5話 夜道は続くよどこまでも
「その人たち連れて行くんですか……? 俺が担いで……」
「嫌ならいいぞ。この場で処分しておくから」
「はい! 喜んで担がせて頂きます!」
町への道を知らない俺にとっては、有難い申し出。
しかし代わり男二人を担いで、夜通し歩き続けるという、重労働を課せられてしまう。
まぁ命を助けることが出来たと考えれば、軽い物か。
彼女はというと、背負った二人の上にバランスよく腰掛け、足を組んで涼しい顔をしている。
直接座ってくれればご褒美なんだが、全裸血まみれのむさ苦しい男が挟まれるとは。
我々の業界でも拷問です、てか背中に生暖かい細長い物当たってんよ……。
暫くは順調に歩いていけたが、だんだんスピードが落ちてくる。
「がんばれ♪ がんばれ♪」
と彼女が時々、ヤジを飛ばして激励してくる。
応援するなら、降りてくれ!
さすがに三人担いで、延々歩くのは精神的に辛い、というかビッタンビッタン男の物が主張してきて単純に辛い。
しかしここは剣と魔法の世界、便利な魔法があるのではと、俺は彼女にお願いをしてみる。
「あの~、転移魔法とか使えたりしません?」
「え~、転移の魔術は、街での許可が必要なの知ってるでしょ?」
易々と却下された、しかし俺は諦めん!
「あ~でしたっけ……。なら町の近くとかなら」
「4人転移させるのって結構大変なのよ?」
「ならせめて浮かしてもらったり、重さを減らしてくれたりすると助かるんですが……」
「え~この距離浮かせたまんまにすると、4人転移より魔力使うのよ? だ・か・らファイト♪」
ちくしょう、とことん却下された、道を教えてもらってる手前逆らえねぇ。
俺は渋々歩を進めるが、どうしても男たちの末路が気になってしまった。
「「嫌なら答えなくてもいいんですが……この人達ってどうなっちゃうんです?」
「……」
彼女は、俺の言葉が届いていないのかの黙りこくっている。
「あの~、もしも~し寝てたりします?」
「……え? あぁごめんごめん。でなんだっけ?」
上で寝てたのかな、随分器用な人だと俺は思いながら、もう一度同じことを聞いてみた。
「え? ただ町に連れて行くだけよ」
「あぁ町で拷問して殺すんですね、可愛そうに」
「んな訳ないでしょ。あんた何考えてるの!?」
あれ、てっきり重要な秘密でも握ってて、これから拷問でもされるのかと思っていたのだが。
どうやら俺は非日常の連続で、感覚がマヒしかけているらしい。
「え? 違うんですか? じゃ何のために街へ連れて行くんです?」
「あんた何も知らないのね、ギルドに所属してる人間を生きて救出すると報奨金が貰えるのよ。死んでても行方不明よりはマシだから多少出るわ。ギルド同士の派閥があるみたいで、仲たがいしてると見殺しにしたり、色々と問題があったみたいで、その苦肉の策よ。まぁ実際効果があって死亡率は下がったわね」
てことは報奨金目的でぶちのめしたってこと!? 拷問よりひでぇや……。
てかこの法案考えた奴だれだよ! 対策しろよガバガバすぎんじゃねーか!
「まぁ私の事は、知らないのは当たり前として、ちゃんとこまめに情報収集してないとだめよ~」
「い、いえお噂は聞いてます、アシュレトさん……でしょ?」
覚えていた異世界の情報に、彼女の名前と容姿だけはあった。
何をしてどんな人なのか俺はさっぱり知らない。
しかし覚えのある人物に出会った親近感から、俺は思わずフレンドリーに接してしまっていた。
「私のこと知ってて、あんなふざけたこと言ったの?」
「あ、いえ実物見るのは初めてなんすけど、あんまり綺麗だったもんでつい」
話に50%くらい嘘を混ぜると、誤魔化しやすくなると聞いた事がある。
俺は知ってるとは言ってないし実際に綺麗だ。詳しく知らないから逆に、怖いもの知らずでペラペラ言えたのかもしれない。
「き、綺麗だなんてそんな」
そしてチョロイ、また狼狽してる。
何だろうこの、手の押しに弱いのだろうか。
「度胸あるわね、実物を目の前にして……その……び、び……だなんて」
「え? 最後の方聞き取れなかったんですが、何です?」
「何度も言わせんな! 恥ずかしい!」
意外に可愛い、表情が見れないのが非常に残念。
しかし急に、彼女の声のトーンが変わったことを、俺は見逃していた。
「所であんた、私の事どこまで知ってるの?」
「正直に白状しちゃうと名前しか知らないんすよ。あ! 夜な夜な人を狩って、金稼ぎしてるって事ぐらいまでですかねーあはは」
俺はちょっとおちゃらけた口調で、場の空気を和ませようとしていたんだが、笑える状況ではないことに気づくのが遅すぎた。
「そう……私の事をアシュレトだと知ってる者は、まだ居ないはずなんだけど」
それどういうこと……姿と名前しか知らなかったから、思わず喋っちまったよ。
余計な情報くれてんじゃねーよ! 神様どーしてくれんのよ!
「実力主義者の魔王の元で現魔王幹部をぶちのめし、華々しく魔王幹部に就任しつつも、今だ謎のベールに包まれてて、その姿を見た者はまだ誰も居ないってことで有名よ。見た奴全員消してるから当たり前なんだけど」
そりゃ正体知られたら不味いよね……。
せっかく助かったと思ったのに何で俺、こんな簡単に消されてしまうん?
「だからね……魔王幹部が夜な夜なこずかい稼ぎに、人狩ってるなんで知れたら不味いのよ! もーどっから情報漏れたのかしら。参ったわ~」
さようなら死ね! となると思ったが、ここはまだ説得のチャンスあり?
「な、何で魔王幹部が追剥やってんすか……」
「なによ、オフの日なんだから、何しようと人の勝手じゃない。けどイメージってもんがあるでしょ」
確かに謎のベールに包まれた人物が、裏でセコくこずかい稼ぎしてるなんて知れたらイメージがた落ちだ。
「まぁどうせ消しちゃうからいいか、デビュー後の初仕事で来たんだけどつい昔の癖でね。姿もあんまり知られてないから、色々都合がいいのよ」
あんまり深く考えてなさそなんだけど、このまま見逃してもらえないだろうか。
「さてと話はここでお終い。面白いからこのまま見逃そうと思ってたけど、姿がバレてるなら話は別だわ、悪いけど消させてもらうわね」
そんなに甘くなかった。
彼女は座っていた男椅子から、ヒラリと舞い降りた。
そして俺に素早く近づいてくる、デコが引っ付きそうな距離にまで。
「さあ、私の眼を見て」
お互いの吐息が届いてしまう距離に加え、可愛らしい顔とその瞳の美しさに、思わず吸い込まれそうになる。
彼女と見つめあったまま、俺は身動きが取れなくなってしまった。
「嘘か本当かしらないけど、嬉しかったわ」
その言葉の直後、視界は暗転する……。
俺が意識を取り戻した時、すっかり夜が明けて朝日が昇っていた。
知らずのうちに夜通し歩き続けて、町の入り口にまで到着していたらしい。
彼女は水浴びでもしたのか、さっぱりしている。
覗けなかったのが非常に心苦しい。
入り口にいた門番のような兵士に、彼女は男たちを引き渡す。
俺はぼーっとした様子で、彼女の会話に聞き耳を立てていた。
「はいはーい出迎えご苦労、これ精神通話で連絡しておいた二人。たまたま魔物に襲われてるところを助けたのよね?」
話を聞いた兵士の一人が、俺にに話しかけてくる。
「そうか、君が連絡を受けてた生き残りの一人だね。証言を記録するからそこで待ってていてくれたまえ」
俺は黙ってコクコクと頷いておいた。
「じゃそういうことで、いつもの頼むわね~」
「は、はい! いつもお疲れ様です。ただいま用意いたしますので少しお待ちください!」
そういうと兵士たちは、慌ただしく町の中へと駆けていく。
何が起きたのかさっぱり分からず困惑していると、彼女は俺にそっと耳打ちをしてきた。
「記憶は消したからもう覚えてないと思うけど、お茶はまた今度あったら考えてあげるわ。じゃあね転移者さん♪」
彼女の呟きが丁度終わった頃、兵士たちが戻ってくる。
そして彼女にハンピラのようなものを渡す、おそらく救出した証明書のような物だろう。
それを彼女は受け取ると、兵士たちのエスコートを受けながら、上機嫌に町の雑踏へと紛れていった。
彼女は俺が転移者であることを見抜いていた。けど重要なのはそこじゃない。
彼女の姿が見えなくなると、安堵と緊張の途切れから思わず、自分にしか聞こえない声で呟いていた。
「記憶……消えてないんすけど……」