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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.3
24/323

3-4

 真っ暗闇を、瓦斯燈がポツンポツンと照らす道。

 「……私は馬鹿だった」

 明るい昼間ならともかく、見上げた看板の文字も霞む暗闇の夜。何となくで見付かると思った銭湯は、思った以上に見付からなくて。

 「閉店してる……」

 ようやく辿り着いた頃には時間切れ。朝の連ドラで見たような煙突付きの銭湯は、暖簾も引っ込められた後で、すっかり店仕舞いしていた。

 「……諦めて御機嫌取りするか……いや、それも時間的に遅過ぎるね……」

 台所でお湯でも沸かして、せめて布で体を拭こう、と、ションボリ決める。

 「帰ろ……」

 いい日かと思えば、最後までハプニング続きの日だったよ、と。星空を恨みがましく見上げた後に、トボトボと雪路が帰路に着いた時だった。

 「誠か?」

 聞き覚えのある声が、通り過ぎた建物の角から聞こえた。

 「丁度良かった。悪いが、次の予算の件を」

 一瞬、暗闇の中で見えた軍服に、どうやら誠をイメージしたらしい。何か言いかけながら角を出て来た人影は、けれど、ふと驚いたようにピタリと歩を止める。

 「……失礼、人違いだ」

 「アントワーヌさん」

 パチクリと目を瞬いて、雪路は振り向いた。

 真っ暗な闇の中、そこに溶け込むような黒い外套姿の、人形のように綺麗な人が立っている。

 「こんばんは」

 「ああ、良い夜だな」

 とりあえず挨拶した雪路に返答し、アントワーヌは金の目をパチリと瞬いた。

 「……勇ましい衣装のようだが?」

 「あ、いえ、ちょっと色々ありまして……」

 急に気恥ずかしくなって、気まずく、雪路は前髪を正すふりで手を上げ、顔を隠す。

 「なかなか似合っている」

 「あ、ありがとうございます……」

 社交辞令だと分かっているつもりでも、何となくソワソワと視線が泳いでしまった。その間に、しかし、とアントワーヌは静かに再び口を開いた。

 「しかし、この時間、屋敷周辺ならともかく、この辺りの暗い道をひとり歩きは勧めない」

 「すみません。ちょっと、銭湯を探してて遅くなって……」

 閉まってましたけど、と、苦笑いした雪路に、こてりと小首が傾げられる。

 「なぜ?屋敷には風呂があるだろう?」

 「そっちも閉店でした……」

 「……女中は?」

 「私、今日遅くなっちゃって。いつもの時間を過ぎたので、たぶん、皆入ったと思ったんだと思ったみたいで」

 女中は悪くないのだと、やや慌てて言うと、ふむ、と、一瞬思案。

 「ついて来い」

 軽く手招きすると、アントワーヌは歩き出した。

 「え、はい?」

 慌てて続くと、横目に雪路に視線をくれる。

 「俺の屋敷の物で良ければ貸してやる」

 「え!?」

 思わずパチパチと目を瞬いた。

 「お風呂!?良いんですか!」

 「お前が良ければ」

 「もちろんです!よかったぁ!」

 思わず心底そう言った。

 「お湯沸かしてタオルで拭こうかと思ってたところだったんです。もう、手間を考えたらゲンナリしちゃって!」

 ホッと息を吐くと、横のアントワーヌは肩を竦める。

 「……なるほど、その発想はなかった」

 「だ、だってそれしか方法ないじゃないですか」

 再び気恥ずかしくなって、モゴモゴと控えめに抗議すると、緩く口角を上げて肩を再度竦められて。

 「……なんですか、それ」

 それだけの仕草がとにかく絵になるのはズルいと心底思う。

 相変わらず綺麗な人だと横目に見上げていて、ふと、明らかに身長差に比例して違うはずの歩幅の割に、横を歩くのが楽な事に気付いた。

 誠を追い掛けた時には小走りしたことを思い出し、しかし、アントワーヌの横を歩く時は、いつも通りに歩いて十分こと足りると目を瞬く。

 (……あ、歩調、合わせてくれてるのか)

 性格の違いか、文化の違いか、はたまたシチュエーションの違いかは分からないけれど。

 (……なんか、嬉しい)

 気を遣ってくれている、その事が何となく嬉しくて、雪路は一人、こっそりと胸を抑えた。


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