2章:魔法の学校とチェスの哲学
試験はそれで終わりだった。数日後には校内で合否が張り出されるという。
俺はもっと面倒な試験やら手続きやらをさせられると思っていたのだが、そうでもないらしい。俺としても面倒は少ない方がありがたい。
さて、これからルナの試験が終わるまでその辺で待っていようかと考えている矢先、ソーマの声が響いた。
「ちょっとやめてくれないかな」
振り向くと、ソーマが何人もの女の子に囲まれている。格好良くて、おまけに剣の腕も凄い。となれば、女の子に人気が出るのも当然だ。
女の子たちは我先にとソーマを質問責めにする。
「さっきの技すごかったわ。どこの流派なの?」
「ねえ、ソーマくんってどこかの貴族の息子なの? 」
「ねえこの後なにか予定はある? よかったら買い物に付き合ってほしいんだけど」
ソーマはキョロキョロとあたりを見回す。ふと、俺と視線が絡んだ。その瞬間に、彼の目がキラリと光る。
「いや、実に心苦しいのだけど、僕はこれから友人と予定があるんだ。もし君たちが合格したら、そのときに是非ご一緒させてくれないかな」
彼は甘いマスクを見せると、女の子たちは顔を見合わせてキャーと嬌声をあげた。その隙に、ソーマは駆け足で俺の方に向かってくる。
バシバシと背中を叩きながらソーマは言う。
「ということで、これから約束通り昼食に向かおうじゃないか。ミツルくん」
「なにが約束だよ。人のことを逃げる口実に使いやがって」
「だって仕方ないだろう。あのまま何もしなかったら取って食われてしまう」
「女の子とデートすればいいだろ」
「悪い冗談はやめてくれよ。いったいどんなことを喋ればいいのさ。僕には想像もつかない」
俺はちょっと考えてみる。
「適当にご飯を食べて、一緒に服でも買いに行って、似合ってるよ、って囁けばいいだろ。 常識的に考えて」
「そんなのは女に媚びへつらう男がすることだろ。常識じゃないよ」
俺たちは校門までの長い道のりを並んで歩く。馬車に乗っているときも長いと思っていたが、徒歩だと校舎から校門まで十五分ほどかかる。狂ってるとしか思えない。
てっきり女の子から逃げる為の口実とばかり思っていたが、ソーマは俺を連れたまま辺りの店を探し始めた。腹が減ってるんだ、と彼は言う。
「なあ、悪いんだけどあんまりお金ないんだ。だからこれから一緒に食事はできない」
俺が持っているのは銀貨数枚だけだった。それもメニリィに借りたものだ。どうせいつかは返すのだし好きにしていいのだが、それでも勝手に使うのはどうも気が引ける。
「なら僕が奢るよ」とソーマは言った。
「いや、そんなの悪いよ。それに、お金を稼ぐために学園に入りたいって言ってたじゃないか。言ってることとやってること矛盾してないか?」
「僕だって友人に食事を奢れないほどケチじゃない。こう見えても、お金の使い所はわきまえてるつもりなんだ。早めの合格祝いをしたってバチは当たらないさ」
友人、と俺は心の中でソーマの言葉をなぞる。
まだ出会ったばかりじゃないか。友人とするにはいくらなんでも早すぎはしないだろうか。
そんなことを思いつつも、悪い気持ちはしなかった。少なくとも相性は悪く無い。
そういうことで俺たちは大通りを歩きながら良さそうな店を探した。帝都と言うだけあって大通りは縁日のような賑わいだった。道の脇では露店がカラフルな果物を売り、噴水広場では吟遊詩人風の男が弦楽器でリズミカルに演奏し、ときどき馬車の蹄が石で舗装された道を叩いた。
RPGなんかで描かれる中世ヨーロッパの街をそのまま引っ張り出したかのような光景だった。
歩いていると、道に座って絵を描いて売っている若者の姿も何度か目にした。彼らの描いている絵は人によって全然違うが、彼らの目は例外なく熟練の鷹のように鋭かった。
絵と音楽、そして果物。世界は変われど、人々が行き着くところはそれほど大差無いのかもしれない。
「絵描きが帝国に増えたのは皇帝のおかげだよ」
絵描きの少年を眺めていると、ソーマはそう言った。俺が絵に興味があると思ったのかもしれない。
「今の皇帝は絵画と音楽を愛しているんだ。もし、宮廷お抱えの画家にでもなったら一生遊んで暮らしていけるらしい。羨ましい話だよな」
「シャドウは年々増え続けてるんだろ。絵とか音楽とか呑気な話じゃないか?」
「殺伐とした世界だからこそ、そういうのは大事なんじゃないか」
俺にはよく分からない考えだった。例えば東京の街に化け物が湧き始めたら、誰も音楽のことなんて考えないだろう。音楽プレイヤーなんて命からしたらガラクタ当然だ。
それとも、この帝国の人間は存外のんびりとした性格なのかもしれない。
なかなかソーマの好みに合う店は見つからなかった。度々足を止めるのだが、看板のメニューを眺め、財布の中身を確認し、しばらくして悩んだ末に首を振った。
「ここもダメだな。都のくせになかなか面白そうな店がない」
「もうそこら辺の露店で串焼きでも買おう。歩くの疲れたぞ」
「ダメだよ。せっかく都に来たんだから。安くて美味しいものが食べたいな」
「田舎者みたいなこと言うなよ」
「ミツルだって人のこと言えないだろう?」
それから俺たちは大通りを何往復もする羽目になった。いくつかの候補には絞ったのだが、なかなか踏ん切りが付かないらしい。
(もしかして優柔不断なのか?)
ソーマが混雑するレストランに入ろうかどうかと迷っていると、路地の奥から女の悲鳴が聞こえた。若い女の子の声だった。
なんだろう、と俺が呟くより早く、ソーマは路地に向かって走った。
「おい待てよ」
路地を何度か曲がり、人気が無くなったあたりでソーマは足を止めた。
路地の突き当たりにはガタイの良い二人の男が、一人の女の子を壁際に囲んでいた。一人は耳の大きいスキンヘッドの男。もう一人は角刈りの男で腰に剣を差している。二人ともニヤニヤと卑しい笑みを浮かべていた。いかにもならず者という風情だ。
角刈りに手を掴まれた女の子は怯えた目付きで二人を見上げている。
「なにしてるんですか?」
ソーマは怖気付くこともなく二人に尋ねた。まるで挨拶をするような気楽さだった。
「なんだボウズ。邪魔すんじゃねえ」とスキンヘッドは言う。
「いや、でも」
「邪魔すんなって言うのが聞こえねえのか。それとも口じゃ分からねえか?」
スキンヘッドの方がソーマの前に立って見下した。レスラーのような体格の男の前では、ソーマはまるで小さな子どもだった。
けれど、ソーマは口調を変えずに続ける。
「そっちの彼女が困っているようでしたから。僕の勘違いというわけでなければ」
女の子はガタガタと身体を震わせている。水色の髪の大人しそうな女の子だった。かなり可愛らしい顔をしている。年は俺やソーマと変わりないだろう。
「関係ねえ奴は引っ込んでろ」とスキンヘッドは怒声を飛ばす。低い声はなかなか凄みがある。
「関係はないですけど。あんまり穏やかな状況でもなさそうなので」とソーマ。
「俺たちはこの子に道案内をしてるんだよ」と角刈りは笑いながら言うと、その視線を女の子の方に向ける。「別にやましいことなんてしてないさ。そうだろう。お嬢ちゃん?」
ソーマはスキンヘッドを脇に退けると、少女に顔を向ける。
「道案内してもらってたって、本当にそうなの?」
少女は真っ青な顔を何度も横に振った。
「ち、違います。急にこの人たちが……た、助けてください」
ソーマはスキンヘッドの方を向く。
「って事らしいけど……はやく女の子を離してくれないかな。それとも憲兵でも呼ぼうか?」
「この野郎。舐めやがって!」
スキンヘッドはソーマに殴りかかった。しかし、その腕を逆に捻り上げると、地面に押し倒す。警察が犯人を取り押さえるワンシーンのようだ。
「てめえ、なにすんだ。離しやがれ!」
「人に殴りかかっておいてどの口が言うのさ」
「調子に乗るなよクソガキ」
角刈りが顔を真っ赤にして叫ぶ。やばい状況かもしれない。相手は武器を持っているのに対し、俺たちは素手なのだ。
角刈りが剣に手を掛ける。
ソーマは素早くそいつの懐に入ると、剣を抜けないように柄を鞘に押し込む。男はなおも剣を引き抜こうとするが、ピクリともしない。
「ぐっ……こいつ」
剣から手を離した男が拳を振り上げるより早く、ソーマはみぞおちに肘を打った。随分と深く入ったらしく、腹を押さえながら男はその場に倒れた。
「逃げるよ」
ソーマは震えている女の子の手を取る。
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくたっていいから。ほら走って」
立ち上がるスキンヘッドの脇を通り、ソーマは大通りに向かって走る。
「ほらミツルも。捕まったら酷い目に合うぞ」
「あ、ああ」
俺たちは大通りを北の方角に向かって走った。何度か人にぶつかりそうになるが構っている場合ではない。屋台にぶつかった拍子に何かが割れる音がするが俺たちは無視して走り続けた。
しばらくすると、最初は訳の分からないことを叫びながら追いかけてきたスキンヘッドの声は徐々に遠ざかっていく。
十分にあいつらを引き離したところで、俺たちは立ち止まった。ソーマは疲れたのか地面に倒れている。イケメンもそんな格好していたら形無しだ。
「あんな奴らボコボコにすれば良かったんじゃないか。ソーマなら出来るだろう?」
「そんなことするわけないじゃないか」
さぞ当たり前のようにソーマは言う。
「相手は悪人だろ」
「悪人だからって何をしてもいい良いわけじゃない。もし怪我でもさせてみろ。捕まるのは僕たちの方だよ」
ソーマは起き上がると、壁に手を付きながら息を荒げる女の子に尋ねた。
「君は大丈夫かい。怪我とかしてない?」
「大丈夫です。ご、ごめんなさい。ご迷惑かけてしまって」
女の子は深々と頭を下げる。
「気にしなくていいよ。僕はそんな迷惑なんて思っていないしさ」
「で、でも。私のせいで二人とも危険な目に合わせてしまったし。下手したら怪我をしてたかもしれない……ごめんなさい」
「あのまま連れ去られて酷いことされた方が良かったとか思ってるの?」
俺が尋ねると、そういうわけじゃ、と彼女は言葉を濁して、さらに一段頭を低くする。さっきからずっと頭を下げたままだ。
「さっきはどういう状況だったんだい? あいつらとは知り合い?」とソーマは尋ねる。
「違います。道に迷ってしまって、それでさっきの二人に尋ねたら、路地裏に連れ込まれてしまって。金を払えとか、払えないなら付いて来いとか言われて……それで怖くて」
「それは災難だったね。でも、無事でなによりだよ」
「ありがとうございます」と彼女は言う。「最初に言うべきでした。本当にありがとうございます」
ようやく顔を上げて俺たちを見ると、急に口元を覆った。
「もしかして、ソーマさんとミツルさんですか?」
俺とソーマは顔を見合わせる。
「どうして僕たちのこと知っているのかな?」
「私もさっき試験受けてたんです。初戦で負けちゃったから、お二人には当たりませんでしたけど」
ふと、俺は尋ねる。
「って言うことはドールになるつもりってことだよな。だったら男二人ぐらいどうにかならなかったのか? まったく戦えないわけじゃないんだろ」
俺は素直に質問したのだけど、その言葉は彼女の心を傷付けたようだ。女の子は申し訳なさそうに俯く。
「ご、ごめんなさい。私、あんな状況になったの初めてで。それでパニックになってしまって……なにも出来なかったんです。ごめんなさい。そうですよね。学園に入ろうとする者があんな情けないなんてダメですよね」
「いや、ダメとは言わないけど」
「ごめんなさい」
そのとき、ぐぅーとソーマの腹の音がなる。ハハハ、と彼は陽気に笑った。
「悪いんだけど、どこか飯を食べられるところを知らないかな? 僕たち腹ペコなんだ」
「あ、はい。知ってます。よく行くお店でよかったら」
「ありがとう。助かるよ」
そう言うとソーマは素敵な笑みを彼女に向ける。女の子は恥ずかしそうに視線を逸らした。
その子が俺たちを案内したのは大通りから少し離れた静かなオープンカフェだった。元の世界でも通用しそうな洒落た店だった。ソーマはそこでパスタを注文し、俺は肉の挟んだサンドイッチを頼んだ。彼女はコーヒーを一杯だけだ。
腹ペコなソーマがこんな店で満足するとは思えなかったけど、彼はなにも言わなかった。
「わたし、ミアって言います。先程はありがとうございました」
ミアは改めて頭を下げた。近くで顔を見てみると、より一層弱々しく見えた。優しそう、というよりも自信のなさそうな顔付きで、可愛いらしくはあったけれど、あまり綺麗という印象は受けなかった。同年代にはモテそうだったけど、それと同じぐらい周りの加虐心を刺激しそうなタイプだった。
彼女も俺たちと同じドールの受験者と言うことだったけど、違いが二つあった。一つはこれが二回目の受験ということで、もう一つは俺たちよりも一つ年上ということだった。
「年上?」と俺が尋ねると、彼女は指をモジモジとさせた。
「そうですよね。年上には見えませんよね。学校の友だちにもよく馬鹿にされるんです。子どもっぽいからって。本当はちゃんと年相応の振る舞いをしたいんですけど、なかなかうまくいかなくて。年下にさえ年下だと思われちゃうんです」
「子どもっぽくたっていいじゃないか」とソーマは言う。「それって若く見えるってことだろ。無理することは無いと思うけど。俺はそういうの嫌いじゃないよ」
ミアは照れたように笑う。そんな笑い方もどこか子どもっぽい。
「あの、私、さっきのお二人の試合見てました。凄かったです。こうやってお話しできて、すごく嬉しいです」
「恥ずかしいな」とソーマは頭を掻いた。「へばって負けちゃったとこを見られたってことだろう。出来たら忘れてほしいんだけど」
「いえ、そんな。ソーマさん素敵でした。戦い方もすごく綺麗で。まるで剣舞みたいでした。私つい見惚れてしまって」
「やめてくれよ。僕はただの田舎者の剣士さ。そんな大層なものじゃないよ」
ソーマはバシバシと俺の方を叩く。
「それに、凄いってのはミツルの方だよ。なにせこれで剣の素人なんだ。末恐ろしい」
「素人なんですか? 確かに、よく分からない構えでしたけど」
よく分からない構え。まあ、そうなんだろう。
「素人だよ」と俺は答える。「ちょっと力が強いだけで」
「魔王の代理人なんだ」とソーマは笑う。
「魔王。なんですかそれ?」
「ソーマの冗談だよ。気にしなくていいから」と俺は答える。
ミアは少し時間を置いてから手に口を当ててクスッと笑った。彼女の笑い方やコーヒーの飲み方はコンパクトで、ハムスターのような小動物を連想させた。ときどき指で目を擦る仕草もそれっぽかった。そんな可愛らしい仕草のせいで、俺は少し彼女のことが好きになった。
「私もお二人みたいに強かったらよかったんですけど」
そう言ってミアは声を落ち込ませる。
「今回の受験、またダメかもしれません。ドールの適性はあるんですけど、剣の腕がなかなか上達しないんです。模擬試合も半分くらい負けてしまって」
暗い顔をするミアにソーマは言う。
「結果も発表されてないんだから、まだわからないよ。頑張ったんだろう。きっと受かってるって信じていればいいのさ」
「そうですね。そうですよね。ありがとうございます」
俺たちは運ばれてきた料理に手を付ける。考えてみれば、初めてこの世界の店で取る食事だった。最初の村ではパンをひたすら齧っていたし、この学園に着いてからは学食だ。
それはなかなか悪くないサンドイッチだった。肉と野菜を挟んだだけのシンプルなもので、淡白な味付けで、どこか獣臭くはあったけど、腹に収めてしまえば満足できた。
「一つ聞きたいんだけどさ。もしかして帝都の治安って悪い?」と俺はミアに尋ねる。「田舎からやって来たばかりで、帝都のことはよく分からないんだ。さっきの男みたいなのがそこら辺にいるなら外出も控えた方が良いのかなって」
「どうなんでしょうか。私も帝都から少し離れた町で暮らしていて、あんまり詳しいわけではないんです。たまに友だちと遊びに来るくらいで。そんなに治安は悪くないとは思いますが」
でも、とミアは続ける。
「最近になってシャドウの数が増えているって話はよく聞きます。そのせいで、今かなりの数の兵士や傭兵が各地を奔走しているようです。だから、中には過酷な戦闘を続けている人もいて……なんて言えばいいんでしょう。市民をストレスの捌け口にする人も出てきているのではないかと。あくまで予想ですけど」
それがさっきの二人ということなのだろうか。
俺はふと疑問に思ったことを尋ねる。
「でもさ、なんで兵士や傭兵が必要なんだ? ドールがシャドウを倒せばいいじゃないか?」
「シャドウ自体は自然発生するものなんだ。小規模のシャドウを倒すぐらいなら傭兵団や憲兵隊でも事足りる。少し咳が出るからって注射なんか打たないだろう? ドールは対シャドウの特効薬なんだ。貴重な戦力を無意味に擦り減らすわけにはいかない」
「特効薬?」と俺は訊き返す。「ドールってただ強い学生のことじゃないのか? それなら軍隊の方がよっぽど特効薬みたいな気がするけど」
「ドールにはそれぞれに『レガリア』って武器が支給される。適性がある人間しか使えないけど、特殊な魔力構造をしていてシャドウに対しての切り札になるんだ。特に最近確認されるようになったヒトガタのシャドウは硬い外殻に覆われているせいで、普通の剣や槍じゃ歯が立たないんだよ」
「あれ? もしかして、俺たちの受けたドールの適性検査って……」
「そう。要するにレガリアを扱える資質があるかどうかっていう検査なんだよ」
「なるほどな。初めて知った」
ミアが心配そうな視線をソーマに送る。
「ミツルは世間知らずなんだ。バッジ持ちも知らなかった。どうしてドールになろうと思ったんだかね。僕には分からないよ」
「スカウトされたんだよ。メニリィさんに」
「メニリィさんって……もしかしてあのメニリィさんですか?」
ミアがびっくりした目で俺を見る。
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも……かなり有名な人ですよ。生徒会長のマリアさんと一緒に学園の制度改革に乗り出した人です」
「制度改革? 学園の?」
メニリィにしたってまだ十七かせいぜい十八辺りだろう。まだ二十歳は越えていないはずだ。そういう制度の改革とかって大人がするものじゃないだろうか。
「あの学園は特殊なんだよ」とソーマは言う。「生徒会長が実質的に全権力を握ってる。だから、会長が変われば制度や方針もある程度変わる。そうやって、何年もかけて学園は少しずつ姿形を変えてきた。それを土台からひっくり返したのが今の生徒会長とメニリィさんたちなんだ」
田舎者の僕でも知ってるんだけどなぁ、とソーマはぼやく。
俺は生徒会長のマリアの顔を思い出してみる。幼さの抜けきれない顔と、あんまり真面目そうには思えない喋り方。メニリィさんが言っていた、有能だけどチェスが大好きな性格。
そんな凄いことをした人のようにはどうも思えない。
「でも制度とか方針とか改革って聞くと、なんか学園ってか一つの国みたいだな」
そうですね、とミアが応える。
「実際、かなり独立的なものだとは思います。貴族たちも、皇帝陛下でさえも学園のやり方にあまり口出ししません。むしろ、協力的でさえあります。税の免除とか、食料の支給とか」
「どうして学園にそこまでするんだ?」
「ドールがいなくなったら、誰がこの帝国のシャドウを倒すのさ。生徒の機嫌を損ねて、もし学園が解散にでもなったら一番困るのは帝国自身だよ」
貴重な戦力。
きっと、俺もその一員になるのだろう。武器を持って隊列を組んだりするのだろうか。うまく想像できない。なんだかんだ、俺は流されるままにここまで来てしまったのだ。
それからしばらくして、ミアはそろそろ失礼しますと言った。日が暮れる前に家に帰らなければならないらしい。
彼女は鞄から財布を取り出した。
「あの、ここは馳走させてください」
「いや、そんな悪いよ」と俺は言う。
女の子にお金を出してもらうなんて、いくらなんでも格好がつかない。むしろ俺たちが払ったっていいぐらいだ。
「女の子に奢ってもらうわけにはいかないよ。俺だって格好がつかない」
「でも、助けてもらったお礼もありますから」
俺たちのやり取りを眺めていたソーマは言う。
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えようかな」
「はい」
ミアは嬉しそうに頷く。
「合格してるといいね」とソーマは言う。
「あ、ありがとうございます」
ミアは何枚かの銀貨をテーブルの上に置くと、ソーマに助けてもらった礼を述べ、それから席を離れた。心なしか、ソーマと喋るときのミアは少し頬が赤らんでいる気がする。
「よかったのか」と俺はミアの置いていった銀貨を手に取って言った。「こういう時は女の子にいいとこ見せるものだろう?」
うまくいけば、もっと距離を縮めることだって出来たかもしれないのに。
「借りたお金には利子がつくんだ」
「うん?」
「向こうからしたら借りを作ったままなのは気分悪いだろう? 僕だって返してもらうに越したことはない」
ソーマの考え方は俺にはよく分からない。さっきのならず者二人組にしたってそうだ。あの程度の奴ら、もっと懲らしめればよかったはずだ。でも、こいつはそれをしなかった。
ズレてる、というかなんというか。
でも、やはりそんな差はあれど俺はソーマのことを悪い奴だとは思わなかった。向いている方向はきっと同じだ。ただ、少し考え方が違うだけで。
「ソーマはこれからどうするんだ。あの子と同じく家に帰るのか?」
「結果発表の日まで宿を借りてるんだ。だから日が暮れたら戻るよ。それまでは適当に帝都見学でもしようかな。ミツルはどうなんだ?」
「どうするかな。別に予定があるわけじゃないし。なんならソーマに付き合おうかな」
ふと、ルナのことを思い出す。アリスに預けたままにしていた。サポーターの試験はあれこれあるらしいけど、もう終わったのだろうか。
「あー。やっぱり学園に戻るわ。心配な奴がいるんだ」
「心配な奴?」
「んー。友だちかな」
「ミツルの友だちねぇ。よかったら会いたいな。どんな奴なんだ?」
どんな奴?
改めて問われるとなかなか難しい。別に俺は彼女のことを深く知っているわけではないのだ。俺はなんとかルナの特徴を考える。
「小さくて、無口で、よく転ぶ」
「面白いみたいだな」とソーマは笑う。「僕にも紹介してくれよ。ミツルの友だちが一体どんななのか気になるんだ」
「でも、女の子だぞ?」
「誤解してるみたいだけど、僕は女の子が苦手なわけじゃない。会話していると少し疲れるだけだ」
それって、つまり苦手ということじゃないのだろうか。
ミアの銀貨で勘定を済ますと、銅貨三枚のお釣りが帰ってきた。ソーマはそれを自分のポケットに突っ込んだ。
「可愛い子だったな」と俺はソーマに言った。「また会えたらいいけど」
うん、とソーマは首元を指で掻いた。
現状二日に一回のペースの投稿ですが、出来たら毎日投稿頑張りたいですたい