第十四話
「っわ!!遅刻する!!」
沙羅は慌ててベッドから跳び起きた。
「もうっ!何で起こしてくれなかったの!?」
すると、仁美は笑いながら言った。
「だって、疲れてたみたいだから」
「遅刻したら元も子もないでしょ!?」
「大丈夫。まだ遅刻しないって」
「沙羅、ギリギリセーフ!!」
クラスについた沙羅を美佐が出迎えた。
「本当に…ギリギリ…」
その時、首に掛けてあったペンダントが震えた。
「なっ!?」
「どうしたの、沙羅」
美佐は不思議そうに沙羅を見た。
「ち、ちょっと保健室…」
沙羅は屋上に全力疾走した。
「何なのよ、一体…」
すると、再び屋上のドアが開いた。
「純…?」
「お前もか、沙羅」
純は苦笑いした。
妙に嫌な予感がする。
刹那……
ヒュンッ…
「きゃっ!?」
何かが飛んできた。
「な……」
だが、それは見当たらない。
「一体…」
「沙羅っ!!早く結界張りやがれ!!」
「…っ!!刹那!十九の時が強欲な支配を求めている!!二十の生・二一の死!三五の
珠・結界っ!!」
結んだ指先から発せられる突風。
しかし…
「馬鹿野郎っ!!張れてねぇぞ!?お前…」
純はそう叫ぶ前に、自ら結界を張った。
「っ…!!」
沙羅の前に立って珠を唱えている純は、昨日の事件で長い間結界を張れるように
なっていた。
「純…」
「何してる!?早く呼べ!!」
「東の地に馳せし龍神よ、蒼の色を持つ神よ、四神の主である我に神を使わせよ!出陣・青龍!」
その瞬間、相手の攻撃が止んだ。
「な…」
沙羅も純も立ち尽くしてしまった。
屋上に再び静寂が戻る。
「何だったの…?今のやつ…」
「神擬きだ」
「青龍っ!!」
彼は右手には龍矛が握られていた。
「あいつらが出てきたということは、何か騒ぎを起こそうとしているな」
「騒ぎ?」
沙羅は聞き返した。
「あやつらが逃げた先は東京じゃ」
「玄武…」
いつの間に呼んだのか、玄武が立っていた。
「審神から指令よ」
屋上の階段から聞こえた声は朱雀のもの。
「先輩、大丈夫でしたか…?」
前には和美がいた。
「ん…平気」
「今日、東京で大きな事件が起きるわ。死人が出るかも…っあ!?」
審神からの指令を読み上げていた朱雀が声を上げた。
「どうした?」
「白虎の主…が…危ないかもしれない…」
朱雀はゆっくりと語り始めた。
「四神の中で神の存在に気付いていないのはその人だけ…邪魔なのよ。四神の主
が…」
その場にいた全員が息をのんだ。
嫌な汗が背中を伝う。
「行くぞ」
青龍は沙羅の腕を掴んだ。
「ち、ちょっ…私学校っ!!」
「仕方がない…十二神将を呼ぶ。身代わりをさせよう」
青龍は当たり前の事のように言った。
しかし、玄武と朱雀の表情が一変した。
「何を言っているんじゃ!!それは禁忌だとわかっているだろうに!!」
「青龍、どうしたの!?十二神将なんて…そんなの駄目よ!」
二人は慌てていた。
沙羅達はなぜそこまで怒っているのか分からなかった。
「かまわん。罰なら私が受けよう」
青龍は右手を高く上げた。
しかし、その右手は朱雀の言霊によって下ろされた。
「駄目…私が許さない」
「私もゆるさん。私情で動かれては困るんじゃよ」
玄武も青龍に近づいていった。
「貴様ら…」
「待って!!」
その争いを止めたのは沙羅だった。
「青龍、分かったわ…我が儘言ってごめんなさい…」
すると、純は沙羅の肩を叩いて笑った。
「俺だって、和美だって同じだ。怒られる時は一緒だぜ」
「分かったわよ」
沙羅は朗らかに笑った。
数分後、六人は東京にいた。
空は狭く、息苦しい。
行き交う人々は生気を無くしたかのように忙しく歩いていた。
見渡す限り、緑は一本も見当たらなかった。
沙羅達の住んでいる所とは大違いだった。
あの場所は、そこに居るだけで安らいだ。
だが、ここは違った。
鳥の鳴き声など以っての外。
車のエンジン音しか聞こえない。
「東京…って…こんな所だったっけ…?」
あまりの光景に沙羅は唖然とした。
以前、部活の大会で来た東京はこんな光景だっただろうか。
「俺も…何か気持ち悪りぃ…」
排気ガスと二酸化炭素で頭がくらくらした。
倒れそうになる体を必死に両足で支える。
すると、純が倒れるより先に誰かがよろめいた。
「青龍っ!?」
沙羅が駆け付けると青龍は地面に腰を下ろした。
そんな中、東京な人々は見向きもしなかった。
まるで何かに取り付かれたように…
自分の意思を持たぬかのように…
「大丈夫?」
そっと、青龍の長い前髪を撫でた。
「ああ…気分が悪いだけだ」
そうは言っているものの、明らかにおかしかった。
「ねぇ、青龍はどうしたの!?何で…」
沙羅が玄武に尋ねると、朱雀がそれに答えた。
「青龍は五行の中で木を司っているわ。しかも彼は四神の力…つまり、人を主に
できるという意味だけれど、それの他にも十二神将という神の力も携えているの
よ。だから余計にこのような場所で影響を受けてしまうのよ」
「どうしたらいいの!?」
沙羅は青龍の髪に触れたままの姿勢で言った。
「とりあえず清浄結界を張りましょう」