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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.4
35/323

4-3

 夕刻。紙袋の中の軍服を、サイズを確かめる意味で一度着てみた。

 ピタリとサイズは正確で、しかも、やはり妙に似合うと鉱夫達に笑われる。似合うならば良いでしょうよ、と言い返して笑った雪路は、ついでに、その格好のままその日最後の使用済み鉱石を運搬することにした。

 「これ運んだら、私もそのまま帰るので、皆さん、お先にもう終業しちゃって下さい」

 雪路の声に、鉱夫達は嬉しさと気遣い半分に頷いた。

 「じゃぁお言葉に甘えますが……。雪路さんも、気を付けて、早く帰って下さいね」

 「うん。ありがとうございます」

 ではお疲れ様でした、と軽い挨拶を交わす。

 そうして、水晶の詰まったバケツを抱え、雪路はトンと地を蹴った。

 地上へと続く縦穴を輸送用煙突に沿うようにして上って行く。その途中で、各階を行き交う鉱夫達のざわめきが聞こえ、どこからか終業の鐘の音も響いてきて。

 (お腹空いたなぁ)

 今晩は食堂で食べるか、それともウェンディと一緒にどこか店にでも入るか。クゥと鳴いたお腹と相談する間に縦穴は終わり、すぽんと、地上に出る。

 そこは鉱山の入口の横、煉瓦の建物の中。輸送用の煙突は全て、ここに通じるように配管されている。

 煙突がいくつも床から生えてきている奇妙な部屋の中には、まさしく水晶の山が築かれていた。

 魔法の力を使い果たし、ただの水晶になった水晶達の山。

 けれど不思議な力を失ってはいても、それらは全て透き通って神秘的で。窓の無い部屋の中、カンテラの灯が揺れるたび、キラキラと星が地上に落ちているような煌めきを見せる。

 バケツに詰めてきた水晶を山の端にそうっとあけて、雪路は少しの間、部屋を見回した。

 どうしたってバケツは重いし、いくらか骨の折れる作業ではあるのだけれど。この光景をひっそり眺められるのならば、運搬役というのもなかなか悪くないと、そう思う。

 バケツを抱えて疲れた腕の休憩がてら、数分、のんびりと水晶の山を鑑賞してから。

 よし、と小声で呟き、今度は地下に向けて縦穴に飛び込んだ。そうして空のバケツをブラブラ揺らし、上りよりもスイスイと降りて行く道中。

 終業の鐘が鳴った後だから、今度は下に行くにつれてざわめきは無くなり、静かなものだった。

 既に鉱夫達の帰った採掘場に戻った雪路は、バケツを片付け、足早に、今度は坑道を歩いて地上を目指す。途中で事務室で元の服と、もう一着の軍服を手に取ったものの、着替えるのも手間だったので、それは紙袋に詰めて手に持ち、今日はこのまま帰ることにする。

 地上に戻る道すがら、いつも横切るのは、誠のいる中央事務室の前だった。大抵その事務室は、終業の鐘が鳴った直後には無人になるのだけれど、今日に限っては、誰かが残っているらしい。

 ガサガサと、何か探し物をするような音が聞こえて来ていた。

 雪路は足を止めて数秒、躊躇した。

 このまま通り過ぎたところで相手も気付かないだろうし、わざわざ入って行くこともないとは思うのだけれど。

 (藤埜大尉かなぁ?)

 中央事務室が終業早々に引き払われてしまうのは、時間に厳格な誠が、終わりなのだから終わりにせよ、終わらなかったなら俺の采配不十分の責任である、と書記官達を追い出すからだと聞いている。

 従って、万一その日の作業が終わっていなかった場合も、よほどで無い限りは事務室に残るのは誠だけ。

終わらなかった仕事は、たいてい誠が一人でキッチリ翌日までに帳尻合わせするとかで。結果的に、それが申し訳なくて中央事務室の書記官達は毎日必死に仕事を時間内に終わらせるとも聞くが。

 それでも時たま、終わらなかった分は、やはり誠が一人残って帳尻合わせるという話だったので、今時分に誰か残っているとすれば誠なのだろう。

 (……帰れって言われる気はするけど、一言くらいは、掛けないとダメだよね……)

 思えば、来週から移動する件もニコロに話して貰っただけ。誠への苦手意識も手伝って、制度的には金曜で良いからと無意識に先延ばしていたが、その件についても直接話す必要はあったわけである。

 (……丁度良いし、一言掛けてこう)

 怯みそうになる内心を奮い立たせ、雪路はそう決めた。

 鉄の扉に近付き、コンコンとノックしてみる。

 「あの、花都 雪路です。入っても良いですか?」

 すると一瞬の間があってから、ああ、と誠の声で返事があった。

 「失礼します」

 カチャリと扉を開くと、誠は机の上にいくつも書籍と紙束を広げ、何やら眉間に皺を寄せて唸っていた。

 「えと、こんばんは」

 「何か用か?」

 チラリと視線を向けられ、ドキリと、心臓が怖気付いて縮む。

 「え、ええと、お話ししたい事があったのと……それから、あの、何か私、お手伝い出来ることありますか?」

 何の書類だろうと恐る恐る、入口に突っ立ったまま遠目に誠の机の上の紙を盗み見た。

 「これは鉱山の書類ではないから、貴様に手伝わせる訳にはいかない」

 書類に視線を落とした誠は、パタンと書籍の一つを閉じた。

 「……負傷した罪人の扱い……」

 ブツブツと呟き、別の書籍を引き寄せて、何かを確認。

 「アイツは無傷で捕える気だったというに自害未遂とは……恐怖に負けたか、軟弱者が」

 「じ、自害!?」

 不穏な言葉が聞こえた気がしてタジタジとする雪路だが、何かを確認しながら書類を書く誠は平然としたもの。

 それで、と、書類を睨んだまま雪路に向けて声を出した。

 「話がある、と言ったな?」

 「は、はい」

 ビクリと肩を揺らし、雪路は頷く。

 「作業は続けるが、聞いている。話せ」

 促されて、コッソリと深呼吸。苦手意識のある誠と一対一で、辞めたいという話をするのだから気まずさもひとしおである。

 深く息を吐いて覚悟を決めてから、雪路はゆっくりと口を開いた。

 「あの、ニコロさんからお聞きかもしれないのですが……私、来週からニコロさんの鉱山へ異動させて頂きたいなって……」

 「ああ、ニコロから聞いている」

 思いのほか淡々と、怒るでもなく誠は頷いた。

 「金曜までに、異動願いを作成して持って来い。書式の見本は事務室の申請書類資料の中にあるはずだ」

 「は、はい」

 コクンと頷いてみるものの、書類を睨んだままの誠には見えていないだろう。

 (なんか、思ったよりアッサリしてる……)

 二週間足らずで異動したいと言い出すなんて、責任感が無いとか、軟弱者とか、それこそ怒られる覚悟で切り出したのであるが。

 (……やっぱり花嫁候補って、そんなものなのかな)

 二週間から長くても四週間程度で異動して行く人材。労働力というよりは、お客様のような立ち位置で、誠もその認識は持っている、ということなのだろうか。

 (それとも、やっぱり私が使えないから惜しくないってことなのかなぁ……)

 そうだとすれば虚しいと思いかけ、慌てて思考を辞めた。

 (勝手に落ち込んでも仕方ないでしょ)

 わざわざ悪い方に考えてみても仕方ないと、小さく息を吐いて考え直す。

 (怒られなかったんだから良しとしよう)

 うんうんと一人で頷いていると、おい、と誠が再び口を開いたので、ビクリと飛び上がる。

 「おい、それで、他に用は?」

 「あ、いえ、これだけ……です」

 「それなら早く帰れ。そこに突っ立っていても仕方ないだろう」

 「す、すみません」

 シュンとしてから、やや慌てて雪路は扉を振り向こうとした。

 しかし、そこでふと、思いついて誠の机の上に視線を戻す。

 「……あの、藤埜大尉」

 「まだ何かあるのか?」

 「あ、いえ、差し出がましいですが、今日は遅くなられるんですか?」

 雪路の問に、誠は無言で机上をカツリと指で叩き、頷いた。山と積まれた書類に、聞くまでもない、と現れている。

 「何しろ三番はサボりの常習犯、七番は抜けたところがあるし、四、五、六番目はそれぞれ忙しい時期が被ってしまっている。そして兄貴には他にやってもらわねばならん仕事が山とある。……ならば、これは俺の仕事だ」

 吐き捨てるように呆れるように、独り言として、おそらく出た呟き。

 けれど、何となく、それは親しみを込めた罵倒である気がして、雪路は目を瞬いた。

 「……頑張って下さい。失礼します」

 見えていないだろうけれど。

 意外なほど優しく聞こえた罵倒の声に驚いた顔を隠すよう、ペコリと小さく会釈して。雪路は事務室を後にした。



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