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魔王の娘とシリアスクロニクル  作者: タマキ サクラ
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1章:1/4英雄譚と主人公交代

 

 唐突ではあるが自己紹介をしようと思う。なぜなら物語の主人公が自らについて語るタイミングというのは意外と少ないからだ。


 どこかの有名なラノベ作家がこう言っていた。

「異世界小説と言うのは自己投影の世界ではあり、つまりは自己変換の作業でもある。しかし実態はコンサート会場のオーケストラなのだ。パンフレットにはあらかじめ名前を書いておかなければならない」


 なるほど分からん。


 その作家の言葉を抜きにしても、俺のことで変な誤解を受けてもらっても困るのだ。沽券(こけん)に関わることだからだ。

 ……長い前置きはやめよう。


 俺の名前は白馬(しらうま)ミツル。15歳の中学三年。パソコン部に所属している。いや、していたと言うのが正確か。

 友だちと呼べるような相手は何人かいたが、恋人はいなかった。うまい関係を築く機会がなかったのだ。イケメンではないけれど、そこまで悪い顔はしていない、と思う。

 髪は黒くて、身長と体重は……まあいいか。


 趣味は読書。これにはちょっとした経緯がある。

 我が家では高校受験のためにゲームと漫画、インターネットが禁止されていた。ついでにテレビがなかった。その代わりに家のあちこちには無数の小説が積み上げられていた。俺の両親はほとんど中毒患者とも言える読書家で、時間が許す限り彼らは貪るように本を読み続けた。もちろんその系譜は俺にも受け継いがれている。


 そういうことで読書は俺にとって唯一の娯楽となり、中学生活では相当数の本を読んだ……と言っても漱石や芥川なんかのいわゆる『純文学』と呼ばれる小説よりも、ファンタジーが好みだ。

(余談だが、アメリカ人作家のデクレ・ハートフィールドの本を一度は手にとってほしい。文章は面白く、テーマは簡潔で、そしてなかなか読み応えがある。一押しの作家だ)

 もちろんラノベも大好物だ。中でも異世界シリーズは卒倒するほど面白い。見下されていた主人公が悪者を圧倒的な力で倒すのは痛快で、未知の世界に思いを馳せているその瞬間はまさに至福と言っても過言ではない。


「俺の中学生活は棚いっぱいにラノベを詰め込むことだった」と言ってもあながち間違いではないだろう。


 というわけで、異世界についての心得はすでに持ち合わせている。リュックにスマホと不思議なスキルと、ついでに1ℓのチョコミントアイスを詰め込んでおけば世界でも上手く立ち回れるはずだ。


 念を押しておくが、これから始まる(であろう)冒険譚(ぼうけんたん)の主人公は『俺』である。

 女性差別と言われるのは心外だけれど、冒険とは元来青年のために用意されているのだ。それだけは許してほしい。




            ✳︎




 目を開けると目の前には例の少女の顔があった。赤い瞳がジッと俺を覗き込んでいる。


 ……そうだ確かルナという名前だ。


 俺は腕を伸ばして、そのふっくらとした頬に触れる。マシュマロのような感触。夢じゃない。


 悪くない目覚めのように思える。


『夢から醒めると、赤い瞳の少女が、俺を見下ろしていた』

 海外小説の冒頭にありそうな一文だった。ありとあらゆる可能性を秘めている。少なくとも、続きを読んでみようという気分にはなる。


 しかし、それは小説の場合だ。


 もちろんここは現実で、付け加えるなら俺が目覚めたのは薄暗い森の中で、強いて言うならそれは全く知らない世界だった。


「おはよう」

 彼女は相変わらず定規で引いたような喋り方をする。


 俺は身体を起こした。どこを見渡しても木、草、土。ときどき、薄気味悪い鳥の鳴き声がどこかから聞こえてくる。

「最悪の目覚めだよ」

 俺は心の底からそう言った。


「そう?」


 天使の話したことはどうやら事実のようだった。

 俺は天使によって不条理に天界へ連れ去られ、理不尽としか言えないやり口でこの世界に叩き落とされたのだ。そして、不思議な力も無ければスマホもない。

 期待を込めてズボンのポケットを探ってみたが、コインの一枚も入ってなかった。どうやら俺は本当になにもかもをなくしてしまったらしい。


 簡単に書き記すとこうなる。

【手に入れたものリスト】

 訳のわからない世界。

 訳のわからない少女。

【失ったものリスト】

 家族、友達、ゲーム、漫画、棚の小説、食べかけの1ℓアイスクリーム、12本入り色鉛筆……やめよう具合が悪くなる


 天秤にかけずとも、俺が失ったものと吊り合っていないことはすぐにわかる。


「クソっ……」


 落ちていた木の棒を手にとって、地面をグリグリと削った。


 天使に対して暴力的な憎しみがフツフツと沸いてくる。今すぐにでもあの穴を這い上がってあの顔を殴ってやりたい気分だった。


(いっそのこと、どこかから飛び降りてしまおうか)


 頭の中にそんな考えが浮かぶ。


 死んでしまえばまた小綺麗なオフィスに連れて行かれて、あの理屈っぽい社員に会えるかもしれない。今度はあの口が開く前に思いっきり殴り飛ばそう。


 ふと頭の違和感に顔を上げる。

「なにしてるんだ?」

 ルナは俺の髪の毛をあっちこっちの方向に引っ張っていた。


「ケルに似てるなって思って。黒くてサラサラな毛並みが」


「ケル?」


「私の飼ってた犬。すごく賢い番犬なの。今日の餌当番は私なんだけど、お腹空かせてるかな」


「まったく呑気だな」


 ふと俺は気付く。

 この子も天使の被害者なのだ。

 どこの誰かは知らないけれど、装いを見るにきっと良いところのお嬢様なんだろう。気の毒なのは彼女だって同じはずだ。


 俺はさっきの自分勝手な考えを(いましめ)めた。こんな知らない森に置き去りにされて、この子が無事生活出来るわけがない。

 下手したら飢え死ぬだろうし、もし無事に森を抜けられたとしてもそこから上手くやれる保証はない。親切な人に拾われればいいが、運が悪ければ奴隷として売られるかもしれない。


 握っていた木の棒を折る。


 最大限前向きに捉えれば、これは俺のよく読むラノベと同じシチュエーションで、そしてこの物語の主人公は他の誰でもない俺なのだ。主人公が小さな女の子を一人置き去りになんてしたら大ブーイング間違いない。そんなシナリオは焚き火の燃料がお似合いだ。

 困難に打ち勝ち、人々を幸せにして、最後にはあの天使を打ち倒す。

 そうしないことには冒険譚が凱旋とともに幕を下すことはない。


 俺は立ち上がってルナに手を差し出す。

「?」


「とりあえず歩いて山か丘を探そう。高いところから眺めれば街の一つでも見つかるかもしれない。こうやって待っていてもレスキュー隊が来てくれるわけでもなさそうだしさ」


 ルナは素直に頷くと俺の手を取って立ち上がった。


 結局のところ、当面の目標は生き延びることなのだ。どうやってあの憎たらしい天使をぶっ飛ばすかはそのうち考えればいい。


 ということで歩き出したものの、森はかなり深く、いくら歩いてもまるで終わりというのが見えない。似たような景色が続くせいで同じところを歩いているような錯覚さえする。

 さらにはむき出しになった根っこや、ツルツルと滑る石せいで思うように先へと進めなかった。


「ウビャ!」

 後ろを歩いていたルナの情けない声に俺は立ち止まる。なにかにつまずいたのだろう、顔から思いっきり転んでいた。


「大丈夫か?」

 俺はルナの元に駆け寄る。


 顔を上げたルナは無表情のまま首を振る。

「もうダメかも」


「そんなこと言わないでくれよ。頑張れるか?」


「……頑張る」


「うん。もう少し頑張ってくれ。お前だってこんなところにはいつまでもいたくないだろ? それともここで野宿でもするか?」


 ぶんぶんぶんぶん、とルナは何度も首を振る。

 瞳にはいっぱいの涙を溜めている。


 よりによってどうしてこんな頼りない少女が相方なんだろう。


 天使も天使だ。どうせ間違えるなら冒険にふさわしい女の子を連れて来ればよかったのに。金髪ロングの美少女で、優しくて、ついでに胸が大きい女剣士、みたいな感じの。

 そうすれば、俺だってもっと前向きになれたはずだ。


 ルナは転ばないように俺の服の袖を掴みようやく歩き出した。これじゃあまるで子守だ。


「怒ってる?」とルナは不安そうに尋ねる。


「怒ってないよ。怒ったりしないよ」

 そんな考えはするべきではないのだろう。この少女は俺にとって数少ない仲間なんだから。



 悲鳴が聞こえたのはそれから十分ほど歩き続けた頃だった。それは間違いなく男の人間の悲鳴だった。

 オリーブの枝を咥えた鳩を見つけたような気分だった。俺たちは顔を見合わせて、悲鳴の方向に走る。人がいるなら街の場所を聞ける。どうやら野宿しなくて済みそうだ。


 森を抜けると開けた場所に出る。


 そこには腰を抜かす一人の男の姿。声をかけようと近付いた俺は、ふと足を止めた。

 男の視線の先には対峙する黒い影があった。黒く大きい不気味な影。俺は自分の目を疑った。


「なんだよあれ」


 その生き物は熊を一回り大きくしたような体格で、爪はよく研がれた刃物のように鋭く、目はギロリと赤い光を放ち、口からはドロリとした唾液が垂れている。その周りには黒い霧のようなものが漂う。

 まるで腐った肉の塊を目の前にしたような感覚だった。

 見た目のせいではない。空気に溶けて伝わるグロテスクな気配が原因だ。


 頭の中で警鐘が鳴り響いた。


 男は手にする短剣の先を化け物に向けてさえいるが、身体はガタガタ震えている。状況は一目見れば明らかだ。


「ガァァアアア」


 咆哮とともに黒い化け物が男に飛び掛かる。


 俺はとっさに男を抱きかかえて脇へと転がった。黒い化け物が爪を振り下ろした地面は痛々しく抉れていた。


 身体に悪寒が走る。


 あれをまともに食らったら怪我どころではない。


 男の腕を掴む。痙攣のように男の身体が震えている。もしかしたら俺の震えかもしれない。


「逃げるぞ!」

 俺は振り絞るように叫んだ。


 異世界に来ていきなり敵に背を向けるなんて間違ったことなのはわかってる。どこのラノベに一戦目から逃げ出す主人公がいる。大ブーイング。

 けれど逃げる以外の選択肢はなかった。俺は空手や柔道のような武術を身につけているわけでもなければ、武器を持っているわけでもない。勝ち目なんて縫い針の穴ほどもないのだ。


 俺は男の腕を引きずるように走った。

 しかし後ろで様子を眺めていたルナは逃げなかった。


「おい!なにしてるんだよ!」


 それどころか、化け物に近付くと、その足元に落ちていた男のナイフを拾い上げた。斬れ味を確かめるように太陽の光に刃をかざす。なにを思ったのか、その刃先を自分の手首に当てた。


「ルナ!」


 俺が止める間もなくルナは短刀で手首を深く切った。


 手首から噴き出した血は、腕を赤黒く染め上げ、指先から地面に垂れた。


 あまりの光景に俺は言葉を失った。あの化け物でさえ動かなかった。


「『魔血の大鎌』」


 ルナが呟いた瞬間、あたりに強い風が吹く。流れていた血が風に乗り、生物のようにうねり、形を変え、やがて一つに収束する。その血は彼女の背丈ほどある巨大な赤黒い鎌へと変貌した。


 ルナの小さな体からは、今まで感じたことのない不吉な気迫が溢れていた。


「グアァァアァア!」


 なにかに刺激されたように化け物は牙をむき出しにすると、ルナに向かって鋭い爪を素早く叩きつけた。


「んっ」


 ルナはまるでダンスのように身を翻して爪をかわす。巨大な鎌を手にしているにもかかわらず、軽やかな身のこなしだった。

 さっきまでのボーッとしていた少女とはまるで別人だ。


 二撃、三撃と化け物は攻撃を続けるが、無闇に地面を抉るだけだった。まるで蝶をはたき落とそうとする子どものように掠りもしない。


「グガァアアァアアア!!」


 痺れを切らしたのか、化け物はその図体で飛び掛かるが、ルナは鎌で簡単に受け流す。あれだけの巨体を前にしても、怯むそぶりすら見せない。


 体勢を崩したその隙を見逃さなかった。ルナはよろめく化け物の胴体を大鎌で斬り上げた。

 ナイフでバタークリームを切るように、音もなく、淀みもない。気が付いた時には化け物の身体はスッパリと半分になっていた。


 瞬きする間の出来事だった。


「終わったよ」

 ルナはそう言って振り返る。

 そこにはさっきの気迫も不吉な感覚もなかった。


「それは……」

 そんな言葉が無意識に口から溢れる。


「分からない。私もあんな黒い生き物初めて見た」


「そうじゃなくて。その鎌だよ」


 ん、とルナは大鎌を持ち上げてみせた。刃は不気味な光を(たた)えている。まるで有能な処刑器具のように。


「魔王の力」


「マオウ?」


「言わなかったっけ。私は魔王の娘だから。これぐらいの力なら使えるの」


「魔王の娘?」

唖然とする。


 ルナが鎌から手を離すと、溶ける氷のようにそれは元の血に戻る。彼女の足元に赤黒い血溜まりができた。


 俺は思わずその場にへたり込んだ。


(もしかして……)


 俺は血を流す少女と化け物の死体を前に、ある一つの可能性に行き着く。

 もしかしたら主人公は彼女なのではないだろうか。

 こういうストーリーだ。少女は魔王から受け継がれる圧倒的力で世界にはびこる数々の敵と戦う。そこでは数多くの仲間に出会い、どこかの王子と恋に落ち、世界はめでたく救われる。

 そして英雄譚は永遠に語り継がれる……END。


 もしかして、と思う。

 気の毒なのは俺一人だけなのだろうか?


あれです

マイリス高評価お気に入り登録よろしくですはい


あとでちゃんと書きます

はい

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