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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.5
45/323

5-7

 今日はあと一時間くらいしないと、お風呂は使えないわ、と。教えてくれたのは、ニコロの鉱山で補佐をしているあの少し面倒な花嫁候補だった。

 「故障とかしてるの?」

 廊下ですれ違いざま、風呂の用意を抱えた雪路に警告してくれた彼女を振り向くと。

 「いいえ」

 彼女は金髪を背中に払いながら、顎で風呂場の方を示した。

 「カレンが泣き喚いてるから」

 「え?」

 ドキリと心臓が跳ねる。嫌な予感。

 「どうして……?」

 「今、カレンが入ろうとしてるから、湯が出ないようにイザベラが鉱石の箱を閉めてるの。ついでに脱衣場に閉じ込めて、灯、消しちゃったんだって」

 「え……」

 何でもない事のように言った金髪の花嫁候補。対して雪路は凍り付いた。

 「それって……」

 「一時間もすればイザベラも気が済むでしょ。わざわざカレンの泣き声聞きたいなら見物に行けばいいけど。お風呂は入れないわよ。それから食堂も。カレンの夕飯に生ゴミの箱ひっくり返したの、女中が掃除してて嫌な臭いするから気を付けて」

 それだけ言うと彼女はサッサと歩き去った。

 雪路は思わず立ち尽くしたまま、その背中と、脱衣場を交互に見比べる。

 (灯消しちゃったって……)

 脱衣場には窓がない。照明を消されて閉じ込められてしまえば、本当に中は真っ暗だ。おまけに風呂に入る気だったなら薄着だろうし、冷えきったタイル貼りの風呂場と繋がっている脱衣場は、かなり寒いのではないか。

 雪路は、そうグルグルと考えながら、その場で足踏みしていた。

 すると風呂場の方から、イザベラや数人の腰巾着が盛大に笑う声が聞こえる。

 行って一言、やめなよ、と、たったそれだけ声を上げることが、こんなにも難しい。だって、そのたった一言は、たった一言のくせに、とんでもない代償を払うことになるのだから。

 (……私が止めたって……)

 きっとイザベラはやめやしない。標的が二人に増えるだけに違いあるまい。

 必死に自分を正当化する理由を考えてみるし、実際、それは正当で真っ当で、正解なのだとも思う。

 でも、思うことと納得することは別だ。

 そして、納得していないことと、実際に行動に移すことも、全く別なのである。

 オロオロとその場で足踏みして。

 結局、雪路は聴こえてくる笑い声から逃げるように、自分の部屋に駆け戻った。


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