6-2
「どういう事だよ!?」
中央事務室にニコロの叫びが響き渡った。
「どうもこうもない。脱走可能性ありとして、警察権を持つ俺が監視する事になったと言っている」
立ち上がって目を真ん丸にしているニコロの向かい。背筋をピンと伸ばして相変わらず威風堂々と立ったヘイダルはそう言い切った。
「そんな次第で、花都 雪路、今日からお前は俺の所で補佐だ」
「え、はぁ……?」
始業早々に、事務室にやって来たヘイダルから強制異動を宣言された雪路は、彼とニコロに出す為のお茶が乗ったトレーを抱えたまま、困惑して首を傾げる。
「あの、でもアントワーヌさんが、その場で事故って……」
そう判断してくれたし、ヘイダルも渋々とはいえ納得していたではないかと恐る恐る言ってみるが。
「やはり納得出来んと、直談判に行った」
ヘイダルは尊大に腕組みして雪路を振り向くと、そう答える。
「その時に偶然、誠もいてな。そんなに疑うなら自分の目であの女を見てみろと、誠から許可が出た。それで、アントワーヌも異動くらいならば、と認めた次第だ」
「ま、誠さーん……」
いかにも言いそうだと雪路は思わず乾いた笑いが漏れる。自分の目で見てみろ、という言葉には、たぶん、そんな女ではない、という信頼があるのだと分かるから、ちょっと嬉しくもあるけれど。
(アントワーヌさん……大変だっただろうな……)
誠とヘイダルに囲まれて、許可を求められる姿を想像すると、うん仕方ない、という気持ちになる。誠は間違いなく言い出したら頑固だろうし、ヘイダルも中々に意志が固そうな人物だ。二人が相手ではアントワーヌといえど説得は難しかったのかもしれない。
何より、誠やアントワーヌが許可を出すということは、監視の為の異動とはいえ悪い事にはならないに違いないと、そう思う。
よって、雪路は大人しく観念する事にした。
「……そういうことなら、私は大人しく従いますが……。あ、いや、でも!あの、引き継ぎとか、ニコロさんに掛かるご迷惑とかは……」
観念したと口に出すと、途端に何か訴えるような目で振り向いたニコロに、慌てて苦笑いして雪路は付け足す。
「そのあたりは、その……」
「そう!雪路がいるの前提で俺だって今週の予定考えてたんだぞ!」
そうだそうだと、抗議するニコロを、ヘイダルは睨んだ。
「では、その予定とは?」
「え」
途端、ニコロは視線をどこかに投げた。
「ええと……、その……終業後に夜店の食べ歩きでも行こうかな、とか」
自分だけで行くと鉱夫や工女達がパニックになってしまうから、と段々小さくなる声。
「……つまり仕事の上では別に困らんではないか」
ヘイダルが半眼になって言うと、ニコロは慌てて声を元に戻して首を左右に振った。
「そ、そんなことはないさ!ほら、何か間違った時、また伝達して貰えるなぁ、とか……」
「その理由は論外だ!このバカめ!」
途端にヘイダルは眉を寄せ、ワシッと雪路の腕を掴んだ。
「え?あ?」
「問答無用!まったく!いいか、お前の教育の為にも、コイツは連れて行く!ニコロ、ちゃんと仕事しろ!」
「あ、あの!あの!トレー!お茶が!零れる!」
ズンズンと歩き出すヘイダルに釣られて、アワアワ歩き出す雪路の手から、慌てて近くにいた書記官がトレーを受け取ってくれる。
「あ、こら、馬鹿ヘイダル!」
「誰が馬鹿だ、この阿呆!補佐に頼らずにちゃんと仕事をしろ!そろそろ誠だけではなく、アントワーヌにまで怒られるぞ!」
「え、それはヤダ。じゃなくて!雪路を勝手に……」
キャンキャンと言い合う二人を、雪路が目を丸くして見ているうちに、気付けば事務室の扉を開いて外に出ていて。
「ともかく!連れて行く!」
バッタン、と、扉を閉めたヘイダル。
扉の向こうからはニコロの何か抗議するような声と、書記官達が宥める声が漏れてくる。
「……誰とは言わんが、年長者組が毎度甘やかすから、あんな事を言うように……」
ブツブツと文句を言うヘイダルを、雪路は思わず目をパチパチさせて見詰めた。
(この前と、随分、印象違うなぁ……)
威厳に溢れる砂漠の鷲。そんな印象だった初対面に比べると、何とも普通の青年に見える。確かに威風堂々として背筋の伸びた、威厳ある外見ではあるのだけれど、何とも苦労が滲み出ているような、そんな感じ。
「末っ子が可愛いのは上の兄弟の宿命なのは分かるがな。……やはり、俺がシッカリしないと……」
ヘイダルは溜息を吐いて額を抑え、視線を坑道の隅に投げやった。
(ああ、そういえばニコロさんって七男で末っ子……)
雪路は思い当たって少し納得する。
(……で、ヘイダルさんはすぐ上の六男だっけ)
血は繋がっていないというし、殆ど年齢が違うようにも見えないけれど。
「……兄弟で、仲が良いんですね……」
兄と弟だと考えると、何となく納得して微笑ましいと思った。自由で少しドジで、陽気な弟と、その面倒を見る、しっかり者で厳格な兄と。
「良いお兄ちゃんって感じです」
ブツブツ言いながら毎度、ニコロの面倒を見ている姿が容易に想像出来て、思わずニコニコする雪路。すると、ハッとしたようにヘイダルは振り向いた。
「そんな、ことは」
何か言い掛けて口を開いて、見る間にその顔に朱が上り、やがて何も言えずに反対の方を向く。
「……行くぞ。俺の鉱山は街の南東だ」
掴んでいた雪路の腕を放すと、再び歩き出す背中。
(あ、耳まで真っ赤だ)
どうやらこの人も誠と同様、第一印象ほど怖い人ではないらしい、と。雪路は少し安心して、その後に付いて歩き出した。




