5-3
「何とかなって良かったよ」
爽やかに笑いながら、ニコロは紅茶を飲んだ。
午後。怒涛の弁当騒ぎも何とか落ち着き、明日以降の発注量も無事に訂正出来て一段落したところ。
「各所に連絡してくれてありがとう。本当に、今日から来てくれてたのが雪路で助かったよ」
坑道の中を上から下まで走り回り、時に浮遊魔法で上下階の移動をショートカットして、と。短時間で情報伝達が出来たのは、確かに、身体能力が高くて浮遊魔法が使える雪路ならでは。
「お役に立ったなら良かったですけど……」
流石に少しぐったりとして、自分の机に突っ伏し気味の雪路を、他の書記官達は気の毒そうに半笑いで見ている。
「誠の所から移動して来て一発目にコレじゃ、流石にビックリしただろ?本当に申し訳ない」
ニコロも流石に少し笑いを抑え、そう謝った。
「誠は怖いけど、そのかわり、こういう迷惑は絶対に人にかけないからねぇ」
「ニコロさんでも誠さんの事、怖いとか思うんですか?」
ちょっとだけ気を取り直して振り向けば、まあね、とニコロは頷く。
「本気で怒った誠は、本当に怖いなぁ。何て例えればいいかな。地震?雷?火事?」
「親父……って言ったら、それこそ誠さん怒りますよ」
思わず口を挟むと、あれ、とニコロはエメラルドの目を瞬く。
「そういえば、誠のこと、名前で呼ぶようになったんだ?前は藤埜大尉、だったよな」
「あ、はい、まぁ……」
親近感が湧いた勢いというか、誠本人も特に拒否しないので、そういえばいつの間にかそう呼んでいたと、雪路は改めて自覚。
「剣道教えて貰えることになって。そのせいかな?ちょっと、気安くなったかもです」
「え、そんなに仲良くなったんだ!?珍しいなぁ」
ニコロは感心したように言った。
「珍しい?」
「誠って結構、気難しいから」
聞き返す雪路に、ふふ、と頬杖を付きながら片目を閉じる。
「外の世界で生きてた時代柄もあるのかな?特にアメリカ人とイギリス人には、最初の頃なんて凄い冷たかったんだぜ?」
それはそうだろうな、と、雪路は日本史の授業を思い出してちょっと納得。
(第二次世界大戦真っ只中を生きてた軍人さんなわけだし……)
敵国人、と意識すれば冷たくもなろうと想像に難くない。
「俺はイタリア人だから、当時から比較的許された感あったけど」
「あ、ニコロさんはイタリアの御出身なんですか」
ピクンと思わず反応した。
「あー、言われて見れば凄いソレっぽいですね……」
「本当?俺ってイタリアっぽい?」
ニコニコと爽やかに、陽気に笑うニコロ。確かに言われて見れば、なんとなく華やかで陽気なイタリア男、というのがピッタリくる。
「俺ね、シチリアのマフィアなんだー」
「え」
待て、それは衝撃の一言だぞ、と思わず雪路は固まった。
「ま、マフィア?」
「そ。一九二〇年まで、俺はシチリアでマフィアやってたんだ」
それは意外過ぎるぞ、と返答に詰まる雪路に、えへへ、とおよそ犯罪や暴力とは縁遠い愛嬌のある爽やかな笑顔でニコロは笑いかける。
「じいちゃんが、ちょっと有名なマフィアでね。真似して首を突っ込んだ世界だったんだけど……。ま、幸か不幸か、本格的にマフィアっぽい仕事する前に、ここに連れて来られちゃった、なんちゃってマフィアだよ」
その言葉に、雪路はちょっと間を置いてから口を開いた。
「あの、ニコロさん」
「なに?」
「ここに連れて来られちゃった、って……、その、魔女様の御子息達も……地球から?」
「ああ、そうだよ。俺達も地球から魔女様に攫われて来たのさ」
あっさり、ニコロは言って肩を竦めた。
「雪路が魔女の素質を認められて攫われて来たように、まぁ、俺達も魔女様から〝息子として相応しい〟って選ばれた、って所かな」
雪路はパチパチと目を瞬く。
以前ウェンディも、魔女の息子達は元は地球の人間だったらしいと話してはいたけれど。本人の口から明かされた事で、らしい、から確定に変わったわけである。
「誠は日本人だし、俺はイタリア人。エリックはアメリカ人だし、メルヴィンはイギリス人。それから、フロールはロシア人で、ヘイダルはアラビア半島のベドウィン……砂漠の遊牧民族って言ってたし、アントワーヌは生粋のフランス人だ」
ニコロの言葉を聴きながら、思わず首を傾げる。
「あの……ニコロさんも、地球から来たなら」
「うん?」
邪気の無い顔で見詰め返すニコロに、雪路は問うた。
「地球に帰りたいと、思っていたりするんですか?」
すると、ニコロはゆっくり瞬きして、雪路の目を覗き込んだまま苦笑いする。
「うーん。俺、この世界から外に出る方法、知らないんだよねぇ」
「え」
魔女の息子という地位にある彼でも、それは知らないのかと、ハッとする。
「でも……じゃぁ、知っていたら出たいって事ですか?」
「え?」
途端にキョトンとするニコロは、続けて苦笑いした。
「うーん?」
何とも曖昧な唸り声に、雪路が再び問い掛けようと口を開いた時。
「やぁ、雪路ちゃん」
「うわっ!?」
背後から耳元に甘い声を囁かれて飛び上がる。
「え、エリックさん!?……と、メルヴィンさん!?」
いつの間にか、二人、事務室に入って来ていたようだった。気付いていたらしい書記官達が苦笑いしている。
「えー、ちょっと、今、ノックした?」
「しましたよ、何回も」
驚いた顔をするニコロに、メルヴィンが呆れた顔で吐き捨て、眼鏡のブリッジを押し上げる。
「休憩中のようなので、雑談するのは結構ですが。ちゃんと周りには気を配りなさい」
「えー」
プクリと膨れるニコロに、まったく、と呆れた顔をして。
「貴方もですよ、花都 雪路」
ぴしり、と名前を出された雪路は肩を跳ねさせた。
「え、あ、はい?」
「この世界から出たいの出たくないのの話は、謹みなさい」
「え……?」
「脱走の可能性ありと、そう判断すれば監視する必要も出て来てしまいますから」
どこか冷たい声で、メルヴィンはそう言った。
「貴方は花嫁候補なのですから、次の試練をどう乗り越えるか、そういったことを考えれば良いのです」
その言葉に、ちょっと憂鬱が湧き上がる。
(まあ、そうなんだけどさ……)
この世界から出たいにしても、試練を乗り越えることは必須になるわけで。
そういえば、残る三つの試練、どうにか超えねばならないのだと再度自覚して道のりの険しさに気分が萎みかける。
「まぁまぁ」
そこでエリックが口を開いた。
「そう虐めるものじゃないよ、メルヴィン」
ポンポンとさり気なく雪路の肩を抱き、エリックはニコリと微笑んだ。
「来たばかりなら帰る方法くらい興味があるだろうさ」
一見して雪路を庇ってくれているような明るい声と、気安い仕草。
それなのに、なぜか、雪路は落ち着かない気がして首を傾げる。
「あの」
「……誠とも仲良くなったみたいだし」
話し掛けようとした雪路を振り向いて、碧眼はニコリと細くなっている。
「そのうち、この世界にも慣れてくるさ、そうだろ?」
その微笑みに、雪路は面食らったまま何も言えなかった。
「ね?」
明るくて軽い声なのに、何故か、メルヴィンの忠告よりもなお、それはどこか薄ら寒い心地を誘う。
「エリック、あんまりベタベタするなって」
何も言えないまま固まっていると、ニコロがそう言って軽くエリックの服を引っ張った。
「そりゃさ、女の子に触りたいのは分かるけど。そこを我慢した方がポイントは高いんだぜ?」
爽やかに、けれどそこはかとなく下心は隠さず。陽気に言ってのけるニコロに、ああやっぱりイタリア人、と脱力した雪路は気を取り直す。
「俺はベタベタしてるんじゃなくて、情熱的にアピールしてるんだよ。レディ・ファーストを守りつつ、男らしく多少強引なくらいにリードする、それが女の子に対する基本的な礼儀じゃない?」
ケラケラと笑って手を放したエリックの視線は既にニコロに移っていて、何やら互いにナンパ論を語り出した二人を、メルヴィンは苦虫を奥歯で磨り潰すような顔で見ていた。
「貴方達の辞書に紳士的という言葉は無いのですか」
「俺は誰より紳士なつもりだけど?」
エリックは心外だと肩を竦めて、ニコロはハハハと声を上げて笑う。
「うっそだー!完全にエリックはジェントルマンじゃなくてプレイボーイ」
「紳士でなくっちゃ女の子は選んでくれない。紳士なればこそのモテオトコって、知らないのかい?」
「それはエセ紳士と言うんですよ」
ピシャリとメルヴィンは言って腕組みする。
「モテるために紳士的に振る舞うなど、恥を知りなさい、恥を」
「女の子に対しても頭カッチカチな君も、紳士とは言えないと思うけどねぇ」
「あはは、確かに」
呆れ顔のエリックに、ムッと眉を寄せるメルヴィンと、ケラケラ笑い転げるニコロ。
(エリックさんもメルヴィンさんも、両極端だと思うけどなぁ)
ワイワイ楽しげな兄弟を眺め、雪路は苦笑いしてそう思った。
そういえば何やら鉱山の仕事の件で来たのだと、不意に話題を変えるエリックからは、先ほどの薄ら寒い何かは消えている。
(……気のせいだったのかな?)
少し首を傾げたものの、考えても詮無いことと割り切って。賑やかな来客二人にお茶を出すため、雪路は立ち上がった。




