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魔王の娘とシリアスクロニクル  作者: タマキ サクラ
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2章:魔法の学校とチェスの哲学

 

 学園に戻ったときには、陽はだいぶ傾いていた。あと一時間もすれば夕暮れ時になるはずだ。何度か目にしたことがあるのだが、夕陽が街を赤く染める風景はなかなか趣がある。

 帝都の人々は夕陽のために街を築き、夕陽は人々のために街を照らす。この国では有名な言葉だそうだ。


 学園を歩いているとルナはすぐに見つかった。ルナは校舎の入り口あたりに一人で座り込んで、頭のてっぺんを何度もさすっていた。遠目からだと、家を追い出された少女のように見えた。


「頭を叩かれた」とルナは言った。

 彼女の頭には大きなたんこぶができている。確かに痛そうだった。


「いったいなにがあったんだよ」


「木の剣で試合をしろって言われたの。そのときに叩かれた」


「格闘試験のときじゃないかな」とソーマは口を挟んだ。「サポーターを受けるのは男が多いんだ。ドールの適性検査で落とされた奴がそっちに流れるからね。力加減ができない奴は当然いるだろうし、中には憂さ晴らしで滅茶苦茶に剣を振る奴もいるんだろう。かわいそうに」


「もうやだ……」

 グズグズとルナは言う。

 気のせいかもしれないが、ポンコツ具合が増してないだろうか。初めて森で出会った頃は、もうすこしクールな感じがしたのだけど。


「それで試験はどうだったんだ?」


「無理だよ。歴史とか、怪我の治し方ちか、それから薬草の種類とか……そんなの知らない」

 俺だって分からない。ドールの適性がなかったらルナと同じように頭を抱えることになったのかもしれない。そう思うと、俺は自分の才能に感謝しないわけにはいかなかった。


「でも、まだ試験が残ってるじゃないか」とソーマは言う。「夕方あたりから魔法の試験があるはずだけど」


「無理」とルナは泣きそうになりながら首を振る。「お父様から魔法を使うなって言われてたの。お前は魔法が下手だから、もっと練習してからにしろって。ずっと使うのを禁止されてたの。上手くできない」


「どう思う?」


 ソーマに尋ねてみると、ちょっと苦い顔をする。

「話を聞く限り合格は厳しいんじゃないのかな。まあ、でも何があるかは分からないから、最後まで頑張ってみるのがいいよ」


「うぅ」


 そのとき、校舎の中から一人の女の子がこちらに走ってくる姿が見えた。アリスだった。

「こんなところにいた。ほらもう試験が始まるよルナちゃん。立ってよ〜。ルナちゃんを連れてかないとアリスが委員長に文句言われるんだから」


「うぅ」とルナは渋々立ち上がる。


「なんかすいません、迷惑かけてるみたいで」


「いいのいいの。こっちも仕事だから」とアリスは笑う。「でも、ちょうど良かった。二人に会えるなんて。実は二人に用事があってさ。ついでに探し回ってたんだよね」


「用事?」


「悪いんだけどこれから二人で生徒会室に行ってほしいの」


「生徒会室ですか?」とソーマは驚いた声を上げる。


「会長からミツルくんと、出来たらソーマくんも連れて来いって言われちゃってさ。いやあ、二人とも見つかってよかったよかった。ミツルくんはルナちゃんを餌にすれば捕まるとしても、ソーマくんはもう帰ったと思ってたから。運が良かったよ」

 そう言って、アリスはルナの手を掴む。

「場所はミツルくんが知ってるよね。ソーマくんと一緒に行ってあげて。私はこれからルナちゃんをまた引きずらなきゃいけないみたいだし」


「いいですけど、どうして?」


「なんか話があるんだってよ。アリスは知らないからマリアちゃんに聞いてよ」


 アリスはルナを連れて、校舎の隣にある建物へ歩いて行った。まるで娘を見送る親の気分だ。


 まだ試験中ということもあってか、校舎に他の人の姿はなかった。階段を登るたびに、コツコツと足音が響いた。

「なあ、なんでミツルは生徒会室の場所を知ってるんだい?」とソーマは聞いた。


「俺、メニリィさんにスカウトされたって言ったじゃん。初めてここに来たときさ、生徒会長に紹介するってことでね案内してもらったんだよ」


「生徒会長に会ったのか?」


「ああ」


「どんな人だった?」


「普通の人だよ。別になにか変わったところはなかったけど」


「普通の人って……もうちょっとなにかあるだろう?」


「なんでそんなに気にするんだよ」


 ソーマはしばらく指を噛んだ。どうやって説明しようか考えているらしい。

「ユースティア学園の制度が大きく変わったって話は当時すごい話題になったんだ。なにせ、対シャドウの最前線なわけだからね。一般人にとっても決して無関係な話じゃない」


「まあ、そうだろうな」


「でも、学園の変革自体は当時の僕にとって、つまり一般人にとってはそれほど影響はなかった。ドールがシャドウを倒すこと自体は変わらなかったからね。どちらかと言えばドールに対しての内省的な変革だった。まあ、それはそれとしてだ。それに付随して新しい生徒会長の噂も流れてきたんだ」


「どんな噂?」


「稀代の天才だとか、銀髪の美少女だとか、どこかの貴族のご令嬢だとか。要するに才色兼備のお嬢様って噂さ。そのうえ恐ろしく強くて、剣の一振りでシャドウを消し去ることができるとか。いくらかは誇張されてるだろうけど、どれぐらい凄い人なのか気になるんだ。言わば僕たちの上官にあたる人だろう。実際どうなんだ?」


「どうって言われてもな。俺だって少し話したぐらいだから。どうせ今から会うんだから、自分の目で確かめればいいだろ?」

 それもそうか、とソーマは納得する。


 廊下には何枚かの絵画が飾ってあり、その間には生徒が描いたらしいポスターも貼られていた。その光景は俺が通っていた中学校と大差なかった。

「じゃあ俺の方も一つ聞いていいか?」


「なんでもどうぞ。変なことを聞かれるのにもいい加減慣れたよ」


「魔法ってなに?」

 ソーマの顔が一瞬硬直する。またおかしなことを尋ねてしまったのだろう。慣れたとはなんだったのか。


「いや、俺だってなんとなくは分かるよ。手から火が出たり、風が吹いたりするんだろ?」


「随分といい加減な知識だね」とソーマは胡散臭そうに俺を見た。「空気中には魔力が含まれているのは知ってるかい?」


「ああ、うん。魔力ね。なんとなくわかるよ」と俺は頷く。

 おそらくは酸素とか窒素とかそういうイメージでいいのだろう。あまり話の腰を折るのも悪いと思い、俺はそれについて深く聞かないことにした。


「火が燃えるとき、雨が降るとき、風が吹くとき、それぞれ魔力は一定の動きをする。例えばそうだな。火が燃えるとき、その火種を中心に魔力は円運動をしているんだ」

 そう言って、ソーマは指先でクルクルと渦を作った。

「ありとあらゆる自然現象には魔力の運動が関わってる。その魔力の運動を再現することで、その現象の方も再現することができる。それを僕たちは魔法って呼んでいるんだよ」


「つまり、その気になれば嵐を起こしたりすることも出来るってことだよな?」


「原理上は出来るよ。誰もやらないけどね」


「そうなのか? だって魔法が使えたらかなり便利になると思うんだけど」

 燃料なしに火を使えるというだけでも俺からしたら革命的だ。大規模な嵐や寒波も起こせるのだとしたら、戦争やシャドウとの戦いでも活用できそうだけど。


「魔法の習得には体系的な知識が必要なんだよ。それに加えて、自身の身体に流れる魔力をコントロール出来るようにならなければいけない。それには何年もの修行が必要になるんだ。そこまでやっても、蓄積できる魔力の量や魔力の質によっては魔法が使えないこともある。何年もの時間を費やした見返りがマッチ一本なんて事もザラだよ」

 僕も魔法は使えないんだ、とソーマは言う。

「この帝国で魔法使いの資質がある人間なんてほんの一握りだよ。仮にその資質があったとしても、魔法使いを育成する機関はこの国には皆無なんだ。だから、誰も魔法使いにならないし、魔法使いはいつまで経っても育たない」


「でも、受験内容には入ってるんだよな」


「今の学園は魔法についての研究をしたがってるって話だよ。だから、サポーターとして魔法を使える人間を集めてるんだ。成果が出たって話を耳にしたことはないけど」

 おそらく俺は魔法使いになれないのだろう。もっと簡単に魔法が使えて、例えば空でも飛べるようになったなら、俺だってもう少しこの世界に対して明るい気持ちになれたかもしれない。

 現状の俺は、ちょっと力の強い一般人だ。


 残念がってる俺を見て、ソーマは言う。

「もし叶うなら、ミツルを南の王国に連れていきたかったな」


「南の王国?」


「帝国の南にある王国にはたくさんの魔法使いがいたんだ。そこには魔法の学校があって、魔法の研究所があった。魔法使いたちは切磋琢磨し、日夜色とりどりの魔法を生み出した。魔力が豊富な土壌ってこともあってか、魔法を使える者の数も他国とは比べものにならないぐらいに多かったんだ」


「じゃあ、南の王国に行けばすごい魔法使いに会えるのか?」


「それは無理だね」


「どうして? たくさんの魔法使いがいるんだろう?」


「南の王国は滅んだんだよ。十数年も昔にね」


「滅んだ?」


「そう、滅んだんだよ。今はシャドウたちの根城になってる」


 そのことを深く聞く前に、俺たちは生徒会室の前に着いた。ノックをしても返事はない。俺は扉を開けた。


 マリアは正面に位置する生徒会長用の椅子に座って、チェス盤をジッと眺めていた。机のの上にはチェスの駒が散乱していて、その脇にはピンクのマグカップに入ったコーヒーが手付かずで置いてあった。

 随分前に淹れたのだろう。コーヒーはすでに冷め切っていた。

「ごめんね。呼び出しちゃって」とマリアは言った。


「い、いえ。お会いできて光栄です」

 息苦しそうにソーマは喋る。


「あぁ、ソーマくんも来てくれたんだ。女の子たちが嬉々と話してたよ。なにやらイケメンが紛れ込んでるってね。そんなに畏まらなくたっていいから。もっとリラックスしてよ。これから、私たちは同じ学園の生徒になるわけなんだから」


「同じ学園の生徒、ですか?」


「そういうこと。ソーマくんは合格だよ。ついでに言うとミツルくんもね。おめでとう。本当は今からお祝いでもしてあげたい気分なんだけどね。風紀委員に見つかるとうるさいから」

 おめでとう、と言われてもそれほど嬉しくなかった。俺にとって学園に入るのはとりあえずの目標にすぎなかったのだ。

 ソーマも場所が場所ということもあってか喜んでいるようには見えない。それとも、合格して当たり前という考えなのだろうか。


「それで、いったいなんの用なんですか?」と俺は尋ねた。


「んー。首席合格者に新入生の総代として挨拶でも読んでもらおうと思ってさ。それをお願いしたかったんだよ。ソーマくんに」


「僕が首席合格者ですか?」

 ソーマは驚いて自分を指差す。


「そうだけど。不服?」


「待ってください。僕よりもミツルの方が適任じゃないでしょうか? 模擬試合でも優勝したのはミツルです。彼は僕よりドールの適性も高い。彼以上に首席合格者に相応しい者はいないと思いますが」


 んー、とマリアは椅子に寄りかかって、首の後ろで腕を組んだ。

「試験官の子たちの報告を聞いた限りだとソーマくんの方が剣の腕は上らしいのよ。私としては一度も負けなかったミツルくんを首席をしてもいいんだけど、試合に立ち会ったわけでもない人間が決めるのもおかしな話じゃない。それにソーマくんってイケメンだし、登壇してもらったら入学式の花になるかなって思ったんだけど。嫌だった?」


「嫌というわけではありませんが」


「ミツルくんも文句はない? 一応、優勝者に聞いておくのが筋かなって思って呼んだんだけど」


「文句なんてあるわけないじゃないですか」

 俺にしてもそんな面倒で目立つようなことはしたくなかったし、そんなものに対するこだわりもない。誰がやっても文句なんてない。


「はい。じゃあ決まりね。生徒会長命令ということで」

 マリアは紙にさらさらとペンでなにかを書くと、大儀そうに立ち上がってそれをソーマに手渡した。


「ああ、よかったらコーヒー飲む?」

 そう言ってマリアはピンクのマグカップを手にした。

「まだ一口も付けてないからさ。スーの入れたコーヒーは美味しいよ。あの子、料理とかそういう系統に関しては文句の付けようがないのよ」


「そ、そんな。僕は大丈夫です」とソーマ。


「せめて新しいの淹れてくれませんか? それ冷め切ってるじゃないですか」と俺。


「いやだよ。私、そんな難しいことできないもん」

 マリアは机に腰掛けて脚を組むと、結局自分でコーヒーを飲んだ。


 有能かどうかは分からないにしても、才色兼備なお嬢様には見えなかった。噂に尾ひれ背びれが付くのは、この世界でも同じようだ。

 それでも擁護するなら、マリアは美人であることには間違いなかった。髪は長い綺麗な銀髪だし、肌は透き通るような色白で、瞳はぱっちりと大きい。背は低いけれど、手足はすらりとしていて、あどけなさの残る顔は、むしろ取っ付きやすそうだった。

 学園内で憧れの的だろうことは想像に難くない。


「ところで二人ともチェスは打てる?」

 マリアは突然尋ねた。


「俺は出来ませんけど」

 元の世界でもチェスなんて触ったことはないのだ。駒が違うこの世界のチェスなんて出来るはずがない。


「僕もそうですね。南東の生まれっていうこともあって、周りにやってる人がいませんでしたから」



「そっかぁ。最近の若い子ってあんまりチェスやらないんだ。せっかくなら遊びたかったんだけどな」

 あっ、そうだ、とマリアは言った。

「もし授業をサボりたくなったら生徒会室においでよ。チェスの個人レッスンしてあげるから。私はいつもここにいるから」


「いいんですか? 生徒会長がサボりを推奨して」と俺は言った。


「なに生真面目なこと言ってるの。授業をサボるのも学園生活の醍醐味でしょ」


 ソーマは不審そうな目をマリアに向けた。

 幻滅したのだろうか。まあ無理もない。才色兼備のお嬢様だと思っていた人が、サボりを推奨するチェスマニアだと知ったら誰だってそうなる。


「まあ、そういうことだから。ソーマくんよろしく。ちゃんと書けてるか不安なら入学式の前日にでもここにおいで。スーが書き直してくれるはずだから」


「あ、はい」とソーマは頷く。


 ドォオオオン


 俺たちが生徒会室を出ようとしたちょうどそのとき、遠くの方から大きな音が聞こえた。まるで爆弾がコンクリート壁をぶち破るような音だった。その振動は俺たちにも伝わってくる。


 はぁー、とマリアはため息を吐いた。

「いったいなんのよ。もう」


 マリアは駆け足で生徒会室を出た。俺たちもその背中を追う。窓の外を見ると、隣の建物から煙が上がっている。

(襲撃?)

 俺の頭の中にはそんな言葉が浮かぶ。


「訓練棟の方ね。今の時間はまだ魔法試験に使われてるはずだけど」


 訓練棟の入り口には受験者や試験官の生徒で人盛りができていた。

「はいはい。ちょっとどいてね」

 マリアが手を叩くと、皆が道を開けた。玄関のあたりから既に漂っていた微かな焦げ臭さは、建物を進むにつれ明確なものになっていく。


 奥は体育館のような広いホールになっていた。そこで魔法の試験とやらをしていたのだろう。弓道で使われるような的がいくつか並んでいて、位置を示すラインが引いてあり、簡素なテーブルの上には紙と羽ペンが置いてあった。

 そして、壁の一面には穴が空いている。

 像が突っ込んできたらこんな感じになるだろう、と思わせるような大きな穴だった。周りは焼け崩れており、そこからは沈みかけの太陽が顔を覗かせていた。


 マリアに真っ先に声をかけたのはアリスだった。

「あ、マリアちゃん。よかった来てくれたんだ。いま呼びに行こうと思ってて」


「もう。あの穴はなんなのよ。スー、説明して。まさかバカな貴族連中がウルバン砲でも打ち込んできたんじゃないでしょうね」


「いや、それがさぁ。あの子が」


 アリスの指差した先にはルナの姿があった。巨大な穴の前で困惑したようにこちらを見つめている。

 俺と視線が合うと、ルナは駆け寄ってきて胸のあたりに顔をうずめた。


「魔法は苦手って……グスッ、言ったのに」


「魔法?」と俺は聞き返す。


 マリアはアリスに尋ねる。

「ねえ、スー。もしかしてこれってこの子がやったの」


「う、うん。そうなの」


「いったい何をどうしたらこんなことになるのよ」


「魔法は使えるってことだから試験は受けさせたんだよ。本人は嫌がってたし、あんまり無理強いはさせたくなかったんだけど、委員長の推薦だしさ。火魔法ならなんとか使えるってことだから標的に向かって撃たせてみたのよ。そしたらご覧の有様って感じで」


「火魔法でこんなことしたんですか?」

 ソーマは驚きの声を上げる。


「そんなに凄いのか?」と俺はソーマに尋ねた。


「凄いなんてレベルじゃないよ。帝国にこの威力の魔法を使える人間は多分いないんじゃないかな。少なくとも、僕は聞いたことない」


 俺は自分の胸でグズグズと泣くルナを眺めた。こんなんだけど、こいつはこれでも魔王の娘なんだ。俺がこいつの力で尋常ならざる強さを手に入れたなら、こいつ自身もぶっ飛んでいたっておかしくない。


「でもでも凄いよね。マリアちゃんもそう思うでしょ?」


「凄いことは凄いけど……壁は吹き飛ばさないで欲しかったなぁ。予算も一緒になって吹っ飛ぶんだよなぁ。困ったなぁ」

 はぁ〜、とマリアはため息をつく。

「とりあえず、怪我人がいるならさっさと医務室に運んで。試験の続きは隣の実験棟の地下を使っていいから、スーは受験者の先導してくれる。手の空いてる子は立ち入り禁止用の看板立てといてね。いつ崩れるかわからないからあんまり近付いたらダメよ」


「あの……こいつはどうしますか?」

 俺はルナを指差す。


 あー、とルナの方を見たマリアはなにかを言いかけて、けれどそれを取りやめるように首を振った。

「魔法の腕は測れたわけだから試験はおしまい。この後はもう試験は無いから部屋に戻っていいよ。それから学内で魔法を打たせないでね。学園を穴だらけにするわけにはいかないから」


 ソーマは俺の肩に手を置いた。

「お前も凄いけど、お前の友だちもなかなかヤバイな」

 ハハハ、と俺は笑った。乾いた笑いをあげるので精一杯だった。


 これだけやらかしておいてルナを合格させてくれるほど世の中甘くはないだろう。俺は学園でせっせと金を稼ぎながら、一人の女の子を養っていかなければいけないのだ。

 元の世界から無理やり別の世界に運ばれ、訳の分からない化け物と戦いながら、せっせと一人の女の子の世話をする。本来あるはずだった元の生活を考えた。高校生活、大学生活、就職、結婚。そんなことを考えると、俺は目眩を通り越して吐き気さえした。

 無性にチョコミントアイスを食べたい気分だった。





 次のページに続く

 *





 このときの考えの甘さを呪ったのは、俺が学園を辞める時のことだった。

 このとき俺が考えていたことより、自体はもっと深刻な方向に進もうとしていた。それはこの世界においてもそうだし、俺自身についてもそうだった。

「グラスに入ったヒビは、そのグラスを粉々に砕くまで拡大し続ける」

 その通りだと俺も思う。

 狂ってしまった歯車の影からは、ぬるりとした大怪獣が這い出し、その口でありとあらゆる物を呑み込もうとしていた。その過程で失われていくものを考えれば、俺の失われた人生なんてなんの価値も持たなかった。

 ただ、それに気付いたときには物事は抜き差しならない事態になっていて、抜けかけた歯のように何をしても元に戻せることではなかった。仮にもっと早くそのことに気付けていたとしても、俺の力でその狂いを矯正できたかどうかは分からない。

 そこには多くの人々の思惑があって、多くの人々の正義があった。それらは俺の進む道をやたらと困難なものにしていった。まるで大昔の劇のようだ。違うのは、いくら待てど機械仕掛けの神が降りてきてくれないことだった。
















アスタリスク下の文章は多分消します

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