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「雪路。久しぶりに花嫁候補の決闘があるみたいじゃん?」
ニコロの鉱山での仕事二日目。
昨夜の一件が何となく尾を引いて、浮かない気分のままの雪路に、午後、メルヴィンの鉱山から戻ったニコロは真っ先にそう言った。
「決闘?」
中央事務室で与えられた自分の席に座り、資料をファイリングしていた雪路は、反射で聞き返してから、あ、と思い出した。
「そういえば……」
昨夜、イザベラがそんな事を言っていた気がする。
(あの時は、色々と余裕がなくて気にしなかったけど……)
何の事だと首を捻った。
「〝鏡の決闘〟……でしたっけ?」
「そうそう。ひっさびさだなぁ」
ニコロは自分の席に付きながら肩を竦める。
「しかも、あの最有力候補のイザベラと、だろ?対戦相手の子、いったいどうして決闘受けたんだか」
「あの、決闘って、何ですか?」
その問に、あれ、とニコロは目を瞬いた。
「知らないの?」
「あ、はい……」
すると、そうか、とニコロは頷いた。
「まぁ、来たばかりだしね」
そして、決闘ってのは、と話し出す。
「花嫁候補同士が、文字通り、〝鏡の間〟っていう決闘場で決闘することさ。試練を乗り越えて手に入れた力を使って、別の花嫁候補と戦うってわけ」
「何の為に?」
雪路のその問には、書記官の一人が答えた。
「そりゃあ、ライバルを蹴落とす為ですよ」
「え?」
「花嫁候補同士ってのは、ようは魔女様の後継者の座を巡って争うライバルでしょ?」
確かにそういう見方もあるが、と思わず雪路は怯んだ。
「でも、蹴落とすって……」
「〝鏡の決闘〟は、勝った方が負けた方から、最初に指定していた何かを奪えるんだよ」
ニコロが再び口を開いた。
「たとえば、相手が持っている試練の合格報酬の魔法とかね。極端な話、〝腰紐の試練〟しか合格してなくても、〝毒林檎の試練〟や〝櫛の試練〟を合格した花嫁候補を決闘で負かせば、その子は〝毒林檎〟や〝櫛〟の試練を合格した時に手に入るはずの〝合格報酬〟である魔法を手に入れる事ができるわけ」
ただし、合格報酬の魔法は手に入れても、試練そのものを合格した事にはならないので、最終的には全ての試練を受ける必要があるのは変わりないが。
「でも、力を持ってて試練に挑むのと、力なしで試練に挑むのでは合格可能性は大きく変わるからさ」
試練を受ける前に決闘を行い、他の候補から力を奪う事で自分を強化し、次なる試練の合格率を上げられる、という仕組みなのである。
「へぇ……。よく出来てるんですね」
思わず感心する雪路に、書記官達は苦笑いした。
「よく出来ているというか、えげつないというか……。決闘で奪えるのは、魔法の力だけじゃないんですよ」
一番年上の書記官は、そう言って自分の顔を指さした。
「目の色や髪の色、体型、声。相手の美貌なんかも、奪って自分の物に出来るんです」
「え」
思わず、雪路は自分の顔に触れる。
「そ、そんなことまで?……でも、そんなの、意味あるの?」
魔法の力を奪う、というのは分かる。自分を強化すると同時に、それは相手を弱体化させるという事だから。それは確かに、決闘相手が次の試練に合格する可能性を低くする、つまりライバルを蹴落とす、という効果が間違いなくあるだろう。
けれど、相手の美貌を奪う、というのは、果たしてどんな意味があるのか。
(そりゃ、自分が綺麗になれる、っていうのは多少魅力的ではあるけど)
およそ魔女の後継者を目指す上では特に重要ではないような、と思わず首を傾げると。
「俺達の〝寵愛〟を得る為さ」
ニコロが笑ってそう言った。
「俺達は、花嫁候補の中から〝婚約者〟を選ぶ事が許されているんだ」
「婚約者?」
振り向いた雪路に、そう、と、ニコロは頷く。
「この子の夫になりたいなぁ、と思ったら、その子が魔女の後継者になれるよう、支援して良いんだ、俺達」
具体的には、とニコロは人差し指を一本立てた。
「〝婚約〟した相手に、魔法の力を貸し与える事が出来る、っていうのが、一番わかりやすい支援かな」
ニコロの指先に、ふわりと風が集まった。そうして一瞬の後、美しいエメラルドで出来た小さな鳥が、その指には止まっている。
「たとえば俺の〝婚約者〟になれば、俺が得意とする魔法……花嫁候補が通常手に入れられるより何倍も強力な風の魔法が、君に貸し与えられる事になる」
エメラルドの鳥は小首を傾げてニコロを見上げ、それから、ふわりと羽ばたいた。
小さな、手のひらに乗るほどの鳥の羽ばたきにも関わらず、その瞬間、部屋中の書類が浮き上がるほどの風が生まれた。
「うわ!ニコロ様、勘弁して下さい!」
慌てて書記官達が書類を抑え付け、あ、と目を瞬いたニコロが指を鳴らせば、鳥は一瞬で姿を決して。
「この通り。遊びみたいなこんな魔法でも、通常の花嫁候補の魔法に比べれば凶暴な威力だからね。まして破壊力にステータス全振りしてるヘイダルやフロールの魔法なら、〝腰紐の試練〟や〝狩人の試練〟をゴリ押しできる確率が更に上がるってわけだ」
乱れてしまった自分の書類を直しつつ、そうニコロは笑った。
「で、話を戻して。ライバルから美貌を奪える事のメリット、もう分かったかな?」
「……凄い納得しました」
つまりは、魔女の息子達を魅了しろと、そういうことなのだろう。自分を愛して、魔女の後継者にしようと支援してくれる相手を得る為には、美貌というのは確かに強力なアドバンテージになるはず。
「……王子様を振り向かせるため女同士で潰し合えって……えっぐい仕組みですね……」
思わず唸る雪路に、ニコロはケラケラと笑い声を上げた。
「でしょー?俺達もそう思うもん!」
だからというわけではないが、と、ニコロは片目を閉じる。
「ま、今のところ、俺達の誰も花嫁候補の争いに〝婚約者〟としてだろうと、ただの第三者としてだろうと、介入する気はないけどね。それでもって、それを花嫁候補達も悟ってるからか、あんまり美貌を奪うってパターンは見ないなぁ」
それでも時折、決闘自体は起こるらしい。
「そんな今現在、最も決闘をこなしていて、しかも負け知らずなのが、イザベラ嬢なわけさ」
ニコロはそう言って苦笑いした。
「なにしろ、そもそも三つ試練合格してるから、自力の時点で他に抜きん出てたんだけどさ。更にそれを利用して、色んな相手を決闘で潰して、力を奪って更に強くなった。しかも時々、力どころか欲しいと思えば美貌も奪って来た、最強の女王様だ」
誰も逆らえない女王、というイザベラを指した表現は、単に性格の問題だけでなく、その決闘での戦績と、勝利による累積の魔法の力の強さが元になっているわけである。
「実力的に逆らえる相手なんて、花嫁候補内にいないよ、そりゃぁね」
うんうんと頷くニコロ。
「だから今回の決闘は、ちょっとビックリだよなぁ」
イザベラと戦おうという相手など、ここ暫くなかった、と、驚いている声を聞いて、雪路は無言で視線を落とした。
「決闘はメルヴィンの管理する分野なんだけどさ。アイツ、私の所に久々に申請があったんです、って、今日、かなりビックリしてたよ」
「そう、なんですか……」
週末は見に行こう、と興味津々のニコロに、雪路は何とも言えない気分になる。
なぜ決闘が行われるか、その事の顛末を、雪路は知っているのだ。
今回の決闘は、決して、当事者二人が相互に望んで行われるものではない。
(公開処刑だよ、これ)
拒否権なしにイザベラがカレンに押し付けた決闘。話を聞く限り、あるいは昨夜のカレンの様子を見る限りでも、この決闘でカレンが勝つ可能性は限りなく低い。
そしてどうやら、ニコロ達のような魔女の息子達や、ワイワイと野次馬的に盛り上がっている鉱夫達など、決闘はこの世界の人々にとって、一種の見世物、催し物でもあるようだから。
イザベラは間違いなく、カレンのプライドを更に圧し折る為に決闘を申し込んだ。衆目監視の前で徹底的に、見せしめとして叩き潰す気なのだ。
(……どうしよう)
もしここで、雪路がニコロにその事実を告げたなら、何か事態は好転するだろうかと思考は進む。
(ニコロさんは魔女様の息子で、花嫁候補より偉いんだから……)
理不尽な決闘であると、彼が中止を命じてくれれば、あるいはカレンは助かるのだろうか。
しかし、果たしてニコロはそんな風に本当に中止を宣言してくれるのか。つい今しがた、魔女の息子は花嫁候補同士の争いに介入しないと、それこそニコロの口から出たばかりでもある。
それに何より、本当にこの決闘は中止にできるほど不当なものかと言われれば、雪路は自信が持てない。
建前上、そして制度的には、何も不正はないのだ。イザベラの目的が本当はカレンへの嫌がらせ、見せしめの公開処刑であろうとも、〝決闘〟がこの世界において制度で認められていて、しかも不可抗力とはいえカレン自身が決闘を拒否し切れなかった以上、申請は正当だ。
規則上、書類上、間違いなく不正のない決闘を、本当は見せしめだから中止させろ、と言ったところで、それは逆にカレンへの贔屓だ、と反論する人もいよう。
(ニコロさんあたりは中止を支持してくれるかもだけど、決闘はメルヴィンさんの管轄らしいし……。メルヴィンさんは、そこら辺はシビアというか、紙面の規則重視しそうだし……)
グルグルと考え込む雪路は、しかし同時に、何よりわかっていた。
(……私が、言い付けたって、イザベラに伝わるかもしれない)
いくら理屈を捏ねようと、そんな風に理屈を捏ねて行動を起こせない本当に本当に奥底には、そんな恐怖が、チラチラと見えているのだと。ろくに話をした事も無い、名前すらあやふやだったカレンの為に、自分の平穏を犠牲に出来るか、と。結局のところ、これはそういう問題なのだ。
実際にメルヴィンやニコロが動いてくれるかくれないかなんて、言ってみなければ分かりはしない。ならばダメ元で言ってみれば良いだけなのに、雪路が動けないのは、そういうことなのだ。
『黙ってたくせに』
そう叫ぶカレンの声が脳内で蘇り、居心地悪く身じろいだ。しかし、そのくせ、もしもカレンと雪路が逆の立場だったとして、果たしてカレンはここで私の為に何か発言してくれたかと、雪路の頭は言い訳めいた反論をする。
「……ほんとに私、かっこわるすぎる……」
ぽつりと呟いた小さな自虐を、しかし、鼻歌交じりに仕事に取り掛かっているニコロは気付かない。書記官達も週末の決闘を楽しみに、いそいそと午後の仕事を進めていて。
タイミングを逃した、と免罪符を掲げながら、雪路も憂鬱な気分で仕事に戻ることにした。




