7-8
フロールは確かに素早くメルヴィンに試練の開催を申請してくれたようで、予想通り、土曜日がその日となった。
十一時に来る様に、とヘイダルを通して指定を受けた雪路は、当日、試練の間があるメルヴィンの鉱山を訪れた。
「宜しい。五分前集合、実に宜しい」
早めに出たのは正解だったらしく、きっかり約束の五分前に現れたメルヴィンは、雪路と付き添いのウェンディを見て、コクコクと深く頷く。
場所はメルヴィンの鉱山の奥、試練を執り行う専用の空間に繋がるトンネルの前だった。
「おはようございます」
会釈して挨拶すると、ええ、と眼鏡越しに琥珀色の双眸が静かに見下ろして来る。
「おはようございます。良い朝です」
格式張って硬い印象のジャケットから、これまた格式張った懐中時計を取り出し、ふむふむとメルヴィンは頷く。
「そうこうしているうちに、三分前ですね」
そうして、クシュン、とクシャミを一つ。
「失礼しました。最近は冷えますね」
「はい」
淡々とした言葉は丁寧だけれど、どこかよそよそしい。
(あんまり喋った事ないしなぁ)
ニコロの補佐だった時、エリックと共に訪れたのを見た時くらいしか、接点が無かったと思い起こす。
そもそも、この世界に来て最初に訪れたのはメルヴィンの鉱山のはずなのに、思えばそれ以来、縁が無かった。
(ニコロさんやエリックさんといる時は、なかなか面白い人に見えたけどなぁ)
そのニコロやエリックがいないと、途端に五分の隙間も潰しにくくなるものだ、とちょっと苦笑い。
本物を一人当てる試練だから、と。この試練に限っては、当日、試練前の花嫁候補の前にはメルヴィン以外の魔女の子息達は、極力現れないようにするのが暗黙の了解らしい。
ウェンディと雪路だけでワイワイ話すのも気まずいので、沈黙すること、更に三分。
「時間です」
時計から顔を上げ、メルヴィンが宣言した。
「花都 雪路、貴女はこのトンネルを真っ直ぐ進み、最初に辿り着いた扉を開いて中に入りなさい」
メルヴィンは雪路と向かい合い、片手でトンネルを示してルールを諳んじる。
「貴女が受けるべき試練の場所に繋がるよう、魔法が定められています。扉の先には、〝毒林檎の試練〟が待っているでしょう」
そうして、〝毒林檎の試練〟とは間違い探しであること、本物の林檎を齧れば合格である事、偽物の林檎を齧り、毒を飲んだ場合、数分以内に棄権を宣言しなければ命を落とすことが説明されて。
「また、林檎には好きなだけ触れて構いませんが、決して、齧る以外に形を損ねるような事……切る、割る、潰す、などはしないように」
そう付け加え、メルヴィンは一つ頷いた。
「そして、最後に。棄権の声は必ず、私が試練の間の中にいようが、外にいようが、届くようになっています。命と誇り、よくよく考えて選ぶように」
おそらく決まり文句なのだろう警告を抑揚もなく言い切って、再度、トンネルを示す。
「では、行きなさい」
「雪路、頑張ってね!」
ウェンディの声に、雪路は、うん、と答えて。
「行ってきます」
メルヴィンに小さく頭を下げると、薄暗いトンネルに足を踏み入れた。
剥き出しの岩壁には松明も下がっておらず、どことなく湿った空気が鼻を擽る。けれど不思議な事に、視界は二メートルほど先までボンヤリと確保され、足元を取られる事はなかった。
コツン、コツンと、進むこと暫く。不意に、視線の先に扉が現れる。
真っ赤な扉だった。赤い赤い、真紅の扉。
唐突に出現した毒々しい色合いの扉に、一瞬、雪路は怯んで躊躇した。
扉の前で足を止め、小さく深呼吸。首に下げていた指輪を取り出し、チェーンから外す。
「……大丈夫」
対策は練った。合格率も高い、比較的楽な試練のはず。
それでも、ここに来て緊張感が込み上げ、フルリと肩が揺れる。
もしも万一、失敗すれば、死ぬか、あるいは生涯工女としてこの世界で働き続ける事になる。
「大丈夫……」
自分に言い聞かせるように呟いて、手の中の指輪を見詰めた。
「……私、頑張ります」
刹那だけ迷ってから、指輪に左手の中指を通してみた。
彼の指にはピタリと合っていたはずの銀は、少し、雪路の指には大きい。
「……手……こんなに、大きさ違うんだ」
優雅で細身な印象はあるけれど、やはり男性なのだと、事ある毎に再確認する。スラリと長くて美しいように見えた指が、実は長さに見合ってそれなりに厚みがあった事を知って、何となく、擽ったい気分になった。
頬を撫でる指先の感触を思い起こして、心臓が縮む。心地よい息苦しさに目を細め、無意識に、少し緩い指輪を嵌めた手を顔の前に上げて。
「……大丈夫」
目を閉じてギュッと手を引き寄せ、チョン、とそのお守りにキスをした。
(……う、はずかしい)
それは衝動的な願掛けにも似ていたけれど、間違いなく、それの元の持ち主への想いが起こさせた衝動でもあって。
やってしまってから強烈に照れて、けれど、そのおかげで緊張が解れた勢いのまま、雪路はドアノブを掴み、赤い扉を押し開けた。




