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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.7
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7-2

 案の定、ヘイダルが帰って来たのはかなり遅い時間だった。やっと事務室に戻って来たヘイダルと入れ替わる形で終業し、雪路は帰路につく。

 そうして夕焼けの道を行き、屋敷に戻った雪路は、玄関ホールで足を止めた。

 「……ただいま」

 「帰って来なくたって良いのよ」

 階段の前に、イザベラと数人の取り巻きが立っている。

 道を塞ぐような形の彼女達へ、ひとまず挨拶した雪路に、イザベラは鼻で笑って口を開いた。

 「お風呂も食事も、仲良しの工女達と一緒なんでしょ?それなら、サッサと花嫁候補辞めてソッチに行きなさいよ」

 とうとう来たか、と雪路は身構えた。実質的な決別から数日。カレンと同じように風呂には入れて貰えなかったし、食堂に入ろうとすると必ず邪魔をされたり、何かを投げ付けられてはいたけれど。

 こうして取り囲まれて、イザベラ本人が出て来たのは、これが初めてだった。

 取り巻きの中にラビニアがいるのを見て、雪路は悟る。

 昨日の一件が、最後の引き金になったのだ。

 「部屋に戻りたいから、通してくれる?」

 少し緊張しながら、雪路は歩を再開したが。

 「あんな下層階級共にチヤホヤされて、調子に乗ってるんじゃないわよ!」

 横を摺り抜けようとした雪路を、取り巻きがサッと邪魔する。

 「偶然で竜を倒して何か勘違いしてるようだけど」

 イザベラはカツン、と靴のヒールを鳴らして雪路を見下ろす。

 「アンタなんて誰も特別に思ってないわ」

 クスクスと取り巻き達が笑った。

 「自分は特別だとでも勘違いした?」

 「勝てるつもりで決闘受けたの?」

 「誠様の真似なんかしちゃって、媚び売りも甚だしい!」

 「おまけにヘイダル様の前で優等生振って。誰でもいいの?」

 「見境なくて気持ち悪い」

 「まさか、そんな地味でダサい黒髪に、しょっちゅう汚れてる服のくせに、かわい子ぶれば自分ってモテるとでも思った?」

 グッと、雪路は拳を握り締めた。悔しくて苛立って、怒鳴りたい衝動を、どうにか抑え込む。

 (ここで怒鳴っても仕方ない)

 頭の中で自分に言い聞かせ、出来るだけ平然と、イザベラを見返す。

 「……私は、自分の部屋に帰る為にそこを通りたいの。どいて、って意味よ、わかる?」

 「ここはもうアンタの家じゃないって言ってるのよ、わかる?」

 イザベラは笑って顎を上げる。

 「アンタがいると迷惑、って言ってんの。私達にとって、もうアンタは仲間じゃないし。媚び売ってるの見苦しいし、自意識過剰で見ててこっちが恥ずかしいから、とっとと消えてって言ってんの。つまりね、出てけって、てことなんだけど、空気読めないバカ過ぎてわからない?」

 玄関扉を指で示したイザベラに続き、出て行け、と口々に花嫁候補達が叫んで。

 「……貴方達は大家じゃないでしょ」

 少しだけ、流石に雪路も声が震えた。

 「貴方達に出てけとか言われる筋合いはないんだけど」

 怒りと悔しさと、それから、覚悟はしていてもショックがある。本当に心から親しかったかといえば怪しくても、それなりに上手く仲良くやっていた相手も含め、誰一人、雪路の味方に着こうとはしてくれないと、改めて目の当たりにしてしまったから。

 (何か、私、酷いことしたっけ?)

 口々に、馬鹿にされ、媚を売っているだの優等生ぶっているだの、挙句に見境なしだの言われて、動揺がジワジワ沸いてくる。

 (ここまで言われること、したっけ?)

 覚悟はしていたつもりだけれど、こうして四方八方から悪意を向けられるというのは、想像以上にダメージがあった。風呂や食事の嫌がらせは、元より他所で済ませる宛があったから、せいぜい不便だとしか思っていなかったけれど。こうして取り囲まれて罵声と嘲笑を浴びていると、自分は間違っていないという自信も、怒りすらも、ジワジワと心の中から削られてきて、かわりに恐怖と羞恥と、屈辱感がジワジワと嵩を増す。

 「……どいてよ」

 このままでは不味いと、雪路はイザベラの横を摺り抜けるため、再度踏み出した。

 「だから、出てけって言ってんのよ!」

 瞬間、思い切り髪を引っ張られた。

 「いたっ」

 思わず悲鳴を上げた瞬間、バシャ、と何かが頭から被せられる。粉っぽいそれに思わず目を閉じ、ケホケホと咳き込んで、片手を振り回して何とか髪を引っ張るイザベラの手を振り解いて後ずさる。

 「なに」

 目を開いて自分の体を見下ろすと、砂と埃でグレーのコートがくすんでいた。軽く傾げた頭からも、ばらら、と埃や蜘蛛の巣が落ちる。

 掃除用具入れの、埃が溜まった古いバケツの中身を被せられたのだと、分かった。

 「うわ汚い!」

 「やだ、虫の死骸!」

 歓声と悲鳴混じりの声を上げる花嫁候補達の中央で、ケラケラとイザベラが笑う。

 「お似合いじゃない!下層階級のお姫様気取りのアンタだもん!シンデレラの気分でしょ?」

 呆然と立ち竦んでいる雪路に、ふん、と腕組みして視線を向けて。

 「身の程を知りなさい。アンタなんて、薄汚いのがお似合い。ここには不似合なのよ。とっとと出て行ってくれないかしら?」

 再び、出て行け、出て行け、と花嫁候補達が口々に煽り立てた。

 「……どいて!」

 込み上げて来たものは、おそらく怒りではなかったから。とうとう雪路は叫んで、取り巻きの一人の横を力任せに摺り抜けた。

 汚い、と叫び声が上がって、今度は誰も遮らない。

 それにホッとするような、惨めになるような気がして、階段を駆け上がる。

 「逃げた!大口叩いたクセに!」

 「土曜の決闘も、どうせ負けるよ、あれ!」

 ケラケラと階下で笑い声が起こり、ぐっと口を閉じて息を詰めた。

 (……気にしたらダメだ、思う壷だ)

 頭では解っているのに、体が付いて来ない。心臓はバクバクとして震え上がっているし、目の奥が痛かった。

 ここまでされる事をしただろうかと、やめようと思っても、脳の片隅が考えてしまう。ちょっとは仲が良かったはずの相手もいたのに、と、思うほどに傷が深くなってしまうのに、考えずにはいられない。

 階下のイザベラ達はひとまず満足したのか、ガヤガヤと談話室の方に声が移動していく。二階の廊下でフラフラと立ち止まった雪路は、思わず大きく息を吐いて片手で心臓の辺りを抑えた。

 無意識に、もう片手で顔の埃を拭って、首を左右に振る。すると視線の先、カレンが篭っている部屋の扉が見えた。

 ああそうか、と雪路はボンヤリ思った。

(やっぱり、あの時、カレンの味方をすれば良かった……)

 誰も味方がいないというのが、こんなに辛いと思わなかった。もしかしたら一人くらいと思ってしまって、けれど、やっぱり誰もいない。それはかなり惨めで、悔しくて、怖い。

 (私は、それなのに、カレンのことを、見て見ぬふりしたんだ)

 それは最早加害者だ。もしかしたら、イザベラ当人より質が悪いとすら思える。

 (……私、本当にカッコ悪かったな、あの時)

 暗く息を吐いて、雪路は頬の汚れを拭い切った。

 「……お風呂、行かなきゃ」

 重苦しい気持ちで、けれど、絞り出すようにそう呟いて。

 ゆっくり、自分の部屋に向け歩き出す。

 そうして自室の前まで重い体を運び切ると、鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。

 「……あれ?」

 刹那、ドキリと、嫌な予感に心臓が軋んだ。

 「……どうして」

 鍵穴に差し込んで鍵を回すと、開くはずの鍵が、逆に閉まってしまったのだ。

 「朝、確かに閉めたのに」

 誰かが、何かで、開けたのだ、と。閃いた不穏な考えに、ゾクリと慌てて、再度鍵を開いた扉を押し開いた。

 「あ……」

 中を見て、思わず息を数秒止めた。

 (嘘でしょ……?)

 ベッドの上に、布切れが大量に積まれている。色や、かろうじて残っているカタチには見覚えがあって、まさか、と狼狽える頭は、しかし、すぐに結論に辿り着いてしまう。


 「服だ」


 開け放たれたクローゼットの中身は空。

 鋏か何かで切り裂かれた洋服や下着が、ベッドの上に山になっている。

 「……うそ」

 そろそろと、辛うじて後ろ手に扉を閉めて。

 (……明日から、洋服、どうしよう?)

 やけに冷えて現実的な心配をする頭と対象的、とすん、と足は折れて座り込んだ。

 「……ここまでやる?」

 人の部屋に鍵を開けてまで入り込んで。勝手にクローゼットの中を物色され、下着まで全部。

 その一枚一枚にはお金が掛かっていて、その一枚一枚には、多かれ少なかれ、気に入りの度合いがあって。新しく作った服なんて、出し惜しんで、まだ一、二回しか着ていないのに。

 風呂も食事も邪魔されて、廊下ですら安心できないと、今、実感したばかりなのに。

 唯一、ここだけはと思っていた領域。鍵を掛けた自分の部屋すら、油断出来ない場所だと言うのか。

 細切れになった布に込められた悪意に、ぞくり、と背筋が冷える。

 銭湯でウェンディと待ち合わせているとか、そもそも、湯上りや明日の着替えをどうしようとか。

 頭の中は考えねばならないことと不安とで一気に騒がしくなっているのに。

 しばらく、雪路は座り込んだまま動けなかった。


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