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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.9
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9-22

 二階の空き部屋にも目を通して、再び戻って来た共有部では、今度こそ身なりや机の上の様子を整えた工女達がソワソワと待っていた。

 寮監が共有部の使用やその他入居に際しての注意点を上げていく背後で、こちらを伺う彼女達。説明を一通り終えた寮監は、そこで彼女達を振り向いて、それから雪路やカレン、そして魔女の子息二人に視線を向ける。

 「せっかくですから、お茶でもいかがです?」

 ソファを示した寮監の声に、待ってましたとばかり、工女達が一斉に動き出した。

 「お湯は沸いてますよ!」

 「ヘイダル様はコーヒーがお好きだとか!?」

 その他の人には紅茶かコーヒーか、雪路には緑茶もあるよ、と。共有部据え置きのポットの回りで素早く用意を始める勢いに押され、気付けばソファに座ってお茶を待つことに。

 「あ、僕は紅茶で……」

 どちらにしますかと訊かれたフロールは、ニッコリ微笑んでそう答える。ドタバタと大騒ぎの辺りにも既に適応したのか、悠然といつもの王子様な様子に、実は兄弟内でもなかなか強者、というか曲者の部類なのではなかろうかと、雪路は密かに思う。

 対して何となく落ち着かない様子のヘイダルは、出されたコーヒーをとりあえずと一口飲んでから、横のウェンディに視線を向ける。

 「……いつも、こうなのか、来客があると?」

 「え、いえ……」

 不意打ちで話し掛けられたウェンディの方も途端に落ち着きを無くして、慌てたように笑顔を浮かべて首を左右に振った。

 「それは、もちろん、御子息様方がいらしたからですよ。いつもは、もっと落ち着いています」

 「ねぇ、いつ頃に越して来るの?」

 ウェンディが緊張を押し殺して答えている横から、工女が一人、雪路とカレンに問い掛ける。

 「早ければ早い方が良いな」

 雪路は答えてカレンと顔を見合わせる。

 「そうね。何しろ、今、ベッドすら壊されるような状況だもの」

 溜息まじりに笑ったカレンに、あら、と工女達は眉を揺らす。

 「そんなに酷いの?そりゃぁ、前々から花嫁候補内のイビリがエゲツないのは分かっていたけれど」

 「部屋の中まで入って来て、物まで壊すって、それ、相当よね」

 フムフムと、工女達は顔を見合わせて頷き合った。

 「そりゃ、工女内でも多少、気が合わないとか、揉めるとかはあるけど……。他人の部屋にわざわざ入って悪さする暇があったら休みたいわ、私」

 凝った肩を抑えるような仕草をする工女に、それそれ、と回りが笑う。月末は特に忙しいとか、最近、加工機の調子が悪くて効率が良くないとか。話し始める彼女達に、ねぇ、とフロールが問い掛ける。

 「……この世界は君達にとって、辛い世界?」

 何気ないようでいて、どことなく、真剣な声だった。

 「辛いというか……」

 工女達はキョトンと首を傾げる。

 「楽では、ありませんね」

 寮監が、やがてそう口を開いた。

 「やっていかれない、というほど辛いわけではありませんが……。もしかしたら、これ以上の幸福があったかもしれない、とは、思う時もあります」

 遠慮がちなその言葉の意味を、きっと誰もが理解した。

 この世界では、工女達は永遠に工女だ。永遠に労働者階級で、永遠に一週間に五日と半日働いて、半日と一日休んで、また働く。そしていくら働いても働いても、たとえばそれなりに貯金して、金銭的には余裕ができたとしても……その階級や身分、生活が変わることはない。

 たとえば、地球だったら、この世界に連れてこられなかったら、どうだったか。もしかしたら、殆ど変わらなかったかもしれないけれど、それでも、同じくらいにもしかしたなら、貯めた金で資本家に転じたり、女優であったり、作家であったり、芸術家であったり、この世界にはない職業や、特別な人生が待っていたのかもしれないのである。

 この世界に連れて来られた時、間違いなく、彼女達の人生は狭く閉じた。

 「……なるほど」

 ヘイダルが小さくて頷いて、コーヒーをもう一口傾けた。

 「ああ、でも、どうか勘違いなさらないで下さいね」

 寮監の横の工女が、そこでニコリと微笑む。

 「私達、御子息様方を恨んでいるとか、嫌っているとかは、ありえませんからね」

 「え?」

 パチリと目を瞬いたのはフロールで、それに対して、ええ、とウェンディも頷いた。

 「だって御子息様方は私達に優しいですもの。もちろん私達より身分は高いですが、その上で、私達が住みやすいように色々取り計らって頂いているのはわかっているんです」

 「花嫁候補は嫌いですけれど。……あ、雪路やカレンは別枠よ」

 年嵩の工女が、そう言って笑う。

 「花嫁候補が嫌いなのは、まぁ、特権階級意識に染まって、私達を省みないどころか、差別が染み付いているからですし。その点、御子息様方は、御無礼を承知で申し上げれば、特権階級でも私達や鉱夫を人間として気にかけて下さる分、仲間意識が持ちやすいというか」

 すると、フロールは幾分か罰の悪そうな顔をして、何か言いかけた。しかし結局、それを喉の奥に飲み込み直して、困ったように笑う。

 「……そうか」

 小さく呟いた声を聞きながら、雪路はソロリと工女達を見回した。

 (……皆、帰りたいのかな、地球に)

 もっと良い人生があったかもしれない、と思っているのなら。彼女達も帰りたいのだろうかと、ふと思う。

 (誠さんは、もうこっちで長く暮らし過ぎて、帰りたいかわからなくなったって言っていたけど)

 工女達は、どうなのだろう、と。工女達の中には誠より長くこちらにいる者もいるはずなのだ。そうだとするならば、やはり、そうした彼女達も、楽ではなくても、こちらの世界を望んでいるのだろうか、と。

 思い馳せていると、偶然にも、ポツリと、フロールが同じ事を問い掛ける。

 「地球に帰りたいかい?」

 すると、寮監は笑って首を左右に振った。

 「私は、とくには。……だってもう、こちらに五十年もおります。地球では、きっと常識も、科学技術も、何もかも私がいた頃と変わってしまっているでしょう」

 そんな状態で帰ったところで、現実問題として何かの職に付いて暮らしていけるか、怖いのだと笑う。

 「父や母は鬼籍に入っているでしょうし、頼れる人はいません。私自身、戸籍上は既に死んでいるかもしれない。こんな若い姿のまま、五十年前に失踪した者です、と言って果たしてどうなることやら……」

 すると、そうよね、と数人の工女達が真面目な顔で頷く。

 「もう今更、帰ったところで余計に辛いんじゃないか、って。それなら、楽ではないけど、友達もいるし職もあるし、安定しちゃったこの世界にいた方が良いかもって」

 帰るのが怖いと言う工女達。

 けれど一方で、それでも帰りたい、という工女達もいるでしょうけれど、と寮監は微笑んだ。

 「でも、それは魔女様の意向に沿わぬ事ですので、どうか名乗り上げさせないで下さい」

 その言葉に、ああ、とフロールは慌てて頷いた。

 「そうだね、ごめん。しかもヘイダルがいるしね」

 治安維持が仕事のヘイダルの前で、脱走予備軍の名乗りを上げる者はいまい。

 「まだ誰も帰りたいとは明言していない。よって、俺はまだ仕事はしない。安心しろ」

 コホンと気まずく咳をして視線を逸らすヘイダルに、工女達がクスクス笑う。

 「ヘイダル様は存外にお優しいのですね」

 「存外」

 誰かが囁いた言葉に、複雑そうな顔になるので、ますますと笑いが大きくなる。

 「ヘイダル様は、威厳がありますからね」

 笑うウェンディの言葉に、そう見えるのか、とヘイダルは腕組みした。

 「……誠に比べれば、若輩の甘い奴と見られているかと思っていた」

 「それは比較対象がマズイよ。誠は雰囲気だけなら僕でも気圧されるくらいに威圧感があるからね」

 「雰囲気だけなら……」

 思わず聞き咎めて呟く雪路に、ああ、と、フロールは視線をくれる。

 「見た目は日本の鬼武者だけど、実際は甘い物ぶつければ何とかなる、お手軽ブラウニーなところがあるからね」

 真面目な顔で答えるフロールに、その対処法は、いつか誰かも言っていたなぁ、と。思わず吹き出した。



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