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逃亡令嬢

作者: 柊 風水

 某国の末姫の誕生日パーティーが開かれた王宮――――の調理場。


 そこは戦場だった。


「パーティー開始まで後一時間を切った!」

「料理は全部で後何品だ!?」

「合わせて百五十品です!」

「三十分で全部完成しろ!!」


 料理人達はパーティーに出される料理を全力で作り上げていた。

 末姫の誕生日を祝う為に貴族だけではなく、他国の王族も招待されている。


『料理と言う物はこの国の豊かさを表す鑑と言っても過言ではない』


 と言うのが総料理長の信念で、こう言った他国の人間が来る時は、最高の食材で最高の料理を全力で作り上げている。

 それに何千人もの招待客の分を作るとなると、その数は膨大な量となる。時間内に料理を完成する為には、料理の下準備をどれだけ早く終わらせるかに掛かっていた。


「マデリン! ジャガイモの皮むき全部終わったか!?」

「全て終わりました!」

「野菜の飾り切り!?」

「全ての飾り切りを終えました!!」

「マデリン悪いけど使った調理器具を大至急洗ってくれ!!」

「はい!!」


 背の高い料理人達の間を小柄な女性がスイスイとぶつからずに動き回っている。

 そして頼まれた調理器具をとんでもないスピードで洗い、遂には全ての調理器具をタオルで水を拭い終わった。それからまた野菜の皮むきをこれまた物凄い速さでむき続ける。


「スッゲーなマデリンの奴。アイツのお陰で俺達は料理に集中できるし、しかも料理の下準備を俺達がやっていた以上の速さでやり終わるし」

「ああ。料理長がその下準備の素早さに惚れ込んで、ワザワザ下町の食堂に出向いて直接スカウトしたらしいぜ?」

「マジかよ! あの料理長が!?」

「そこ! 口よりも手を動かせ!!」

 コソコソと話していたのを料理長に怒られて慌てて料理を進める下っ端料理人。


 マデリンは元々下町の小さな食堂にアルバイトとして働いていた。

 しかし、料理の下準備――例えば野菜を洗ったり切ったり、魚の内臓を出して三枚下ろし・二枚下ろしにしたり、肉は種類事に必要な下処理を()()二時間で終わらせていた。

 その素晴らしい手際の良さが噂され、何時しかその噂は王宮の総料理長の耳にまで入った。そしてその噂を確かめようと直接マデリンの仕事場にやって来た。

 噂以上の神懸かりな下処理を見て、総料理長は一瞬で心を奪われ、その場で彼女をスカウトした。



 彼女のお陰で以前は時間ギリギリまで料理を作りあげていたが、本日は開始四十分前に全ての料理を終わらせる事が出来た。

 料理人達は戦い終わった後、それぞれの椅子に座って脱力していた。


「みなさ~ん。軽食にサンドイッチとオレンジジュースは如何?」

 恐らく一番働いたであろうマデリンは疲れの一つも見せず、人数分のサンドイッチとオレンジジュースを料理人達の前に置く。

「ああ……どうして人様に作って貰った料理の方が一番上手いのか……!」

「ただのハムとトマトとレタスを挟んだだけのサンドイッチなのにスッゲー上手い……」


 料理人達は涙を零しながらサンドイッチを食べた。マデリンが総料理長にコーヒーを渡した時だった。


「ごめんなさい。マデリンは居るかしら?」

 調理場の入口に顔を出して来たのはマデリンの友人である侍女だった。

「何か用?」

「ごめんマデリン。疲れていると思うのだけど、裏方の仕事手伝ってくれない? 子供の急病で、先輩が一人来られなくなったの。勿論特別手当が出るわ!」

「行く! と言う訳で総料理長。私ちょっとパーティーの裏方に周ります! 皿洗いは後でやりますので~」

 スキップをしながらマデリンは颯爽と調理場から消えた。


「……アイツの体力は化け物か?」

「俺等ですら料理を作り終わった後の皿洗いはキツイって言うのに……」

 マデリンの同い年の料理人達は引きつった笑みをしながら呆れていた。


「そう言えば総料理長」

 副料理長はマデリンが用意してくれたコーヒーを飲みながら総料理長に尋ねた。

「何でマデリンを『料理下準備係』で雇ったんです? いや、コッチとしては基本を習う新人以外、忙しい時に手間が省けるから助かりますけど、流石に下準備だけは可哀想ですよ? せめて基本のソース作りだけども……」

「駄目だ」

 総料理長は二言もなく拒絶した。


「奴に料理を任せたら駄目だ」

「何でですか? まさかマデリンは料理下手だったんですか?」

「そう言うレベルじゃあない。……アレは()()()()()()だ」

 そう答える総料理長は顔を真っ青にして身体を手で摩った。



 後日。マデリンの料理オンチがどれ程のものか同僚達が試しにホワイトソースを作らせてみたら……


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が産まれた。


 ホワイトソース()()()()()を見た途端、同僚は悲鳴を上げ、調理場の近くに偶々通りかかった騎士団員達が彼等の悲鳴を聞いて駆け寄り、新種のモンスターと勘違いをしてしまい、大慌てで団長を呼び……その日、城は大騒ぎとなった。

 以降、マデリンには『料理作り禁止令(サンドイッチ等の簡易な料理は可)』が国王直々に命令されたと言う。


















 そんな未来がある事を露知らず、マデリンは受付をしたり、ワインやカクテルを運んだりしていた。

 煌びやかなドレスや宝石、美男美女の集まりにマデリンは思わず目尻を下げる。庶民のうら若い少女達とって憧れる世界ではあるが、あの煌びやかな世界の裏は、血と策略に満ち溢れている事など、少女達は何も知らいだろう。

 最後の一つであったカクテルを客に渡すと、マデリンは休憩の為に裏方に戻ろうとした時だった。


「マデリン!!」


 自分の名前を呼ばれたと思うと、盆を持っていた方の手首を誰かに掴まれた。お陰で持っていた盆を落としてしまった。


 マデリンの腕を取ったのは整った顔立ちの男だった。

 衣装から恐らく他国の王族、それも国王ではないかと思われる。彼の背後には彼の細君なのかどこか影のある可憐な女性が緊迫した表情をしてマデリンを見ていた。


「ウチの侍女が何か粗相をしましたか?」

 騒ぎを聞きつけ駆け寄って来たのはこの国の王太子。


「あ、ああ……知り合いに似ていたものでつい」

「それならば早急に彼女の腕を離してあげて下さい。強く握り過ぎて彼女痛そうに顔を歪めていますよ?」


 王太子の指摘に男は慌ててマデリンの腕を離した。王太子は視線でマデリンを下がる様に命じ、マデリンは落としたお盆を拾い上げると、一礼し早歩きでその場を去った。










「マデリン! 災難だったわね!!」

「恐かった……私の名前を呼ばれた時、一瞬心臓が止まるかと思ったわ……」

 裏方に戻ったマデリンは友人達に囲まれ、安堵の余りその場に腰を抜かしてしまった。


「本当に災難だったわね。貴女が()()()()と同じ名前・同じ髪と眼の色をしていたから、何時か関わるんじゃないかと思ったけど」

 先輩の侍女が腕を組みながら煙草を吹かしていた。


「例の令嬢?」

「そう言えばマデリンは貴族とは言え、かなり田舎の方から来たんだよね?」

「だったら分からないか……」

 頭に幾つもの?マークを浮かべるマデリンに、友人達はお互いの顔を見合せながらマデリンにあの国王夫婦達の事情を説明した。





 先程のマデリンの腕を掴んだのはキャッスル国の国王で、キャッスル国王の後ろに居た女性はキャッスル国の王妃だ。

 この二人が結婚する時あるゴタゴタが起きた。


()()()()()()()()!?」

「正確には王妃様は異母妹ね。母親は庶民出の元愛人。元婚約者様は愛人の子供である妹の存在を知らなかったみたい」


 元々国王は王妃とは違う他の令嬢と婚約していた。身分も器量も文句がない、王妃としての資質もある女性だった。

 性格も大変温厚で貴族・庶民関係なく大変好かれていたが、一部妬んだ令嬢達がいた。


 令嬢達は元婚約者を陥れる為に国王直属の兵士を買収し、偽りの罪をでっち上げた。でっち上げる最中に、王太子(今の国王)がとある庶民出の少女(今の王妃)の事を気にし始めたと知った令嬢達。そこで令嬢達は、その少女を王太子妃に祭り上げようと計画に組み込んだのだ。





「どうして?」

「庶民出の王妃様では貴族と王族とのパワーバランスが崩れるから、側室として自分達が後宮に入る事が目的だったみたい。あわよくば自分が跡取りを産んで、王妃の座を奪い取るつもりで考えていたそうよ?」

「――――なんて浅ましく、愚かな考え」

 マデリンは絶句して思わず口を両手で覆った。同僚達も彼女と同じ気持ちなのか不愉快そうに眉を顰めて頷いた。


「その計画が他国で知られていると言う事は、その令嬢達の計画も失敗したと言う事でしょ?」

「そう。騒ぎを聞き付けた国王様の両親――前国王夫婦――が駆け付けて、改めて調査し直したの」

「それでその令嬢達の計画が発覚。罪を捏造した兵士は激戦地の前線に配置。令嬢達の家はお取り潰し。令嬢本人達は山奥の戒律がかなり厳しい修道院で一生を過ごすみたいよ」

「令嬢達はそこで内職をしながら元婚約者への莫大な慰謝料を払い続けなければいけないの。……まあ、本人がいないから現在は公爵家が管理しているみたい」


「その元婚約者はどうしていなくなったの? その……王妃様と異母姉妹だった事が関係あるの?」

 マデリンの疑問に周りの同僚や先輩達は言い難そうにお互いの顔を見合わせた。




 ある日、元婚約者と親しくしていたとある国の姫君に元婚約者だった令嬢が手紙を送った。

 手紙には()()の一言で済ませない程の憎しみと悲しみと怒りに溢れていた。


『彼女と私の年齢は二つしか離れていませんでした。そして前から彼女の誕生日を聞いた私は驚愕しました。

 彼女が生を受けた日は()()()()()()()()()()()です。

 あの日の事は良く覚えています。母は苦しそうに呻き、大量の汗を流しながらベッドに横になっていました。無力な私は何もできず、ただ母の手を握って励ましていただけでした。


 母は譫言(うわごと)で何度も父の名を呼び続けました。その声が少しずつ小さくなっていくのを感じ、私は母の死期を察しました。

 せめて早く父と母を会わせてあげたいと思い使用人に早く呼ぶ様に命令しました。

 だけど父が来たのは母が息を引き取って一時間の事でした。

 あの時は何度も父を詰り続けました。『何故早く来なかったか』と。


 父は心底申し訳なさそうに『来る途中土砂崩れで道路を塞がってしまい、遠回りになってしまった』と沿う言い訳しました。

 最初の頃は父を怨みましたが、自然災害のせいだし母の死をとても悲しんでいましたから成長するにつれて仕方がないと心に折り合いを付けて父を許しました。


 しかし、父があの日母の死に目に会えなかったのは土砂崩れに巻き込まれたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()から遅くなったのです!!


 使用人に何度も帰る様にお願いしたと言うのに父は頑として帰ろうとせず、母が亡くなったと()()()()()()()()()したのです!!!!


 信じられない! 何故あんなにも父を呼んでいた死に際の母を見捨てたのか! 何故愛人は母の元へ行くように父に言わなかったのか! あの特待生はその事を知っているの? 殿下は特待生の事を、父の事を知っているの? 知っている上であの方と結婚したいと言うの? それだったら母は、母は一体何の為にあんな男と結婚したの? 私は何のために王太子の婚約者になったの!? 私はあの人達の操り人形じゃない!!!!』













「な、何それ……」

「元々公爵と愛人は恋人同士だったけど、夫人の両親から縁談の打診があったから泣く泣く別れたみたいよ」

「でもさ。夫人の両親は『添い遂げたい相手がいるなら断っても良い』て言って打診したその日に言ったらしいわよ? それなのに再開した後直ぐに不倫をして、妻の死に目にも会わず愛人の子供の出産に立ち会い、無事産まれても直ぐに帰らなかったのよ?

 王妃様と国王様はその事を知らなかったみたいだけど、元婚約者様はそれを知った時どれ程絶望した事か……」




 姫君は急いで親友の元へ向かったが、彼女は屋敷に居らず部屋に手紙が一つ残されていた。


『もう、誰も信用できない。皆汚い気持ち悪い』


 それが彼女の遺書と思われる手紙だった。



 公爵家だけではなく、王家も捜索したが手掛かり一つもなく。王家は五年後に令嬢の捜索を取り止めたが、公爵家は未だに捜索を続けているらしい。


 その後王子と特待生はそのまま結婚する事となった。

 愛人とはいえ、公爵家の血を引いているし、国内中の貴族がいる目の前で結婚の宣言したのでやむなくだ。


 特待生の王妃教育は当時の王妃を加わって、苛烈極まる程の厳しい教育を特待生に施した。

 幸いな事に特待生は自分がした事の重大さを分かっており、王宮から逃げる事はなく、国民にお披露目する時には何とか及第点を貰える事となった。


 貴族の中には王子と特待生は騙された被害者と見ている者が少なくはなかった。大多数の貴族・国民は『一番悪いのは公爵とその愛人が一番悪い』と認識している。


 娘への不義理を知った夫人の実家は大激怒。その上、孫娘まで行方不明になってしまったと知った夫人の実家は、公爵家と縁を切り、夫人の遺品や孫娘の所持品を全て奪った。それこそ髪の毛一本も残さぬ程だった。

 その後爵位を返上し、夫人の母親(令嬢の祖母)の母国へ一族全員移住してしまった。勿論可愛い娘を憎き男のいる領地に一人残さず、棺を掘り起こして再度母親の母国へと埋葬した。

 国を出るまでの間、夫人の両親やその兄弟は公爵達の憎しみの言葉を絶やす事はなかった。


 その後再婚して直ぐに愛人――今では公爵夫人だか周りは『後妻殿』と陰口を叩かれている――は男児を出産するが、その教育を夫婦で一切関わらせる事を禁止された。

 禁止したのは先代公爵夫婦――元婚約者から見れば父方の祖父母――だった。

 先代達は息子が嫁への惨い仕打ちに激怒し、嫁の実家に老体に鞭を打って土下座して謝りに行った。

 その後産まれた孫の為に、隠居先から公爵家に戻って来て厳しく孫を躾、息子夫婦と孫が接触する事を極力なくした。


 当時息子に恋人の存在を知らなかった先代夫婦は(まぁその恋人と言うのが貴族の人間ではなく庶民だったから無理もないが)縁談の時は息子の意思を尊重し、彼の意志で縁談を勧めたのに、愛人の件で先代達が息子へ問い質した時に『アンタ達が無理やり俺を結婚させたのが悪いんだ!!』と責任転嫁されたら誰だって怒りたくもなる。

 使用人も自分達に優しく接してくれた夫人へのあんまりな仕打ちや、母親に似て気遣い上手のお嬢様が失踪した原因である公爵と後妻を決して許しはしなかった。

 先代夫婦の孫への躾に協力し、公爵家の跡取りを一緒になって立派に育て上げた。


 その跡取りは成長するにつれて自分の親が異母姉とその母親に対する惨い仕打ちを知り、両親を軽蔑する様になった。

 ただし同腹姉に対して両親とは逆で、自分の力で名門の学園に特待生として入学し、批判が多い中で王妃として立派に公務を遂行している姉を尊敬し、交流している。

 だが、一緒に暮らしている自分の両親は義務的に最小限の接触をしているだけで、相手がどんなに話し掛けてきても無視している。彼から話しかけてこなければ、一週間両親と会話しない事も珍しくはなかった。

 噂では公爵家を継いたら直ぐに両親を、今は亡き祖父母が隠居していた田舎の別荘に押し込めるつもりでいた。それを知った両親は止めて貰える様に幼い彼に媚を売っていると囁かされている。







「跡取り君は確かまだ十歳じゃあない。そんな子供に大の大人が何やってんのて感じ」

「まあ、噂だからかなり大袈裟に噂されているもんよ」

「……それで王妃様と国王陛下は何のお咎めなし?」

 他国の王族とは言えあまりにも不敬過ぎるマデリンの質問にも、先輩は丁寧に答えた。


「流石に無罪放免じゃあないわね。王妃様はさっき言った通り厳しい王太子妃教育を受けさせられたし、前の婚約者様がかなり優秀な人だったから、今でも比べられているわよ。

 国王様も『あんな良い人を見捨てて……』『もしかして公爵の事情を知った上での婚約破棄か』て陰口を叩かれているらしいわよ。まあ、かなり無難に治めているからそこまで国民の不満はないけど、失敗は一度でも許されないわね」

「そう言えば、姫様今回の誕生日会あの二人が来るのを反対していたわね。『元婚約者様を捨てた奴等を何故呼ぶのか!?』って」

「姫様小さいけど潔癖な方だもんね~。でも其処はホラ、外交の問題とかあるからさ」







「貴女達! 休憩はもう終わりですよ!」

 話が盛り上がっている時に侍女頭が、腰に手を当ててプリプリと怒っていた。


「ヤッバッ!!」

 同僚や先輩達は慌てて休憩を止めて持ち場へと戻った。マデリンも彼女達の後を付いていこうとしたが。


「マデリン。今日の所は帰りなさい。例の二人が未だに貴女の事を気に掛けているみたいだから、念の為に。料理長達には説明済みだから調理場の裏口から帰りなさい」

「すみません……」

 マデリンは侍女頭に頭を下げ、調理場の裏口から出る時は調理長達にも頭を下げて城を出ていった。














 突然であるがマデリンは既婚者である。


 夫は城下町の端の小さな医院をやっている。

 医者だと言うのにボサボサ頭の隈が酷い眼鏡を掛けた男だった。野暮ったく無愛想な男であるが医者としての腕は確かだ。

 流石に深夜なので医院は閉まっているが、急患があればどんな時間帯だろうが往診するが、今日はその様子はない。まぁ彼の患者は近所のお年寄りか、風邪を引いた人が薬を求めて医院に来る程度で、殆どの患者は国が運営している大きな病院の方を受診するので、基本的に閑古鳥であるが。


「ただいま~」

「おかえり」

 夫は振り返りもせずマデリンを出迎える。何やらカルテを書いているのか熱心に何かを書いていた。


「アナタ何をやっているの?」

「仕事の準備」

 妻の質問に素っ気なく答える夫。しかしそれに慣れているのかマデリンは背後から夫を抱きしめた。


「おい、邪魔だから離れっ」

「今日()()()()()()()()と再会したの」

 嫌そうに顔を顰めた夫が妻の一言で大きく眼を開く。

 振り向くと妻の顔は顔面スレスレにあり、その顔は心底嬉しそうな顔だった。


「……バレたのか?」

「いいえ。流石に腕を掴まれた時は()()()()()()()()()、顔を見たら直ぐ人違いだと()()()()()()くれたわ」

「そうか」


 夫は嬉しそうに鼻で笑い、身体を妻の方へと振り向いた。夫は愛しそうにマデリンの頬を撫でる。

「此処まで完璧に()()()と真逆に整形したのだから、二人には分からなかったのだろう。いや、王族平民関係なくこの国に居る人間には分からないだろうな。この女が()()()()()()()()()()()()()()











 突然だが、元婚約者であるマデリンと此処に居るマデリンの容姿について言及しよう。

 髪と眼の色は二人共同じ銀髪に蜜柑色の瞳をしているが、顔そのものは全く違っている。


 例の国王と婚約していたマデリンはパッチリとした眼、彫刻の様な高い鼻等、彫が深くパーツの一つ一つがハッキリとした顔だ。


 しかし此処に居るマデリンは全く違う。

 眼は眠そうに瞼が垂れており、鼻も低い。全体的に顔のパーツ全てが丸い。ブスではないが美人とは言えない平凡な顔だ。




 だがら夫以外の人間は絶対に二人の『マデリン』が()()()()だと信じないのだ。





「私も噂を聞いた時は信じなかったわ。だって『()()()()()()()()事が出来る医者』だなんて存在する?」

「その噂を信じて俺を探したお前は、とんでもない酔狂な女だと思ったよ俺は」




 男は人の顔を弄くり別人に変える事が出来る程の腕前を持っていた。

 ただ、手術後かなりの激痛を伴う事と犯罪者が悪用される可能性が高いと言う理由で、大々的に宣伝はしていない。……と言うのは建前で。

 本当は国専属の医師になったら自由に()()()()()()()()()()()




 彼は自らによって人の顔を自由に弄くる事に快感を覚える希有な性格(変態)の持ち主だった。

 特に美しい顔を醜い顔に整形する時は射精したくなる程のエクスタシーを感じるド変態男だった。

 もし国専属の医師になったら自由に顔を弄れなくなる。そもそも大きな傷跡を消す為とかなら兎も角、何の傷もないのに顔を変えるとは親不幸でけしからん! と言う世間の風潮があるので、余計に彼の本業を表ざたにする訳にはいかなかった。(彼曰く『だからこそ良いだろうが』と言うが)


 彼の噂を聞いて偶に人が来るが、精々眼を大きくしたり鼻を弄ったりする程度で彼が満足できる程ではなかった。

 そんな時に彼の元に『()()()()』しかも『()()()姿()()()()()()()姿()』を希望する美しい令嬢が依頼してきた。

 それがマデリンである。



 マデリンから粗方の事情を聞き、彼は改めて聞いた。

『本当に良いのか? その顔は母親そっくりの顔だろ?』

『ええ。この顔を捨てる事はお母様を裏切る様で心苦しいけど、捨てない限り殿下と生家(ロクデナシ)達に捕まる確率が高いわ。それに……』

『それに?』

『……私とお母様の肖像画はそんなに多く描かれていないわ。王家の習わしで『王太子妃になる令嬢の絵姿は正式に決まるまで描いてはならない』とされているの。病気や家の不祥事で婚約を取り消される可能性があるからね。お母様はあんまり自分の肖像画を描かれるのが苦手な方だぃたから、指で数える程しかなかったの。

 恐らく母方のお爺様とお婆様が私とお母様の肖像画を全て奪い取るわ。あの人達の性格上、お父様(最低野郎)から私達の物を置いて、国を出る人達ではないわ』

『……成程』


 つまり彼等にとってマデリンと彼女の実母の肖像画を奪われた後、己達の記憶でしかもう彼女達の姿を思い起こす事が出来ない。

 しかし、記憶は年月が経てば経つ程薄れてしまうモノだ。

 彼女達の声を、彼女達がどの様に笑ったのを、彼女達の匂いを少しずつ忘れていく。


 公爵家は分からないが、少なからず殿下と特待生は辛いだろう。特に殿下は付き合いが長い分苦しい筈だ。


『……良いだろう。だが、手術中に命を落とすかもしれないし、手術後は激痛を伴う。それでも良いか?』

『構いません。この世に未練なんてありませんから』



 そうして十時間以上の手術を成功し、包帯が解かれるまで彼の家へ入院していた。(医院の方だと他の人間にばれるからだ)

 やはり相当な苦痛だったもので、王太子妃候補であまり感情を表だって出さない様、教育されていたマデリンだったが、入院中は苦痛の呻きを毎日呻いていた。


 そんなマデリンを彼は看病し続けた。

 勿論医者だからという理由もあるが、彼の念願の夢を叶えてくれたマデリンに感謝したのだ。

 世話をし続けている内に二人の間に少しずつ愛が芽生えていった。

 そしてマデリンの顔の包帯が全て取り除かれて直ぐに二人は夫婦となった。因みに戸籍は夫の知り合いに戸籍を新しく用意できる人がいて、地方の田舎から上京してきた没落した名も知られていない貴族の娘である『マデリン』が誕生した。







「それで? お前はどうするんだ?」

「どうもこうもしないわ。私はただの『マデリン』。『父親と婚約者に裏切られた哀れな美しい公爵令嬢のマデリン』ではなく、『天涯孤独で没落してしまった貴族の娘だけど、愛する夫と優しい仕事仲間のお陰で幸せな人生を送っているマデリン』なのよ? 異国の国王様なんて関わる事なんてもう一生ないもの」

 クスクスと子供の様に笑う妻に夫はフッと笑みを深めた。




「ところでさ。もし俺等に子供が出来たとして」

「突然どうしたの?」

「いや……もし俺達の子供が生まれたとしたらその子供は間違いなく親に似るよな……俺の整形した顔ではなく、整形前の元の顔として遺伝する筈だ」

 マデリンは夫の言いたい事が察したのか「ああっ」と一つ頷いた。


「大丈夫よ。さっき言ったでしょ? 私の肖像画は世間に多く広まっていないって。それにあの国とこの国は山を隔てているからそう簡単に行き来なんてないわ」

「呑気だなー下手したらお前連れ戻されるかもしれないんだぜ?」

「そ・の・と・き・は」

 マデリンは夫の耳に甘噛みをして甘えるように彼の耳元で囁く。


「その時は私の様に子供の顔を変えてね。……二度も『私』の顔を弄れて貴方も嬉しいでしょ?」


 子供の人権無視のとんでもない話をする妻に男は一つ溜息を吐く。


「……そこは『一緒に逃げてくれる?』だろうが?」

「あら! 一緒に逃げてくれるのね!」

「当たり前だろ。夫婦なんだから」

 子供の様にはしゃぐマデリンの身体を横抱きした旦那は寝室へと姿を消えて行った。




「所で明日休みだけど、久しぶりに朝食は私が」

「駄目だ!!」













 後にとある王国の下町で双子の男の子と女の子が産まれた。

 その子達は成長するにつれて見惚れる程美しい青年となっていった。両親に似ていない二人は、一時期近所の人達から母親の不貞の噂が流れた。が直ぐに噂は払拭された。

 と言うのも母親の父――双子にとって祖父に当たる人物――の遺書が彼の死後、直ぐに見つけ出された。


 そこには双子の祖母である『マデリン』が、この国でも有名なとある異国の公爵令嬢張本人である事。祖父の手によって顔を別人に整形した事。自分達の子供が幸いな事に祖父に似た顔であったが、孫に当たる双子が整形前の祖母にそっくりだった事。双子達の美貌は母親()の不貞のせいではない事が書かれていた。

 証拠として祖母の整形した時のカルテと祖母の形見であるカメオを残した。


 そのカメオは祖母の母親が自分の母親に譲り受けたカメオで、まだ生存していた曾祖母の弟からの確認も取れた。

 その後、祖母が受け取る筈だった莫大な慰謝料を公爵家から受け取った双子は、両親と長い間相談した結果、貧困層の人間にも治療が受けられる病院を建立したり、孤児院に寄付したり自分達にはお金を使わず、全て世の中の為にお金を使った。


 その業績と庶民の血を引いているとは言え、公爵令嬢の血を引いている双子を王族・貴族達が捨て置く訳がなく。


 その後色々な事があり、双子の女の子の方は祖母の故郷の第三王子と、双子の男の子の方は双子達の母国の第四王女と結婚し、幸せに暮らしたという。








 因みにどう言う訳か双子達はそれぞれの伴侶から料理禁止令が出され、二人の両親は『そこも祖母に似たのか』と頭を抱えたと噂されている。













 そのシンデレラストーリーは自国だけではなく他国でも有名となるが、それ以上に祖父の整形の技術が有名となった。

 その技術は己の容姿で悩んでいた人々の心を癒したと言う。


婚約破棄物で逃げたいのに逃げれなかった話が偶に見掛けるのですが、逃げ切れるにはどうすれば良いか? と考えたらやっぱり顔を整形して別人の様になるしかないと思いました。

特に婚約破棄物の主人公ってかなりの美少女だと思うので、真逆の顔にすればバレないと思うのです。


因みにどうして現代物ではなく異世界なのかと言うと、美容整形が知られていないからの理由です。中世ヨーロッパの世界観で現代の美容整形技術があるのかと言う、疑問に関しては『異世界』だからと言う理由でお願いします。


殿下達があんまりざまぁされていないと思われる方がいると思いますが、婚約破棄程度で廃嫡されてり国外追放されたりしないよね。本当の権力者なら、な問題を有耶無耶する等して王子を守る位はすると思って今回の様になりました。

ただ、当の二人はかなりの善人なのでマデリンの仕打ちに後悔しますが。


続編を書くとしたらマデリンの孫二人のお話になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直、途中から誰が誰だか分からないほど文章が滅茶苦茶になってました。
[一言] あらすじの 公爵令嬢が追ってから は誤字のツッコミを入れてもいいところなんでしょうか?w 追っ手
[良い点] 【整形手術】という方法で、元婚約者たちの追跡を振り切ったという話が新鮮でした。 主人公さんと旦那さんの会話のやり取りがよかったです。 [一言] はじめまして。 こういうタイプのストーリー…
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