第四話
一瞬、気を失ったかと思った。
否、身が軽くなったと言うべきか。
あまりの気持ちよさに沙羅は、目を瞑った。
すると、少し重力を感じる。
「っ…」
地に足が着いたのか?
思わずよろける。
そっと目を開ければ、夢で見た乳白色の世界だった。
「わ……」
夢で見るよりもずっと綺麗で、見入ってしまった。
そのとき、背後から声をかけられる。
「随分と遅かったな」
「んなっ!?」
咄嗟に振り返ると誰かが立っていた。
「あなた…」
「まさか…俺が分かんない、とか無いだろうな」
「その声!」
沙羅は思わず声を上げてしまった。
聞き覚えのあるその声は、夢で聞いた声。
「じ…じゃあ、あなたが青龍…」
その少年の背丈は大きく、身長160センチの沙羅を悠々と抜いていた。
軽く頭を持ち上げなければ話せない。
少年の前髪は長く、脇に寄せてあった。
また、後ろ髪も同様に長く、漆黒の髪は高い位置で一つに結い上げてあった。
着物は紅の陰陽師のような身なりだった。
彼は、薄氷色の光を纏っており、やはり夢の人だと確信する。
「青龍」
沙羅は話を切り出した。
「一体、あなたは何なの?何がしたいの?」
「俺か?まあ、率直に言えばここを守ってほしい」
「ここ?」
再度、あたりを見回す。
「馬鹿。神界のことだ」
「って言われても、神界がどこだか知らないし。第一、守るって何よ」
それに…と言葉を続けた。
「私には関係ない。神界がどうなろうと私は困らないじゃない」
「お前…本気で言ってるのか?」
青龍の顔つきが変わった。
すると、いきなり沙羅の腕を掴んだ。
「った…」
予想外の力の強さに顔を歪める。
「来い。神界を見せてやる」
「ちょ…っ…」
ぐらりと視界が回った。
ふっと腕が放された。沙羅はその腕をさすりながら立ち上がった。
「え……?」
目の前に現れたのは楽園としか言いようのない風景だった。
「すごい…」
圧倒される。
「これ…楽園みたい…」
青空に花畑。それに、沢山の子供達。
「これ…平和としか…」
「平和に見える、か…やはり、人間だな」
「ちょっと、何よ!」
青龍の勝手な物言いに憤慨する。
「ここは平和かもしれない…だが、これの正反対も在るのだ」
「正反対…?」
「ここの子供らは人間界で死んだ子達だ。守護霊となるためにここで生活している」
「それって良い事じゃないの?」
子供達を見ている青龍の目は悲しかった。
沙羅はその横顔をのぞき込みながら言った。
「それだけ人間界で死んだ子供が多いということだ」
「――――っ」
「残念なことに、神界と人間界は共存している」
「共存?」
「ああ。今、人間界は破滅の危機にある」
「地球温暖化、とか?」
すると、青龍はふ…と笑った。
「人間らしい物言いだな」
「じゃあ何よ」
青龍は沙羅と向き合って言った。
「何故、地球温暖化が進んでしまっているか知っているか?」
「え…っとそれは、二酸化炭素とか…」
急な質問にしどろもどろになる。
「そんなものではない。確かに科学的にはそうかもしれないが、それを引き起こしたのは神界で堕ちた神擬きだ。それを信じた人間は、過ちを犯し続けた」
「なん…」
見下ろしてくる青龍の瞳は限りなく澄んでいた。
その瞳に映った自分を見ていた。
「じゃあ…神界が駄目になれば、人間界も駄目になってしまうのね?」
「ああ。やってくれなければ、困る」
沙羅は少し目を伏せた後、青龍を直視した。
「分かった。やるわ」