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天才の苦悩

作者: 七乃 大罪

 才能とは残酷なものだ。生まれながらにして持ち合わせていた素質。それだけで全てが決まってしまう。剣の聖地を治める剣神の孫にして剣帝の息子。このような恵まれた血筋に産まれながらに私には才能が無かった。


 物心ついたときには既に幾つかの剣術の型と治癒魔術の簡単な術式が身についていたように思う。周囲の人間はそんな私を「物覚えが良い」だの「才能がある」だの、無責任な言葉でもてはやした。当然自分でもそう思っていたし、いずれは父を超えたいという野心を幼心に抱いていた。

 そんな私が現実を突きつけられたのは10歳の誕生日を迎えてしばらくしてからのことだった。その頃私は父に剣術を習う傍、街のはずれにある道場のような場所にも通っていた。この年頃になると型や体の動きに魔力が乗り始め型がスキルとして昇華されるようになってくる。スキルとは言わば世界が認めた技であり人々にとっては技術習熟の証だった。私は一向にスキルが使えるようにならなかった。

 悔しかった。私は剣を振り続けた。体力が足りない筋力が足りない技術が足りないと今まで以上に努力をした。父はそんな私を見捨てずにいつまでも付き合ってくれた。何度も繰り返し型を見せてくれたし、模擬戦のような事もやってくれた。怪我をすれば治療もしてくれた。一三歳になってやっと剣の基本スキル【中段の構え】【斬撃】が使えるようになった。だが遅かった。周りの奴らには上位のスキルやその次の段階スキルチェインに進んでいる者もいた。

 もっと強くなりたかった。そんなある日父に言われた。「お前に剣は向いていないのかもしれない」「別の武器を試してみないか」私はムキになって否定した。私は遅咲きでいつか頭角を表すぞ、と。それまで熱心に付き合ってくれた父もその後は離れてしまったように思える。そのまま二年が経過した。私は家出した。


 国境を越え隣国に移動した。あては無かったが、幸いにも資金は十分にあった。しばらくは食いつないでいけるだろう金額は手持ちにあった。だが、いずれは資金調達のため何かをしなければならなかった。冒険者になろうと思った。危険で確実性はないが自分の技術が多少は活かせると考えたし、あれから剣のスキルも増えており、自信もあった。

 それに魔物との実戦を経験すれば新しい何かが見つかる気がした。そして私は冒険者になった。特に大きなトラブルは無かった。私の剣術でもこの世界では十分に通用した。冒険者には様々な人種がいた。ドワーフや獣人はもとより、森の中から出てきた友好的なエルフや大陸の外から来たという存在すら知らなかった魔族など。本当に色々な人たちがいた。

 そして様々な種類の武器を使用していた。剣や槍や弓などメジャーな物はもとより、短剣や鎌やただの鎖のようなマイナーな物。カタナという東方の珍しい剣を扱うものもいた。勿論、術式系スキルを専門とする者もいたし、場合によって使う武器を変えるなんて奴らもいた。そんな彼らに馴染めたかといったら、決してそうではなかった。様々な武器を扱う彼らと臨時でパーティを組むことは多々あった。特に冒険者になりたての頃は先輩たちの世話になった。対人戦の経験しかなく、サバイバル技術の心得が無かった私はそこで様々なことを学んだ。

 戦いにおける役割と立ち回り、索敵や偵察の大切さ、冒険者のルールなど。今でもその知識はここで生きている。だが、固定でパーティを組むことは一度も無かった。打ち合わせに割く時間などはすべて剣の鍛錬にあてたかったし、当時は一刻も早く実家から遠のきたかった。剣神という名の届かない地に行きたかった。何より長い時を共に過ごしたら己の才能の無さが露見すると思った。


 護衛の依頼を引き受けながら各地を回った。この頃になると私も冒険者として名が売れてきた。実家から離れるほど剣を扱う者は減っていった。この辺りの地域では剣の類の武器はマイナーで槍などの長物が主流だった。そんな中で剣(片手半剣)を使う私が珍しかったのか、剣を扱うものの中でそれなりの強さを持っていたからか、いつしか『剣王』と呼ばれるようになっていた。皮肉にもそれは私が順調に剣の道を修めたときに得られるはずだった称号だった。初めてその二つ名を聞いたときなんとも遣る瀬無い気持ちになったのを覚えている。『剣王』などと呼ばれるようになってから暫く経った。

 久しぶりに大きな都市に着き束の間の休息を送っていると私の耳に嫌な情報が入ってきた。迂闊だった。近頃周辺の魔物が活性化しているのは知っていたし、最近森が騒がしいと護衛で一緒になった狩人がこぼしているのを聞いたことがある。冒険者にとって情報は命を預ける武器の次に大切なものだ。目先の利益につられて進んでしまった私のミスだ。こんな早い時期に魔物の大進行だなんて。ここに来るまでに集めた情報では大進行の時期はもっと後のはずだった。こんなことならあの狩人にもっと詳しく話を聞いておけばよかった。この状況ではギルドに強制依頼が出るのは時間の問題だった。


 どうしてこうなった。ひたすら街の外側に向かって走る。この街はもうだめだ。もう中心に近いところまで魔物が入っている。こんな規模のでかい大進行は初めてだ。屍から頂いた槍が嫌に手に馴染む。こんな感覚は初めてだった。愛剣は既に砕け散ってしまった。走りながら前方に現れた魔物〈オーク〉に注意を向け、槍を両手に持ち左半身中段に構える。この頃訓練の相手は槍持ちが多かったため基本の動作は抑えていた。

 槍術【中段の構え】構えるだけでスキル発動の気配。スキル発動により上半身を中心に魔力が溢れる。槍など初めて握ったのに。そのまま〈オーク〉を仕留めるべく頭に向かって突きを放つ。勿論一撃でやれるとは思っていない。〈オーク〉は人間と比べるとかなり体躯が大きく力と耐久性が高い。その為、例え剣を持っていたとしても〈オーク〉を相手にすれば急所である首を狙って数合い粘ることになる。しかし、予想と反して私の槍は〈オーク〉の頭を一撃で貫いた。槍術【刺突】あたかも今まで使ってきたかのような自然さで繰り出された一撃に思わず顔をしかめるが、とにかく足を動かした。

 次に出会ったのは八体ほどの〈ウォーウルフ〉の群れだった。赤黒い体毛を持つ狼でリーダーを中心に野生動物にあるまじき統率力を持つ。普段であれば群れを見かけたら逃げる一択だが、今回は既に見つかっているし他に道はない。群れとの戦闘ではまず頭を潰すが鉄則だ。

 先手必勝と飛び上がり上段に構え振り下ろす。槍術【大上段の構え】スキルチェイン、棒術【叩き落す】こちらに気づき加速したリーダーと思われる個体を沈める。一拍置いて近いところにいた一体の顎を殴り上げる。棒術【殴打】魔力ののった一撃で頭が粉砕する。そしてもう一体に向って【刺突】したところで統制を立て直した残り五体に囲まれる。

 後方から気配。槍術【巻き落とし】本来、敵の武器を巻き込み手放させる技らしいが〈ウォーウルフ〉の突進にカウンター気味に決まり地面に叩きつける。次いでもう一体死角からの飛びかかり。槍術【受け流し】勢いのついた〈ウォーウルフ〉の体に槍を添え、力を利用し後方に飛ばす。瞬間残る三体が同時に飛びかかる。槍術【水平薙ぎ払い】その三体全てを同時に薙ぎ倒す。そして一体息のある個体にとどめを刺す。槍術【打突】その後もとにかく街の外を目指しひたすらに走った。立ちはだかるすべての魔物を打ち倒し。


 目前に城壁と大門。十数メートル手前で立ち止まり呼吸を整える。まるで門番の様に立ちはだかる〈オーガ〉が二体。徹底しているな、と思った。間違いなくこの大進行を裏で操る存在がいると確信した。しかも〈オーガ〉の様な上位の魔物を従える程の強者。絶望的だった。おそらく城壁の外もほとんど囲まれているだろう。だが、諦めるわけにはいかなかった。まだ剣の道を極めていなかったからだ。こちらに気づいた〈オーガ〉が一体近づいてきた。

 〈オーク〉よりも大きくより無駄のない筋肉を持っている〈オーガ〉はさらに金属の棒を手にしていた。深く息を吐き出し、走り出す。突き出された巨大な棒をギリギリで避け【巻き落とし】する。地面に突き立てられた棒に足を掛ける。顔に一撃を入れるため肉薄するが目前から魔力の気配。魔技【金剛力】唐突に足場にしていた棒が跳ね上がり中に打ち出される。

 どうにか態勢を立て直し【刺突】し続ける。だが、全てを防がれてしまう。早く。槍術【三連突き】もっと早く。槍術【五連突き】新たに使える様になったスキルの発動により更に魔力の乗った刺突が〈オーガ〉の腹に突き刺さる。さらに飛び上がり一撃。槍術【疾風突き】頭を貫いた。倒れた巨体を見下ろしつつ一息つく。魔技【怪投擲】が、残るもう一体の〈オーガ〉から凄まじい速度で巨大な棒が投擲される。

 躱せない。【受け流し】流せない、槍が折れる。棒術【流水撃】魔力を込め直し別の理で、柄を用いて流すのではなく石突きを用いて弾く。体の真横ギリギリを巨大な棒が通過する。後方で建物が破壊される。恐るべき破壊力だ。この攻撃を防げたのは奇跡と言っていいだろう。だが、これで奴の武器はなくなった。一気に駆け寄り頭をめがけて槍術【疾風突き】を繰り出す。

 なんとか二体目の〈オーガ〉をしとめて門をくぐる。そして目に入ってきたのは複数の〈オーガ〉の群れと大剣を持つ小柄な魔族だった。そのあとのことはあまり覚えていない。無我夢中で槍をふるっていた気がする。気が付いたら地面に突き立った大剣にもたれかかるように座り込んでいた。


 その後色々あってメインの武器に槍を使うことになった。あの時たまたま手にした槍だったが自分でも驚くほど、というか異常な速度でスキルを習得してしまった。私の命であった剣を捨てることに戸惑いはあったが、槍を手にしてしまったことで私には剣の才能がないことが完全に証明されてしまった。無い物強請りは止めた。出来ることをやる。

 あの後街に王都からの援軍があり何とか戦線は建て直された。頭を潰され統率を失った魔物は大した脅威ではなく、厄介な魔物(魔族もいたが……)は私がぶつかった奴らだけだった様だ。復興活動が進む中、冒険者は大進行の残党狩りに当たっていた。その中で改めて槍の使い方を学んだ。私のことを知っていた冒険者は頑なに剣以外を拒んでいた私の変わり様に驚いていたが関係なかった。

 それから数ヶ月、街の復興も落ち着いた頃また旅に出ることにした。何と無く剣の聖地の方に行ってみたくなった。剣を捨ててしまったので実家を離れる意味も無くなってしまったし、久しぶりに父に会いたかった。

 逃げ出したことを許してくれるだろうか。剣を捨てたことを許してくれるだろうか。不安はあったがもう意地を張り続ける年でも無くなっていた。実家に帰る道すがら色々なところに寄り道した。槍術の道場なども幾つか寄ったし、より強くなるため厄介な魔物の情報を得たら積極的に狩りに行った。初めて冒険者になった町にも立ち寄った。いつか世話になった人たちにもあったがみんな私の武器が変わったことに驚いていた。

 そして剣の聖地。祖父は既に亡くなっていた。長は父が引き継ぎ、相も変わらず剣の鍛錬ばかりしている様だ。父は多くを語らなかった。代わりに試合をすることになった。勝負は私の圧勝。何というかあっけなかった。試しに剣を持って試合をしてみたが今度は勝てなかった。あっさり負けた。やはり才能が無かったのだろう。試合の後ただ一言「強くなったな」といった父はやはり大きく見えた。なんだかんだ暫く滞在したが、また旅に出ることにした。槍の道を行くものである私にはこの剣の聖地は相応しくないと思った。

 その後は各地を巡りながら厄介ごとの解決に奔走した。道中竜なんかも討伐した。そんなことをしていたらいつの間にか槍神と呼ばれる様になっていた。そして最終的にあの大行進のあった都市の近くの村に定住することになった。今では槍の聖地と呼ばれている。


 才能とは残酷なものだ。生まれながらにして持ち合わせていた素質。それだけで全てが決まってしまう。剣の聖地を治める剣神の孫にして剣帝の息子。このような恵まれた血筋に産まれながらに私には才能が無かった。


 否、才能はあった。ただし剣ではなく槍の才能だ。いつか父は言った「他の武器を試してはどうか」と。あの時やさぐれることなく素直にその言を受けていたら、今とは違う人生を歩いたのだろうか。いや、考えても仕方のないことだ。これが私の人生。閃光の槍神、ランカ・W・サンライズの物語である。


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