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短編小説

あなたの自殺は失敗する

作者: うわの空

 今、あなたは驚いているだろう。

 なにせ、自分が投稿した覚えもないタイトルの作品が、マイページの『投稿作品一覧』に載っているのだから。しかもそのタイトルは『あなたの自殺は失敗する』などという、物騒な代物だ。

 まず、安心してほしい。これを読んでいるだろうあなたは、『あなたの自殺は失敗する』だなんて小説を投稿していないし、ましてや執筆すらしていない。つまり、記憶喪失ではない。

 アカウントを乗っ取られただとか、そういう心配も無用だ。


 だって、この文章を書いてるのは『あなた』なのだから。


 ――話が矛盾してしまった。けれど事実なんだ。まずはそこを説明しよう。

 あなたの使っている小説投稿サイト『小説家になれる』は、二十七年後に新たな機能を搭載する。それは、『過去のマイページに予約投稿をする』というものだ。

 あなたが今使っている『小説家になれる』にも、予約投稿というシステムはあるだろう。ただそれは、「未来」にしか投稿できない。予約投稿画面で過去の日時を指定しても、「即時掲載」となるだけだ。

 当然だ、過去には戻れないんだから。と、思っただろう。

 ところが近い将来、人類は過去に戻れるようになる。有名な漫画に出てくるタイムマシンなんかが、本当にできるんだ。

 それを応用して、『小説家になれる』も新しい機能を作る。それが、『過去のマイページに予約投稿する』というものだ。

 例えば私がこれを書いている今は、2043年の5月12日。そしてこの文章を、2016年の4月1日、午前0時に投稿されるよう予約した。2016年現在の私(これを読んでるあなただね)はもちろんそんな事実は知らないから、『突然自分のマイページに見知らぬ小説がアップ』されて驚いたことだろう。

 ――あなたは私だから、もしかしたらそろそろ気づいたかもしれない。


 この文章は作品ではなく、未来の私から過去の私へ送る手紙のようなものだ。



 ……そろそろ本題に入ろうと思うけれど、大丈夫だろうか。私はちょっとしたことですぐにパニックになるから、ここまで読んでもまだあたふたしてるんじゃないかな? 悲しいかな、二十七年後の私も(いまだに)すぐにパニクるよ。

 私の思考回路からして、『お前が未来の私なら、未来のことを予言してみせろ!』とでも言いそうだけれど、それはあんまり書けない決まりとなっている。ただ、『今現在あなたしか知らないこと』を書いてみせようか。


 あなたはこれから自殺しようとしている。


 方法は、ロープによる首吊り。三日前にホームセンターでロープを買った時、お釣りを間違えられたよね。百三十円のお釣りなのに、百円玉が五十円玉になっていて、五十円損をした。でも言えなかった。どうせ死ぬし、もういいやとも思ったんだ。

 遺書は一週間前に書いたよね? 自分の筆跡が残るのが嫌で、手書きはやめた。無感動なワープロによる遺書の一文目は、「死にます。ごめんなさい」だ。


 ……当たったでしょ。

 だって、日記に書いてるんだもんそれ。二十七年経った今でも覚えてるし。


 文字通り、死にたいくらいに疲れてるんでしょ? 知ってるよ、舐めんなよ、私はお前だぞ。

 私はあなたのことを知っているから、あなたも私のことは大体分かると思う。そう、これから命の重みについて熱く語るつもりなんて毛頭ない。そこは安心しろ、二十七年経った今でも、私は私だ。そういう哲学的なことは苦手なの。

 あなたの現状(自殺を考えるようになった原因)について、あれこれ書きだすつもりもない。


 ただ言える。その自殺は確実に失敗する。

 二十七年後の私からこうやって文章が届いてる段階で、それは分かるだろう。


 だから私が今、自殺を止めても止めなくても、あなたは生きることになる。少なくとも2043年の5月12日、午後8時43分までは元気だ。

 この文章を読んで、あなたが自殺をやめるかどうかは知らない。ただ、『この文章を読んでいなかった過去の私』は、実際に首を吊ったものの未遂に終わっている(どういう条件で未遂になったかは書かない。それを書いたら未来が変わる可能性があるから)。

 あの日のことはよく覚えてるわ。とにかく絶望した。「死ぬこともできないなんて、クズにもほどがある!」などと思ったりもした。


 

 でも、今なら言える。

 自殺に失敗して、よかった。


 

 これを読んでいるあなたは、人と自分を比べて悲観したり、過去の自分と今の自分を比較して嘆いたりしている。あの人はあれができてるのに私はできないとか、過去と比べて成長してないとか、それどころか劣化してるとか。

「人と比べるな」なんて嫌になるくらい聞かされているだろうから、あえて違うことを言おう。


 今のあなたが『そう』でも、未来のあなたが『そのまま』だとは限らない。 


 今できないことが一生できないままとは限らないし、死にたい気分のまま一生過ごすとも限らない。少なくとも、今の私は死のうとまでは思っていない。ただし、たまに鬱々キノコ量産マシンにはなる。さすがは私だろう。

 それでも死なないし、死のうともしない。

 これを書いている私は、これを読んでいるあなたのままではないんだよ。

 精々あがいて、生きてみな。二十七年後、生きててよかったと思うから。少なくとも、今のその苦しい状態をネタにして、二十七年前の自分に手紙を送る程度の余裕はできてるよ。



 でもね。二十七年経っても変わらないこともある。



 私がどうして、わざわざ『小説家になれる』の機能を利用して、あなたに手紙を書いたか分かる?

 手紙の最初に書いたけれど、人類はタイムマシンも開発してる。つまり、会いに行くことも可能だった。

 でも、ダメだろうなあと思った。分かるでしょ? 私は私と仲が悪い。特にあなたは、『殺したいくらいに』自分と仲が悪いの。私につっかかってくるのは目に見えてたし、距離を置いて話せる自信もなかった。

 メールを送るってのも考えたんだけど、あなた、最近メールボックス見てないでしょ。確実に読んでもらおうと思ったら、自殺決行の一週間前にメールを送ることになる。

 でも私は、『自殺する直前の自分』に言葉を残したかった。


 知ってたんだよ私。

 首を吊る直前に、あなたが『小説家になれる』にアクセスすること。


 消そうと思ったんでしょ? 作品ぜんぶ。でも迷ってたんだ。部屋にあったものの大半はゴミ箱に捨てられたのに、作品を消すことだけはできなかった。退会手続きの画面、何度も見てさ。でもできなかったの。ボツ作品が入ってるUSBすら捨てられなかった。

 で、自殺する直前に退会しようとアクセスしたんだよね。

 ――教えてあげる。結局ね、退会できなかったんだ。作品を消せなかった。

 だって、全力で書いてたんでしょ? 作品は我が子だったんでしょ?

 本気で、作家を目指してたんでしょう?


 ……知ってるよ、私だもん。


 教えてあげる。二十七年後の私もまだ、小説を書いてるよ。『小説家になれる』のアカウントも、そのまま。そこは、何年経っても変わってない。

 プロになれたかどうかは書かない。二十七年後の私がどういう小説を書いているのかも教えない。今、投稿作品が何作あるのかも言わない。


 ただ、今のあなたの努力も作品も、何ひとつ無駄にはならないよ。




 さて。未来の私からの手紙はこれくらいにしようかと思う。未来について、あんまり知っても面白くないでしょう。教えたいとも思わないし。

 この手紙を読んで、あなたがどう動くかは分からない。もしかしたら多少、未来が変わるかもしれない。二十七年後の私に、影響が及ぶ可能性もある。それでも断言しよう。



 あなたの自殺は失敗する。

 けれど、2043年5月12日の私は、2016年4月1日に死んでおけばよかったとは、絶対に思わない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 捨てられない日記を思い出す どーしよもない想いを、誰にも見せずにさっさと捨てるつもりで書きなぐったそれを、とてもじゃないが人に見せられない幼稚なそれを、未だに読み返すこともシュレッダーにかけ…
2018/07/13 21:04 退会済み
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