第十三話
「この大馬鹿者!!!!」
愛美の部屋に、玄武の怒鳴り声が反射した。
沙羅は呆れて窓の外に目をやる。
ベッドの上に座っている愛美もため息をついていた。
朱雀と青龍は部屋の外にいた。
「沙羅…あいつはとんでもない奴のようだ」
青龍は朱雀に言った。
すると朱雀はくすくすと笑った。
「いいじゃない」
「朱雀、お前はいつもそうやって笑うんだな…」
「あの…」
廊下の向こう側からかけられた声は、愛美の祖母だった。
「お前…私達が見えているのか」
「あまり驚かないのですね…」
彼女は俯いてしまった。
「ああ。愛美の祖母だからな。見えてもおかしくはない」
「あの娘…愛美は不思議な子です」
「何?」
「まるであの娘は私の娘の…」
愛美の祖母が何かを言おうとした時、ある男性に呼び止められた。
「母さん!何やってるんだよ」
「ごめんなさい…今の事は忘れてね、神様」
彼女はその男性と共に去っていった。
「何なんだ?」
青龍は訝しいそうに言った。
「温厚そうな人ね」
朱雀は笑って言った。
彼女は笑っているところしか見たことがない。
「青龍ーっ、帰ろう」
沙羅が愛美の部屋から出てきた。
「帰る?どこにだ?」
「どこって…家に」
不思議そうに言った。
そして、青龍の左手を引っ張った。
「なん…っ」
「早く帰ろっ!お腹空いちゃった」
青龍は目を細めて沙羅に従った。
「あら、ずいぶん遅かったわね」
家に帰ると、沙羅の母が夕食を作って待っていた。
「うん。友達の家に行ってたから」
沙羅は玄関で靴を脱ぎながら笑顔で答えた。
「とりあえず、着替えてきなさい。お父さんも仁美も待ってるわよ」
沙羅は分かってる、と言って部屋に入った。
「さてっ…と…青龍、神界に帰れる?」
「勝手に呼んでおいて…」
「ごめんてば。あの時は頭がパニックだったし…」
沙羅は制服を脱ごうとして、気付いた。
「これじゃあ、着替えもできない」
青龍はため息をつき、結ってあった髪を解いた。
「…え」
「また何かあったら呼べ」
彼はそれだけ言って、霧のように消えた。
「……何で髪下ろしたんだろう?」
沙羅はブラウスのボタンに手をかけたまま固まっていた。
すると、下から母の声がした。
「沙羅ー。早くしなさい。みんな待ってるわよ」
「はーい!」
タンスの中から適当にTシャツとスカートを取り出し、無造作に着た。
「ごめん!お待たせ」
沙羅は謝りながら自席に着いた。
四人は箸を動かし始めた。
「お姉ちゃん、何で今日こんなに遅かったの?」
妹の仁美が口をもごもごさせながら聞いてきた。
沙羅が時計を見ると、八時をまわっていた。
「んー…友達ん家に行ってきたから」
「友達?」
今度は父親が聞き返した。
「うん。後輩なんだけどね。みんなで……遊んでた…」
さすがに修行をしていたとは言えず、ごまかした。
「ふーん…じゃあ、部活には行ってないんだ」
「うん。練習はしたけどね…」
きょうのおかずは肉じゃがだった。
一人ずつ、花柄のお椀によそってあった。
「お姉ちゃん、食べないならちょうだい」
仁美は姉の返事を聞く前に、お椀に箸を伸ばした。
「あ!こら、私が肉じゃが好きなの知ってるくせに!!」
「もーらいっ!!」
中学三年生の姉に対し、小学四年生の妹はませて見えた。
「こらこら。やめなさい仁美」
父親に制され、仁美は沙羅のお椀からつまむのをやめた。
「はーい!だってお母さんの肉じゃが美味しいんだもん」
仁美は笑っていった。
「ありがとう。お世辞はいいから、早く食べなさい」
沙羅の家庭はいつもこんな感じだ。
そして、近所では仲がいいと評判だった。
「ごちそうさま」
沙羅が自分の食器を片付けていると、母親が呼び止めた。
「デザートあるわよ。いつ食べる?」
「んー…今日はいいや。仁美にあげて」
沙羅はそう言って、階段をのぼった。
「疲れた…」
部屋で一人になると、どっと疲れが出るようだった。
そして、自分の首からペンダントを取った。
部屋に電気は点けていない。
五芒星の中心に嵌めた宝石が月明かりに光った。
「わぁ…案外、綺麗ね…青龍の石…素敵な蒼…」
沙羅はベッドに倒れた。
すると、胸がいきなり高鳴った。
ドクン…
「な…に…」
鼓動が速まる。
でも、嫌な感じではない。
ドクン…
ドクン……
次第に納まっていく胸に手を当てて思った。
『世界を救う…私なんかにできるのかしら…』
きっと大丈夫だと思った。
青龍がいるから。
みんながいるから。
沙羅はそのまま眠ってしまった。
まだ神様に恋しませんね…
タイミングが掴めない…