3-1
少し気分が持ち直した三日目は、けれど波乱で幕を開ける。
「この機械も故障?」
修理中のベルトコンベアと同時期に導入した別所の機械が、三台ほど、不調を示し始めたのだ。
「どうもそろそろ、この時期に導入した機械は部品が摩耗してきた頃合みたいで」
「なるほど……」
現場に行って実際に状況を観察し、雪路は眉を八の字に下げる。
「あの……それで、これ全部止まっちゃうと、どれくらい作業に影響あります?」
時折ガタンと止まりはするものの、何とか油を差したりしてご機嫌を取り、動かしている状況。ヒヤヒヤと聞く雪路に、鉱夫の班長は、ううむと唸った。
「奥の二台は掘り出した鉱石の大きさや重さを選別する機械で、他に二台あるし、人力の補助も加えれば普段の六割くらいはこなせるでしょう。でも、この手前の一台、これはどうしようもない」
これが止まれば、最悪でこの地区の作業は全面停止だと言う。
「これ、何の機械なんですか?」
視線の先には、四角い冷蔵庫ほどの機械本体と、そこから天井に伸びて行く長い煙突が一本。
「動力源として使った鉱石を回収して、地上に転送する装置です。採掘した鉱石と使用済み鉱石が混ざる事故の防止のため、使用済み鉱石が地下にバケツ二杯以上溜まったら、採掘作業を一時停止せにゃならん規則でして」
この世界で採掘される鉱石は、全て魔法の力を秘めている。そのため、それらを動力とする魔動機械が沢山あるのだが、すると当然に、秘めていた力を使い切った鉱石というのが機械作業の結果として発生するわけだ。
採掘された魔法の力を持つ鉱石は、自分達が消費する分を除き、魔法界と呼ばれる異世界、魔法使いの国に出荷されるらしい。そこで当然、使用済みの鉱石は魔法界への出荷用には使えないため、かわりに非魔法界……地球への出荷用として別所に保管されることになる。
従って、魔法界用の鉱石と使用済み鉱石が万一にも混ざらないよう、すぐさま地球への出荷用として地上の集積所へ転送するのがルールだった。
「使用済みの鉱石が貯まるごとに人力で地上に持っていく手もありますが、何しろ、それなりに距離がありますからね」
調子が悪い他の二台分の作業も人力で補いつつ、使用済み鉱石の運搬まで人手を割くとなると、それなりに生産性の低下は覚悟する必要があるだろう。
「全面停止になるよりは良いので、それしかないですけどねぇ……」
それなりに重い鉱石の入ったバケツを抱え、上り坂の坑道を30分近く掛けて往復する事になる鉱夫達は、明らかに意気消沈としていた。
「あー……それなら、私が運びますよ」
雪路は苦笑いして片手を上げた。
「ほら、私ならショートカット出来るし」
転送用の煙突は、そのまま天井に開いた大きな孔を通って上に伸びている。おそらく地上の保存場所までそのように転送煙突用の孔が空いているはずで、雪路ならば浮遊魔法で真っ直ぐ、その孔と煙突の隙間、最短ルートを行けるはずなのだ。
「結構重いし、書類作業は大丈夫ですかい?」
パチパチと目を瞬く班長に、うん、と頷く。
「五分や十分ごとに貯まるわけじゃないですよね?それなら、書類の合間に出来るかな、って」
重いのは気合で何とかします、と笑うと鉱夫は目を丸くして、はは、と笑った。
「それなら良かった。たぶん、一時間ごとくらいに頼む事になると思います」
「わかりました。じゃぁ、溜まったら呼んで下さい」
頷いて話を纏め、雪路は事務室に戻ることにした。
今度こそ怒られるまいと、他の書記官二人に確認しながら修理の手配や予算申請の紙を書く事にする。
「故障が相次ぐなんて、嫌な時期に引っ掛かっちゃいましたねぇ」
若い方の書記官は苦笑いし、使用済み鉱石を運搬するという雪路に、気を付けて、と警告した。
「煙突用の孔の隙間を通る気なら、結構狭いですから。昨日みたいに汚れたり、出っ張りに服を引っ掛けたりするかも」
「それもそうですね……」
ハタと思い当たって、雪路は自分の格好を見下ろした。
初期支給でクローゼットに入っていた服は、全てこの世界の文化基準に沿う物で、どれも膝丈以上の裾を持ったスカート、またはワンピースだった。ブラウスやカーディガンはフンワリした甘いシルエットの物が多く、二十世紀初頭の、富裕層のファッションと言った趣がある。
「採掘現場に出るなら、こうヒラヒラしてちゃ危ないか……」
「ああ、それならアレがあったわ」
フッと、横で聞いていた年配の書記官は手を打った。
「ほれ、前に藤埜大尉が面白いくらい怒ってた、アレ」
「ああ!あれか!」
途端に、若い書記官は笑い出し、席を立って隣の小さな倉庫に入って行った。
「ちょっと待ってて下さいね、確か取ってあったから」
「え?」
怪訝に思って聞き返す雪路に、ゴソゴソと倉庫を漁る若い書記官にかわり、年配の書記官が答える。
「昔、藤埜大尉の服を仕立屋が納入に来た事があったんじゃがの、これが、どうした訳か、採寸した身の丈の寸法が間違っとって」
「こんな小さい服では、どうやっても着れんだろうが!と、珍しく困り切った顔で怒ってましたっけねぇ」
ケラケラと笑いながら、若い書記官は戻って来た。
パンパンと、叩いて皺を伸ばし、バサリ、と机に広げたのは、黒い軍服の上下。
「何しろ藤埜大尉用ですから、生地や縫製は良い品だ。だから捨てるのも勿体なくて、とりあえず保管してたんですよ」
「うわぁ、映画の衣装みたい」
派手な飾緒はないし、肩章も布製の質素な物ではあるけれど、物々しさは十分に感じ取れる。誠が着ていた白い軍服に比べていくらか外国風になっている為、大日本帝国という感じは薄くなっているものの、元がソレだと分かる程度には近いデザイン。
「雪路さんなら着られるんじゃないですかね」
「え、これを?」
パチクリと目を瞬いた。確かに、パッと見た服のサイズは、誠には小さ過ぎても、雪路にとっては少し大きいか、もしくはピッタリかもしれない。
「え、でも……大尉に怒られない?」
「好きにしろと言われてるので、怒りはしないでしょう」
そうは言ってもな、と、ちょっと怯んで服を見下ろした。
「私が着たら、完全に衣装に食われたコスプレだと思うなぁ……」
背が高くて精悍な顔立ちの誠だからこそ、その貫禄も手伝って〝本物感〟が物凄いのであって。雪路が着たら、せいぜいハロウィンに気合いを入れすぎたコスプレ初心者レベルの完成度になる気がする。
「大丈夫ですよ。雪路さん、意外とこういうの似合う気がします」
「藤埜大尉が似合っとるんじゃから、イケるイケる」
適当な事言ってるな、と心中でツッコミつつ。
「……でも確かに、この格好で作業するよりは良いのかなぁ……?」
そもそもこの世界の服装基準は二十一世紀の日本とは大きく違う。街を闊歩しているのは十九世紀風のお巡りさんだし、行き交う人々だって、踝丈のドレスワンピースに白エプロンのヴィクトリア朝メイドだったりするわけで。
「コスプレって言うなら今更だよね……」
開き直った雪路は、ありがたく服を借り受ける事にした。




