1話 ついカッとなって神を裸にしてしまった今は興奮している
「なんじゃ、当たったのに嬉しくないのか?」
「アッハイ、いえ大丈夫です。ちゃんと嬉しいです、ワーイウレシイナ……」
小声で言っていたのが聞こえてしまったのだろうか、非常に不満そうだ。
しかも何か別の思い違いをし始めやがった。
「あ、そっかもっと詳しく知りたいか」
「いえもう結構なんですが」
なんでそんな解釈しちゃうのこの子……。
「実はのぅ、転移の門を作って呼び出したのはいいんじゃが、肉体の再構築に失敗しての。色々その~……混ざっちゃってな。いや〜あれはグロテスクじゃった」
「さっき、全能の神って言ってたよね!? 何でひと昔前のSFみたいに、転送失敗してんの!」
本当にこいつ大丈夫か……。
俺の突っ込みを無視して、失敗談を続ける自称全能の神。
「蘇生も、完全な肉体なら簡単なんじゃがの~。あ! 間違った!……かな? と何度か焦ったが、灰にはならんかったし平気平気」
これはこいつなりの、ドジっ娘のつもりなのだろうか。
どちらかというと俺は、某世紀末漫画の、自称天才の呟きを思い浮かべていた。
急な不安に襲われた俺は、急いで自分の体を調べた。
異常が無い事が確認出来てほっとするも、怒りがこみ上げてくる。
「蘇生も失敗してるってどういうこと!? 灰っておい! ウィ〇ードリィじゃあるまいし! 今回はって、過去にロストしたことあんのかよ、ふざけんな!」
「うるさいのう、細かいこと気にしおって。何でも出来る、だが失敗しないとは言っていない」
開き直りやがった、ダメだこいつ、早く何とかしないと……。
この調子だと、壁の中に居る! もやらかしているんだろうなぁと、俺は底の抜けたような哀れみを感じてしまっていた。
「あ~もう、なんか面倒だから次でラストな」
当てちまったからって、露骨に興味無くすんじゃねえ、ちゃんと最後まで仕事しろ。
まだまだ聞きたいことがあるのに。
「なぜ、おまえが選ばれたか」
そうそう、それよそれ。一番聞きたかった奴。
最初、忘れたようなことを言ってたが、ようやく思い出せたのだろうか。
魔王を倒せとか、俺には特別な血統がとか、色々な答えを期待していたのだが。
この選択肢を考えた奴は誰だ!
「①秘密、②儂が暇だったから、③儂の気まぐれ」
顔をこちらに向けず、そっぽを向いている、オイ、こっちをちゃんと見やがれ。
本当に忘れたのかと、思わず怒りがこみ上げるが、その思いも急速に縮んでいく。
もう真面目に答えるのもバカバカしくなり、どうにでもなれという捨てばちな気になって、俺は答えを選んだ。
「①番……と②番と③番」
最初は、ずっと黙って沈黙が答えだ! とでも言ってやろうかと考えていた。
どーせこいつ何も考えてねえだろうと、あえて全部を選んでやった。
答えは1つだけ、とは言われていない。
しかし、俺の予想だにしていないことが起きてしまった。
答えを聞いた彼女から、先ほどまでのおどけた態度が消えていくのを感じる。
それどころか、あやしいほど真率な雰囲気が、張り巡らされていくようだ。
急な態度の変化に、俺は思わず慌てた。
ふざけすぎて、怒らせてしまったか?
少しの沈黙の後、彼女は怒りとは程遠い、穏やかな口調で語りだした。
「小僧、よく儂の思考の奥底まで読めたな。建前上、儂の好奇心、気まぐれと暇つぶしで、お前を呼び出したことにしておる。だが真の理由を今は話せん、すべてを知るには早すぎるのじゃ」
反応が予想外のもので、かなりシリアスしているんだけど、どういうこと。
彼女への問いかけに、思わず声と表情を強張らせた。
「何かのっぴきならない事態でも起こってるのか?」
俺の問いかけに彼女は笑いたいような情けないような、一種妙な顔つきで語り出した。
「ここまでなら、話しても問題なさそうじゃの。実はな」
俺は固唾を飲む。
そして怖いくらいの静けさの中、彼女の口から紡ぎだされた言葉はこうだった。
「冗談じゃ、アッハッハッハ引っかかった引っかかった。シリアスかと思った? 残念でした~」
とケラケラ笑いだしやがった。
一瞬でシリアスをかき消された……恐ろしい子!
「ふざけやがってこの野郎、どんな事情があるのかと、一瞬期待した俺がバカみたいじゃねーか!」
「どれも選ばず、『沈黙が答えだ!』と、少し捻くれた奴はドヤ顔で答えるんじゃがの。期待を上回る答えだったから、ちとからかっただけじゃ」
え……? これって心を読まれてるの? 何それ怖い!
「まさか……心を読んで……」
「フフ、まぁ落ち着け。土壇場で全てを選ぶ奇抜さ、豪胆さ、強欲さ、お前のことが気に入った」
肯定も否定もせず、彼女はこちらに背を向け、淡々としゃべり始めた。
「約束どおり、追加の能力をやろう。向こうの世界は基本的に一度職業を決めたら変えることはなかなか難しい。そこでじゃ、お主のような飽きっぽい奴には、職業を自由に変える能力、『ジョブチェンジ』の能力を与えてやろう」
何それ平凡と、俺は一瞬思ってしまった。
しかし思わぬ追加効果に、驚きを隠せないでいた。
「自分の事は勿論、一度触れた相手の職業も変れるぞ、対象が離れすぎていると難しいが。それと他人の職業を定着させるには、コツがいる。この能力は使いこなせば、『神』という職業さえ、変れるようになる。いずれな」
神さえ変えられるという言葉に俺は思わず興奮してしまった。
「な、なぁもう使えるようになってるのか!?」
「ん? もう使えるがまだ説明の最中だ、儂に使うなどバカな真似はよせよ」
バレテーラ。
「さて様々な職を使いこなせるよう、身体能力その他諸々も、困らぬ程度に上げておいてやろう。あと、現地の言葉の習得にetc……」
もし心が読めてるなら、すぐさま止めに入るはず。
これは押すなよ、絶対押すなよ! というフリだと自分に都合よく言い聞かせる。
新しく手に入れた物は使いたくなる、これは仕方が無いことだ。
さっきの膝蹴りで、条件は満たしているし、この至近距離なら失敗はありえまい。
俺は、異世界や能力の解説に夢中になって、隙だらけに見えるこの人に向かって、ジョブチェンジを使ってみた。
彼女が一瞬、淡く光ったと思ったら、身に着けていたはずのローブが、床に音もなく脱げ落ちていた。
「あ!」
まさか失敗した!? どうしてこうなった、いやこれはきっと事故だ。
「ん?」
と彼女は、一切隠すそぶりすら見せず、こちらに振り返った。
一瞬彼女の姿が、ブレたように感じたが、幼女の全裸には些細なこと。
『キャー!!』とか、『何をする愚か者!』とか、言われると思っていた俺にとって、その行動は想定外。
「グハ! あ、あのすんません、目に毒だから、何か服着て下さい。てか、俺を蹴り飛ばした時の恥じらいは何処に」
あまりにも冒涜的な美しさに、滝のように溢れる鼻血。
思わず四つん這いになり、片手で鼻を抑え、裸体のままでいる少女に懇願する。
俺の声を聴いた彼女は、腰に手を当て、ヤレヤレといった感じで、堂々と仁王立ちしたまま話を続ける。
隠す気は全くないらしい、寧ろ自然体だ。
「なんじゃ、童の裸がそんなに珍しいか? あまり怖がらせぬよう、人間に姿を合わせたのだが、布を纏うのも久々での。いつもは裸だから、着てる方に違和感があるんで、気づかんかったわ」
裸がデフォだと! けしからん、そこの所是非詳しくと、俺は思わず食いつく。
「さっきのはお約束? というものなんじゃろ。人間はああいう恥じらいを好むと聞いたが、オープンなのも嫌いでは無かろう。ほれほれ、本当は嬉しい癖に誤魔化すでない」
確かに嫌いじゃない、というかありがとうございます。
思いがけないご褒美に、俺は心の中でガッツポーズをしていた。
そしてその浮かれた頭のせいで、彼女の言葉を一つ、思い違いしてしまっていた事には気づけなかった。
「あ~しかし、確かに人間には毒かもしれんのう。本来の姿は」