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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.4
36/323

4-4

 三十分ほど後に、コンコンコン、と再び鉄の扉をノックした時には、ほんの少し、返事は遅かった。

 「……誰だ?」

 「花都 雪路です」

 「……入れ、何の用だ?」

 微かに怪訝そうな声。

 相変わらず書類に囲まれながら、誠はチラリと雪路を見やった。

 「何か言い忘れでもあったか?」

 「あ、いえ、そうじゃなくて……」

 怒られるかな、とビクビクしつつ、雪路は誠に近付いた。

 「あの、これ、差し入れです」

 「……なに?」

 カサリと音を立てて、差し出された袋。

 「ええと、豚汁っぽいスープと、ただのおにぎりですけど……。あと、カステラ……」

 夜になると繁華街に開く夜店と、あの菓子屋で買ってきた、食事にデザート。質素なものなので、もしかしたなら地位の高い誠の口には合わないかもしれないなと、ちょっとドキドキ。

 「い、一応、私も日本人なので……。その、日本人的な舌には合うかなぁと思う物にしたんですけど……」

 あるいは、余計な事をするなと怒られるかもしれないと、雪路の声は少し尻すぼみになる。

 「……あの、すみません」

 「……なぜ謝る?」

 書類に走らせていたペンを止め、誠はそう言った。

 「ええと……余計な事をしたかな、って……」

 「……他人の善意に余計な世話だと噛み付くほど、俺は性格が悪くないつもりだ」

 ビクビクする雪路に対し、誠はそう言うが、眉間には皺が寄っている。

 (いや、でもその顔は怒ってるでしょ。余計な事しちゃったかぁ……)

 山のような書類を見て、思い付きで行動したことを後悔。

 「すみません」

 「だから、謝る必要はないと言っているだろうが」

 反射で零れる謝罪に対し、誠はピシャリと言って、雪路の差し出した袋を受け取った。

 「……おそらく、一人だったならば一食抜いていただろう」

 書類の一部を重ねてスペースを作り、机の上に袋を置くと、誠は顔を少し逸らした。

 「礼は言っておくぞ。……ありがとう」

 「は、はい!?」

 聞き間違えたかと少し声が裏返る。慌てて俯き気味になっていた顔を上げると、書類に目を戻した誠の顔は、眉間に皺が寄っているものの、どことなく気まずそうでもある。

 (あ、あれぇ……?これもしかして、怒ってるんじゃなく……)

 照れているだけ、という可能性に思い当たって、雪路は目をパチパチと瞬いた。

 「……しかし、なんだ、カステラとは」

 雪路が凝視しているのを気配で感じたのか、珍しく誤魔化すように早口で誠は言った。

 「豚汁と米は分かるとして、何故に夕飯にカステラ?」

 「あ、前に、藤埜大尉はカステラとか金平糖とか、甘い物がお好きだって、聞いたので……」

 反射で答えると、ピクリと誠は振り向いた。

 「誰からだ……?」

 「へっ!?」

 驚いた顔で振り向かれて、雪路の方も飛び上がる。

 「え、あ、いや、アントワーヌさんから」

 「あのばか」

 再び反射で答える雪路に対し、誠は唸るように何か言いかけ、ハッと我に返って視線を再び逸らした。

 「……あの」

 恐る恐る話し掛けると、なんだ、と不機嫌そうに返される。しかし、今度こそ明らかに羞恥を誤魔化している様子なので、今回ばかりは少し笑いそうになってしまう。

 「……仲良いんですか?」

 何となく気安く問い掛けてしまってから、余計な事を聞いたかなと思い出したようにいつもの怖気が戻って来るけれど。

 「……良好な仲だと俺は思っている」

 視線を逸らしたまま、誠は答えた。

 「だが……いや、別に口止めはしていなかったが……」

 そのままブツブツと不満そうに何か呟き出す横顔に、驚き半分、そして、微笑ましさで笑い半分、雪路は視線を向けていた。

 「……貴様、他に何かあのぽんこつから余計な事を吹き込まれていないだろうな?」

 不意に横目にギロリと見られて、反射で肩は跳ねたものの、こうなっては心底怖いとは思えない。

 「ないです」

 「ならば良いが……。まったく、いったい、どんな次第でアレから俺の好物なんぞ聞いた?」

 笑いを堪えて頷く雪路に、座れとばかり手近の椅子を指差して誠は問うた。

 「ちょっと街で偶然、お会いする事があって、その時に私が大福を持ってたので。甘い物の好き嫌いの話になりまして」

 書記官用の椅子を引き出して座り、そう答える雪路に、誠はムッと眉間の皺を深くする。

 「……一見して俺には何の関係もないのだが。そこから飛び火して暴露されたのか、俺の好き嫌いは」

 不満そうに呟く声からは、いつもの威厳や威圧感が少し消えていた。

 (意外と若い声っていうか……いや、見た目、確かにまだお兄さんなんだし、年相応か)

 普段はもっと、それこそ年のいった貫禄のある男のイメージがあった誠だけれど、こうして改めて見れば、その見目はまだ若い青年なのだと気付かされる。

 「好き嫌い、というか……、好きな物は聞きましたが、嫌いな物は聞いていませんよ」

 少し親近感が湧いて、軽口まがいの事を言ってみた。

 「豚汁に何か嫌いで食べられない物入ってませんか?」

 「俺は子供ではないぞ、貴様。食えんほど嫌いな物はない」

 ギロリと睨まれるものの、なんだか一枚皮が剥がれたように、つい今しがたまでのような怖気は来ない。

 「でも嫌いな物はあるんですね」

 「ビクビクしているかと思えば、急に強気になったな、貴様」

 不機嫌そうではあるが、どうやらそれが誠なりの通常運転らしい。

 「……まったく変な奴だ」

 小さく息を吐くと、誠は立ち上がった。そのまま、部屋の隅に設置されている湯沸かし用のコンロ付き流し台に向かって行く。

 「あ、お茶なら私が淹れます!」

 慌てて腰を浮かす雪路に、座っていろ、と片手でぞんざいに示す。

 「気が抜けたから、俺が勝手にそれが冷めんウチに休憩にしようとしているだけだ。お前は本来ならもう仕事も終えている。気にせず座っていろ」

 食事の入った袋を視線で示した誠は、そう言いながらヤカンをガスコンロに置いて湯を沸かし出した。

 「まぁ、もっとも、座っていても、野郎の食事風景なんて見ていて面白くもないものしかないがな」

 そうして一度、席に戻ってくると、自分の机の引き出しを開け、ぽい、と雪路に何か放り出した。

 「え?」

 「礼に、というわけではないが、そこにいるなら茶請けにはなるだろう」

 「クッキー?」

 受け取った袋を開けると、ジャムやドライフルーツが練り込まれたクッキーが大量に入っていた。

 「ニコロが置いて行った。買い過ぎたから消費してくれと言われたが、その量は流石に食えん。やる」

 「わぁ美味しそう……って、ニコロさん、こんなに買っちゃったの!?」

 慌てて顔を上げると、ああ、と再びコンロ横に戻った誠は呆れた顔で頷く。

 「自分の所の鉱山で、給料日に景気づけで鉱夫達に配るつもりだったらしいが、間違えて多く注文したそうだ」

 「なるほど、業務用単位の買い過ぎですかぁ……」

 ウェンディや工女達にお裾分けしたら喜びそうだと、小分け用の可愛い袋を買う事に決めて、雪路は笑った。

 「あれは基本的にドジだ」

 誠は鳴き出したヤカンを火から取り上げ、そう口を開く。

 「どうにもドジでそそっかしくて落ち着きがない」

 ボロクソだなぁ、と苦笑いになる雪路に背を向け、急須に湯を注ぐ誠は続ける。

 「だが、それでも仕方ないと、人が手を貸したくなるようなところがあるから捨てたものでもない。いざとなれば肝も座っている。まぁ、信頼できる〝弟〟だと思っている」

 パチリ、と雪路は目を瞬く。

 「ニコロの補佐は俺の補佐とは別の意味で気が休まらんだろうが、今まで通りしっかりやれ」

 「……は、い」

 思わず驚いて少し返事が遅れた。

 (今まで通りって……)

 それはつまり、今までしっかりやっていた、と思っているということか。

 目を白黒させている間に茶を淹れ終えた誠は、湯呑みを二つ持って戻って来る。

 「……しかし、貴様、その格好は何だ?」

 「え?」

 「俺も似たような格好だが、しかし、お前は花嫁候補だ。浮くだろう、それ」

 湯呑みを一つ雪路の前に置いて席に付き、雪路の服装を見て、そう聞く。

 「あ、はい。動き易いので。採掘場出る時とか、仕事中はこれが良いかなって」

 雪路は慌てて答えて、誠の軍服を少し改造したような衣装を見下ろした。

 「確かに花嫁候補達からは珍しがられましたけど、あの、結構、鉱夫さんや工女さん達からは評判良いんですよ」

 ニコッと笑ってみたものの、ひょっとして〝本物〟である誠からすれば不謹慎に見えるのだろうかと少し不安になる。

 「あー……でも、辞めた方がいいですか?」

 気まずく首を傾げると、誠は何も言わずに視線を食事に向けた。

 「あの……」

 「貴様、竜を倒しているな?」

 再度問いかけたところで出し抜けに口を開き、誠はチラリと視線を雪路に向けた。

 「ということは、試練の合格報酬で、だいぶ身体的な能力は強化されているはずだ」

 「あ、はい。何だか体軽くて」

 雪路はコクンと頷く。

 「短距離走とか、プロ並じゃないのかな、とかちょっと思うくらいには、運動神経良くなってる気がします」

 初日に遅刻しかけて走った時はもちろん、それ以来、毎日地上から地下へと深い深い坑道を往復していると、必然的に自分の体が強化されているのは意識出来た。

 (きっと地球にいた頃のままだったら、全身筋肉痛だよね)

 おそらく瞬発力も持久力も、並の人を大きく引き離しているだろう。

 「……土曜の昼前、それを着て採掘場にいろ」

 「はい?」

 誠はそう言うと、黙って雪路が差し入れた豚汁に視線を落とした。

 「あの?」

 どういった意味で、土曜日に軍服で採掘場で待てと言うのか。雪路は聞き返そうとしたものの、それより早く、おい、と誠は眉間の皺を深くして振り向いた。

 「……箸がない」

 「あ」

 付けてもらうの忘れてた、と、慌てる雪路。

 「……貴様、そそっかしいところがあるだろう」

 誠は呆れた顔で言って、けれど眉間の皺はすぐに取れて。

 「確か、そこに割り箸が……」

 ゴソゴソとコンロ横の引き出しを開ける姿に、雪路はフッと頬を緩める。

 (……怒ると怖い人だけど、なんでもかんでも怒る人、ではないみたい)

 癖はあるが、捻れてはいない、とアントワーヌは言っていた。まさにその通りだと、雪路はようやくちょっと実感した気がした。


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