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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.6
54/323

6-3

 朝一で強制異動させられた以外には、ヘイダルの補佐という役回りは至って平和なものだった。監視の為、という名目ではあっても、与えられる仕事が何か特別だったり、待遇が悪かったりすることもなく。

 トパーズを主産物とするヘイダルの鉱山で、各地区から上がってくる諸々の報告書を仕分けたりファイリングしたりの業務は、むしろニコロに振り回された先週より楽なくらい。

 そんな中、午後のお茶の時間に。

 「あの、ヘイダルさん」

 珈琲を飲みながら寛ぐヘイダルに、雪路は声を掛けた。

 「なんだ?」

 ヘイダルは振り向いて眉を片方上げた。

 自分の席に座って、同じように珈琲を飲んでいた雪路は、あの、と、カップを両手で包み、口を開く。

 「決闘について、お尋ねしたいことがあって」

 本当はニコロに聞こうと思っていたのだけれど。異動になってしまったなら、ヘイダルに聞くほかない。ニコロに比べてまださほど親しくもないので少し聞きにくくはあるが、同じ魔女の子息なのだから、ヘイダルに聞いてもニコロに聞いても、さして情報の精度に振り幅はあるまい。

 「決闘って、どうやったら拒否できるんですか?」

 今朝方、間違いなくイザベラを敵に回してしまったのだ。カレンが受けたような嫌がらせは、当然自分にも来るものと、雪路は覚悟していた。

 (お風呂は銭湯、食事は外食)

 他ならない雪路ならばこそ、風呂や食事への嫌がらせは切り抜ける宛がある。しかし、決闘だけは、もしも万が一申し込まれたならばどうしようか、深刻に悩んでいた。

 (痛いのはもちろん嫌だし、見世物にもなりたくない。……それに、魔法の力を奪われたら……)

 魔女の後継者になれる可能性、元の世界に帰れる可能性が低くなると、冷静に雪路は判断していた。

 従って深刻に問い掛けた雪路に対し、ヘイダルは怪訝そうな顔をしたものの、答える。

 「断固として断れば良いだけだ」

 「え」

 でも、と雪路は聞き返す。

 「でも、勝手に申請を出されたら?」

 「勝手に出された申請は通らない」

 ヘイダルはそう言って、チラリと事務室の中を見回した。

 「断固とした拒否を口に出していたなら、それは〝鏡の精霊〟が記録しているはずだ」

 「鏡の精?」

 「この世界の〝契約〟を司るものとも言える」

 ヘイダルはそう言って、雪路に視線を戻した。

 「魔女様の使い魔のようなものではないかと、俺達兄弟は理解している。とにかく、この世界の全ての〝契約〟を記録する性質を持った何かだ」

 故に、決闘についても、それが決闘者同士が相互に了解したものか、一方が勝手に申請したものか、つまり正式な〝契約〟が結ばれているか、鏡の精霊ならば分かっているそうだ。

 「決闘が行われる〝鏡の間〟は、元々は精霊の名から来ている。決闘を取り仕切るのはメルヴィンだが、そのメルヴィンの実務の一つが、鏡の精霊への確認だ」

 そこで少しだけ顔を顰めて、ヘイダルは声を低くする。

 「ただし、奴、鏡の精霊は人間ではないからな。判断基準が極めて機械的だ。例えば脅迫により無理矢理に承諾させられたとしても〝契約〟成立とみなされるし、無言もまた、肯定と取られる。つまり、必ず、拒否したい時には拒絶を口にしておかねばならない」

 なるほど、と雪路は納得した。カレンとイザベラの申請が通ってしまったのは、そういえばカレンが明白に拒絶を口にしていなかったからだったのか、と。

 「決闘したくなければ、断固拒否、と」

 雪路が今後の対策にとしっかり胸に刻んでいると、ヘイダルは再び怪訝そうな顔になって首を傾げた。

 「なぜ、決闘の断り方を?」

 「あ、ええと……」

 雪路は視線を泳がせてから、えへへ、と苦笑いした。

 「いえ、ちょっと、後々もしもの為にと言いますか……」

 その答えに、ヘイダルは訝しげな顔を崩さないまま数秒の間を置いた。探るような沈黙に雪路が何となく居心地悪くなってくる頃、そうか、と橙色の視線は逸らされる。

 「あの、ご回答ありがとうございます」

 「ああ」

 ひとまず笑顔で礼をした雪路に、ヘイダルは短く頷いて、それからまた口を開いた。

 「……お前は魔女様の後継者を目指しているのか?」

 「え」

 出し抜けの質問に雪路は目を丸くした。

 「ええと……まぁ、花嫁候補、なので」

 「何の為に目指す?」

 橙色の目が再び雪路を振り向く。特に不機嫌そうな顔ではないのに、その視線はドキリとするほど鋭くて、やはり猛禽のような雰囲気のある人だと、雪路は少し動揺した。

 (帰りたいから……なんて言ったら、ただでさえ脱走を疑われてるのに、余計に怪しまれるよね……)

一瞬でそう判断し、では何と答えるか、うーんと思案する。

 「ええと……あー……」

 まごついていると、ふむ、とヘイダルは腕組みした。

 「目当ての夫でもいるのか?」

 「え?」

 「花嫁候補が魔女の後継者を目指す動機付けとして多いのは、単純な力や権力への欲求、または、稀にこの世界から出る力を求めて、という場合もある」

 ヘイダルの言葉に、再び内心で雪路はドキリと飛び上がった。

 (あ、やっぱり帰りたい人って一定数はいるよねぇ)

 自分はやはり、そういう帰りたい人間だと疑われているのかな、と警戒。しかし、ヘイダルは特にそこには踏み込まずに言葉を続ける。

 「だが、ある程度以上の年月が経つと……まぁ一種の諦めもあるのだろうが。多くの花嫁候補は、この世界から出る事より、別の理由で魔女様の後継者を目指すようになる傾向がある」

 「別の理由?」

 聞き返すと、ああ、とヘイダルは頷いた。

 「さっきも言った権力欲。そして、それと並んで多い理由は、〝俺達〟だ」

 「ヘイダルさん達」

 呟いてからピンと来た。

 「それで、目当ての夫、ですか」

 「そうだ」

 ヘイダルは溜息を吐いて手元の珈琲を見下ろした。濃い色のそれには、ミルクも砂糖も入っていない。

 「目当ての夫がいる花嫁候補ほど、この世界に早く順応し、魔女様の後継者を強く目指す傾向がある」

 雪路の脳裏にイザベラが浮かんだ。

 (……イザベラの〝お目当て〟はアントワーヌさんだっけ……)

 他にも彼を目当てにしている花嫁候補が多いことは、何となく談話室から毎夜漏れてくる会話で知っていた。

 「……人気者……」

 「なんの話だ?」

 「え!?」

 無意識にソワソワ呟いた言葉を、ヘイダルに聞き咎められた。

 「あ、いえ」

 さあ、と顔に血が上って来る。慌てて、雪路は首を左右に振って誤魔化し笑いを浮かべた。

 「あの……いえ、皆さんの方は、逆に、花嫁候補のことどう思ってるのかな、って」

 「……ふむ?」

 釈然としない顔ではあるものの、ヘイダルは一応納得したように頷く。

 「俺達がどう思っているかと問われれば、まぁ、それぞれ思う事は色々だろう」

 珈琲から顔を上げ、そう返答。

 「特に意識していない連中もいれば、チヤホヤされるのを楽しんでいる連中もいる」

 「あー……」

 誰がどちらに当てはまるか、何となく分かる気がして、雪路は笑った。

 「ともかくだ」

 ヘイダルは雪路を改めて見詰め、そう少しだけ声を低める。

 「お前が誰か目当てを持って後継者を目指しているなら、少しは俺も疑わずに済むのではあるが……」

 「私の目当てですか……?」

 雪路は首を傾げた。

 「私は」

 そこで、言葉に詰まった。

 「私は……」

 無意識に、自分の左耳の上辺りに触れる。

 黒い手袋をした手。抱き寄せられた時の安心感。

 金の瞳、銀の髪。

 歌うように優雅な声音。

 「私……」

 顔が熱くなってきたのを自覚して、咄嗟に両手で頬を挟んだ。心臓と肺が圧縮されたようにきゅうぅと縮むような気がする。息苦しいのに気持ちが良い、そんな感覚。

 (……あ、あれ、どうしよう?かっこいい……。いや、かっこいいのは知ってたんだけど、あれ?どうしよう、なんか……あれ……?)

 言葉にならない感覚と、行き場もなくて扱い方も知らない衝動に、雪路は両手に顔を埋めたまま、俯いた。

 (いや、待った、そもそも、なんで、アントワーヌさんがここで浮かぶの……!?)

 フルフルと、小さく首を左右に振る。

 (もちろん、あんなにかっこいいい人だから、元からかっこいいと思うのは当たり前だよね……。でも……どうしよう……あれ?前まで私、あの人の事、考える時、どうやって普通にしてたんだっけ?……あれ、どうしよう)

 途中から、ただひたすら、込み上げるよく分からない衝動に、どうしよう、どうしよう、とドキドキしていると。

 「おい」

 ヘイダルが、怪訝そうに声を上げた。

 「どうした、急に?」

 「あ、いえ、その!」

 ハッとして、雪路は顔を抑えた手を少し下げ、目元だけ出してヘイダルを見上げる。

 「あの、ヘイダルさん……」

 「なんだ?」

 不審そうに片方の眉を上げるヘイダルに、雪路はひとまず小さな声で、ボソボソと、抗議した。

 「……女の子に、好きな人の名前言わせるの、ヒドいです……」

 「な!?」

 途端に、ヘイダルは目を見開いた。それから、その顔は急激に赤くなってくる。

 「あ、いや、そんな、つもりでは、その……!」

 アワアワと完全に慌てて目を泳がせる姿からは、いつもの威厳が失われていた。

 「そ、それは……その、確かに、その……す、すまん」

 最終的にボソボソと謝るヘイダルに、雪路は顔を抑えたまま、コクコクと小さく頷いた。

 それきり、互いに赤くなって目を泳がせたまま会話は途切れて。

 顔を逸らして必死に緩む頬を隠していた書記官達が、休憩の終わりを告げるまで、二人揃って、黙りこくっていた。


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