2-14
「お前さんは変な花嫁候補だなぁ」
夕暮れの中、ザワザワと鉱夫や工女が集う大衆酒場で。
「せっかくの服が台無しじゃないか」
ガハハと笑う鉱夫の親方に、そうね、とウェンディも笑い出す。
「雪路ったら真っ黒なんだもん」
「……だってさ……」
雪路は黒っぽい油やらドロやらが染みてしまったワンピースを見下ろした。
何だかんだ崖の壁に擦ったりで泥まみれになって部品を拾い切る頃には、午後もそれなりに深まった時刻だった。慌てたものの、幸いにその日の書類仕事は午前に集中していたから、事務室に戻った時には書記官二人とも呑気にお茶を飲んでいたくらい。
しかも、雪路が珍しい浮遊魔法を持っていて、それで部品の拾いをしているという話は、どうやらすぐに鉱夫達の間に広がったようで。戻りが遅れた事をどうこう思う以前に、見物に行けば良かった、ちょっとそこで浮いてみてくれと、興味津々で要求してきたくらいだった。
そうして、そんな興味津々な鉱夫は書記官達だけではなかったらしく、仕事が終わったら夕飯に行かないかと誘って来たのが採掘現場の鉱夫達。
そこで、帰り道で待ち合わせていたウェンディとも合流し、今に至る。
「そんなに汚しちゃって……それ、後で私に渡してね。染み抜きしてあげるから」
ブツブツと雪路の汚れたワンピースを見詰めてブゥたれるウェンディに、鉱夫達の中でも大将格で、親方と呼ばれる髭面の男は大笑いした。
「花嫁候補より工女が服の心配してるなんざ、初めて見たわ!」
「私だってもったいないとは思ってるんですけど……」
雪路はムウと顔を顰めた。そうして、目の前の、中華料理とも単なる名前の無い煮込み料理とも判然としない料理にスプーンを突っ込む。中々に勇気のいる赤色をしていたけれど、先ほど恐る恐る食べた分には、見た目ほど辛くない。
「これなんです?エビチリを煮込み料理にしたような味がしますけど」
「エビチリもどき、って私達は呼んでるわ」
ウェンディはそう言って厨房の方を向いた。
「エビなんて私達の食卓までは滅多に届かないから、シェフが色々工夫してソレっぽく作ったんですって」
「待って、これ、エビじゃないの!?じゃぁ何これ!?」
「アイヤー!ワタシの愛情入ってるヨー!それ以外は企業秘密ネ!」
雪路の悲鳴に、厨房の中から聞き付けたらしいシェフがそう陽気に答えた。
それほど広くない店内は、全体的に赤と金で整えられていて、壁には所狭しと漢字で書かれたメニューの短冊が貼られている。テーブルの中央には、いかにも手作りと言った感じの回転する丸板が乗っていたが、今は故障中らしく、『回すな』と直に絵の具で書かれていた。
十中八九、経営者は中国から攫われてきた方だと思っていたが、出てくる料理はそんじょそこらの中華料理とは一味違うようだ。
「ええ……」
「大丈夫だ、食えないもんは入ってないさ」
隣のテーブルにいた鉱夫がニカリと笑ってサムズアップ。
「俺達は何年もここで食ってるが、腹を壊した事はない」
「ワタシはスターリン並にお掃除が好きヨー!お腹壊すような不衛生なもの出すわけないネ!」
それは際どいジョークじゃないか、と、雪路は心中で陽気な店主に突っ込んだ。とりあえず、彼が割と近代にこちらの世界に攫われて来たらしい事は分かったが。
(それに、お腹壊すか壊さないかとかじゃなく、原料が謎ってことそのものが怖いんですけど……)
今までエビだと思っていた謎の物体を、チョンチョンとスプーンでつついてみる。弾力も見た目も、どう見ても、エビ。
「……せ、せめて、植物性か動物性かだけでも教えてよ……」
「アレルギーでもあるカー?ええと、確か植物性ネ」
「確かって何……」
余計に不安になったものの、既に半分ほど胃袋に収めてしまったし、味は悪くないのである。
「……おいしいものにはかてない」
「おー!素直な花嫁候補珍しいヨ!嬉しいネー!」
潔く諦めて口に運ぶのを再開した雪路に、店主が叫び、ハハハと鉱夫達が笑う。
「普通の花嫁候補は、まずこんなに店に俺達と来ないさ」
親方が言って、雪路、と、呼びかける。
「お前さんを歓迎するよ」
「え」
思わずキョトンとして振り向くと、ニカリと、髭の下の口が豪快に笑う。
「初日にメルヴィン様の鉱山の鉱夫を庇ったとは聞いてたがな、正直、半信半疑だったのよ」
なぁ、と呼び掛けられ、店内にいた鉱夫達がケラケラと笑ってバラバラの言葉で肯定する。
「俺達はそれぞれ、色んな時代、国から攫われてきた。古い奴なら、アチラの世界での奴隷制を知っている」
「俺はアメリカ人で、南北戦争より二世代くらい後の人間だ」
斜め向こうのテーブルから、ブルネットの髪の鉱夫が手を振る。
「ここに来たばかりの頃は、それこそ今より俺達の待遇も悪かったからな。まさしく、実のじいさんから聞いた南部の黒人奴隷の話に似たり寄ったりだと思っていたよ。休みなく働かせられるもんで、皆、疲労で意識朦朧、注意散漫。当然、事故は多発するし、それで死んでしまえばそこまで、死ねずに体が不自由になれば……まぁ、察してくれ。口にするのも今となっては嫌な時代さ」
「俺はアフリカのアパルトヘイトの経験者だ。ここに来たばかりの頃は、まぁ、地球とココ、差別対象が違うだけで状況は似たり寄ったりだと絶望したもんだね」
今度は雪路と背中合わせの席の黒人が肩を竦める。
「今は生活はいくらかマシになったが。それは全部、魔女様の御子息様方が制度を整えたからで、魔女様や花嫁候補達の意識は、殆ど昔と変わらんよな」
「魔女様の御子息……」
呟く雪路に、ええ、とウェンディは頷いた。
「花嫁候補達よりも実際的に鉱夫や工女と仕事で接する事が多いからかしらね。御子息様方は、比較的、皆さん私達にも公平ね」
「へぇ」
この世界でも色々と複雑な事情があるようだ、と、雪路は感慨深く頷く。
「まぁ、そんなわけで、俺達は何だかんだと花嫁候補には期待しちゃいないし、地球から攫われて来たからって同じ境遇の仲間とも思っていない」
親方はそう言って、だが、と、雪路の背中をバシンと叩いた。
「俺達より汚ねぇ格好でエビモドキを食うお前さんなら、まぁ歓迎だって話だ」
「汚ねぇ格好で悪かったッスね……」
ゴホッ、とちょっと咽せながら雪路は苦笑いした。
「ま、後は朱に交わって赤くならない事祈ってるヨー!」
厨房から店主がそう叫ぶ。
「腐ったミカンの箱に綺麗なミカン入れると、あっという間に腐るヨ」
「それ、元々の用法は逆の格言じゃありません?腐ったミカンの山に綺麗なの入れたら、そりゃ腐ります」
思わず笑って、雪路はエビチリモドキをもう一口スプーンに掬う。
この世界には色々問題もあるようだけれど、雪路にとっての今日の世界は、昨日よりは悪くないと、そう思った。




