6-8
花嫁候補達とカレンがいる窓へと近付き、ねえ、と声を掛ける。
「これ、カレンに渡すから入るよ」
窓の前に立っている花嫁候補の横をすり抜け、室内に降りた。案の定そこはカレンの部屋で、開け放たれたクローゼットの前に、当人は座り込んでいる。
「これ、はい」
コートで包んだ下着や、その他の衣類を差し出しても、カレンは何も言わない。
「……置いとくね」
仕方ないのでベッドの上に置いたところで、ドン、と思い切り背中を突き飛ばされた。
「うっわ!」
咄嗟にベッドに手を付いてバランスを取り、振り向くと。
「ムカつく!」
バチン、と頬に思い切り平手が飛んで来て、さすがにバフンとベッドに尻餅をつく。
「な!?」
痛みより先に驚きで声を上げた雪路を、その場にいた三人の花嫁候補達が睨み付ける。
「なによ!?自分だけヘイダル様の前で、優しいイイ子の振り?」
「同じ格好して誠様に媚び売ってるくせに、何?ヘイダル様にまでアピール?」
「偶然で〝狩人の試練〟合格したからって、特別なつもりになってんじゃないわよ、この見境なし!」
三人からの罵声。そして、再び振り下ろされてくる一人からの平手を、雪路は咄嗟に自分の手で弾き返した。
バチン、と手と手の当たる音がして。
「いった!なにすんのよ!?」
「ソッチが何かしようとしたんでしょ……!」
雪路はキッと相手を睨んで立ち上がった。
「見境なしでも媚び売ってるでも、何とでも言えばいいけど。でもここは、カレンの部屋だからね」
ビシリッと、雪路は開いたままの廊下へのドアを指差し、その場にいた三人の花嫁候補達をグルリと見回した。
「私に何か言いたい事があるなら、まずは部屋の外に出なさい!」
ピシャリと言い放つと、刹那、三人は肩を跳ねさせて戸惑いを示す。
(……信じられない)
まさか手まで出してくるとは思わなかった、と雪路は顔を顰めた。遅れて痛み出した頬を意識すると、やり返してやりたい衝動も込み上げるけれど。
(……それは我慢、我慢……!ここでコッチまで感情任せに手をだしたら、収拾がつかなくなる……)
相手に弱味を晒さない為にも、こちらはあくまで正論で、平然と対応するのが最善手なのだと自分に言い聞かせた。
「出なさいよ」
動かない三人に、再度ハッキリと言う。
「出なさい!?何様のつもり!?調子に乗らないでよ!」
「っ、調子に乗ってるのはそっちでしょ!?」
掴み掛かって来ようとした目の前の一人の手を、再度払い除けた。
「恥ずかしくないの?気に入らない相手には平手打ちなんて、私達の年齢でする事じゃない!」
「口で言っても分かんないバカだからでしょ!ほんとムカつく!」
「口で言う前に手を出したじゃない!」
なるべく冷静に返そうとはしているけれど、流石に苛立ちを隠し切れず、雪路の声も少し大きくなって。
「減らず口ばっかり叩いて!」
「バカなくせに頭良い振りしちゃってさ!」
少し離れた位置にいる二人が怒鳴り声を上げて、ドン、と床を踏み鳴らす。
「だから、私のことは何とでも言えばいいけど!とにかく、場所を移そうって言ってるの!」
雪路は再度扉を示した。
この三人を置いて雪路だけが部屋を出れば、逆恨みの標的は座り込んだままのカレンに集中するかもしれない。とにかく三人を部屋から出さねば、と、苛立つ頭なりに判断していたのだけれど。
「だいたい、アンタも何か言いなさいよ!」
一人の視線が、カレンに向いた。
「そもそもアンタが原因じゃない、なに黙り込んでんの!?」
「安っぽくてダサい服しか持ってないから、クローゼットの整理してあげただけなのに!」
他の二人の視線も、強気に出ている雪路から、より御し易そうなカレンに移って。
「だいたいアンタ、この前イザベラに魔法取られちゃって、もう何も残ってないんだから!サッサと花嫁候補辞退して工女にでもなれば?」
「私達じゃなく、アンタが部屋から出て来なさいよ!ついでにそのまま屋敷からも出てけ!」
グイッとカレンの肩を掴んだ一人に、咄嗟に、雪路は手を伸ばした。
「ちょっと、自分達が何言ってるかわかってるの?」
「なによ、またイイ子ぶって!」
雪路の手を払い除けた花嫁候補は、そのまま雪路の肩をドンと押した。
半歩よろけた雪路を、別の一人も突き飛ばす。
「わ」
流石にバランスが取れずに二度目の尻餅を床につくと、間抜けね、と三人が笑う。
「アンタもよ!竜を倒したとか言っても、浮遊魔法なんて珍しいだけで何の役にも立たないじゃない!」
「媚び売っちゃってさ、それしかないのよね!」
「ま、媚び売ったところで、たかが知れてるだろうけど!」
ニヤニヤ笑う顔を見上げ、グッと無意識に拳を握り締めた。怒りが大半を占めているおかげでさほど悲しくはないけれど、尻餅をつかされた挙句に見下ろされて笑われている事が限りなく悔しくて、胸の中心が鉛でも詰まったように重い。
それでも、それを顔や態度に出すのはもっと悔しくて、雪路は平然としている風に口を開く。
「……言いたいことは、それだけ?」
眉間に皺を寄せて立ち上がる雪路に、ムッと、三人は再び怒気のこもった表情になった。
「やり返す度胸もないくせに吠えんじゃないわよ!」
「複数人で弱い相手にしか喧嘩売れない臆病者はそっちでしょ!」
遂に本気で雪路が怒鳴り返すと、何ですって、と相手は甲高く唸る。
「言ったわね!それならいいわ、正々堂々やってやる!」
ドンと、再び雪路の肩を突き飛ばし、相手は叫んだ。
「決闘よ!今週末日曜日午後十三時!」
雪路は、ハッと動きを止める。
「決闘?」
咄嗟に、決闘は拒否を口にすれば避けられる、というヘイダルの言葉が頭に蘇った。
しかし。
「何よ!?人のこと臆病者呼ばわりして、逃げるわけ!?」
フン、と決闘を口にした一人が笑う。
「ま、別にそれでもいいけど。所詮はやっぱり、口だけのぶりっ子ってことよね!」
完全に勝利したような表情で見下す彼女に、グッと雪路は奥歯を噛み締めた。
(……ここで、安全策を取って拒否したら)
間違いなく、自分は後悔すると思った。
ここで拒否するのが客観的にみれば正解かもしれない。けれどそんな風にして、これは正解ではないからと、カレンに何もしなかった、楽な方に逃げ出した結果、泣いたのが以前の自分だったはず。
(……私は私の誇れる自分でいたい)
逡巡は一瞬だった。
内側の覚悟や勇気を引っ張り出すように、自分で決めた目標を心の中で繰り返して。
「わかった。受けて立つ」
キッパリと言い切った雪路に、刹那、相手の方が怯んだように間を置いた。
しかし、やがてまた見下すように笑って口を開く。
「私達は今週末日曜日十三時の決闘をする。……確かに、受けるのね?」
「うん」
再度頷くと、ふふ、と彼女は盛大に笑い出す。
「……なに?」
嫌な予感に、思わず声が低くなった。
「いいえ、別に」
相手はニンマリとしてフンと顎を上げる。
「申請は私が出す。覚悟しておきなさいよ」
そうして彼女は雪路から視線を外すと、扉の方へ歩いて行った。それに続いて、他の二人も雪路を小馬鹿にしたように見てから部屋を出る。
後には、静寂が残った。
あれだけ食って掛かってきた割にあまりにアッサリと、決闘が決まった途端に引いた三人に、雪路はざわりとして胸を片手で抑える。
「……今週末日曜日」
ポツリと呟き、雪路はパンと軽く両手で頬を叩いた。
「……五日後だ」
妙な胸騒ぎを感じつつも、けれど、もう後には引けない。
雪路はもう一度両手で頬を軽く叩き、戦の前の数日間で何をすべきか、考え始めることにした。




