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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.9
85/323

9-10

 三連戦の決闘を無事に終えた翌日。

 「お、おはようございます!」

 「な!」

 月曜の朝から全力で走った雪路は、始業の鐘と同時に飛び込むように事務室に入り、ヘイダルの目を見開かせる事になった。

 「ち、遅刻じゃないですよね、今のセーフ!セーフですよね!?」

 「セーフという事にしてやるが……」

 ヘイダルは溜息を吐いて首を傾げる。

 「……なんだ、昨日の疲れでも出て寝過ごしたか?」

 「あ……いえ……」

 雪路は気まずく視線を逸らした。

 (……ドア、起きたら塞がれちゃってたんだよね……)

 自室のドアを開けようとしたところ、外側に家具か何か重い物を置かれたらしく、押せども押せども開かなかったのである。

 (私は、窓から浮遊魔法で出れば良いけど……)

 もしやと重い、窓から出て玄関から入り直し、カレンの部屋に向かった。

 結果、カレンの部屋も同じように廊下に置かれていた飾り棚でドアを塞がれており、それを何とかどかしていたところ、遅刻ギリギリの時間になってしまったという次第。

 (ラビニア達に勝ったところで、何か劇的に変わるとは思ってなかったけど……)

 雪路を応援した事で、カレンへの嫌がらせも一緒にエスカレートしてしまったのは、少し痛かった。

 「……何かあったのか?」

 歯切れの悪い雪路の返事から何か感じ取ったのか、ヘイダルは眉を寄せる。

 「あ、いえ。大した事じゃなくて……」

 「……事情を聞いたところで、根本的に解決してやるのは無理だが、遅刻その他、仕事に響きそうなら言え。そのつもりで考慮する」

 「あー……」

 確かに、明日以降も同じような嫌がらせで遅刻しそうになる可能性は否めない。これは迷惑を掛けない為にも白状せねばならないか、と雪路は口を開いた。

 「……ちょっと、自室のドアを廊下側から塞がれる事件がありまして……」

 「ドアを?」

 ヘイダルは苦く聞き返し、仕事を始めながらチラチラと様子を窺う書記官達も眉を顰める。

 「私は、窓から出れば良い話なんですけど……」

 「……昨日、お前に声援を向けた花嫁候補も同じ被害にあったか?」

 「そうです」

 なるほど、とヘイダルは腕組みした。

 「わかった。……それで遅れるとなれば、まぁ不可抗力に近いといったところか」

 「明日からは、ちょっと早く起きて、万一の時も余裕あるようにします」

 雪路が言うと、うむ、とヘイダルは少し苦々しく唸る。

 「悪い事をしていない方が、努力しなければならないなんてね」

 不意に聞こえた声は書記官達のものではなくて。

 「あ、フロールさん」

 「ごめんよ。ドアが開いていたから、つい、ノックせずに入ってしまった」

 雪路が飛び込んで来た勢いのまま、開いていた扉の前に、フロールが立っていた。

 「おはよう。昨日は全勝だったらしいね、おめでとう」

 雪路とヘイダルが話している付近まで寄って来て、茶を出そうとする書記官達を片手で制する。

 「いいんだ、ちょっとヘイダルに資料を借りに来ただけだから」

 「ああ、例のか」

 約束があったのか、納得したヘイダルは自分の机に戻って、ゴソゴソと何やら漁り始めた。

 「昨日は見に行けなくてごめんよ。とても気に掛かってはいたんだけれど……」

 ヘイダルが資料を用意している間に、フロールは雪路を見て少し申し訳なさそうに眉を下げる。

 「良い結果だったようで何よりだ、改めて、おめでとう」

 「いえ、そんな、ありがとうございます」

 慌てて首を振った雪路は、ふと、何となく違和感を覚えてフロールの顔を見上げた。

 (……白い……いや蒼い?)

 元より過剰な日焼けどころか、シミ一つない白い肌のフロールだったけれど。今日は更に一段とその顔は蒼白で……蒼ざめて見えた。

 「あの、フロールさん、もしかして、体調不良ですか?」

 座って下さい、とすぐ側の来客用ソファを示すと、うん、とフロールは大人しく腰を下ろす。否定もしないまま、座ってから軽く息を吐く姿は、どうやら虚勢を張る気も無いほどには確かに調子が悪そうだった。

 「大丈夫ですか?ええと、確か、救急箱に風邪薬くらいなら……」

 「大丈夫だよ」

 軽く微笑んで、フロールはそれには断りを入れる。

 「実は、昨日は寝込んでいて……」

 「え!?」

 それは大変だと、雪路は眉を寄せた。

 「治り切ってないんじゃないですか?今日はお休みになった方が……」

 「うーん、よほど酷くなったらそうするけれど……。まだ、今回は大丈夫かな」

 フロールは笑って、そっと自分の心臓の辺りに触れた。

 「僕は元々、地球にいた頃、心臓が悪くてね。体も弱いから、しょっちゅう高熱を出していたんだけど」

 「え」

 病弱な王子様、と、浮かんだ言葉は不謹慎だけれどフロールにピッタリではあった。フロールが持っている優しげで高貴な、王子様めいた雰囲気は、同時に繊細で儚いような印象も与える。

 「こっちに来てからは、病気なんてしない体になったんだけど……。元の体の影響は、完全にはなくならないみたいで。半年に一回くらい、熱が出たり怠かったりする時期が来るんだ」

 今が丁度それだと、小さく溜息を吐く。

 「一週間くらいで徐々に良くなるから、あまり心配しないで」

 「そ、そうなんですか……」

 大変そうな体質だな、と思わず目を丸くして。

 (……心臓が弱かったのに……こっちに来て、病気なんてしなくなった……?)

 ふと聞きとがめるように気になった。それは、単に生活の変化で健康になったという事なのか。それとも、この永遠に歳を取らない不思議な世界には、何かしらそういう力のようなものもあるのか。

 浮かんだ疑問に、首を傾げる。

 「あの、フロールさん」

 「うん?」

 「この世界って、歳を取らないだけじゃなく、体が健康になる効果もあるんですか?」

 特に忌避するような内容でもなかろうと、素直に問うと、ああ、と少しだけ、フロールは困ったように微笑んだ。

 「いや、この世界、というよりは……魔法の副産物、かな」

 「魔法?」

 「強力な魔法を行使すると、心身に負担がかかる」

 答えたのは、資料を揃えて戻って来たヘイダルだった。

 「花嫁候補達に与えられる魔法は、だいぶ威力が低く設定されているから、あまり実感がないかもしれんがな」

 「本来の魔法は、それなりに負担が伴うからね」

 ヘイダルの声を引き継いで、フロールは自分の胸をトントンと叩く。

 「でも、その負担には、魔法との相性で幅があってね。たとえば、心臓が弱くて虚弱だった当時の僕が、相性最悪の死霊系の魔法なんか使った日には、速攻で気絶だったけど」

 「逆に、相性が最も良い炎の魔法なら、当時でも長時間の使用が可能だったというわけだ」

 ヘイダルが頷いて、ちょん、と自分の目のあたりを指で示した。

 「何色に見える?」

 「橙色?」

 藪から棒に何だと雪路が答えると、そうだ、とその橙色は瞬いて。

 「本来、人間の虹彩が、自然にこんな色をするはずはないだろう?」

 これが副産物だ、とヘイダルは言い切った。

 「相性が良かろうが悪かろうが、負荷を受け続けると、その負荷に耐えられるように、体が変質していく」

 「あるいは、魔法に合わせて変質できる体の持ち主を、魔法適性の持ち主、って呼ぶんだよ」

 フロールは、ピジョンブラッドの目を細めて微笑んだ。

 「魔女様に〝息子〟や〝花嫁候補〟として攫われてくるのは、そういう魔法適性の持ち主達なんだ」

 心臓が悪く虚弱気味だったフロールは、しかし、魔法適性は高かったということらしい。従って、負担の少ない好相性の強力な魔法を行使し続けるうちに、体は変質していった。

 「この鉱山世界で魔法を行使するのに最も適した体に変質した結果、どうやら心臓や体質にも何かしら変化が起きたみたいで」

 それが吉と出て、体が丈夫になった、ということらしい。

 「なるほど……」

 そういえば、確かに、日本人であるはずの誠の目の色が藤色であることや、アントワーヌの金の虹彩などは、地球ならばまず有り得ないと思い当たる。

 (魔法の世界だし、そういうものなんだろう、と思ってたけど……)

 ある意味で、その解釈は当たりだった、ということらしい。納得していると、ヘイダルがフムと首を傾げてフロールを振り向いた。

 「とはいえ、無理はしないことだ」

 「ありがとう、そうするよ」

 資料を受け取ったフロールに、少し休んでいけ、と、どこから持ち出したのか、膝掛けを続けて押し付ける。

 「やっぱり、私、何か温かいもの用意します」

 雪路もそそくさと立ち上がると、みんな過保護だよ、とフロールは笑った。

 「昨日の夜は誠が葱を山ほど持って来たし……。首に巻けって。僕、喉は悪くないのにね。どうしようもないからスープにしようとしてたら、その後に来たアントワーヌに、有無を言わさず寝かし付けられたよ。スープなら作ってやるから無理するな、って」

 「……それはきっと、二重の意味で無理するなって話だな」

 ヘイダルは神妙な顔で頷いた。

 「お前とメルヴィンが厨房に立って、ろくな事があった試しがない……」

 「昨日はちゃんと塩と砂糖は間違えなかったよ。なぜか鍋の中は紫色になっちゃったけどね。アントワーヌが、ちゃんと白いシチューに錬成し直してくれたし」

 それは塩と砂糖を間違えるより大惨事ではないか、作り直すではなく〝錬成し直す〟とはどういう事だ、と思った言葉を雪路はあえて飲み込んだ。

 「ともかく、心配はありがたいけど、僕も伊達に病弱の玄人じゃないからね、大丈夫って話さ」

 フロールは、そう言った途端に数度咳をした。

 「……雪路、少し休んだら、コイツをコイツの鉱山まで送ってやれ」

 「はい」

 真顔のヘイダルに雪路が深々と頷くと、参ったな、とフロールは笑う。

 「まさか女の子にお守りして貰うなんて」

 「お守りというか……。ああ、そうだな、調子が戻るまで、雪路を補佐に付けたらどうだ?」

 「え?」

 思わずフロールと揃ってヘイダルを振り向くと、腕組みしたヘイダルは肩を竦めた。

 「雪路なら、何かあった時に最速で誰かに報せられるからな。病人の監視役としては適任だと思うぞ」

 万一の時に手を貸したりするにしても、重労働を嫌う他の花嫁候補より頼もしいだろうし、と。

 「あ、そういう事なら、任せて下さい。力仕事でも何でも頑張りますよ」

 納得して頷くと、フロールは困ったように笑った。

 「いや、僕にも男の意地があるから……。まさか君に力仕事は頼まないけどね」

 しかし、案自体は良いな、と頷く。

 「そうだね、僕の所の鉱山なら、ここよりは花嫁候補の屋敷に近いし。雪路も今より早起きしなくて済むだろうから」

 「ああ、言われてみれば」

 ヘイダルは視線を雪路に向けた。

 「そういう次第だ。お前が嫌でなければ、明日からでも補佐異動にしておくが……」

 「謹んで異動承ります」

 早起きしなくて済むと聞けば、渡りに船。仕方ないと諦めはしても、内心憂鬱だったので、素直に嬉しい。

 勢い良く頷くと、ふふ、とフロールは笑った。確かに体調は悪そうだが、慣れているのか、所作には余裕がある。

 「じゃぁ決まりだ」

 「よろしくお願いします」

 軽く頭を下げて、雪路は今度こそ何か温かい飲み物を用意しようと動き出した。

 「ホットミルクとか好きですか?」

 「蜂蜜と生姜を入れてやれ」

 うむと頷くヘイダル。

 「いや、だから過保護だって」

 フロールは困ったように、笑っていた。


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