第二二話
いくら待っても返事がない。
「青龍…?」
不思議に思った沙羅はそっと襖を開けた。
「あ…寝てる…」
なるほどと思いながら、部屋へと足を踏み入れる。
青龍は物書き机に伏せるようにして眠っていた。
「何にもない…殺風景ね…」
青龍を起こさないようにしながら、辺りを見回す。
がらん、とした部屋の隅の机には、大量の書物と花が飾ってあった。
『何で花だけ…?』
沙羅は変な疑問を抱いた。
「ぅ…ん…」
沙羅の存在に気付いたのか、青龍が目を覚ました。
「あ…ごめん。起こしちゃった…?」
「いや…」
青龍はまだ眠いのか、ぼんやりしていた。
しかし、沙羅が側に寄ると、僅かに目を見開く。
「それは…?」
「ん?ああ、これ?」
沙羅はそう言って自分の腕を、着物の袖と共に持ち上げた。
「朱雀から貸してもらったの。制服じゃ目立つからって」
「……そうか」
青龍は沙羅の方を向いたまま、ほお杖をついた。
結わずに流してある黒髪がさらりと肩から流れ落ちた。
沙羅はそんな青龍の横に正座して言った。
「どうかした?」
「いや…似合っているな…と」
「な…っ…!!」
沙羅は耳まで真っ赤になるのが自分でも分かった。
ドクン…
鼓動も、早い。
『っわ…私…どうしたんだろう……』
青龍らしからぬ言動に戸惑った。
「っ…くく…」
だが、肝心の青龍は可笑しそうに吹き出した。
「なっ…何よ!!」
沙羅はムキになって聞き返した。
「本当にお前は賑やかだな…」
そう言って、優しく微笑んだ。
それは、滅多に見せることのない笑顔。
沙羅も自然と笑みがこぼれた。
「ねぇ、青龍…」
「何だ?」
「あの…さ…」
沙羅が何か言おうとすると、青龍が机から顔を上げた。
「どう……」
どうしたの?
そう聞く前に、青龍は人差し指を自分の口にあて、静かにするように促した。
沙羅は素直に従う。
「?」
青龍は立ち上がると、襖を開けた。
だが、部屋の前には誰もいない。
「少し冗談が過ぎるんじゃないか?」
青龍は聞き取りにくいほど低い声で言った。
すると、誰もいない場所から明るい笑い声が聞こえた。
「まあまあ、何とも愛らしい姫様ですね…着物がよくお似合いになりますこと」
沙羅は正座をしたまま、きょとんとしていた。
「天后、見えてないぞ」
「ああ。そうでしたわね…」
その女は姿を現した。
「貴女は…?」
「十二神将の天后」
天后が答えるよりも早く、青龍が答えた。
なるほど、彼女には天女、又は女神と称するのがとてもよく似合う人だった。
「ふふ…青龍様は相変わらずですのね」
「あい…かわらず…?」
沙羅は再び困惑した。
「天后。そんな事はどうでもいい。早くこいつを見てやれ」
青龍は入口で腕組みをしたまま言った。
すると、天后はクスクスと笑った。
「承知しております」
そう言って、沙羅に座るように促した。
「あの…」
「大丈夫ですよ。じっとしていてください」
天后は沙羅と向き合うようにして座ると、両手を前に差し出し、珠を唱えた。
『天女が音を奏でる時・女神が神を越える時・人の空を犯す者なり』
「…………」
沙羅は目を閉じていた。
「ああ…これはまた、凄い者に捕われたわね…」
天后は誰に聞かせるでもなく呟くように言った。
「それは一体何なんだ?白虎も同じような事を言っていた」
青龍は天后の隣に立ったまま言った。
「鬼ね」
「鬼?」
「ええ。神もどきの事を人間は鬼と呼ぶわ」
天后も腰を上げた。
「なるほどな…つまり、鬼はこいつの力を狙っている訳だ」
「そう…特に、立夏や立春なんかは私達神にも通用してしまうから。鬼にとって
は絶好の獲物だわ…」
沙羅は未だに目を伏せたままだったが、頭がくらくらした。
「今は絶対に沙羅さんから目を離してはいけないわ」