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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.4
38/323

4-6

 いったいどんな要件かと、採掘場の端で待っていた雪路は、気付くと採掘場の真ん中、機械もない、広い空間に引っ張り出されていた。

 「え……あの、藤埜大尉?」

 「ハンデはくれてやる。俺はこの円の中から出んし、魔法も使わん」

 「え、あの、いや、え?」

 チョークで書かれた直径二メートル程の円の中央に立ち、誠は片手で竹刀を持ち上げ、雪路の方にピシリと向ける。

 「ついでに片手で相手をしてやる。舐め過ぎているくらいに舐めて設定した条件だ、不満はあるまい」

 いやあります、と、とりあえず両手で自分の竹刀を抱えたまま、雪路は困惑していた。

 「あの、私、剣道なんてやったこと無くてですね……」

 現れたかと思えば竹刀を押し付け、一本勝負せよと言った誠。

 急に何故だとオロオロとする雪路を、鉱夫達や着いて来た書記官二人は心配そうに見守っているが。

 「かまわん。素人でも振って当てるくらいの動作はできるだろう。貴様に反則は設定せん。目潰しでも騙し討ちでも好きに工夫して俺に一刀当てろ」

 そう宣う誠は、どう見ても断固本気で引く気はないようだった。

 「掠りでもしたら貴様の勝ちとする。だが、その前に貴様の手から俺が竹刀を叩き落とした場合は、その時点で貴様の負けだ」

 淡々と述べる誠の顔を見て、これは本当に拒否権のない状況らしいぞと雪路は悟った。

 「……わかりました」

 負けて元々。そして、負けて何かペナルティがあるわけでもないならば、受けて立たねば話も進むまい。

 渋々と竹刀を握り直してみるものの、握り方からして合っているのかちょっと自信がない。

 (だって体育、男子しか剣道なかったし……)

 女子は何故かダンスだったなぁ、と現実逃避気味に思い出してみても、目の前の何かが変わるはずもなく。

 「剣先を下げるな!刀身は地面と並行!」

 「は、はい!」

 素人でも構わないと言ったくせに、ピシリと唸る誠に、反射で背筋を伸ばして構えを取り直す。

 「柄は臍の高さ、体から拳一つ分離せ!」

 「わ、わかりました!」

 これじゃ試合じゃなくて稽古でしょ、と思う間もなく姿勢の矯正は完了。

 「好きに打ち込んで来い」

 「そ、そうは言われましても……」

 ジリジリと、雪路は慎重に誠の立つ円の側まで寄った。

 (振り上げて、振り下ろすだけでいいのかな?)

 ザワザワと心配半分、野次馬根性半分で見ている鉱夫達の視線を感じつつ、ええいままよと、グイッと竹刀を振り上げ、大上段から一気に振り下ろした。

 「ごめんなさい!」

 人に本気で硬い何かを振り下ろした経験などないから、何となく漏れた叫び。

 「馬鹿者が、そんな腰が引けた一撃が当たるか!」

 バチン、と呆気なく片腕の誠に払い除けられた衝撃で、手のひらから摺り抜けそうになる竹刀。反射で握り直して落とさず済んだのは、それこそ竜を倒した恩恵による反射神経の賜物。

 「しっかり敵を見ていろ。さもなくば打たれるのはお前だぞ!」

 「うわ、わ!」

 次の瞬間、振り下ろされて来た誠の竹刀を、反射で自分の竹刀を一の字に頭の上に構えて防ぐ。

 バシン、という大きな音と、手のひらにくる衝撃。思わず目を閉じかけたところで、こら、と再びの怒声。

 「視界を塞ぐ奴があるか!」

 「す、すみません!」

 額の真ん前、雪路の竹刀と十字にぶつかっていた誠の竹刀が引込み、ハッとする。

 「油断するな!」

 「うわわ!」

 今度は右から左へと胴を薙ぎに来た一撃を、ギリギリ竹刀を下に向けて縦にして阻止。ところがバシンと竹と竹が当たる音がした直後に、今度は警告なしで誠は竹刀を引っ込め、上段から再び額を狙った振り下ろし。

 「う、わ、まっ、ちょ、タイム!!」

 バシン、バシン、バシン、と繰り返される音。右上から、左上から、右上から、と、額を狙う点は同じでも、振り下ろされてくる角度の違う連撃を、動体視力と反射神経をフル活用してどうにか防ぐ。

 あるいは、規則正しく右、左、右、と、一定のリズムで打ち込んでくれる手加減があったからこそどうにかなっているとも言えた。

 「怖気て思考を放棄するな!俺は円から出ないと言ってあるだろうが!立て直したければ後退だ!」

 「これ後退も難しいですってば!」

 絶え間なく振り下ろされる上段からの額割りを、手首を捻って自分の竹刀の角度を調整しながら受け続けている状況。下手に後退すれば、間違いなく角度調整に失敗し、雪路の竹刀をすり抜けた一撃が振って来るに決まっている。

 「なんだ、必死かと思えば、そこまでは頭が回っていたか」

 「そりゃ痛いの嫌ですもん!」

 必死だが考えもするわ、と叫び返しつつ攻撃を凌いでいると、少なくとも音と衝撃には慣れてきた。

 (でもこれ、本当に一回距離とらないとダメだ)

 完全にペースを奪われたのはド素人でも理解できる。このままではジリ貧だと判断し、覚悟を決めた。

 (右、左、右……)

 正確に同じペースで打ち込まれてくる攻撃。ならばこれは行けると自分に言い聞かせた次の瞬間。

 「右!」

 ほぼ悲鳴に近い声と同時に、右から振ってくる一撃を額の前で受けるのではなく、渾身の力で右上に振り上げた自分の竹刀で弾き返した。

 そうして、その跳ね上げた勢いで体が前にのめるまま、雪路は前方、向かい合う誠に対して突っ込んだ。

 体当たりよろしく頭から突っ込まれれば、流石に誠も一瞬、不意を突かれたように目を瞬く。しかし次の瞬間にはくるりと身を切り返して、雪路との衝突を回避。

 「よっし!避けると思ったぁ!」

 結果、誠のいる円の中を走り抜けて、雪路は円の反対側に走り出る事に成功。

 走り出ると同時にクルリと振り向くと、周りの鉱夫達がヤンヤと歓声を上げる。

 「今のはよくやりましたよ、雪路さん!」

 「でしょ!すごく怖かったけど!」

 思わずガッツポーズを取って鉱夫達の声に答える雪路を、誠はふむと目を眇めて見やる。

 「度胸と捻りは認めてやるがな、敵にまんまと数秒背中を向けたわけだぞ、貴様」

 「え」

 「竹刀を落とすのが俺の勝利条件だから、背中に切り付けるのはやめたが。一本当てれば勝ちなら、避けざまにでも、あるいは貴様が円を走り抜ける二歩の間にでも、背中に一撃やるには十分だ」

 強がりでも負け惜しみでもなく実際そうなのだろう。あっさり言われて思わず乾いた笑いが漏れる。

 「て、手厳しい……」

 「よほど優しくしてやっているだろうが。さぁ、立て直す機は与えたぞ、もう一度、打ち込んで来い」

 ヒュン、と音を立てて素振り一閃。片手で構え直す誠に、喉の奥で呻きながら雪路も構えを正す。

 (どう考えてもレベルが違い過ぎる)

 いっそ笑えるくらい明らかな実力差で、ならば足掻かず早々に負けてしまおうかと、ほんの少し思った。

 しかし。

 「軟弱者!腰が引けているぞ!」

 「ひ、引けてません!」

 怒声を張り上げる誠につられて叫び返すのは、少し爽快でもあると、ふと思う。あるいは無抵抗に負けて終わりにしてしまえば、きっと誠は本当に落胆するだろうという確信があった。

 「わかりました!もう!わかりましたよ!本気でぶっ叩きに行きますからね!」

 今度こそ腹を決めて宣言すると、いいぞいいぞ、と鉱夫達が囃し立てる。なんだかんだと血の気の多い鉱山の男達にとっては、いい出し物なのだろう。

 「雪路さんに銅貨二枚だ!」

 「藤埜大尉に銀貨一枚!」

 「藤埜大尉に銀貨二枚で」

 「じゃぁ俺は雪路さんに銀貨一枚で大当たり狙うかな」

 さっそくと楽しげに賭けを始めた一団に、おい、と誠が視線を向ける。

 「俺の鉱山内での賭事は禁止だと」

 鋭く上がっていた声は途中で途切れた。

 「……ほぉ、確かに本気で叩きに来たな」

 「げ」

 バシンと音を立てて弾かれた竹刀。視線が逸れた今が好機と打ち込んで弾かれた雪路は、凶暴に上がった誠の口角にヒヤリと嫌な汗をかく。

 「隙を狙うその意気や良し!だが、相応に覚悟はしたか?」

 「私は反則ナシって言ったじゃないですかぁ!?」

 「反則とは言っていない。ただ、邪道を行くなら相応に腹は括ったかと聞いた」

 「うわ、きゃぁ、ちょっと!まって!」

 バシン、バシンと今度こそ方向もリズムもランダムで襲ってくる誠の竹刀を、悲鳴混じりに雪路は凌ぐ。

 振り下ろされてくる竹刀相手に反射で閉じそうになる目をこじ開けて、あっちだ、こっちだ、と、とにかく腕を絶え間なく動かした。本能的に片足は一歩引いていて、衝撃でぐらつく体勢を保つ為に、前に出たままの膝は少し曲がっている。

 「どうした、今度こそ本当に逃げ腰か!?」

 「手加減ナシは大人げないです!」

 叫び返してみるものの、実際のところ、かなり手加減してくれているのは分かっている。バッシン、バッシンと音を立てて攻撃を防いでいるように見えて、しかし、実際、何発かに一発は防げずに通してしまっているのだ。ところが、それは雪路の肩や額や胴に当たる寸前でヒョイと引っ込んでしまい、決して痛い一発にはならない。

 (本気で打つ気はなくてコレですか)

 よくぞ寸止めで手加減しながら、これだけ素早く片手で打ち込んで来れるものだと恐ろしい。

 「鬼ですか、貴方は!?」

 「俺が鬼と?では、竜退治をして鬼退治は出来んと言うのか、貴様は!」

 「だって犬猿雉がいないんで!」

 袈裟に振り下ろされて来た一撃を、逆袈裟に跳ね上げた竹刀で弾き飛ばして叫び返せば、はは、と誠は楽しげに笑った。

 「その返しは案外と余裕だな、花都 雪路!」

 「余裕に見えますか、これで!?」

 心底楽しそうな顔の誠に、必死で防御に徹しながら唸り返す。

 (うう、これ、舐められてない?いや舐めてるっていうか、手加減してくれてるんだろうけど!)

 こっちはこれだけ必死なのにと、何だかムクムク不満とも負けん気ともつかない感情が上がって来て、よろしい、と遂に雪路の中の何かが切れた。

 (当てない気なら、そのつもりでいってやる!)

 若干残っている怯えをギュギュっと負けん気で押し潰して心臓の奥に押し込み、一、二の三で雪路は動いた。

 「ええいこの!」

 「な」

 額に向けて正面から振り下ろされてきた竹刀に、左手を伸ばす。誠が雪路に竹刀を当てないようにしていると見たからこその行動。

 案の定、ハッとしように雪路の手の平を打つ寸前で止まった竹刀。流石に想定外の動きだったのか、それは引っ込むまでにほんの少し、戸惑って間が開く。

 それを、グイッと掴んだ。

 「よっし!」

 これで誠の得物は潰した。そして、誠はこの得物を持った片腕しか使わないと言ったのだ。

 雪路は、竹刀を握ったままの右手を振り抜いて、誠の胴を狙った。

 「なる、ほど!」

 「うぁ!?」

 瞬間、左手がグイッと引かれた。誠は自分の竹刀を、それを握った雪路を、力まかせに思い切り振り回したのだ。

 「うわ、きゃ!?」

 バランスを崩した雪路は咄嗟に誠の竹刀を離した。そのまま、コロリと振り回された右前の方向に転びそうになったところで、バシン、と鋭い音。

 「あ」

 片手で持っていた竹刀が誠の竹刀に叩き落とされるのとほぼ同時、ガシッと、白い手袋をした手が肩を引き寄せる。

 「わ」

 よろけていたのを引き戻されて、ポスンと後頭部が当たったのは白い軍服の胸。

 「竹刀ならば掴んでも手が切れんからな。まぁ悪くない考え方と度胸だったが、腕力の差を考慮に入れていなかったか」

 勝負あった、と、残念そうな鉱夫達の声が上がる中、首だけ振り向いて見上げると、支えてくれた誠も雪路を見下ろしていた。

 「あ、ありがとうございます」

 すみません、と慌てて離れて立ち直す雪路に、うむ、と誠は小さく頷いた。

 「……さて、貴様は竹刀を取り落とした。だがしかし、俺も使わないと言ったもう片腕を使った。痛み分けというところか」

 「いや、でも、それは私を支えるのに使っただけですし……」

 首を傾げる雪路に、ふん、と誠は片方だけ口角を上げる。

 「エリックならこう言うか?〝レディを転ばせそうになった時点で、男として負けだ〟と」

 「え」

 ピタリと、鉱夫達までもが静まり返る。

 「……何だ貴様等、俺の冗談はそんなに笑えんか」

 む、と首を傾げる誠に、慌てて、いえいえ、と皆で首を左右に振った。

 (じょ、冗談がキツイってこういうのを言うんだよ)

 心臓を抑える雪路に、少し罰が悪そうな顔になって、誠はともかくと再び口を開く。

 「とにかくだ、まぁ、貴様、筋は悪くないということだ」

 「あ、ありがとうございます?」

 とりあえず会釈する雪路に、うむ、と誠は竹刀を持ったまま器用に腕組みした。

 「しかし、竜を討伐した大日本帝国の女、と、その肩書きには完全に名前負けしている。貴様、そんな程度の実力のまま、その軍服を、大日本帝国の威信を背負う気ではあるまいな?」

 ピシャリ、と言い放たれて、うっ、と反射で身が竦む。

 (やっぱり生意気だと思われてたのかぁ……)

 せっかく仕立屋に頼んだものだけれど、これは今後着られないなと雪路が落ち込んだところで。

 「それを着る気なら、相応になるまで俺が鍛えてやる。週に二日、仕事の後に、ここへ来い」

 「へ?」

 淡々と言い放たれた言葉に目を丸くして見上げれば、藤色の目は少しだけ気まずそうに何処かに逃げる。

 「……花嫁候補の試練も、腕が立てば越えやすくなる。ここ最近見ていて、お前はそれなりに気骨がありそうだからな。同郷の縁もあるし、少し協力してやると言っているんだ」

 もしかして、この人は思ったより自分を買ってくれているのだろうかと、雪路は気付いた。

 「お前が否と言うなら無理強いはせんが……」

 少し横に逸れた藤色の目。不機嫌そうな早口は、けれどしかし、たぶん照れ隠しなのだろう。

 どうやら、この人はそういう人なのだと、雪路は気付き出している。そしてこの人は、そんな雪路を、少し、結構、買ってくれているようなのだ。

 「……お願いします!」

 思わずニンマリ頬が上がった。

 「私、がんばって付いてきますよ、先生!」

 せっかく体が軽くなっているのだ。それならば、この世界からの脱出方法を探る上でも、そこそこ動けて悪い事はあるはずがない。

 (何より、嬉しいし)

 頑張った事は無駄ではなかったのだと、そう思うと嬉しかった。お客様扱いではなかったのだ。少なくとも誠は、そうではないと考えていたから、こんな風に申し出てくれたのだろうから。

 「ありがとうございます、誠さん」

 緩んだ顔のまま答えた雪路に、誠は、ぽかん、と一瞬、目を瞬いて。

 「……加減なしで鍛えてやる。覚悟しておけ」

 ふっと、目を細めた。




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