第九話
だが、沙羅の体は優しくま力強い腕に抱き留められた。
「青龍…ありがとう…」
「あまり無茶はするなよ」
沙羅はしっかりと彼の瞳を見る。深く、蒼い。
ゆっくりと屋上に着地すれば、純達が心配そうに駆け寄って来た。
「大丈夫か!?って言うか、あの鬼……」
純の指差す方を見れば、立秋が鬼を屋上に下ろしていた。
漆黒の瞳に戻った沙羅はそっと歩み寄ると、瞼を閉じた鬼の額に優しく触れる。
すると、僅かに目が開き、金の瞳が揺れた。
そんな沙羅と鬼のやり取りを、全員が黙って見ていた。
沙羅は鬼の隣に腰を下ろし、その前髪に触れてやる。
「なぜ……分かった…?」
「なんでだろうね……あなたの記憶…気持ちが分かったから、かな…」
「き…もち…?」
おぼつかない舌で、彼は小さく呟いた。小さすぎる声は、沙羅だけに届く。
鬼は自分の前髪を撫でる沙羅の手に、自分の手を添える。温かく、優しい手だ。
「名前は?あなたの名前。教えて……」
沙羅は彼の耳元で囁いた。
「俺の名前は…きさらぎ…如月だ……」
「如月…良い名前ね…」
如月は、ああ、と言って安心したように瞳を伏せる。そして、動かない。
「………っ……」
ぱたりと、未だ温かい如月の頬に一筋の涙が落ちる。彼の天命はとうに尽きていた。彼を生かしたのは、念だ。
「さよなら……如月…」
哀れな神よ。
「よくやってくれたな、四神とその主らよ」
審神は厳かに告げる。だが、沙羅達の表情は暗い。
今、沙羅、純、和美、沢そして四神は神界に居た。
「どうした?何か不満な事でもあったか?」
「審神…どうして神として育てた者を『神』として扱わなかったのですか?」
沙羅は俯いていた顔を上げ、漆黒の瞳で審神を見据えた。挑戦的な光を放っている。
「如月の事かな?」
低く、しかし穏やかな声が耳朶に響く。
「如月は…強すぎたのだよ、沙羅。あやつは死者さえもを蘇らせてしまう力だった」
息を呑む音が緊迫した空気に染み渡る。沙羅は無意識に青龍の袖を掴んでいた。
「危険だったのだよ。あまりにもね…人間に泣いて欲しくないと、生命の理を侵してはならない」
「生とは、失われて行くものだ。安易に覆してはいけない」
審神の言葉を受け持ったのは青龍で、沙羅はその瞳を凝視する。
すると、今までの空気を覆すように審神が明るく言う。
「さあさあ。四人の姫と帝よ。疲れたであろう。今日は神界でゆるりと休んでくれ」
気が重い。
「本当にこれでよかったのかな…」
薄暗い青龍の部屋に、沙羅の問いが満ちる。
「よかったのだと思う。それに如月は沙羅、お前に救われた」
「そう…かな?」
「ああ」
そっか、と呟いた後で沙羅は小さく笑った。
「そういえば、さ…青龍、朱雀の事好きなんでしょ?」
「……その話しか」
いらついたように舌打ちしてから、青龍は沙羅の瞳をじっと見つめた。
「それは誤解だ、沙羅」
「誤解…?」
「俺は生涯、愛する者は違えない。それは……」
青龍の言葉が途切れると同時に、目の前が彼の蒼い衣色に染まる。
きつく、抱きしめられていた。
「お前だ、沙羅。お前が生まれる前から、ずっと愛している」
思いがけない彼の言葉に、沙羅は泣きそうになった。それを堪えながら、衣にしがみつく。
「……本当?」
「ああ。本当だ」
消え入りそうな声に答え、青龍は体を離した。
そして、どちらからともなく自然に唇が重なった。
「ありがとう……」
うーん。
とりあえず的な話しは終了…
と思います。
多分。