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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.9
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9-21

 「飲食も可能だけれど、深夜は一階の人に迷惑が掛かるから、使用は午後十一時まで……」

 説明を続けていた寮監は、そこで、異様な静けさと、刺すような緊張感に気付いて目を瞬き、背後を振り向いた。

 「あら、皆、どうしたの?」

 途端、時が動き出したように、工女達の口から悲鳴が飛び出す。

 「フロール様!?」

 「ヘイダル様まで!?」

 慌てて机に投げ出していた菓子やら化粧品やら本やらを掻き集めて隠し、ソファに投げ出していた体を起こしたり、だらしなく肩まで下がっていたカーディガンを羽織り直したり。阿鼻叫喚の様子に、あら、と寮監は再び目を瞬いた。

 「今日、雪路さんの内覧のついでに御子息様が視察にいらっしゃるって、掲示板に書いておいたじゃない?」

 彼女が指差した先、共有部の奥の黒板には、確かに告知が書かれている。

 ただし、日付けは明日になっていた。

 「あ、間違えた」

 「ちょっと!しっかりしてよ!」

 気付いて呟いた寮監に、大慌てで見栄えを取り繕った工女達が半泣きで訴える。

 「お目汚しを、すみません!」

 「いや、こっちこそ、その……くつろいでいたのに、ごめんね」

 ペコペコ頭を下げる工女達に、フロールが苦笑いして首を振る。一挙に、女性の高い声で騒がしくなった辺りにタジタジとするヘイダルは、辛うじて首を振って応じた。

 「私も日付けの間違いは見逃してたわ……」

 ウェンディは困ったように笑って、さり気なく談話室の左右端の階段を示した。玄関ロビーと同じく、こちらからも上階に行く事が出来るらしい。

 「共有部の説明には、また戻って来るとして、ひとまず、皆が体勢を整える間、空き部屋を見て来ましょうか」

 そうして、そうして、と、工女達がブンブン頷く。

 「じゃ、じゃぁ、そうしようよ。寮監さん」

 雪路も苦笑いして促すと、ええ、と寮監は慌てる様子もなく頷いた。

 「ご案内しますね」

 工女達の半泣きでの抗議と阿鼻叫喚にも応えた様子がない姿。

 「……強い」

 「寮監さん、ちょっと天然なのよ」

 思わず呟くと、ウェンディがコッソリ囁いて笑う。

 その間に階段を登ると、古い木製の階段はギシギシと音を立てた。

 「……傷んでいるな」

 「これは油断すると危ないね」

 足元を見下ろしたヘイダルの呟きに、フロールは眉を寄せた。

 「外の鉄柵もそうだけど、改修する必要がありそうだ」

 「申し訳ありません。常々気を付けてはいるのですが……」

 寮監はチラリと振り向いて気まずく頬に片手を当てる。

 「なにぶん、改修費用が……。洗濯費や共有部の維持費から、毎月ちょっとずつ集めてはいるのですが……」

 外の鉄柵はともかく、階段となると中々大規模な改修になり、費用的においそれと手が出せないらしい。

 「しかも女子寮ですから……。大工仕事となると、男手を入れる事になるので……。そういう面でも住人との調整や、エリック様への申請も出して承認頂かねばなりませんし……」

 工女や鉱夫達の寮等、生活に関する総括はエリックの担当らしい。

 「そうか、ごめん。そう簡単にできる物ではないんだね」

 改修と言うは易しでも行うは難しと。悟ったフロールは少し苦い顔で呟いた。

 「せめてエリックへの申請を簡素化出来れば良いのだが」

 ヘイダルは腕組みして呟く。

 「何年か前から寮や公共系の施設の改修に関して、もう少し俺達の管理から自由にしても良いんじゃないかとは、議題にしているし」

 公共性が高いからこそ、支配層が完全に手を離してしまうと、平等性や低価格の維持が出来ずに困る可能性も出てきてしまうけれど。反面、手続きや管理が支配層の承認必須で一括になっている結果、現場の改善の動きが遅く、不便が出たり事故が起きたりするのは良くない、と。

 何やら考え込むヘイダルに、偉い人というのも考える事が沢山あって大変なのだな、と思わず少し雪路は感心する。

 「……僕は反対だ」

 ぽつりと、階段を三階まで上がりきったところで、フロールが言った。

 「え?」

 振り向いた雪路達に、フロールは珍しく、少し固い表情で呟く。

 「僕は、建築物の増改築に関して、管理権を緩めるのは反対だ」

 「フロールさん?」

 雪路が首を傾げると、いや、と、いつも通りに笑ったけれど。

 「……以前から、そういえばお前は反対派だったな」

 パチリと目を丸くするヘイダルを振り向いた顔には、微かな陰があるように見えた。

 「ああ、僕は反対だ。……今となっては、僕とアントワーヌしか覚えていないけれど。もう二度と、あの時代みたいな〝仕事〟はしたくない」

 「ああ、そうか。お前は建物が拠点として……」

 ヘイダルはふと何かに気付いたように口を開き掛けて、それから雪路達に視線をチラリと向けると、思い直したように口を閉じた。

 「……この件はゆっくり検討すべきだな」

 気まずげな声に、雪路は無意識に隣にいたカレンと顔を見合わせる。魔女の子息達の中でも、どうやら意見が割れる内容の話であるらしい。詳しく聞いて欲しくは無さそうな様子に、いくらか引っ張りだされている好奇心を押し戻す。

 「あの、空き部屋の一つ目は、ここです」

 頃合を見ていたらしい寮監が、階段横の部屋を示した。空気を変えるように、へぇ、と、フロールはいつも通りの笑顔になる。

 「間取りは基本的に全室一緒なんですが、備え付けの家具は、買い替え時期がマチマチだったので結果的にちょっとずつ違ってきています」

 寮監は説明しながら扉を開けた。

 「それから、この部屋は建物の造りの関係で天井の形が特殊で」

 その部屋は、天井が斜めになっていた。向かって右手から左手に掛けて低くなり、最も低い所では、おそらく雪路が飛び跳ねて手を伸ばせば届くほど。

 「屋根裏部屋みたいですね」

 こじんまりとした夕日が差し込む部屋は、いつか本の挿絵で見た屋根裏部屋のような趣がある。簡素な鉄の骨格を持った猫足のベッドが右側にあって、左側には鏡とカンテラが乗った木製の机と椅子が立っていた。入口のドアの左横には机と合わせた木製クローゼットが設置されている。フローリングの床、ベッド前に敷かれた円形ラグはモスグリーン。

 「天井が低いせいか、狭く見えるので、あまり人気がない部屋なんです」

 寮監は雪路とカレンを見て言った。

 「もう一つの空き部屋は二階にあります。これとほぼ同じ作りですが、天井が水平で、ラグの色が薄いピンクです。だだ、そちらはそちらで、窓が少し小さくて……」

 空き部屋には空き部屋なりの理由があるということらしい。

 雪路は部屋の奥、正面の窓に視線を向ける。縦長の長方形をした腰窓は、薄いレースのカーテンと、ラグと同じ色の厚手のカーテンの二層が設置されているものの、今は両方共開いていた。この寮の横には背の高い建物はなくて、窓からは寮の敷地と夕焼けの町並みが良く見える。

 「どれくらい小さいの?」

 「一回りってところかしら。上下左右共、拳一つ分くらい小さくなる感じ」

 先に見ていたらしいウェンディがカレンの質問に答えた。

 「採光に不足は感じなかったけど、ちょっとだけ、この部屋とは違った圧迫感はあるかも」

 「なるほど」

 頷いて、カレンは雪路を見た。

 「雪路、どう思う?聞いた感じ、どっちの部屋は苦手とかありそう?」

 「私はどっちも大丈夫。採光に不足ないなら窓が小さくても良いし。この部屋も狭い気はするけど、秘密基地っぽくて、むしろ好き」

 フルフルと首を左右に振ると、あら、とウェンディは笑う。

 「秘密基地って」

 「雪路さんて男の子みたいなこと言うのね」

 寮監もコロコロ笑い、え、と雪路は肩を揺らす。

 「え、そ、そう?」

 この手の部屋は、案外好きな子多そうだけど、と思ってみるけれど、実際、空き部屋になっているのだから自分が少数派なのだと反論する前に自己完結。

 「カレンはこの部屋だめ?」

 自己完結したものの、何となく解せなくて、恨みがましくカレンに話題を振り返すと、そうねぇ、と部屋を見回す。

 「だめって事は無いけど。元から狭い所の方が落ち着くし。でも、進んで住みたいって感じではないわ」

 冷静に返して、カレンは再び視線を雪路に戻す。

 「雪路は、こっちの方が良いって感じ?」

 「もう一部屋見てないけど、たぶん。窓が小さいよりは、屋根が斜めの方がワクワクするかも」

 「ワクワクって……」

 クスクスとウェンディと寮監が笑い、黙って見ていたヘイダルとフロールも肩を竦めて笑い出した。

 「え、ちょっと、なんですか、それ」

 心外だと抗議すると、まぁまぁ、と寮監が手を振る。

 「じゃぁ、もう一部屋も御案内しますね。今のところは、越して来るなら、こちらが雪路さんの部屋で優位かしら」

 そうして、再び階段に戻って行く寮監を、ゾロゾロと皆で追い掛ける。

 (結構、こじんまり感がかわいい部屋だと思うんだけどなぁ)

 部屋を出る直前、チラリと振り向いた雪路は。

 「フロールさん?」

 斜めの天井を見て足を止めたままのフロールに気付いて声を掛けた。

 「どうかしました?」

 「あ、ああ、いいや。なんでもないよ」

 振り向いたフロールは首を左右に振る。

 「……ちょっと、こういう暮らしぶりなのか、と思ってね」

 知っているようで知らない、と。呟いて笑う魔女の五男は、何か考え込んでいるようでもあった。



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