やがて口を開けてそこに鋭い歯を当たる。


 歯?


 ガブッ


「痛ってえ!」


 なんとか身体を起こそうとするが、すごい力で押さえ付けられているせいでびくともしない。その間により深く歯を食い込ませる。


「おい! やめろ! 痛いから!」


 ルナは無視して血を吸い続ける。

 彼女が満足した頃にはすっかり陽は沈んでいて、俺はグッタリとベッドに横たわっていた。頭がぼんやりとする。


「補給しないといけなくて」


「補給?」


「力を使うと血液をかなり消費しちゃうから。こうやって誰かから血をもらわなきゃいけないの。ミツルの血、なかなか美味しかったよ」


 俺は反射的にゾッとした。


 それって、つまりルナに戦闘を任せ続ける限り、俺は血を提供し続けなければいけないということなのか?

 こんなことが何度も繰り返されるのか?


 思わずルナを見上げる。

 段ボールに捨てられた橋の下の仔犬のような、俺はそんな顔をしていたに違いない。ルナはまるで天使のように優しく微笑むと、穏やかな口調でこう言った。

「大丈夫。ミツルは私がちゃんと守るから」


(アルカイックスマイル……)


 意識が途切れそうになる。

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ハートフィールドの『火星の井戸』は面白いので是非一度読んでください

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