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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.1
5/323

1-4

 地響きを立てながら追ってくる竜に、今にも心臓は恐怖で止まりそうだ。

 しかし、ここで恐怖で死んでは、あの小部屋から出て来た意味が無い。

 「こっちだよ!コッチ!!」

 叫び声を上げて竜を誘導しながら、雪路は手元の地図を覗き込む。

 「ここは右!もうちょっとだ……!」

 赤く囲まれた丸の地点、爆破魔法陣が設置されている場所までは、後少し。

 「次の角を曲がれば……!」

 速度を落とさないままコーナーを曲がろうとして、少しバランスを崩す。それでも、火事場の馬鹿力で立て直した雪路は、目的の場所に遂に到達。

 「よし!ここだ!」

 そこは吹き抜けの空間だった。遥か上空に、丸く切り取られた星空が広がっている。

 そして、その天窓と、最下層であるここの、丁度中間地点に岩棚が突き出していた。資料にあった通り、その岩棚からは滑車が下がっていて、この最下層からそこまで、掘り出した鉱石を引き上げる事が出来るようになっている。

 滑車は魔法の滑車で、動力は、魔法の琥珀だという。

 事務室を探し回って見付けた一粒の琥珀をポケットから取り出し、雪路は部屋の奥を見た。

 そこに、爆破魔法陣が刻まれている。この吹き抜けよりも更に先まで坑道を伸ばす計画で準備された、三つの魔法陣。

 (〝二つは予備。三つ発動させると部屋が崩れるので注意〟)

 書類の注意書きを心の中で暗証して、雪路は魔法陣に走り寄った。背後には、ドラゴンが追い付いて来る気配。

 「やってやる!」

 バシリ、と、取り出した発動魔法陣を爆破魔法陣に突き付ける。瞬間、それは光を発して壁に吸い込まれ、刻まれていた爆破魔法陣の上に、時計の針のような物が出現した。

 チチチチチチ、と十二時の位置から動き出した針。

 再び十二時を指す時がタイムリミットだとは、説明されずとも分かる。

 「急げ急げ急げ!!」

 今度は滑車に走り寄り、取り付けられている大きな金属のバケツに片足を突っ込んだ。

 「琥珀ってどう使うの!?動かし方は!?」

 キョロキョロと操作盤らしきものを覗き込んでいるうちに、竜がヌッと姿を現し、雪路を見付けると咆哮を上げる。背後では針が音を立て、もう後は無いのだと、否が応でも実感する。

 「ああもう!どうとでもなれ!」

 握り締めていた琥珀を、操作盤の真ん中、硝子の嵌め込まれている部分に押し付けて、一番大きなレバーを引いた。

 途端、スルリと琥珀は硝子を擦り抜けて操作盤の中に消える。一拍遅れて、ガタン、と、機械が動く音。

 ハッと慌てて滑車の鎖を掴んだ瞬間、勢いよく滑車が巻き上げを開始し、バケツに突っ込んだ片足を軸に、雪路は上へと引っ張り挙げられる。

 それに対して、ゴォ、と竜が唸りを上げて前脚を振り下ろした。ヒッ、と、雪路は思わず身を竦めて目を閉じる。

 ハラリと、前髪だけを切り落として前脚は空を掻いた。


 「間一髪って、こういうのを、言うのか……」


 届かない位置に到達してしまった雪路を見て、今度はバサリと翼を上下させ、飛行の体勢に入る竜。

 「やばいやばいやばい!!」

 バケツが岩棚の高さに到達したと同時に、雪路は外に出ていた片足を岩棚に引っ掛け、バケツから岩棚に飛び移った。勢い余って転んだものの、痛みや泥になんて今更構っていられはしない。

 「早く出ないと!!」

 岩棚の奥、岩壁に扉が取り付けられていた。開いたままのそれの向こうに、隣の部屋が見えている。

 飛び上がって背後に迫る竜を振り向く事もなく、雪路は跳ね起きると地面を蹴った。背後では竜が息を吸い込み、今まさに炎を吐き出そうとしている中、隣室、鉱石の集積所に倒れ込むように滑り込んで。

 そして、爆音が上がる。

 「うっわ!?」

 背後からの爆風に身を竦めた。

 しかし、それは竜の吐いた炎の爆風ではなくて、三つの魔法陣が無事に発動した為に起きた爆発の風。

 背後で上がった凄まじい竜の悲鳴が、ガラガラと岩の崩れる音と絡まり、鼓膜を打つ。

 「ひぃ……!」

 思わず耳を塞いで目を閉じること、数十秒。

 「……どう、なった?」

 辺りが静かになったのを確認して、雪路は怖々と目を開いた。

 「う、うまくいった……?」

 ゆっくりと、両手を床に付いて起き上がり、背後を振り向く。

 壁も扉も、なくなっていた。それらがあった地点は崩壊してしまったようだ。

 壁のなくなった位置まで近寄ってみると、吹き抜けの空は少し大きくなり、崩落した岩肌が積もって、最下層はだいぶ高い位置になっていた。

 「……と、とりあえず、助かった?」

 積もった瓦礫から竜が這い出て来る気配はない。思わず力が抜けてヘナヘナと座り込む。

 「よかったぁ……」

 はぁ、と大きな溜息ひとつ。肺に溜まっていた空気を限界まで吐き出すと、パンパンだった不安や恐怖も一緒に出て行く気がした。

 変わって、今度は吸い込んだ空気と一緒に安心感と達成感が膨らんで来る。

 「私すごーい!」

 思わず呟きが漏れて、へへへ、と、笑いが込み上げてきた。

 「へへ、人間、やれば結構、何でも出来るんだね……」

 ふふふ、と、緊張が解けた反動で込み上げる笑いに肩を震わせていた時。

 「あれ?」

 座り込んでいる地面が、振動を始めた。

 「あれれ?」

 何となく嫌な予感がして立ち上がる。

 「ぅわ、わ、じ、地、震?」

 バランスを崩してよろけた直後、足元が崩壊。

 「うっそ!?」

 収まっていたと思った爆破のダメージが、時間差で広がったようだ。崩落を免れたように思われた集積所の床が、半分ほど崩れる。

 キラキラと積まれていた光る石達が崩れ、雪路と一緒に落下する。

 「うそ、まって、うそー!?」

 何で早く移動しなかったんだろうと後悔しても後の祭り。瞬く間に迫る地面に、今度こそ詰みかと目を閉じる。


 そこで、ばさり。布の翻る音を聞いた。


 がっん、と、膝裏と背中が何かに当たる軽い衝撃。

 「え?」

 「Enchanté.そして失礼、マドモアゼル」

 聞こえた声を見上げ、息が止まった。

 とても美しい男だった。

 丸みを帯びているのに切れ長の、猫のような双眸。大劇場のシャンデリアもかくやという、絢爛な煌めきの金の虹彩。粉雪のようにふんわりとして、雛鳥の羽のように厚い瀟洒な銀の睫毛。同じ色の癖のある髪は黒い結紐で一つに括られてなお雲のように柔らかく、シャボンの泡のように艶やかに見えた。

 くすみのない透けるような肌に、通った鼻梁と、いっそ人形ですら、こんなにも美しい造形と質感を作り上げる事は至難の業であると思える。

 現実味を感じないほどの美貌に声を失っていると、その金の瞳は、つい、と、優雅に横に流された。

 その瞬間、その目が見詰めた壁から銀の床が出現する。

 「え、わ、わ!?」

 「大丈夫。落ち着いていろ」

 品の良い革靴を履いた足がそこに着地し、その衝撃を殺すように、すぐさま飛び降りる。すると間髪を入れずに少し下に新たな銀の床がせり出して、次の足場になった。

 たんっ、たんっ、たんっ、と、衝撃を殺しながら銀の階段を駆け下りて、やがて、雪路を抱き留めてくれた人は最下層に無事降り立った。

 「言葉は通じるか?」

 雪路を横抱きにしたまま、黒い外套の男はそう問い掛けた。

 「つ、通じます」

 タジタジとしながらコクコク頷く雪路に、ふむ、と金の瞳はどこかに視線を移す。

 「マダムの翻訳魔法はきちんと作用していたか」

 「はい?」

 思わず聞き返すと、特に表情を浮かべることも無く彼は再び視線を雪路に戻した。

 現実離れした美貌はそれだけでも怖気付くほどの迫力がある。しかもそれに上乗せて、この男はどこか気難しくて繊細な雰囲気を持っていた。たとえば偏屈で有名な文豪、たとえば人嫌いで有名な美術家、そんな孤高で厳格で、物憂げな雰囲気が、その全身からは立ち上っている。

 実際的な美貌と、纏った気難しそうな雰囲気とに圧倒されて、雪路は身を固めたたままその顔を見詰め返す。

 吸い込まれそうな金の麗しい瞳に、パツリと竜の爪で前髪をぶつ切りにされた自分の顔が写っていた。

 猫と見詰めあった時も、そういえばこうして自分の姿が写っていたと、ふと思う。

 「怪我は?」

 「は、はい!?」

 ぼうっとしていたところで声を掛けられ、雪路は飛び上がった。

 「け、けが?」

 「見たところは無傷のようだが、切ったり、ぶつけたりしていないか?」

 「あ、は、はい、怪我はしてません!」

 慌ててブンブンと首を左右に振る雪路に、金の目は少し驚いたように大きく開いた。

 「あ、ごめんなさい」

 重ねて慌てて、今度はピタリと停止すると、その目元は少しだけ緩んだように見える。

 「無傷ならば重畳だ」

 歌うように優雅な話振りは、やはりどこか近寄り難い気難しさと高貴さを感じさせるけれど。存外と気安く緩んだ目元に、雪路はパチパチと目を瞬いた。

 (心配してくれてた?)

 雰囲気ほど気難しい人物でも無いのだろうかと、少し緊張が解ける。

 「あの、お兄さんは」

 「アントワーヌ!」

 雪路の声を遮るように、別の男の声が響いた。

 「アントワーヌ!今の轟音と揺れは……ああ!それが件の花嫁候補ですか!?」

 振り向くと、眼鏡を掛けた茶髪の男が寄って来るところだった。

 詰襟のシャツにタイを巻き、茶色のベストを着て、厚手で重苦しく格式張った形のジャケットを羽織っている。ヴィクトリア朝のイギリスを舞台にした海外ドラマにでも出て来そうな雰囲気の彼もまた、顔立ちの整った青年だった。

 「メルヴィン、〝狩人〟は、この下だ」

 アントワーヌと呼ばれた銀の男が答えると、茶髪の男は目を瞬く。理知的で優雅で、けれどいかにも神経質に見える顔に、驚きと疑問が現れた。

 「崩したんですか?貴方ならば姿を見せただけでも〝狩人〟の方が逃げ出したでしょうに」

 「いいや」

 アントワーヌは首を左右に振る。

 「やったのは、こっちだ」

 「はい?」

 再び驚愕したメルヴィンは目を見開き、続けて不意にクシャミをした。

 「っ、失礼しました」

 慌ててハンカチを取り出して口元を抑え、メルヴィンは苦い声を出す。

 「驚いたもので、ちょっと」

 再度、くしゅん、とクシャミを漏らす姿を、雪路はポカンと見詰める。

 (驚くとクシャミが出るの?)

 変な体質だなぁと感心しているうちに、クシャミの収まったメルヴィンはキッと雪路に視線を向けた。

 「さて、しかし、どうやってやったと言うのです?どう見ても、ちょっとニブそうな何の力もない娘ですよ?」

 ニブそうは余計だと、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。この神経質そうな青年は、下手な事を言うと説教が倍で返って来そうなタイプに思える。

 「あの、爆破魔法陣を使って……」

 おずおずと答えた雪路に、眼鏡の向こうの目がパチクリと瞬く。

 「爆破魔法陣?」

 「す、すみません、これしか方法が思い浮かばなくてですね……」

 メルヴィンという名には聞き覚えがある。確か、この鉱山の持ち主だ。つまり雪路は、この目の前の青年の土地の一部を無断で爆破してしまったことになる。

 場合が場合なので仕方ないとも思うけれど、一応、地主に対しては謝られねばならないだろうと、軽く頭を下げる。

 「集積所にあった石とかも落としてしまったし……その、すみません」

 するとメルヴィンは無言で顔を顰め、何か考え込むような素振りを見せた。

 (弁償しろとか言われたらどうしよう……)

 絶対に無理だとヒヤヒヤしていると、やがて、クシュン、ともう一度クシャミをして、メルヴィンは苦々しい顔で口を開いた。

 「……とりあえず、降りなさい。さすがにアントワーヌの腕が疲れます」

 「あ」

 ずっと横抱きされたままだと気付いて慌てて動くと、微かにアントワーヌがバランスを崩して力を入れ直したのが感じられた。

 「うわ、ごめんなさい!今降ります、でも下手に動かない方がいいのかな、これ!?」

降りる気はあるが、下手に動くとかえって迷惑だと気付いて両手を顔の横にホールドアップしたまま固まる雪路に、メルヴィンは呆れたように溜息を吐く。

 「足から放す。転ばないように、肩でも掴んでいろ」

 アントワーヌは特に動揺した様子もなくそう答えた。

 「あ、ありがとうございます」

 肩を掴んだところで、片足からうまく放してくれ、自分の足で再び立つ事に成功。

 一歩離れるアントワーヌから、ふわりと、甘さと苦味が混じった匂いがした。

 (香水?煙草?)

 思わず振り向くと、自由になった手を懐に突っ込んで、丁度、煙草を取り出しているところだった。

 「煙草か」

 「……喘息でもあるのか?」

 雪路の呟きを聞き付けて、アントワーヌはライターで火を付けかけていた動作を止めた。

 「あ、いえ、大丈夫です。どうぞ」

 首を振ると今度こそ火を付ける。

 (この人、いくつなんだろう?)

 外国人の年齢は分かりにくところがあるが、二十歳は間違いなく越えているだろう。煙草は吸っても問題ない年齢だと思うが、貴族然として繊細そうな見た目からは、少し意外な気もする。

 「アントワーヌ」

 そこでメルヴィンが再び声を上げた。

 「どうしますか?」

 「どう、とは?」

 「この娘ですよ」

 流し目に振り向くアントワーヌに、メルヴィンは雪路を示す。

 「花嫁候補で、そして、〝狩人〟を討伐しました」

 メルヴィンは悩ましげな表情で腕組みし、足元の瓦礫に視線を移す。

 「これは〝狩人の試練〟に合格したと判定するべきでしょうか?」

 「当然そうなると考えていたが、お前には何か別の見解が?」

 口調は威圧的で気難しげだったけれど、小首を傾げる仕草からして、単にメルヴィンに意見を促しているだけらしかった。

 「魔法陣は私の物ですから……。独力かと言われればやや公平性に欠けるかと」

 「俺達が花嫁候補に力を貸すのは別に規則違反でもないだろう。今までの前例は極端に少ないが。それにいずれにせよ、魔法陣を見付けたのはコレの力だ」

 「……それもそうなんですが。……魔女様がどう御判断されるか……」

 煮え切らないメルヴィンは、今日はマニュアル外の事が多過ぎる、と、頭をクシャリと掻き乱す。何がどうなっているのだと雪路は口も挟めず二人を交互に見比べた。

 「……ならばマダムの御判断は直接仰げば良い」

 アントワーヌは不意に煙草を口元から放した。まだ殆ど減っていないそれが、一瞬で形もなく燃え尽きる。

 「どうやら、おいでになるようだ」

 ハッと、メルヴィンが姿勢を正した瞬間、突風が吹いて視界が七色に包まれた。その鮮やかな眩しさに、思わず雪路は目を閉じて。


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