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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.4
34/323

4-2

 不穏な事件の噂はあれど、雪路にとって二週目の仕事は比較的順調に進んでいった。書類の差し戻しも大きく減り、また機械の修理も滞りなく。

 そんなわけで、雪路がバケツで使用済み鉱石を運搬するのも、おそらく今週一杯で済むだろうと、修理工が目処を立てた水曜日の事。

 採掘現場にいた時に、それは起きた。

 「チャオ!雪路はいるかな?」

 ザワザワと鉱夫達が騒いでいると思えば、現れたのはニコロ。楽しそうな笑顔でキョロキョロと辺りを見回しながら、魔女の七男は採掘場に入って来た。

 「こ、ここにいますが……!」

 慌てて、ついさっきまで鉱石を運搬していたバケツを横に置いて走り出れば、やあ、と明るい声でニコロは挨拶した。

 「四日振りくらい?お久しぶり……ではないか」

 「こんにちは。ええと……」

 「これ、届けに来たんだ」

 「へ!?」

 誠にでも用があったのだろうかと雪路が訝しんでいると、ニコロは手に持っていた紙袋をガサリと差し出す。

 「これは?」

 「ほら、土曜に仕立屋に頼んでた服。とりあえず、急ぎの軍装二着だってさ」

 何でもなさそうに言う姿に、雪路だけでなく、こっそり聞き耳を立てていた周りの鉱夫達もあんぐり口を開いた。

 「に、ニコロさんが持って来てくれるって、どういうことですか!?」

 思わず雪路の声は裏返る。

 (そ、そりゃぁ、アントワーヌさんや藤埜大尉に比べれば、何となく雰囲気が親しみ易いけど……)

 それでも、この世界においては最上位の存在の一人であるはず。魔女様の御子息様、と呼ばれる身分のニコロが、何故に配達紛いの事をするのだと、思わず目を剥く。

 「ほら、俺も同じ日に背広注文したからさ。取りに行ったら、君のも出来てるって言うから、丁度いいやと思って」

 「ええ……そんな……」

 邪気の無い顔で軽く言ってのける姿に脱力。

 「あれ、迷惑だったかな?」

 雪路の反応に、途端、ニコロは少しバツ悪そうに首を竦める。

 「仕立屋にも止められたんだけど……。我儘通し過ぎた?」

 「あ、いえ、決してそんなことは」

 困った顔のニコロに、慌てて雪路は紙袋を受け取った。

 「ありがとうございます。ちょっと意外過ぎて驚いてただけです」

 「良かった。迷惑でなかったなら嬉しい」

 今度はニッコリと笑う顔。エメラルドの瞳がキラキラ光って、優しい茶色の髪が揺れる。

 「わざわざすみません」

 紙袋を抱えて恐縮する雪路に、そんな、とニコロは首を振る。

 「いいの、いいの。それに俺、それだけでなく、君に用があったし」

 「私に用?」

 パチパチと目を瞬くと、うん、とニコロは深く頷く。

 「来週の話」

 「来週?」

 「補佐に来てね、って、話だよ」

 ああ、と雪路は思い出して軽く肩を跳ねさせた。確かに、そういえば補佐に行くとは言ったけれど。

 (来週からって認識だったのか)

 なかなか気が早い人だと感心すると同時、誠に何も言っていないな、と冷や汗をかく。

 「ええと、あの、忘れてたわけじゃないんですけど。来週からとは思わなくて、まだ藤埜大尉に何も……」

 正直に口に出すと、ニコロはパチリと目を瞬く。それから、なんだ、と軽い調子で首を振った。

 「それなら俺が今から言ってくるから大丈夫じゃないかな?」

 「え?」

 「あ、引き継ぎとか困る仕事ある?」

 「え、いや……」

 バケツでの運搬も今週一杯と目処が立っていたし、それは問題ないのだけれど。雪路が慌てて色々な事を脳内で確認している間に、ニコロはフムフムと何か考え込み、一人で話を進めていた。

 「うん、大丈夫。誠は結構、俺のお願いには弱いし。そもそも花嫁候補って、次の行先が決まってるなら、規則的には金曜に辞表出せばセーフなくらいだし」

 「え!そんなギリギリで良いんですか!?」

 思わず目を瞬いた。

 (本当に、花嫁候補の仕事って、実際の労働力になることじゃなく、ただ魔女様の息子と顔合わせすることなんだな……)

 唐突に移動するのだから、換えの効かない仕事を任せることは出来ない、という立ち位置ということではないか。

 そう思って、ほんの少し、寂しいような気がする。

 (結構、頑張ったんだけどなぁ)

 初日に痛い目を見てから、地区を任されているのだと自負もあったし、雪路としてはかなり頑張ったと思うのだけれど。

 (怒られはしたけど……最初から、そんなに私って、責任与えられていないポジションだったのかな……)

 責任のある立場なのだと思って取り組んだこと、無駄な努力だったとは思わないけれど。それにしても、少し残念な気持ちになる話である。

 「雪路?」

 何かしら落胆が表情に出ていたのか、訝しげになるニコロに、ハッと我に返った。

 「あ、いえ、何でもないです」

 苦笑いして、それなら、と、軽く首を縦に振る。

 「藤埜大尉にお話しして頂けるようなら、来週からお世話になりますね」

 残念だが、そういうポジションだったのだと分かってしまえば、なおのことニコロの申し出を断る理由もなかった。

 「うん。任せてよ。誠のご機嫌取るの、結構上手いんだぜ、俺」

 雪路の返答に、ニコロは笑うと、ひらりと手を振った。

 「じゃぁ、早速、怖いお兄ちゃんに会って来ようかな。雪路、来週、楽しみにしてるよ」

 そう言うや否や、踵を返してしまうものだから、雪路は慌てて声を張った。

 「あ、はい。宜しくお願いします!服、ありがとうございました!」

 「チャオ!またね!」

 チラリと振り向いてニッと笑うと、ニコロは颯爽と採掘場を後にする。

 「……嵐のように去って行きましたな」

 足音も完全に聞こえなくなると、横で黙っていた鉱夫の班長が呟いて、うん、と雪路は頷いた。

 「……魔女様の御子息って、皆、やっぱり変わってるね」


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