第九話
「一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何だ」
愛美の言葉を何とも思わないような表情で青龍は答えた。
校舎の屋上に気持ちの良い風が通りぬけた。その風に沙羅は身を任せた。
「神には四神の他に十二神将がいると我が神社に伝わっています」
「ああ。居る。基本的に人間を主としないがな」
「へぇ…」
質問をしたのは愛美の筈なのに、沙羅のほうが感心してしまった。
「とりあえず、朱雀の媛と、白虎の帝を探し出さないとな」
青龍はため息混じりに言った。
その時、終業のチャイムが鳴った。
「やっべ!先公に怒られる!!」
純が慌てたように言った。沙羅も例外ではない。沙羅は青龍と向き合った。
「ごめん青龍!神界に帰す呪ってあるの?」
「無いわけではないが、教ない。それを唱えてしまえば、二度と私を呼び出す事
は出来なくなるからだ。いわゆる、強制送還だ」
「分かった…じゃあ、帰って」
沙羅は青龍をしっかり見据えて言った。
「何?」
「霊力の強い人に見えたら大変でしょ?」
「そんな奴はそうそういない。多少なり霊力があっても、見えない場合がほとん
どだ」
青龍は随分まともな事を言った。すると、玄武も青龍に同意した。
「つまりな、私達が見えるということは、四神の主の可能性が高いということじ
ゃ」
「だーっ!何でもいい!!一緒に来い、玄武」
純が喚いた。沙羅も青龍に言った。
「行こう、青龍」
その言葉を合図にら愛美が階段のドアを開けた。
『やっぱり帰らない?』
沙羅は国語の授業中、小声で隣に立っている青龍に言った。
だが、青龍は軽く首を横に振っただけだった。
沙羅は小さくため息をつき、三列右を見た。そこに座っている純の隣にも玄武が
立っていて、護っているように見えた。
ノートを取ろうとして何かの視線に気付いて顔を上げた。
『どうした?』
青龍が語りかけて来たが、応えられない。鼓動が速くなる。
6月でまだ涼しい筈なのに、嫌な汗が背中を伝った。
言葉を失い、純に目をやると、彼も何かを感じているようだった。
「せ……」
青龍、と呼ぼうとしたが声が出ない。喉が締め付けられるような感覚。
否、首を締められるような感覚。
苦しい…
『どうした?』
再度の問い掛けに沙羅は、金縛りが解けたように楽になった。
「…っか……はっ…」
上手く呼吸が出来なかった。すると、青龍は霊体の手で優しく沙羅の頭を撫でた
。
『青龍…』
『どうした?何か感じたのか?』
沙羅は小さく頷いた。そして、純を見た。
『純もか?』
青龍は玄武に問い掛けた。聞こえざる声で。
『ああ。その様子だと、沙羅も何かあったようじゃな』
純は流れ出した汗を拭った。沙羅も、ハンカチで首の下を押さえた。
そのハンカチを見下ろして驚いた。
血だ。
咄嗟に沙羅は自分の首の回りを触ってみたが、傷らしきものはない。異常だ。
『青龍…どうしよう…』
沙羅は動揺した目で、青龍を見上げた。すると彼は、首を横に振った。
『落ち着け。大丈夫だ』
静かな口調で言った。
沙羅はゆっくりと頷いた。