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今日はあと一時間くらいしないと、お風呂は使えないわ、と。教えてくれたのは、ニコロの鉱山で補佐をしているあの少し面倒な花嫁候補だった。
「故障とかしてるの?」
廊下ですれ違いざま、風呂の用意を抱えた雪路に警告してくれた彼女を振り向くと。
「いいえ」
彼女は金髪を背中に払いながら、顎で風呂場の方を示した。
「カレンが泣き喚いてるから」
「え?」
ドキリと心臓が跳ねる。嫌な予感。
「どうして……?」
「今、カレンが入ろうとしてるから、湯が出ないようにイザベラが鉱石の箱を閉めてるの。ついでに脱衣場に閉じ込めて、灯、消しちゃったんだって」
「え……」
何でもない事のように言った金髪の花嫁候補。対して雪路は凍り付いた。
「それって……」
「一時間もすればイザベラも気が済むでしょ。わざわざカレンの泣き声聞きたいなら見物に行けばいいけど。お風呂は入れないわよ。それから食堂も。カレンの夕飯に生ゴミの箱ひっくり返したの、女中が掃除してて嫌な臭いするから気を付けて」
それだけ言うと彼女はサッサと歩き去った。
雪路は思わず立ち尽くしたまま、その背中と、脱衣場を交互に見比べる。
(灯消しちゃったって……)
脱衣場には窓がない。照明を消されて閉じ込められてしまえば、本当に中は真っ暗だ。おまけに風呂に入る気だったなら薄着だろうし、冷えきったタイル貼りの風呂場と繋がっている脱衣場は、かなり寒いのではないか。
雪路は、そうグルグルと考えながら、その場で足踏みしていた。
すると風呂場の方から、イザベラや数人の腰巾着が盛大に笑う声が聞こえる。
行って一言、やめなよ、と、たったそれだけ声を上げることが、こんなにも難しい。だって、そのたった一言は、たった一言のくせに、とんでもない代償を払うことになるのだから。
(……私が止めたって……)
きっとイザベラはやめやしない。標的が二人に増えるだけに違いあるまい。
必死に自分を正当化する理由を考えてみるし、実際、それは正当で真っ当で、正解なのだとも思う。
でも、思うことと納得することは別だ。
そして、納得していないことと、実際に行動に移すことも、全く別なのである。
オロオロとその場で足踏みして。
結局、雪路は聴こえてくる笑い声から逃げるように、自分の部屋に駆け戻った。




