第十話
最終章です。
最後がどうなったか、どうぞご堪能ください。
翌日、それぞれの神の部屋で休んだ主たちは、再び神審の部屋に座していた。
話があると言う。
「何だろうね、話って」
沙羅が隣の青龍に語りかけると、彼は反射的に目をそらした。
一体どうしたと言うのか。
「待たせて済まない」
一言だけ告げ、入ってきた審神はいつもとは全く違う着物を纏っていた。
一目見るだけで、絹と分かる布を肩から掛け、その下の着物は紫だ。ところどころに何か文字が書いてあった。
「おい。話って今後の事か?」
審神が口を開くよりも早く、純は言った。和美は隣の朱雀の着物を握りしめている。
何となく、分かっていた。
この後の事が。
「人間である君たちを巻き込んでしまったことは、審神の私が深く侘びる。済まなかった。そしてその礼というのも何だが………」
その場にいた人間全員が先の言葉を待った。だが、四神は俯く。
しばらく沈黙が続いた後で、重い言葉が紡がれた。
「四神の主たちの記憶を全て無くしてから人間界に戻そう」
「な……!」
純は絶句した。沙羅たちも同様だ。
「止めて下さい!お願いです!私、朱雀を忘れたくない………」
和美は泣き出す寸前で叫んでいた。彼女の言葉に、沢も言葉を重ねる。
「俺も…白虎と過ごした時間は短かったけど、忘れたくない大事な思い出だ。俺達の記憶を勝手に消さないでくれ…!」
だが、その言葉にさえ審神は無情にも首を横に振った。
和美は泣き崩れていた。
無理もないだろう。姉のように慕っていた相手だ。
過ごした時間は短いが、その中身は色濃いものだ。
「この事を覚えていれば、いずれ人間としての未来に影響してきてしまう。記憶は全て消させてもらう」
四神は最初から知っていたのだ。『鬼』を滅した後にどうなるかを。
「俺達から大事なものを奪わないでくれ…」
純の消え入りそうな声が、俯く沙羅の耳に届いた。
しかし、沙羅は沈黙を続ける。
自分がどうこう言っても、何も変わらないと分かっていたから。それに、季立も分かってくれている。そう信じていたから。
「済まない………」
審神の声を聞いたのはそれが最後だった。
ふ、と意識が飛ぶような感覚に捕らわれたから。
体から力が抜ける。
最後に視たのは、蒼い空だった気がする。
本当に深い蒼。
それが何だか分かったから、呟いた。
「青龍…愛してる……」
☆
晴天。
抜けるような青空だ。
そこに、長い黒髪を風に遊ばれる一人の女性が居た。
「晴れて良かったわ…雨でも降ったらどうしようかと思ったけど」
五年前と何ら変わりのない校庭を見下ろしながら、彼女は一人で呟いていた。
彼女の服装は、薄い青の膝丈ドレス。正装だろう。
そして、右手には一枚の手紙。
宛名は「渡辺 沙羅様」。
「しかし、あの沢が和美ちゃんとねぇ……いろんな意味で親戚になっちゃったのね」
大きく背伸びをした後で、もう一度手紙を読み直す。
何度読んでも笑みがこぼれてくる。
『六月十四日 このたび私達、結婚式を挙げる事になりました。
荒井 和美
渡辺 沢 』
いつからそんな関係になっていたのかと、純は電話で沢に問いただしたらしい。
それ以前に、純と沢の繋がりを疑問に思うべきではないのだろうか。
「まぁ、それも有りかなって思うけど」
そんなこと言ったら、純と愛美ちゃんだってもう付き合って四年になるんだから、さっさと結婚しちゃえばいいのに。
沙羅は今日の式で、笑いながら純と愛美に言ってのけた。
覚えているのだ。全て。
沙羅にとって、あれは夢ではない。
審神も季立も四神も、実在していた。
純や和美や沢、それから愛美までもが忘れていたけれど。
ペンダントは、無い。
だが、全ては沙羅の記憶、思い出、そして一生残るであろう傷が、在る。
それだけで十分だ。
純達に、思い出させるような事も言っていない。
思い出したってしょうがないし、思い出せないだろうから。
「でもさ。私、このまま結婚するつもりないよ?消すならちゃんと消してくれなきゃ。本当に結婚できないじゃない」
軽くため息をつき、空を仰いでみる。
やはり、彼の名前は呼んでいない。
でも今日だけは。
今日だけだったら、呼んでも良いと思う。
「ねぇ……青龍…」
ふわり、と。
背後で風が動いた、気がした。
「全く、青龍ったら。こうなること知ってたんだったら言ってくれればいいのに」
フェンスに頬杖をついて、文句を言ってみたりする。
仕方のないことだけれど。
「青龍の馬鹿……」
「馬鹿で悪かったな」
「は?」
思わず素っ頓狂な声があがってしまった。
屋上には、沙羅一人のはずだ。それがなぜ。
「せっかく名前を呼ばれたと思ったら、馬鹿とは」
振り返るのが恐い。
これが幻聴だったら?
声さえも消えてしまったら?
「何だ?人を呼んでおきながら」
硬直した沙羅は背後から、抱きしめられる。
このぬくもりさえも、幻覚か?
そんなことはない。
「青…龍…?」
「何だ?」
ぬくもりが、離れる。
それを追うようにして振り向いた。
「あ……」
沙羅の瞳は確かに、青龍を捕らえた。
だが、それは五年前とはだいぶ違っていた。
長かった髪は肩の上まで切られているし、瞳も黒い。それに、着物ではない。洋服だ。
「どう…して…?」
「審神に頼んだんだ。人間にしてくれと」
黒い瞳でさえ、蒼く見えて。
「沙羅の記憶が消えなかったから、人間になれた」
抱きつく。二度と離れないように。
ぬくもりが、消えてしまわぬように。
「お帰り、青龍……」
鼓動の…
生きている音がする。
「ただいま、沙羅」
「神人な恋人」終了です。
ああ、終わってしまいました…。
この後、後書き・番外編で締めくくりたいと思います。