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魔王の娘とシリアスクロニクル  作者: タマキ サクラ
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2章:魔法の学校とチェスの哲学

 

 実技試験を受ける受験者はおおよそ100人ほどだった。人数は多いように聞こえるが、ドール適性の検査を受けた人数と比較すればそれはほんの一握りに過ぎない。俺は特に感慨もなく合格してしまったが、実際はかなり狭き門のようだ。


 試験官は何人もいたが、俺たちに実技試験の説明をしたのはメニリィだった。委員長という立場上、こういう仕事は多いのかもしれない。


「これから二人一組になって剣を使った模擬試合を行ってもらいます。試合が終わったら勝ったもの同士、負けたもの同士で、二回戦、三回戦と繰り返してください。試合内容から、試験の合否を精査させてもらいます」


 模擬試合か。

 俺は少し不安になる。成り行きでシャドウと戦ったことはあるが、剣を使った対人戦なんて生まれてこのかた一度も経験したことがない。

 剣術の基本も知らないのだ。果たして上手くやれるだろうか。


 緊張しているのは俺だけではないようだった。周りの受験者も固い表情で説明を聞いている。中には手が震えてる者さえいた。

「相手を場外に出すか、一本を取る……つまり有効打を決めたらそこで一試合が終わりです。私たち試験官がそれぞれの試合を見させてもらいますが、あんまり気にしないでください」


 グラウンドには白いテープで引かれた囲いが10個ほどあった。剣道のようにその枠内で試合を行うらしい。ちょうどテニスコートほどの広さだろうか。


ふと、受験者の表情に気付いたのか、メニリィはリッラックスさせるように微笑む。

「そんなに緊張しなくて大丈夫よ。どれだけ実戦で戦えるか、その習熟度を見るだけだから。それから、初戦で負けたからってヤケにならないでね。勝ち負けはそれほど重要じゃないの。正々堂々。全力で挑んでほしいわ」


 その後、受験者にそれぞれ一本ずつ木造りの剣が渡される。西洋風の木刀といった感じだ。木製とはいえ、当たればかなり痛いだろう。


 初戦の相手は予想通り女の子だった。俺と同い年ぐらいだ。フランス人形のような可愛い顔をしている。

 しかし、纏う空気は真剣そのものだった。殺気が漂っていると言っても過言ではない。俺を睨みつける目は獲物を狩る野獣のようだった。

 ソーマの言葉を思い出す。

(命を捨てる覚悟でここに来る、か)

 俺は対戦相手と同じように剣を構える。だったら、本気で挑んだ方がいいのだろう。

 審判のメニリィが、俺の方に意味深な視線を送る。


「始め!」

 メニリィの合図とともに女の子は剣を構えて走り寄ってくる。胸あたりを狙う突き。

(隙だらけだな……)

 俺は横に避けると、相手が体制を整えるより早く、身体に潜り込む。驚いた目で俺を見る。だが、もう遅い。俺の振るった剣は、女の子の腹部に吸い込まれる。


 ドスン、とかなり鈍い音がして、相手は地面に倒れ伏した。


 これでいいのだろうか。


「い、一本……。そこまで!」


 メニリィはすぐさま対戦相手の女の子に駆け寄る。

「大丈夫?」


「だ、大丈夫です」

 女の子はゴホゴホと苦しそうな咳をしてから、お腹を抑えてよろよろと立ち上がった。目には涙をためている。


「あ、ありがとうございました」

 女の子は頭を下げてその場から立ち去った。


 やれやれと首を振ったメニリィは、俺の耳元で囁いた。

「なにやってんのミツキくん。本気でやったらダメじゃない」


「え? ダメなんですか?」


「私の説明聞いてなかったの? あくまで剣の実力を測る試験って言ったじゃない。一発で相手を仕留めちゃったらなにも分からないでしょ。というか、相手のことを考えなさい。まだ試合は残ってるのよ」


「でも、相手も本気でしたよ。目が血走ってましたけど」


「それはそれよ。ミツルくんは手加減してあげなさい」

 相手は本気でいいけど俺は手加減しなきゃダメ。それってかなり理不尽なのではないだろうか。


「ミツルくんは強いんだから。それぐらいできるでしょ」


 もしかして俺は自分の力を見誤っていたのかもしれない。ヒトガタの影を倒せない俺は、まだまだ取るに足らないものだとばかり思っていた。


 だってそうだろう。あの赤毛……ツバキは俺が苦戦した相手をたった一瞬のうちで仕留めてしまったのだ。学園を受験するのは彼女のような猛者揃いかとばかり思っていた。実際、そういうわけではないのかもしれない。それともツバキが異常なだけだろうか。


 二試合目三試合目も特筆すべきようなことは起こらなかった。どっちの対戦相手も女の子で、俺はなかなか窮屈な気分で戦わなければいかなかった。

 とりあえず相手に何回か剣を振らせて、俺はギリギリでそれをよける。何度かおおげさに斬りかかって、相手にそれを防がせる。これじゃ出来の悪い殺陣みたいじゃないか。

 相手が疲れを見せたところで、相手の剣を弾き飛ばす。正確には一本ではないのだが、そうすれば大体の相手は諦めてくれた。


 三試合目が終わった後にメニリィの方を向くと、満足気に首を振る。

 やればできるじゃない、と言いたげな表情だ。

 できるはできるけど、あまり良い気分はしない。死に物狂いで向かってくる相手にワザと手加減するなんて、とても失礼なことじゃないだろうか


 軽い休憩時間を挟んでから5、6試合目と挑む。ここまで勝ち進んできた相手になると多少は強くなってくる。剣の構えや、振り方が堂に入っている。狙いは正確で力強い。

 かなりの修行を積んだんだろうことは明らかだ。

 けれど、それはそれだ。

 思いっきり踏み込み、そのまま剣を振れば、相手は尻餅をついて簡単に吹き飛んだ。


 倒れる彼女たちを見下ろしていると、胸の中に罪悪感が湧いてくる。カンニングで良い点を取ったときの心情に近いかもしれない。



「すごいじゃないか」

 次の試合の間に、グラウンドの隅で休憩をしているとソーマがやってきた。その口調はどこか楽しげだ。

「ずっとミツルの試合を横目で見てたんだ。6戦6勝。危うい雰囲気にすらならない。一方的。コールド勝ちだ」


「まあ凄いんだろうな」と俺は言う。

 もはや否定する気にもならない。


「君なら入学も余裕だろうね。『バッジ持ち』になる日も近いかもな」


「なんだそれ。バッジ持ち?」


「そんなことも知らないのか?」

 ソーマはおかしなものを見るような目を俺に向ける。

「シャドウ討伐で一定の功績をおさめた者には徽章が与えられる。その人たちのことをバッジ持ちって呼ぶんだよ。バッジ持ちになれば他の学生よりずっと多くの給料がもらえる。もちろん、それだけ危険地帯に送られるリスクは増えるんだろうけど」


「へぇー」

 つまり勲章のようなものなのだろうか。


「さっき試合の説明をしていた三つ編みの試験官覚えてるか? 彼女もバッジ持ちだよ。襟に剣の徽章を付けてた」


 三つ編みの試験官。メニリィのことだろう。

「詳しいんだな」


「常識じゃないか。てっきり謙遜してるんだと思ってたけど、本当に世間知らずなんだな」


 ソーマは観察するように俺を眺めた。

「ミツルは変わってるよ。世間知らずなことだけじゃ無い。戦い方にも違和感がある。構えも太刀筋もまるで素人。避け方だって非効率的。それなのに何故か負けない。ビックリしたよ。一体、ミツルは何者なんだい?」


「魔王の代理人だよ」と俺は言ってみた。「魔王の娘からすごい力を受け継いだんだ。だから、力はあるけどどういう風に戦えば良いのかよく分からない」


 ハハハッ、とソーマは腹を抱えて笑った。

「ミツルはそういうおとぎ話が好きなのかい?」


「別に好きじゃない。そういう気分になってるだけだよ。傲慢かもしれないけど」


 ソーマはそれからコツコツと自分こめかみを指で叩いた。

「でもミツルを見てると本当にそうなんじゃないかって思えてくるね。魔王の代理人。チープな響きだけど、それぐらい君は強いよ」


「褒めてもなにも出ないぞ」


「そんなんじゃないよ。ただね、僕はこう思うんだ。君にもライバルが必要なんじゃないかってね。さしずめ魔王を打ち倒す勇者みたいな存在がね。物語は挫折がなきゃ前に進まない。成長がなきゃカタルシスは得られない。違うかな?」


「ライバルなんて出来るのかな?」

 言っちゃなんだけど、どの対戦相手も話にならなかった。受験者の中から苦戦する相手が現れるとは思えない。


 ソーマはニヤリと笑うと、ポンと俺の方を一つ叩いた。

「僕は先に戻るとするよ。最終試合はよろしく頼む。他の子みたいに手加減はしなくても大丈夫だから」


(よろしく頼む?)

 きっと、次の相手はソーマなのだろう。つまりアイツもここまで一度も負けずに勝ち上がってきたってことか。

 見た目は王子様、って感じなのに実は強者なのかもしれない。


 ソーマの言っていた『バッジ持ち』についてはメニリィと他の試験官の学生を見比べればすぐに分かった。

 学生はみんな襟元に天秤の形をした校章を付けている。メニリィもそれは同じなのだが、それとは別に襟の左側に剣を象ったバッジをしていた。

 いつか彼女が口にした言葉を思い出す。

 〈こう見えても私たちベテランなのよ〉

 それなりの功績を挙げているのは間違いないらしい。


 ソーマはすでに剣を手にして俺を待っていた。

 次が最後の試合ということもあってか、周りはどこかピリピリとした雰囲気なのだが、彼はとても涼しい顔をしている。

 ここで負けても問題ないと考えているのか。それともなにか別の思惑があるのか。


「随分と余裕みたいだな」


「ミツルほどじゃないさ。よろしく頼むよ。全力でかかってきてくれ。他の女の子との試合みたいに手を抜くのは無しだ」


 審判のメニリィの方を見ると、軽くウィンクを返した。どうやら本気で戦ってもいいらしい。


「始め!」


 メニリィの合図と同時に、ソーマは一瞬で距離を詰める。俺はほとんど反射的に剣で防いだ。


(なんだこの速さ)


「すごいな。初撃で決めるつもりだったんだけど。まさか防がれるなんて」


 ソーマは感心したように言うと、剣を持ち替え二撃、三撃と繰り返す。それはちょっとした曲芸のような剣さばきだった。下段だと思ったら上段。払いだと思ったら突き。

 一撃一撃は大したことはない。むしろ軽いぐらいだ。それでも裏をつくような緩急のある攻撃は、反射的に戦う俺にとってかなり厄介な相手だった。

 腹部に放たれた突きを身体を捩ってなんとか避ける。


 反撃に思いっきり剣を振るが、ソーマはステップでそれをかわした。


「観客がいると、気分も盛り上がるもんだね。ミツルもそう思わないか?」

 ソーマは両手を広げて辺りを見回した。

 気がつくと、試合が終わった他の受験者が周りを取り囲んでいる。見世物じゃないんだけどな。


「呑気だな」


「そんなことないさ。本気だよ。試験だからね」


 ソーマは間髪なく次の攻撃を始める。

 突きから始まり、下段、上段、多彩な攻撃。合間を縫って剣を振るが、それを好機とばかりに背後を取る。

 隙が全くない。これじゃあ防戦一方だ。


「いいのかい? 守ってばかりじゃ勝てないよ」


「そっちこそ喋ってると舌噛むぞ」


 ソーマは無数の剣撃を繰り出す。顔に浮かべる不敵な笑みは、俺を心理的にも追い詰める。


 しかし、不利だと思っていた状況は時間が経つにつれ少しずつ変わってきた。彼の顔から余裕が消え、徐々に表情は曇っていく。


 ソーマは俺から距離を取ると、息を切らし、額から流れる汗を拭った。


(スタミナ切れか)


 そうなるのも仕方ないだろう。ソーマの繰り出す攻撃は明らかに人間離れしている。それを何戦も続けてきたのだ。闇雲に剣を振っている俺より体力を消耗する。

 このまま粘っていれば、チャンスはあるかもしれない。


「どうしたソーマ。もうへばったのか?」


「まさか……次は当てるよ」


 ソーマは素早い攻撃を繰り返す。しかし、最初に比べれば明らかに鈍くなっている。避けるのは容易だ。隙もある。

 俺はその隙をついて攻撃に転じた。闇雲に振っても避けられるのは目に見えてる。


 イメージするのはソーマの剣さばきだ。

 素早く、繊細で、流動的。

 俺は中段の振りを途中で払いに変え、それを上段の突きへと変える。


 急に変化した攻撃にソーマは驚いたのだろう。うまく対応出来ないようだった。剣を弾く際に、脇腹がガラ空きになる。

 俺はそこに素早い一撃を打ち込んだ。


「一本! そこまでっ!」


 試合が終わると、歓声が沸き立つ。俺は思わず周りを見回した。


 地面に倒れたソーマは「痛てて」と立ち上がると、俺の前までやってきて手を差し出した。

 負けたというのに、どこかあっけらかんとしている。負ける度に悔しがったり、露骨に落ち込んでみせたりする他の受験者とはまるで違う反応だった。


「おめでとう。どうやら君が首席合格みたいだね」


「ありがとう」


 俺たちは握手を交わした。

 ソーマは片方の眉毛を下げながら、残念そうに笑う。

「出来ることなら僕が首席合格を勝ち取りたかったんだけどね……。力不足だったよ。驕っていたのは僕の方だったのかもしれない。世界には本物の天才がいるものなんだな」


「天才?」


「誇っていいと思うよ。少なくとも、ドールの受験者の中じゃ君が一番強いみたいだ」


 メニリィに目をやるとにっこり笑った。

 どうやら期待には応えられたらしい。胸の中にかすかな満足感があった。



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