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「アントワーヌ!」
走り寄って来たメルヴィン・スチュアートを、アントワーヌは一瞬だけ流し目に捉えた。
「私の鉱山に、〝狩人〟が逃げ出したと!」
「そのようだな」
答えると、チッ、と、メルヴィンは舌打ちした。眼鏡のブリッジをクイッと押し上げ、アンバーの瞳を眇めると、隣に並ぶ。
「信じられません!試練の間の管理は徹底しています!どんな不測の事態であろうと、あそこから〝狩人〟やその他の怪物達が出るような事は……」
「マダムの手違いだ」
「は?」
ピタリ、と、メルヴィンは自分の茶髪に当てていた片手を下ろした。
「何と仰いましたか、アントワーヌ・ドゥ・シャティヨン?」
「マダムの手違いだ」
途端に、メルヴィンが悲鳴じみた声を上げる。
「まさか!魔女様が!?なんでですか!?」
「花嫁候補を新たに迎えられようとしたそうだ。だが、相手が思いのほか魔法耐性が強かったらしく、途中で〝落とした〟」
「まさかその落下の余波で、私の封印が歪んだ?」
「おそらく」
はぁ、と、納得したような溜息を吐いたメルヴィンは、再び眼鏡のブリッジを押し上げる。
「完全に想定外です」
「〝どんな不測の事態でも〟」
「取り消してお詫び致しますから、それ以上言わないで下さい」
苦々しく言ったメルヴィンは、しかし、不可抗力だと恨みがましく呟いた。
「しかしですね、不測である以上に、そもそも魔女様の魔法の影響には私でも干渉できません……。どう足掻いても、こればかりは防げなかった事故だとは、言い訳させて下さい」
「ああ、同意だ。元より責めるつもりはない」
アントワーヌは肯定し、さて、と吸っていた煙草を片手でフイと振った。青い炎が上がって、一瞬で欠片も残さず燃え尽きたそれを一瞥し、メルヴィンも表情を改める。
「つまり、その花嫁候補は、ここへ〝落ちた〟わけですか」
永遠の星々が光る夜空の下。煉瓦作りの家々の屋根の上。眼下には、件の鉱山の入口が見えていた。
「おそらくな」
「生きていますかね」
「その確認も含めてが、俺の仕事だ」
風が吹いて黒い外套を揺らす。被った帽子を攫われないよう、アントワーヌは片手を帽子の鍔に当てた。
「お前は自分の配下の鉱夫、書記官達を優先しろ。人的損害は少ないに越した事は無い」
「まったくです。貴方の仕事を増やす気はありませんよ、兄さん」
頷く義兄弟を連れ、黒い影のような青年は、鉱山へと入って行った。