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真っ暗闇を、瓦斯燈がポツンポツンと照らす道。
「……私は馬鹿だった」
明るい昼間ならともかく、見上げた看板の文字も霞む暗闇の夜。何となくで見付かると思った銭湯は、思った以上に見付からなくて。
「閉店してる……」
ようやく辿り着いた頃には時間切れ。朝の連ドラで見たような煙突付きの銭湯は、暖簾も引っ込められた後で、すっかり店仕舞いしていた。
「……諦めて御機嫌取りするか……いや、それも時間的に遅過ぎるね……」
台所でお湯でも沸かして、せめて布で体を拭こう、と、ションボリ決める。
「帰ろ……」
いい日かと思えば、最後までハプニング続きの日だったよ、と。星空を恨みがましく見上げた後に、トボトボと雪路が帰路に着いた時だった。
「誠か?」
聞き覚えのある声が、通り過ぎた建物の角から聞こえた。
「丁度良かった。悪いが、次の予算の件を」
一瞬、暗闇の中で見えた軍服に、どうやら誠をイメージしたらしい。何か言いかけながら角を出て来た人影は、けれど、ふと驚いたようにピタリと歩を止める。
「……失礼、人違いだ」
「アントワーヌさん」
パチクリと目を瞬いて、雪路は振り向いた。
真っ暗な闇の中、そこに溶け込むような黒い外套姿の、人形のように綺麗な人が立っている。
「こんばんは」
「ああ、良い夜だな」
とりあえず挨拶した雪路に返答し、アントワーヌは金の目をパチリと瞬いた。
「……勇ましい衣装のようだが?」
「あ、いえ、ちょっと色々ありまして……」
急に気恥ずかしくなって、気まずく、雪路は前髪を正すふりで手を上げ、顔を隠す。
「なかなか似合っている」
「あ、ありがとうございます……」
社交辞令だと分かっているつもりでも、何となくソワソワと視線が泳いでしまった。その間に、しかし、とアントワーヌは静かに再び口を開いた。
「しかし、この時間、屋敷周辺ならともかく、この辺りの暗い道をひとり歩きは勧めない」
「すみません。ちょっと、銭湯を探してて遅くなって……」
閉まってましたけど、と、苦笑いした雪路に、こてりと小首が傾げられる。
「なぜ?屋敷には風呂があるだろう?」
「そっちも閉店でした……」
「……女中は?」
「私、今日遅くなっちゃって。いつもの時間を過ぎたので、たぶん、皆入ったと思ったんだと思ったみたいで」
女中は悪くないのだと、やや慌てて言うと、ふむ、と、一瞬思案。
「ついて来い」
軽く手招きすると、アントワーヌは歩き出した。
「え、はい?」
慌てて続くと、横目に雪路に視線をくれる。
「俺の屋敷の物で良ければ貸してやる」
「え!?」
思わずパチパチと目を瞬いた。
「お風呂!?良いんですか!」
「お前が良ければ」
「もちろんです!よかったぁ!」
思わず心底そう言った。
「お湯沸かしてタオルで拭こうかと思ってたところだったんです。もう、手間を考えたらゲンナリしちゃって!」
ホッと息を吐くと、横のアントワーヌは肩を竦める。
「……なるほど、その発想はなかった」
「だ、だってそれしか方法ないじゃないですか」
再び気恥ずかしくなって、モゴモゴと控えめに抗議すると、緩く口角を上げて肩を再度竦められて。
「……なんですか、それ」
それだけの仕草がとにかく絵になるのはズルいと心底思う。
相変わらず綺麗な人だと横目に見上げていて、ふと、明らかに身長差に比例して違うはずの歩幅の割に、横を歩くのが楽な事に気付いた。
誠を追い掛けた時には小走りしたことを思い出し、しかし、アントワーヌの横を歩く時は、いつも通りに歩いて十分こと足りると目を瞬く。
(……あ、歩調、合わせてくれてるのか)
性格の違いか、文化の違いか、はたまたシチュエーションの違いかは分からないけれど。
(……なんか、嬉しい)
気を遣ってくれている、その事が何となく嬉しくて、雪路は一人、こっそりと胸を抑えた。




