第三話
長らくおまたせしました。
(待ってないかもしれませんが)
「よお。傷はどうだ?」
無遠慮に入って来た立春を見た青龍は軽くため息をついた。
「何の用だ?」
「俺がお前に用なんかある訳ないだろ。立冬が何か話しがあるって言うからつい
て来たんだ」
「本当は一人で良いと言ったのですが…」
後ろから申し訳なさそうな立冬が顔を出した。
「話しか…手短にな…」
疲れた様子だったが、青龍は顔だけ二人に向けた。
立冬は青龍の茵に腰を落ち着ける。
立春も、青龍を警戒するようにして立冬の後ろに立つ。
「ではお聞きします。青龍様にとって、沙羅さんとはどういった存在なのですか?」
立冬の質問に青龍は軽く目を見張った。
しかしすぐに落ち着き、瞼をおろす。
「沙羅は…大切な人だ…」
「それは『主』としてですか…?」
「何…?」
青龍が聞き返すと同時に、立春が苛立った声をあげた。
「つまり、沙羅は恋愛対象じゃなかったって事だな?」
「…?」
青龍は怪訝そうな顔をした。今の話しは一体何の事なのだろう。
「青龍様の恋人は朱雀様なのですか…?」
「んな…ッ…!?」
立冬の思いもよらない言葉に、不意打ちを喰らった青龍は体を起こそうとする。
しかし傷に触ったのか、げほげほと咳込む。
「な…な…」
これは珍しい。
あの青龍がこれほど動揺しているとは。
「違うのですか…?」
立冬は今にも消え入りそうな声で尋ねた。
荒い呼吸を繰り返していた青龍は、落ち着いた様子で一つ息をついた。
「誰からそんなこと聞いた…?」
「お前が言ったんだろ?弓道場の所で」
「……盗み聞きか…悪趣味だな」
忌ま忌ましげに呟く。
「俺達じゃねぇ。沙羅だけどな」
「ですから、てっきり私達は…」
「っ〜…」
座ったまま、前髪をかき上げるようにして顔を隠してしまう。
青龍の顔は熱を帯びたように赤かった。
「どうやら違うようだが」
「そのようですね…」
「とんだ勘違いをされたようだな…」
倒れ込むようにして、布団に横たわる。
「大丈夫ですか?」
立冬が不安げに青龍の額に手をおくと、青龍は大丈夫だと言って払った。
「詳しく聞かせろよ。納得のいく説明を求めるぜ」
立冬の横に座った立春はにやりと笑った。
「私ってこんなに暇人だったっけ?」
机の椅子に腰をかけた沙羅は誰に聞かせるでもなく呟いた。
「立秋…」
小さく呟くが、何も起こらない。
前は、勉強の合間や寝る前に季立を呼び出して遊んでいた。
『用も無ぇのにわざわざ呼び出すんじゃねぇ!!』
何度も立春にそう怒鳴られた。
それでも、いいじゃないと他の三人は笑っていた。
本当に楽しかった。
青龍は呼び出しても、話しをするなんて雰囲気でもない。
「みんな…」
だから、当然のように季立を話し相手にしていた。
『私達はいつも、あなたの中に居ますから。困ったら呼んで下さい』
必ず応えますから。
そう言って、立冬は笑った。
でも、今はもういない。
呼んでも応えてはくれない。
そっと窓を開けると、風が入り込んできた。
「立秋…居る…」
気配はない。
返事も、ない。
「居ない…よね…」
無性に悲しくなってくる。
「…っ…せ…」
青龍。
そう呼ぼうとした。
しかし、自分は二度とその名を呼ばないと誓った。
たとえ、季立の名を呼んだとしても。
霊力を失ってからも、ずっと胸に在る。
桔梗印のペンダント。
あの時、鎖は切ってしまった。だから、今は銀色だ。
「会いたい……」
痛切に願う。
彼に会いたい、と。