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「え、お化け騒ぎ!?」
「そうなんですよ、鉱夫や工女がね、死人に襲われたって騒いでて……」
月曜日。鉱山はその話題で持ちきりだった。
「先週の金曜日の夜に。しかも実際、襲われて大怪我した人もいるらしくて……」
目を白黒させる雪路に、若い書記官は声を低くして語る。
「噂なんですが、どうやら金曜の夜に無断侵入してきた魔法界の人間がいたらしくて。それが、死霊術系の魔法使いだったそうです」
「魔法界……」
確か宝石を輸出する先だとは聞いている。しかし、そういえば具体的にはピンと来ない場所でもあった。
地球であって地球でないどこか、この鉱山の世界のような不思議な時空の、とある場所にあるのが、魔法使い達の国、すなわち魔法界なのだ、と聞いたけれど。
「そんなに気安く出入り出来るの?」
確かこの鉱山の世界は無限に続いていて、物理的な距離や時間的な経過では脱出不可能なはず。ということは、逆に入ってくるのも大変なのではないかと思った雪路の問に、いえ、と書記官は頷いた。
「地球からはともかく、魔法界からは、入るのは比較的簡単らしいです」
「魔法界は鉱山資源の輸出先ですからな。魔法界の住人だけが通れる魔法の入口を、魔女様が開いているそうじゃ」
横で聞いていた年配の書記官も口を開いた。
「とはいえ、基本的にこの世界と魔法界は相互不可侵の約束をしておるそうで。普段は、月に一度、王室御用達の商人がやって来る以外、その道は使われないのが基本だったんですがのう」
その道を通って、魔法界からの侵入者があったと、そういうことらしい。
「何の目的で……?」
「まぁ、鉱山資源が無限に湧き出す世界なんて、誰であれ欲しいのではないですかな?」
年配の書記官は肩を竦めてそう言った。
「あるいは、相互不可侵なんて言っていたって、魔法界の王室も、ここの富には魅力を感じるですじゃろう。無限に湧き出す富の秘密、知りたいのは当然ですとも」
「スパイだった、って事です?」
「そんな噂もあるって事です」
若い書記官は笑って頷く。
「……魔法の世界なのに、ハリウッド映画みたいな話ですねぇ」
思わず雪路は呟いて、手元の集計表を見下ろした。
(でもまぁ、確かに。こんなに毎日、宝石が取れる無限の鉱山なんて……。地球にあったら世界中の国が取り合うよね)
その点、スパイはあっても基本不可侵の魔法界とこの世界は、上手く関係を保っているとも言えるのだろう。
感心して視線を上げると、しかし、と若い書記官は少し顔を顰める。
「今回は怪我人も出てるし、少し嫌な感じだなぁ」
「死人が襲って来る……って、怖いですね」
ゾンビ映画のパニックシーンを思い浮かべ、雪路も思わず背筋が冷えた。
「まったくだ。この世界に死霊術を持ち込むなんて、本当に趣味が悪い」
若い書記官の呟きに、そうだな、と年配の書記官も頷く。
「死ねない儂らへの当て付けかのう」
「死ねない?」
雪路は思わず聞き返した。
「死ねない、って、どういうことです?」
「おや、聞いておりませんか?」
年配の書記官は振り向いて首を傾げた。
「この世界につれて来られた者は、歳を取らんのですよ。だから老いて死ぬことはない。かわりに子供が生まれる事もないですがね」
「ああ、そういえばそうか」
納得して頷くも、そこでふと湧いたのは別の疑問。
「……でも、歳は取らなくても、大怪我したり、病気になったりしたら、死んじゃうんですよね……?」
花嫁候補は試練で命を落とすか、棄権して工女になるか選べると聞いた。それに、ウェンディは雪路を命の恩人とも言ったのだから。
完全に死がない世界ではないだろうと思って問うた雪路の言葉に、しかし、若い書記官は首を左右に振る。
「それが、分からんのですよ」
「え?」
聞き返すと、困った顔で首を傾げる。
「大怪我したり、病気になったり……これは普通なら死んでしまう、って時になるとね、消えるんです」
「消える?」
「カタチも残さず、つまり、死体が残らず、その人は、フッと消えてしまう」
「え……」
ぞくり、と、背筋に寒気が走った。
「そんなことって……」
「しかもね、更に怖いのが……、消えてしまった人の事を、皆、いつの間にか忘れてしまうんです」
「え」
雪路はピタリと凍り付く。
「忘れてしまう、って……?」
「そのままです。その人がいて、消えてしまったことは文書や遺品で物理的に残っているのに……。その人に関する記憶は、時が経つにつれて、完全に消えちゃうんです」
「歳月が経って思い出が薄れるというものではなくの。完全に、名前も、声も、何もかもが、やがて皆の中から消える」
年配の書記官も眉を八の字に下げるものだから、雪路はゾッとしたまま完全に言葉を失ってしまった。
(怖すぎる)
完全に存在が消滅してしまう、と、そういうことではないか。
それはある意味で死よりも恐ろしい。
存在が消滅する、生きていたことすら無かったことになってしまうのなら、なるほど、この世界には〝死〟が無いと言えるかもしれない。
青ざめた顔で黙り込んでいると、やれやれ、と慌てて若い書記官は笑った。
「いや、しかし、ここ数十年は大きな事故もないし、実は死人なんて出てないんですよ」
「若い娘さんには聞かせる話でもなかったのう」
ホホホと、年配の書記官も気遣うように陽気に笑うので、はい、と、ようやく雪路も息を吐いた。
「……大丈夫です、ちょっと衝撃的過ぎてビックリしただけなんで……」
心臓の辺りを撫でて、ゆっくり言えば、何とか気持ちの整理がついてくる。
「……何より、今回も怪我人はいても、皆、命はあるってことですしね?」
「そうそう」
若い書記官は頷いて、集計用紙をペラリと指で弾いた。
「侵入者も無事に捕まったそうですし、まぁ、我々が、今怖がるべきは……」
「こちら、と」
すかさず、年配の書記官は帽子を被る仕草をして笑う。
「鬼が来る前に、仕事に戻りますかな」
それで雪路もフッと笑いが漏れて、はい、と、今度こそいつもの調子に戻って返事をした。




