4話 男の服を脱がせて喜ぶ変態と思われた。誠に遺憾である
彼女が地面に倒れている二人に近づく。
俺はてっきり止めを刺しに行ったのだと思っていた。
出来れば今すぐ実家に帰らせて頂きたい。
俺は短い転移人生だったと、哀愁を漂わせて涙を流していた。
「そいつら殺して最後が俺なのね……」
「まだこいつらには役目があるから、殺しはしないわ」
彼女からの思わぬ返答。
殺されるの俺だけ? ナンパ失敗したからって、厳しすぎやしませんかね。
どうにか逃げ出せないものかと、俺は隙を伺い始める。
彼女は倒れている男の、小手のような防具をじっくり観察している。
何だか嘗め回すように、見ていると思ったら、唐突に彼女から声が漏れた。
「えい!」
と可愛らしい掛け声とは裏腹に、防具ごと引っ張られた男の腕は、鈍い音と共に、あらぬ方向へと曲がる。
それ以上いけない……、殺さないって言ったのに、舌の根も乾かぬ内に、何しようとしてんのこの人。
「ちょ、ちょっと何やってんですか!」
「なによ、ただのドロップアイテムの回収じゃない」
節子、それドロップアイテムとちゃう、ただの追剥や!
「ちょっと!? 曲がっちゃいけない方向に曲がってますよ!?」
「取れないから引きちぎろうかと」
やめてください死んでしまいます。
可愛い顔して、恐ろしいことを平気で実行しやがる……。
「俺が代わりに外しますから! もうそれ以上はやめたげて!」
俺は男が不憫になり、思わず装備を外す役の代わりを買って出た。
というか目の前で、男の四肢が引き千切られるのを黙ってみているのは……うん、さすがに寝覚めが悪い……。
「あんたに外せるの? セキュリティ魔法掛かってるの知ってるわよね?」
こちらの世界では、冒険者にはセキュリティ代わりの、魔法が掛かっている場合がある。
様々な事故(他者による傷害含む)の際の、防具盗難紛失防止のためだ。
効果はピンキリで、持ち主本人しか外せないものや、外そうとした者に攻撃を仕掛ける物まで様々である。
高度な魔力と技術で作られたもので、素人がおいそれと外せる代物では無いのは周知の事実。
しかし、このチートじみたジョブチェンジの能力なら、直接魔術に干渉するわけではないと俺は推測していた。
「ま、まぁ見ててください」
俺は男の傍まで近づき、頭にそっと触れる。
そういえば鑑定眼も貰っていたのを思い出し、男の職を覗いてみる。
すると『レンジャー』の文字が現れたので、ついでに自分の手を見たら『無職』と現れた、世知辛いと、密かに思う。
こっそり彼女の方も見てみようかと思ったが、下手にバレたら怒りを買いそうだったので、思い止まった。
とりあえず他に、変えられる職も無さそうなので、俺は男を無職へと転職させてみた。
パコーンと、ポップコーンが弾けるように景気よく、装備が飛び散らかる。
案の定セキュリティは発動しなかった、そして全裸だ。
しかし無職からレンジャーへと、職は数秒で元に戻ってしまった。
効果時間に違和感を感じつつも、ちょっとやりすぎてしまった気がするがまぁいい。
俺は得意げになって、彼女のほうを向いた。
「ほ、ほらどうです?」
すると彼女は一瞬、鋭い眼をしたかと思ったら、すぐに蔑むような眼に変わった。
「人を裸にする魔法とか、気持ちワル……。男の服脱がして喜ぶとか変態か? お前。ちょっと近寄らないで貰える?」
男たちの職業が、書き換えられていることには、幸い気づかれなかった。
しかし人を丸裸にする魔法と思われたようだ、途方もない濡れ衣をありがとう。
けれど彼女は、すぐに神妙な顔をして、何かを考え込み始めた。
そして、ふぅとため息をつき、徐に喋りだす。
「さっき殺すのは、最後にすると約束したわね……。あれは嘘よ」
その言葉は聞きたくなかった……。
フラグ回収早すぎるじゃないですかやだー!
「なんでやー! 俺役に立たなかったですか!? 死ぬのはやだー! ちくしょー!」
と泣きながら思わず四つん這いになり、地面を拳で殴打する。
今度は地面は、壊れなかった。
疲れているせいもあるのだろうが、むらっ気があるみたいだった。
その様子を見た彼女は、きょとんとしている。
「あんた私の話聞いてた?」
「今すぐ殺すってことだろ! こっちは分かってるんだ! いいよこいよ殺せよ! 武器なんか捨てて掛かってこい!」
逆フラグだけど、どうせなら華々しく散ってやる。
いやいっそ冥土の土産に、この美人の裸でも拝んでやろうかと思案しかけた。
只ならぬ殺気というか気迫に、彼女は俺に対して、臨戦態勢を取ってくる。
「武器なんて持ってないんだけど……。せっかく命だけは助けてあげようかと思ってたのに。いいわお望み通りぶっ殺して上げる!」
俺は彼女の言葉を聞いて、ころっと態度を180度変えた。
「え、ちょっとまって、本当に命だけは助けてくれるの?」
俺の熱い手のひら返しに、彼女は毒気を抜かれたようで、呆れかえっては居たが、警戒を解いてくれた。
もうそれを早く言ってくれ、マジであの筋肉モリモリマッチョマンに出てきた、悪党の末路を辿るのかと思っちまったじゃねーか。
俺の心の声に反応するかのように、彼女は助ける理由を話してくれる。
「もう、だからさっきからあれは、嘘だったって言ってるじゃない疑り深いわね。方法がどうあれ、手間が省けたのは事実だし、命だけは助けようかと思ったのよ」
俺は後ろ髪を掻きながら愛想笑いをして、ぺこぺことお辞儀をする。
「あはは……疑ってすんません、ちょっと早とちりしたもんで」
「まぁいいわ、ちょっと待ってなさい」
ため息を付きつつ、彼女は何もない空間に、手をかざし呪文を唱え始めた。
『収納空間』
すると目の前の空間に、波紋が広がる、どこかで見たような、しかし思い出せない。
俺は思わず興味を引かれて、尋ねてみた。
「なんですそれ?」
「これは魔力で別次元作り出して、収納場所にしてるのよ、高位の魔術師じゃないと扱えない、滅多に見られない代物よ、運がいいわね」
そういうと彼女は、飛び散った装備を片っ端から、その波紋の所に投げ込んでいく。
「そ、その防具とか武器は何に使うんです?」
「うん? 質屋に売るだけよ。すぐ売りに行くと足が着くから、しばらく寝かしておくの。他の人には内緒だよ♪」
「アッハイ……」
可愛くウィンクをしてきた彼女に、魔族が何のために、金を集めてるのか聞こうと思ったが、知らない方が無難なんだろう。
とりあえず俺は、話題を変えてみることにした。
「べ、便利な魔法っすね~。何でもできるじゃないですか」
「そうでもないわよ、表とは別の時間の流れがあるから、生ものの貯蔵とかには向かな……あ! いっけなーい!」
突如彼女は、素っ頓狂な声を上げる。
生ものと言いかけていたから、俺は何か食べ物でも、入れっぱなしにしてしまったのかと、想像していた。
まるで冷蔵庫に入れてた物を、腐らせてしまったドジな主婦のようで、どこか人間味を感じてしまう。
「どうしたんです? 本当に生ものでも入れっぱなしに?」
「出すのすっかり忘れてたわ~」
そういうと空間に手を突っ込み、ずるりと何かを引き釣り出す。
すると盾のような物が見え始た。
な~んだ、売ろうとしていた防具を、入れっぱなしにしていたのか、と俺は一瞬安堵しかけてしまった。
それが完全に露わになって、俺は思わず後ずさる。
なぜなら、盾を恭しく抱きかかえる、男のような干からびた躯のオマケが、くっ付いていたからだ。
よく見ると、盾には齧りついた跡と、抱える手の指の先の、爪が剥がれ所々が、傷だらけになっている。
盾や指を齧って、飢えを凌いでいたのだろうか。
生々しい傷跡が、惨たらしい光景を想像させる。
てか生もので思い出すとか、人を生もの扱いするんじゃねぇ! こいつの神経どうかしてるぞ!
「い、一体何やらかしたんですかその人……」
「死んでも魔族なんかに渡すもんかと、ナマ言ってたから渡したくなったらいつでも言ってね、て言って放り込んどいたのよ。死ぬまで助けを求めなかったから、意外に根性あったわ」
「それって、助けを呼んでたけど聞こえなかっただけなのでは……」
「……ついでだけど、この事も黙っておいてね♪」
アッハイ……。
話が終わると彼女は、徐に死体が抱きかかえていた盾を引っぺがし、スンスンと匂いを嗅ぎ始めた。
匂いフェチなのだろうか。
「うわくっさ! 匂いが染みついちゃってる、ダメねこれじゃ、売れないわ」
違ってた、確かに死体の匂いが染みついた防具なんて、碌な値段で売れそうにない。
ところが彼女は、俺にありがた迷惑な提案をしてくる。
「あんた、見たところ碌な装備もないようだけど、これ、あげようか? 匂い我慢すれば、そこそこ使えるわよ」
「お、お気遣いどうも……」
案外いい人なのかもと、地面に転がった男どもの存在を忘れながら、あまり使いたくないという本音を隠しつつ、嫌々盾を受け取ろうとした。
しかし現物を見て一瞬硬直し、血の気が引いてしまった。
爪のような引っ掻き傷と、血文字のようなもので、『ごめんなさい』『助けて』の文字が交互に盾の裏一面にびっしりと書き込まれていたからだ。
こんなん装備したら呪われそう……。
「お、お気持ちだけ、受け取らせていただきます……」
「あ、そう? 遠慮することないのに」
と返した盾を、躯の傍へ放る。
『炎』
初歩の魔法のようだったが、遺体は業火で包まれ、骨も残らず一瞬で灰と化した。
火葬してあげるなんて、わーいやっさしい~! 証拠隠滅だよこれ……。
「ところで、あんたちょっと匂うわね」
死体の匂いを嗅いだ後に言われ、俺はショックを受ける。
だって……体臭が……普通に凹む。
「え……俺、死体みたいな匂いしますか……」
「あ、違う違う誤解させてごめん、なんていうかその、残り香みたいなもの。ここに来る前に、誰かに会わなかった?」
変な誤解をさせないで欲しいと思いつつ、俺は心当たりを探ってみる。
思い当たったのは、馬車に乗った勇者一行のようなPT。
因縁の相手でも、乗っていたのかな、と俺は思った。
「まぁいいわその内会えるだろうし。あらかた用事は済んだから、ついでに一つ言うこと聞いてもらおうかな」
言うこと聞き終えたら殺すってパターンじゃないだろうなと、俺は警戒する。
しかし彼女からのお願いは、至極簡単なものだった。
「こいつら運ぶの手伝って♪」